13-25



「ん…ぁ、れ…?」


真っ暗…。
ここ、部屋?


ぼーっとする頭で辺りを見渡せば
ここは私の部屋で、ベッドに寝てて、ご丁寧にタオルケットまでかけられてる。


私寝ちゃったのか。


時計を覗き込めばもう夜の10時。
どんだけ寝てたんだ。


起き抜けでダルい気もするけど、このまま微睡んでたい気もするけど。
今寝たら、最近たまに見るあの夢をまた見てしまうんじゃないかって
それが怖くてベッドから脚を下ろした。







静かだったから、居ないんだろうなって思ってたけど
一階に降りてみればクレープパーティーの名残もない程リビングは普段通り。


片付け全部させちゃって悪かったなって少し反省。


リビングのソファーに腰を降ろすと、テーブルに乗ったでんでんむしはメモを座布団にしてる。


“起きたらかけて”


名前は書いてなかったけど、これはペンギンの字。


ドボン、だっけ?
きっと皆、ポーラータングに戻ってそれをやってるんだろうな。











「はぁ…」


誰も居ないリビングではただのため息ですらやたらと存在感を主張する。


色々有りすぎて
なんか疲れたな。


一人があんなに怖かったのに、私今周りに誰も居なくてほっとしてる。


窓の外には今日も星達が当たり前のようにそこに居てくれた。
昨日もペンギンが来て邪魔されちゃったし、今日も一日中せわしなかった。


外に行きたい、エースと話したい。
誰かがいるとどこか気持ちが張り詰める。


夢中になって体を動かしてても
楽しくて笑ってても
痛くて泣いても


ふとした瞬間にどこか冷静な心が自分を他人事みたいに見てる。


自然と一生懸命になって
笑って
泣いてるのに


ここはタイミングだと思って大袈裟にその感情を演じようとしてるような
それを隠れ蓑にして、見られたくない気持ちを隠してるような

上手く言えないけどありのままの私じゃない、そんな感じ。







言わなきゃいけない。
失ったのは誰よりも大切な人だって。


でもそれを言ったところで
なんの解決にもならない。
エースは返ってこない。


ひと度弱さを外に出したら、それは堰を切ったように溢れ出てしまって止まらなそうで
また泣いて暴れて駄々を捏ねてしまいそうで。


私を通して皆の目に映るエースが
私を不幸にした人って、そんな人だって思われるのも嫌で。


皆にそんなみっともない姿を晒したくなくて。


私がローを好きだと思ってるローに、皆に
別の人を好きになってしまった事を打ち明けるのが後ろめたくて
悪いことしたみたいで。


「ダメだ…黙ってる方が最低だ」


言わなきゃ。
特にローには絶対。


ベポとかに言って、人伝にそれを知られるとかが一番最低だ。


…その前に、昨日のアレか。


ため息と共に頭に浮かんだのは、椅子を蹴り飛ばしながら声を荒げて私を責め立てる昨日のロー。


まずアレをどうにかしないと今は他の話どころじゃない。


流石にローはもう愛想尽かしたかな。
昨日は腹が立って仕方なかったけど
実際に私は、今まで何度だって気を付けろって言われて来た。










あの人は興味がない人がどこで何をしようと何とも思わない。
私を心配して、あんな言い方した。

何度言っても懲りない私だから、懲りるような言い方した。


本当に私に愛想尽かしたなら、ローが取った態度はあんなんじゃなかった筈。


ずっとドフラミンゴを討つ為に頑張ってたのを知ってる。
ローがあそこまで慎重になるくらいだ。
ドフラミンゴは相当手強いんだと思う。


私も実際に会ってみて
何を考えてるかわからない、底が見えない何かを確かに感じた。


今思い出しても、昨日のアレはちょっと腹も立てば
実際そうなのかもって思ってそんな自分に少しへこむ。


でも言わなきゃ。


あれはローにとっても絶対重要な情報。
それを知っていればローは知らないよりは絶対に上手く立ち回る。


まずは、ごめんねって。


絶対に二度としないとは約束出来ないけど
気を付けるって。


言わなきゃ。






でんでんむしはかけなかった。
星空の元へ続く扉も、あけなかった。


向かう先は自分の部屋。







流石にこれはミシンじゃ縫えない。
私にそんな技量はない。

仲直りの印って言う訳じゃないけど
愛想は尽かしてなくても、ローは私を許してくれないかもしれないけど


区切り?みたいな感じでこれを贈れたらなって。


ローの帽子。
あれは2年前、皆と別れた時に私が贈ったもの。

あれからローの頭にはいつでもそれが居て、被っていくなって言っても全く聞く耳をもたなかった。


2年も危ない事ばっかりしてる人に愛用されれば、そりゃああもなるか。


昨日二人で麻雀からあぶれてた時、久しぶりに近くで見た帽子は所々がほつれてた。
そんなになっても愛用してくれるのは嬉しい。


でも新しいの、良い機会だから作ったげよう。


生地はやっぱりもこもこで。
イメチェンも兼ねて形も変えちゃおう。

でもアレ気に入ってるなら別なの嫌かな。


気に入らなければそれで良いかってどこか投げやりな気持ちが、キャップにしようとしてたそれの、頭の部分に遊びを持たせた。


キャスケット。


意外ともこもこ好きなローにもこもこを
怖い顔ばっかりしてるローに可愛さを


…怒られるかな。










なんだか熱中してしまって、手縫いで作ってたのに一晩でそれは完成してしまった。
出来上がった二代目のローの頭を飾るもこもこ。


「ふぁ…」


あんなに寝たのに出てきた欠伸に驚いて時計を見ればもう午前2時。


…眠くもなるか。


キャスケットはクローゼットに隠しておいた。
そのままベッドに入りたかったけど、それよりしたいことが私にはある。


階段を降りて、リビングを通り抜けて
キッチンの冷蔵庫から取り出すのはよく冷えたシードル。


次に私がすることは、甲板へ続く扉を開けること。


暑い海域でも、流石にこの時間は風がひんやりする。
夜と朝が入り混じった空気を胸いっぱいに吸い込んで吐き出した。







見上げた星空は、心を落ち着かせてくれる。
疲れるなって思うのは、いろんなことが有りすぎるからじゃない。


やらなきゃいけない事を沢山残してるから、気が重いんだ。


ローに謝って、ドフラミンゴの情報伝えて…


「エースのことも、ちゃんと話すからね」


…なんて言うんだろ。
どんな顔するんだろ、こんな時のエースは。


喜ぶかな
それとも…照れるのかな。






夕方より少し前、船の主が寝落ちしたからとクルー達が戻ってきた。


「明日はドボン大会するんだ。ウイ強そうでしょ?楽しみー」


聞いてもねぇのに嫌味ったらしい口調でそれを告げた白熊は、最近船で流行りのそのトランプゲームを今日もこれからやるらしい。

罰ゲームで激辛クレープを食ったらしいウイのリアクションがヤバかったとか
何かやらかしたらしいペンギンに、アレはマジでないっすよと一部のクルー達が本気でドン引きしてたり


朝と変わらずのわかりやすい挑発に、不覚にも聞き耳を立てては腹を立ててる自分が居る。








「キャプテンやんねぇの?ウイ暫くは起きて来ねぇと思うから混ぜてあげても良いけど」
「…今日は良い」


今日1日のフリーウィングでの出来事は大まかにわかった。
となればもうこの喧しい見え見えの嫌がらせに付き合ってやる意味がねぇ。


部屋に戻ろうと席を立った折にかけられたペンギンの声は、また俺の中で苛立ちを増させた。


「そ?残念」


その顔のどこに残念さを見いだせば良いのかを聞いてみたい。
鼻で笑うかのような、上から見下されてるかのような
細められた目と口が上向きに弧を描くペンギンデフォルトのこの顔。


返事はせずに食堂を出た。
向かう先は自分の部屋。


腹は立ってるものの昨日程じゃねぇ。
本でも読もう、そう思った。














医学書の堅苦しい言葉の羅列は、頭を落ち着けてくれる。
やはり昨日の自分はどうかしてたらしい。


普段なら、知らない知識を得られる読書は宝が眠ってる島を探索するのと同じように気分が高揚する。

それが出来なくなる程だ
昨日は相当頭に来てた
間違いねぇ




ふと気付けば、読み終えた本がテーブルの上で山を築いていた。
その脇に置かれた、飯の時間になっても頁を捲る手を止めない俺を見かねて運ばれて来た夕飯。


大分前に運ばれてきて、もう冷めきってしまっているそれは
昼間ジャンバールが作っていたアレだ。


もう2年も前になんのか。
いつか二人で露店で食べ歩きをした時、それが好きだと口にした訳でもないのに
ウイは買い込んだ食い物の中で、俺が特に気に入ったこれを飯に出してきた。


『ローこれ好きでしょ?』


お見通しと言わんばかりの、得意気な笑顔と一緒に。







旨かったから、またそれが食えて嬉しかった。


他のヤツだったら快くは思わなかったと思う。
でもあの時は、自分の内心を見透かされてたことに
こいつは俺のことをよく見てて理解してくれてるってことに
飯が旨いこととは別に心が高揚した覚えがある。


冷静でいようと努めた結果
外には伝わりにくい本音が、いつの頃からか癖のように根付いていた。


分かりにくいと言われる。
誤解されやすいともよく言われる。

でもかえってそれは好都合だった。
広く交遊関係を持ちたいと思う性格でもない。

寧ろ近くに居るのは守れるだけの人数で
守りたいと思えるヤツらだけで良かった。


全てを無くした俺は
アイツらが居ればそれで良かったから。


他のヤツらは、特に女は
少し凄んで素っ気なく接してさえいれば、空気を読んで深く立ち入ってこようとはしなかった。


でもアイツには、初めて会った時からどうにもそれが通用しなかった。

気付けば懐に深く入り込んで来てた。
無害で、寧ろ人に貸ししか作らねぇで
その癖自分の心の内は決して見せない。


自分のことばかりをやたらと話したがる女じゃねぇから
逆にどんな女なのか知りたくなった。


少しずつ見えて来たその人間像が
奥が深そうでもっと知りたくなった。
知れば知るほど、放っておけなくなった。


馬鹿みてぇにお人好しで、強がりで
腹の底では何かを抱えていることを知ってしまったから。
それなのに、それを悟られまいと必死でもがいてることに気づいたから。


…今回のアレも
アイツの性格を考えれば当然のことだ。


軽はずみな気持ちで踏み込んだ訳じゃねぇことくらい知ってる。
それなりに、いやきっと人並み以上にそこに備えて臨んだんだろうことも伺える。

一緒に航海しねぇことを選んだ本当の理由を、アイツが知らねぇこともわかってる。
俺らを、俺を想うが故にそうしたことも簡単に想像できる。





「…なんだ、結局俺が悪ぃのか…?」


冷めきった魚のフライは、それでも懐かしい味がした。
作ったのはウイじゃなくても
ウイがよく作ってくれていた味。


丸窓を隔てた向こう側に浮かぶデカい船。
その船室にはもう明け方だというのに窓からは明かりが溢れていた。





destruct at reality.