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二人はソファーに背を預け、月を見上げていた。
時折グラスの中で氷同士がぶつかる以外の音のない時間。
暫くの間、どちらも口を開こうとはしなかった。
「仕事は、する。頑張りたいって思ってグランドラインに、来た訳だし」
そんな中、ウイが口を開く。
ポツリポツリと紡がれる言葉を、ローは黙って聞いていた。
「そうやって言ってくれるのが嬉しいのは、本当だよ?」
"海賊"。
属すれば犯罪者。
そこに身を置く者や、それを目指し生きる者には
そうではない者が感じる壁の高さを理解出来ぬところはある。
彼女を思い止まらせるものが何であるかは、本人しか知らぬ事ではあるのだが。
「造船所が見つかるまで、保留にしない?」
「何か意味あるか、それは」
ローの持ち掛けた案は#Name1#がこのグランドラインで名が売れるまで動きようのないもの。
ならばそれを保留にする理由は何かと彼は問う。
「そう決めつけてたら、決める前ならやめようって思うことも許容しちゃうかもしれないじゃん」
「…正論だな」
「得意でしょ?見極めてよ着くまで。私が本当にローの仲間に相応しいのか」
なかなか際どい嫌味だ。
実際ローはそんなつもりもない彼女を疑い続けたのだから。
「おまえ実は良い性格してるな」
「良かったじゃん新しい一面が知れて。その調子で頑張ってよ」
お互いに目を見合わせニヤリと笑った二人が、どちらからともなくグラスを重ねた。
契約成立の乾杯、とでも言った所だろうか。
その後グラスの酒を飲み干し、リビングへと戻ろうと言うウイの少し後ろを歩くローは
彼女の足取りが全くふらついた物でない事に内心ため息をつく。
ロー自身も酒は強い方。
しかし、先程まで飲んでいた酒は結構な度数を誇る代物。
飲み方もロック。
心地好い浮遊感を感じる程度に酔っている自覚のあるローは、先程の欲情を酒のせいにしてリビングの扉を閉めた。
その後報告の為に訪れたクルー達の部屋で
一応アイツも女だ、手は出すなと
忘れていたかのようにそれの釘を指したのはまた、別の話。
それを聞いた彼らがどんな顔をしたかは想像に易い。
そこ心配するなら一番危ないのキャプテンだよ、と
全員が内心呆れていた。
「ねぇ。最近安定して暑くない?」
「島が近づいてるんだと思う。ルンルンバースはきっと夏島だね」
朝食の焼き魚をつつきながら、ベポがグランドラインの気候を簡単に説明した。
春夏秋冬それぞれの特性を予め持つ島が、一年を通して四季を巡る。
つまりグランドラインには夏島の夏から冬島の冬まで、分類するならば16種類の気候が存在する。
グランドラインの航海で、通常では予測も付かない天候に襲われるのはそれらの島からの影響を受けるから。
フリーウィング号は今のところ肌寒いや蒸し暑い程度で済んでいるが、実際はこんなものではない。
しかし近頃安定して暑いのは島に近づいている兆候。
そして近付く島は夏島であることを示していた。
「楽しみだなー、ルンルンバース」
「だよなぁ、ルンルンバース」
ウイとペンギンが含みのある口振りで顔を見合せながら口元をニヤつかせる。
それに思い至る節のあるローは、ギロリと二人を睨み付けた。
しかしお調子者達は揃って味噌汁をすすり、それに気付かぬ体を装う。
微笑ましいその光景に、シャチもベポもやれやれと苦笑いを浮かべた。
もう日常になりかけている、彼女のいる1日の始まりは基本毎日こんな調子だ。
朝食後、洗濯物を干していたウイは
今日も特訓に勤しむローの姿にタオルのシワを伸ばす手を止めた。
『欲しいものは奪ってでも手に入れる。意志を尊重してやってるだけ有り難く思え』
先日、彼に言われた言葉がウイの頭の中で再生された。
仲間になりたい気持ちがないわけではない。
彼らはウイの中の海賊という固定観念をそれは見事にひっくり返した。
愉快で、口は悪いが思いやりがあって、自由を満喫している。
そんな彼らとこれからも共に居られたらどんなに楽しいことだろう。
そうは思えども、商売や戦力にならぬ事以外にも
彼らの誘いに頷けない理由がウイにはあった。
しかし彼女は
それを彼らに伝えるつもりも、彼らの思惑に身を任せるつもりもない。
ローを見つめるウイの視線は、何とも形容しがたいものだった。
憧れ、期待、羨望、恐怖…そして諦め。
人は誰しも、見えぬ何かを抱えている。
ハートの海賊団に入りたいって、皆ともっと一緒に居たいって思ってしまった気持ちは確かにあって
断っても誘うのを諦めてない事を聞いてしまった事で押さえ付けるのが大変な程それは大きく膨れ上がった。
でも無理なんだもん。
ダメなんだもん。
何か起きて凄い絶妙に良い感じに落ち着いて欲しい。
まぁ何とか…なるでしょ。多分。
何とも言えない気持ちをため息で吐き出すと、甲板から名前を呼ばれた。
ローの救出要員を兼ねながら釣り糸を垂らしているシャチとペンギンが、全然連れねぇけどおまえもやるかって全然楽しくなさそうな顔でそれに誘ってくれる。
無言で山積みになった洗濯物を指差すと、終わったら来いよって。
釣りに合流する為に止まっていた手をまた動かし始めた。
一人分から何倍にも増えた洗濯物も
海の上で話す相手がいることも
誰かのためのご飯を作ることも
一人じゃ出来ない遊びも今なら出来るし、釣りとか泳ぐのも一人の時とは全然違う。
ただそこに誰かがいるだけでさえ、毎日が楽しい。
でもそれも、そろそろおしまい。
無意識にまた出てきたため息に、思わず苦笑いしてしまった。
最近多いな、ため息。
自分で決めた事なのにそれにすら不満とか、我ながら面倒臭い性格だ。
かごの中の洗濯物を手に取って、思い切り振ってシワを伸ばす。
シワと一緒にこのモヤモヤもなくなれば良いって、そんな事考えてたせいか
中々な音がシャチのTシャツから響いた。
楽しもう、残りの時間を。
こんな気持ちで過ごしたら勿体無い。
最後のタオルを干し終えたと同時に、後ろで扉が開く音がした。
「今日すぐ乾きそうだね。洗濯日和!」
船室から出てきて空と洗濯物を交互に眺めてはご機嫌に笑うベポが、実は同い年な事を最近知った。
「そだね。あ、釣り誘われてたけど今日も熱いし!またシャンプーしない?」
「良いね!じゃあ俺バケツとシャンプー取ってくる!」
外に顔を出したばっかりのベポがお風呂にそれを取りに走っていって
私も着替えようって空になった洗濯かごを抱えた。
今日も、楽しい1日になりそう。
「すごーい!何これ!遊園地!?」
「そうみたいだね。俺もこんな大きいの初めて見た!」
無事ルンルンバースに到着した一行は、情報収集をかねて全員で街を見て回っていた。
賑やかなこの島には商店街や歓楽街も充実しているものの、街の中心に位置する巨大な遊園地が一際目を引く。
「行きたいよー。行きたいなー。遊園地行きたいー…」
今日は情報収集だと何度却下されてもウイはそれを口にする。
余程行きたいのだろう。
口に出さない時ですら、彼女の視線は遊園地に釘付けだった。
「酒にギャンブルにって忘れかけてたけど、そう言うとこは年相応なんだな。そんな好きかよ遊園地」
昼食をとりに入った酒場で、窓越しに遊園地を眺めるウイにシャチが声をかける。
「好きっていうか…行ってみたいじゃん一回くらい」
アイスティーのストローを加えながら、実はそこを訪れた事がない事を明かすウイに他の者達は微妙な驚きを覚えた。
聞かずとも、アトラクションまみれのそこを好きそうな事は普段の彼女の行いから想像に易い。
しかしウイは一度もそこを訪れたことがないらしい。
「田舎者扱いしてるでしょ!その目絶対バカにしてるでしょ!!」
ただ無言で何とも言えぬ視線を向けられた事にムっと頬を膨らませるウイではあるが、彼らをそうさせているのはそこではない。
「じゃあ明日行くか!俺優しいから連れてってやるよ」
凄まじい勢いで唐揚げを突き刺す事でそれに怒りをぶつけていたウイの表情が、ぱぁっと明るくなる。
それと反比例するように不機嫌になる者が一名。
「本当に!?やった!!何時!?何時から行く!?」
「後で開園時間調べとく。遊園地デートだね」
「ありがとう!!ペンギン大好き!!」
喜びのあまりウイはペンギンに飛び付いた。
そんな彼女の頭をよしよしと撫でるペンギンは、少しやりすぎたかとどす黒いオーラを醸し出す誰かを横目で確認する。
小さい子どもが見たら秒で泣き出す事は確実な形相で
ローは中身を飲み干したジョッキをテーブルに置いた。
いや、叩きつけた。
ジョッキが木製で良かった。
ガラスであればそれは今頃、粉々に砕けていたのではないだろうか。
「どしたのロー。おかわり?」
ローの威圧という、クルー達にそこそこ効果のあるその攻撃は
毎回ウイには全くと言って良いほど効かない。
返事も待たず店員に酒を注文したウイは、先程怒りを込めて突き刺した唐揚げを笑顔で頬張った。
「ねえペンギン!あの耳みたいなやつ付けたくない?」
「似合いそうだなおまえ。良いじゃん良いじゃん」
彼女のこれは役に立つこともあるのだが、攻撃者の怒りに油を注ぐことも稀にあるのが玉に傷。
そしてどんなに炎上しようと、本人がそれに気付く事はない。
「じゃあさじゃあさ!ペンギンの私選んだけるからペンギン私の選んでよ!」
「良い、よー…」
自分で仕掛けはしたものの、あまりにもお怒りなローにペンギンのリアクションはどんどん薄くなる。
しかしウイはそんなこと等知ったこっちゃないと言わんばかりに話は止まらない。
ただ不機嫌だったローはいつの間に、怒りの矛先を確実にペンギンへと向けその睨みを利かせていた。
見ずとも感じるその視線の威力は凄まじく、決して目を合わせまいとするペンギンは正面を向けずにいる。
「お前らばっかりずりーよ。俺らも連れてけ」
「そうだよ!せっかくだから皆で行こう!ね?キャプテン!」
そんなお花畑と地獄が混在する異様な雰囲気に、仕方なくシャチとベポが助け船を出した。
ローの返事を一番気にしているのは恐らく、その対極の世界の狭間にいる男だった事だろう。
「行ってやっても良い」
横柄な態度でそれを了承した彼はやはり素直じゃない。
仕方なさそうな口振りとは裏腹に、明らかにローの機嫌はマシになった。
「本当!?じゃあ皆で行こう!」
楽しみだねえ、とにこにこと笑うウイは心の底から嬉しそうだ。
事なきを得たペンギンは、自分の見込み以上にローを焚き付けてくれた彼女にため息をつき
ジョッキに残っていた酒を飲み干す。
「そういえば外でこうやってご飯食べるの会ったとき以来だね!なんか新鮮!」
遊園地の夢が叶ったウイは、やっと他の事に意識が向くようになったらしい。
それを聞く周りは
無自覚に険悪な状況を作りあげた大戦犯の奔放さを呪いつつも、なぜか彼女を憎めない。
ウイのそんなところもきっと、彼らは好きなのだろう。