13-27



「…どこも具合悪くねぇか。俺が見つけた時には大分冷えてたぞ、体。」
「ん、大…丈夫。」


急に切り出したりとかしても変じゃないかな。


でも変だとしても
今しかない。


「…昨日、もう一昨日───
「ごめんなさい!」


ローから切り出されそうになった話。
先手必勝とばかりに言葉を遮って頭を下げた。


このごめんなさいは、何度言われても学ばない私を
それでも心配してくれてるローへの
心配かけてごめんなさいの謝罪。


「一昨日は、私もカッてなっちゃったけど、でもローに言われたこと3%くらいは思い当たるとこあったから」


ローの為になにかをしたいって考えて
それをされたらローがどう感じるか、そこまで思い至らなかったことへの謝罪。


「考えなしでごめんなさい。心配かけてごめんなさい。」


でも、言われた通りには出来そうもないから
そこもちゃんと言っとかなきゃね。


「もう絶対しないっては言い切れないん…だけど!でも少しはわかったから。前よりも少しは考えるから」


絶対って言い切れない事は、そっちの方が綺麗に纏まるとしてもなんだか口に出来ない。
だからせめて、一昨日のあれがあって変わった本当の気持ちだけでも伝えよう。


それでローが納得できなくても
嘘ついて許して貰っても仕方ないから。


「…少しじゃなくやり過ぎなくらい考えろ。何かあってからじゃ遅ぇんだぞ。…わかんだろ、そのくらい」


やっと聞こえてきたローの返事は
どこか居心地が悪そうな、ローも折れはしないけど
このままじゃ良くないって思ってくれてるって、そんな雰囲気を感じた。














良かった。
ローもこのまま喧嘩別れを望んでる訳じゃない。







言葉ではその心の内を現してくれなくても
絶対そうだって思える何かを、今のローに感じたから。


…ローが好きな人じゃなくなっても
だからってこれでさよならにはしたくない。


自分勝手かもしれなくても
好きを望まれなくなったとしても


ローと話すのは好きだ。
ローのこと尊敬してる。


場の雰囲気を良くする為の会話も冗談も、そんな仕草だって何もない。

でも私はこの人の、不器用なのか真っ直ぐなのか一見分かりにくい優しさが
“人として”、本当に“人として”



大好きだ。





「…あれは俺も──
「あ!もしかしたら、気に入ってくれないかもなんだけどね。…ちょっと待ってて!」










謝る前に、謝られた。
確かに改めて欲しい行動だ。


でも、あの状況で
俺のあの言動を加味して考慮した上で
こいつが俺に謝る道理なんてあんのか…?



…言わせろよ
『悪かった』の一言くらい。


既に一件落着モードのウイは勢い良くベッドから飛び降りたかと思えば
なにやらごそごそとクローゼットを漁りだした。


何のつもりかはわかんねぇけど
…やっぱ謝っといた方が良いよな。


聞こえてくる物事を背に
どのタイミングでそれを口にするかを検討する。


高すぎる自分のプライドが
このまま事なきを得るのであれば、流れに身を任せて謝らずに済ませてしまいたい想いが

言葉を口にするのを憚らせた。













「はい!…仲直りの印。……気にいらないかもしんないけど…」










尻すぼみになる言葉とともに差し出された帽子。
毛皮の、キャップとは違う鍔より他の部分が丸みを帯びたフォルムのそれ。


ふと、意識が今も頭を覆っているそれに集中した。


最近くたびれて来たなとは思っていた。
でも、ウイが作ってくれたこれを被らない選択肢は自分の中になくて

一つだけ、いつも変わらず付けているこのピアスと同じように
ウイがいつでも自分の傍に居るかのように思えるそれを身に付けないでいることは、これまで一度だってなかった。

…大分痛んできてるの、気付いてたのか。


「ん。」
「え?自分で被りなよ…もお!」


くたびれたハットを頭から取り去って、ウイが佇む方へ頭を向けた。

呆れたような声色を滲ませながら、新しい帽子の製作者はそれを俺の頭へ乗せてくれる。
弛みのある部分の調整や鍔の角度も抜かりはない。


「うん!良い感じ!!ねぇ似合うと思うんだけど!!見て!!見てみて!!鏡!!」


難しい顔でキャスケットの微調整をしていたウイが、よしの一言と共に一歩下がって見つめてくる。

途端に明るくなる表情に、張り詰めていた気持ちが
固く結ばれた結び目が
緩むような感覚を覚えた。


得意気に鏡の前に移動させようと手を引くその存在に
愛しさ以外、何も感じなかった。







「…良いな、これ」
「本当!?嫌じゃない!?似合うけど!嫌じゃない!?」


鏡に映る自分の頭を覆う新しいそれ。
色も形もこれまでとは異なるそれは、不思議としっくり自分に馴染むような感覚だった。


「どっか変か」
「ううん!!思った以上に似合う!!キャスケット可愛いけど!ローは可愛気とかないけど!なんでか似合う!!」


…今遠回しにディスられた気もしなくはねぇが
ウイから見てもこれは変ではないんだろう。















客観的意見を聞かなくても
これは正直気に入った。


でもそれよりも
あまりにも嬉しそうにウイが喜ぶから


そっちの方が嬉しくなった。


「こっちも気に入ってくれてたから。もしかしたら形違うの嫌かなって思ったんだけど…良かった!」
「…サンキュ」


くたびれたハットを愛しそうに抱きしめながら笑うウイが堪らなく愛しい。


仲直りの印と称する位だ。
きっとあれからこれを作り出したんだろう。


手間もかかっただろうこれを俺のために作ってくれたことに
自分がウイの中で、その労力を払うだけの存在であることに

抑えきれない感情が胸の中を埋め尽くす。


自制の効かない中で
ふと伸ばした腕は好きで仕方ない女を抱き寄せようと掴んでいた。


脈絡なんてなくて良い
ただそうしたいと思ったから、引き寄せた。


「え」


呆けた顔でぽかんと口を開けてるウイの小さな背を抱え込んで抱き締める。


「ろ、ロー!!」


途端に硬直した体と抗議の声は
どちらかと言えば望む反応ではないものの、意識のない状態で抵抗も示さないさっきよりも満たされるものがある。


困った顔で頬を染め見上げてくるウイに
普段は考え過ぎな程頭を埋め尽くしてる後先のことがどこかに吹き飛んだ。


他の事など考える隙間がない程に
今、ウイが欲しいと本能が騒ぐ。


「あ、の…えっと…」


おどおどと目を泳がせるその視線を自分に縫い付けたい
余計な言葉を紡ぐこの唇を塞いでしまいたい



















「……やっ!!!」



標的目掛けて屈んだ体は、胸に走った衝撃と共に押し退けられた。







「あの…!ご、ごめん!いきなり、だったから!びっくり…しちゃった」


あははと取り繕うように溢れる乾いた笑い。


「お風呂!私昨日お風呂入ってなかったから!お風呂入ってから朝ごはんはそっちで…食べるから!」


思い立ったかのようにそそくさと箪笥からタオルを引き抜き出すその様子は
どこからどう見ても挙動不審。


「先戻ってて!昨日運んでくれてありがとね!一昨日もごめんね!じゃ!また後で!!!」


挨拶代わりに片手を上げて
ウイは部屋の風呂の扉の奥へと消えて行った。


ガチャリ、とあちら側から鍵がかかるその音に
呆気に取られていた自分にどっと襲いかかってくる黒い靄。










さっきの今で、確かに急だったか。


謝りもしねぇ癖に欲たかってんじゃねぇとか、そっちか?












…いや違ぇだろ。













デジャブ。


思い起こされたのは
この隣の部屋で昔起こったあの記憶。


あの時は、俺の失言がウイの中の過去を掘り返した。
俺がその蓋を開けた。


その中身のせいで、ウイは自分の殻に引き隠った。


照れたように、期待するように見つめ返してきた瞳が
はっと色を変える。
さっきのアレは、過去のあの失態を思い起こさせた。












驚いた?















そうであったと思えるならどれだけ良いか。


風呂から聞こえて来たシャワーの音に、どこか取り残されたかのような
空虚な思いが込み上げる。








考えたくねぇから
再会してからずっと見ねぇふりをしてきた1つの可能性。


コルクボードにとまる、火を纏い好戦的な顔でそこに居座る手配書の写真。










確定ではねぇ。
でもこれは、仮にそうだとすると埋まらずにいたパズルのピースがどれもしっくり填まってくる気がする。


対策を考えるなら
確かめなきゃいけねぇ。


収めたい所に収まらないそのピースが
あって欲しくない別の場所にはぴったりとはまるのか。














知りたいのに
知りたくない。


どうした、俺は本当に。


新しくなった相棒の鍔を下げて深く被り直す。
和解した筈が、さっきまでより数倍気が重くなった気がした。





どっどっどっ












胸を打つ鼓動が、ドキドキとかじゃない。

本当に、ドキドキのキが聞こえて来る前に
次の鼓動を胸が打つ。


閉めた扉に背を付けて
大丈夫だとは思うけど鍵を回した。


安全圏に入ったと思った途端
脚の力が抜けてずるずるとしゃがみこんでしまった。


熱い気がする顔と
未だに収まる気配のない心臓の音だけの世界。
















私、さっきエースのこと忘れてたしまってたんだろうか。
それともやっぱりローを好きでいた頃の癖が抜けてないのか…













ごめんエース。


さっき私、一瞬だったけど嬉しかった。
ローに抱き締められて嬉しかった。


その先も
あの時絶対期待してしまってた。













近付いてくるローの顔に
煙の中で最期にキスしたあの時のエースが重なって見えて


そこでやっと我にかえった。


頭冷やそう。
落ちつけ私。


煩悩よ頭から出ていけ。


そう思って思い切り首を降って立ち上がる。









私が好きなのはエース。
エースは私の気持ちを誰よりもわかってくれる。

エースの前では無理しなくてもよくて
頑張らない自分でいられて


そんなありのままの私を、エースも好きでいてくれた。


それにエースはこの先もずっと、私を嫌いになってしまうことはない。














逢えない代わりに
居なくなりもしない。


エースは私の支えで
でもそれは私の妄想。


この気持ちはエースに届いてるって信じたい。
信じたいけどさっきのアレはとんでもなく後ろめたい。


だめだ自分で自分が何考えてるのかわからない!!


蛇口を捻ってシャワーヘッドから降ってきたのは
まだ温くて浴びるには冷たいぬるま湯。









やっぱりダメだ。
ローは私の落ち着こうとしてる気持ちを掻き回す。









私はエースが好き。
あの時、ほんの少しの間だったけど


私とエースの気持ちは通じ合ってた。
お互いの好きを受け入れられて、受け入れて貰えて

あんな状況だったのに私、今まで生きてきた中で一番安心できた気がしたの。


あの気持ちは嘘じゃない。
エースが死んでしまったからって


それで終わりになんて出来ない。








したくない。



destruct at reality.