13-32



久しぶりにこんなに飲んだ。
一人で飲んでても中々ここまで飲まないもんな。
頭がふわふわして、なんだか楽しい。


準備してたお肉も完売で
お酒強くない組は潜水艦に戻ったり、その辺に転がってたり。


まだ飲める組もそろそろ炭酸な気分じゃないねって、アップルブランデーに氷を浮かべてはしっぽり語らい出してた。


空になったアイスベールに氷を足す為に輪を抜けると
通りかかったバーベキューコンロの中で、パチパチと音をはぜる炭。


風に吹かれて赤く色付いた部分に、エースがそこに居るみたいに思えてしまってふと顔の筋肉が緩む。


白ひげ海賊団の皆との宴も楽しかったなって、モビーディックでの楽しかった宴に思いが馳せた。
それを思い返すと同時に、胸に感じる奥の部分を何かで押さえつけられたみたいな苦しさ。


息苦しい呼吸のまま、逃げるように船室の扉をくぐった。




船の中は外より静かで、時折空気を伝って聞こえてくる誰かの笑い声。
こういうのを虚無感って言うのかな。


さっきまでお腹痛くなるくらい笑ってた。

皆が教えてくれた寝惚けたベポの奇行が可笑しくて
それをバラされた事に不服そうに眉を寄せるベポがなんだか可愛くて
爆笑してたら私の寝起きも人の事言えないって、中々酷い寝言集を暴露されて。


事実なら、中々センスある寝言だと思うんだけど
身に覚えなんてない。

でもローもシャチもペンギンも本当だって言うから、きっと本当に私言ったんだろうな。


皆に酷ぇってげらげら笑われて、ちょっと恥ずかしいなって思ったんだけど
私の話でそんなにお腹抱えて笑ってくれるって事に嬉しさみたいなものも感じたの。


とにかくさっきまで本当に凄く楽しかった。








楽しかったからこそ余計に感じる
いつかのこことは別の場所での楽しかった記憶への喪失感。


もう二度と、同じものが実現することはない。


マリージョアを出てから白ひげ海賊団に繋がる知ってる番号を手当たり次第にかけまくった。


でもでんでん虫が伝えてくるのは
電波の受信先がない事を伝える空虚な音だけ。


パパが亡くなったのはベガス聖に聞いた。
でもほかの皆は?


あのでんでん虫達が使えない状況だったとしても
皆私の番号は知ってるんだから掛けて来てくれたっていい筈なのに…。







皆が心配。
無事で居てくれるなら白ひげ海賊団の皆に会いたい。


大切な人達を失った者同士
失ったものの大きさや、その尊さをわかり合える者同士
エースを、パパを知っている人と
この気持ちを分かち合いたい。


理不尽さを、悲しさを、寂しさを
同じものを抱えてる皆に聞いて貰いたい。

自分と同じ気持ちを感じてる、自分以外の誰かのそれを言葉で聞きたい。


















「明かりくらい付けろ」
「あ、…氷取りに来ただけだから」



夜でも高めの気温に表面を溶かされた氷の山をぼんやり見つめながら
綺麗だなって、そんな事思ってたの。


どの位そうしてたかはわからない。
でもふと掛けられた聞き慣れた声は私を現実に引き戻した。


「シードルおかわり?まだあるよ?」
「いや、俺もそっちを飲む」


指差されたアイスベールに、そっかって答えて冷凍庫の前を離れる。


すれ違う時に香ったのは
どこか落ち着くけど、心臓を鎖でぎゅうぎゅうに締め付けられるような
懐かしくて、吸い込んだ息を吐き出したくなくなるような

そんな匂いだった。





「ウイ」


呼ばれた声に振り返る。
薄暗い中で、じっとこっちを見つめてくる強い瞳と目が合った。






あれ。
私呼ばれたよね?


一瞬時が止まったんじゃないかと思うほど、視界に写るものの全てが1ミリたりとも微動だにしない世界。


「どし、たの?」
「…あんま飲み過ぎんなよ」


それだけ言ったローは、私を追い抜き返して先に外に出て行こうとする。
さっきと同じように、通り過ぎる瞬間にふわりと香った温かい匂いに、また名前のわからない感情が胸の奥で疼いた。









ローが言おうとした事って
本当に飲み過ぎるなって事だけだったのかな。


振り返りもしない背の高い後ろ姿を追って賑やかな宴の場へと足を踏み出す。


薄暗い船室の中でじっとこっちを見てたローの顔は、何か言いたげだったように見えたんだけど


気のせいだったのかな。






「ウイさん続きやりましょ!今度こそ船長ぶっ潰しましょう!!」
「ローがぶっ潰れたとこなんて見た事ないけどね」


先に潰れるのは私たちだよきっと、って
罰ゲーム用のお酒を準備するもう潰れかけの皆に苦笑いが浮かんだ。


「船長だって一応人間な筈だから!いつかは潰れる!!」
「潰してから言え」


ほらね。


呆れたように目を細めて、飲まされてもいないのに自分のグラスを傾けるこの人はまだまだ余裕だ。


「そいえばあるの?潰れたこと」
「ねぇな」


ドクリ


ニヤリと好戦的に弧を描く口元に心臓が跳ねる。
かち合ったままの視線がいたたまれなくて手元のコップへと逃げる自分の瞳孔の先。


琥珀色の甘い香りを醸すお酒に浮かぶ氷はゆらゆらとその液面を漂っていて
なんだかそれが自分の気持ちに似てるのかもとか思わなくもない。


こんな事思うなんて、私酔ってるのかな。
いや酔ってるよ。
酔ってるんだけど、そんなに極端に飲み過ぎてるとかじゃないと思うんだけど。


グラスに口を付ける度に
浮いたり沈んだり、居場所が定まらずにあちこち漂っては他の氷とぶつかり合う

少しずつ溶かされて小さくなっては、いつか消えてしまう冷たい結晶。




ガリリッ


哀愁漂う思考を打ち消すように、一際大きかった氷を口に含んで思い切り噛み砕いた。


口の中に広がるお酒じゃない冷たい潤いは
きっと私の気持ちを引き締めてくれた筈。


「潰れる前にトランスモードっていうタチ悪い状態に陥るから。本当にタチ悪いからあんま飲ませない方が良いから」
「なんすかそれ!!」


ベポが目を細めてじと目でローを睨みながら発した言葉に初代以外の皆が飛び付く。


「覚えがねぇって言ってんだろ」
「覚えてないからって何やったって良い訳じゃないでしょうが!!」


珍しく声を荒げた航海士さんの暴露話は、まだそれを見たことのない皆の好奇心に火を着けた。

分かりやすくローを狙い打とうと画策してる作戦会議に、ロックオンされた本人は眉を寄せてる。


「潰れなくても二日酔いにはなってたもんね。懐かしい」
「んな事もあったな」


ちらりとこっちを向いた視線に、いつかのトランスモード明けのローの姿を思い出した。


手に収まるコップの中で
ぶつかり合った氷同士がまたカラリ、と涼しい音を立てた。







「だらしねぇ。何がぶっ潰すだ」
「ローが異常なんだよ。そうだった、前の時も一人で一本以上余裕で空けてたんだもんね…」


地獄絵図。
まさにそれだ。


ある程度はゲームで狙い負かして飲ませてた。
お題決めて時計回りに言ってくゲームとかで、3つしか候補のないお題にしては4番目のローに飲ませるとか。


中々卑怯だったけど
普通のゲームじゃ負けてくれないローもここまで来るとそれはそれでもう卑怯な気さえする。


顔色一つ変わらないローにこれじゃいかんとシフトチェンジした皆は、自分も飲むんで飲みましょう作戦を敢行した。

己を犠牲にしてでもトランスモードのローを見たかったらしい皆は結構な人数でそれに挑んだのに
結果はこれだ。


「皆風邪引かないかなー」
「知らねぇ」


敵襲に合って惨敗した難破船みたい。


甲板の床板に頬を押し付けて転がってる皆の姿に、そんな事を思った。


「皆可哀想。大好きなキャプテンの見たことない一面を見たかっただけなのに」
「なろうと思ってなってる訳じゃねぇんだから仕方ねぇだろ」


確かにそれもそうだ。


私も皆に助太刀する為にあれから結構飲んだ。
この酔い具合は私も寝て起きたら結構まずい事になってそう。


船縁に並んで背を預けて
飲み過ぎだなってわかってるのにまだグラスをカラカラやってる私達。


わかっててもとまらない。
恐い恐いお酒の魔力。


ペンギンとシャチは起きてた筈なんだけど
そういえばどこ行ったんだろ。


「おい、だから言っただろ飲み過ぎんなって」
「違う違う、そういうんじゃない」


白んで来た空を見上げながら、座りたいなって思って背中をずりずりしながらしゃがみ込んだ。
立ってられないとかじゃないんだけど、こうしてた方が楽なんだもん。


さっきよりより遠くなったローの顔は、違うって言ってるのに呆れ顔。
鼻から抜けたため息が、一見不機嫌そうに見える綺麗な顔によく似合う。


「おまえもそろそろやめとけ」
「まだなんか飲みたい気分ー」


飲み過ぎを咎めながらもなんだかんだ言ってローは付き合ってくれる。


同じように隣に腰を降ろしたその人が投げ出した脚は、普段よく見る自分のものとは比べ物にならないくらい長い。


そんな事思いながら、またグラスに口を付けた。







「もう朝だねー。寝たら起きるのお昼過ぎかな」
「起きれれば、な」


他愛もない話。


内容も空っぽ。
それを話す意味なんて何もなくて、ただ思った事を口にするだけの時間。


「お薬全員分あるの?」
「自業自得のバカにやる薬はねぇ」


そんな事言っておいて、ちゃんと処方してくれる癖に。


ふんって鼻を鳴らすローは本当に素直じゃない。
身内に甘い。


そんなこの人の事が…













心の中で浮かび上がりそうになった言葉に目を見開く。






私今、何を思おうとした…?





いけない。
酔っ払ってるせいでふわふわした思考が変な風に組合わさってた。


爽やかな澄んだ空気の中で
涼しい顔で琥珀色の液体で喉を鳴らすローの横顔を見上げる。


こっちを向いていなくてもわかる、強い意志の宿る眼差し。
この人は色んなことを考えられて
しなければいけない事の為の努力は決して厭わない意志の強い人。


この瞳を受け止めるのは
もう私じゃいけない。




酔ってるけど
でもちゃんと話せる。

本当はちゃんとしてる時に話すべきなんだろうけど
早い方がいい気がするし


「ロー、あの…ね。昼間!あ、もう昨日か!…その、はな──「ジャンバールと。…上手くやってるみてぇだな」









おん?









「え?あぁ、うん!お料理とかもだけどジャンバール話しやすいよ!皆とは雰囲気とか違うけど、私好きだよジャンバール!」
「そうか。…アイツもおまえの事、気に入ってる」


そうなんだ。


嫌われてるとは感じなかったけど、本人以外から聞くそんな話はちょっと嬉しい。


ジャンバールは大人だから。
私にはそんな風に見せなくてもベガス聖のことで何か思うところとかあったりするのかなって。

あっても可笑しくはないから、ほんの少し。
本当にほんの少しだけ気にはなってた。


「そっか…。良かった。仲良くしてくれたら嬉しい」
「おまえこれからどうすんだ」





え?





どうするって…
え?


「なにが?」
「新世界戻んのか」


灰色の瞳が射抜くように見つめてくる。


なんでかな。
その瞳が、凄く綺麗だなって

思ったの。




destruct at reality.