13-33



「カレンとアオイがね、今こっちに向かってるの。暫くはこっちで新しいプロジェクトの企画とかするよ」
「今度は何すんだ」


ビー玉みたいな瞳が綺麗。
濁りのある色の筈なのに、それはどこまでも透き通ってるみたいに見えた。


別に企業秘密とかじゃないんだけど
控えてる話さなきゃいけない事が事なだけに、結婚式とかなんか言いにくい。


「…まだ内緒。でも結構大きい事案だよ。ロー達は?やっぱり新世界行くの?」
「このくたばってるヤツらがもう少し使い物になるようになれば、な」


あっさり引き下がってくれた事にほっとしつつ
甲板に沈んでる皆に呆れた視線を送るローに倣ってその残状に目を向けた。


イビキかいてたり
変な呻き声上げてたり
安眠できてはいないんだろうけど、申し訳ないけどなんだか微笑ましい。


「ドフラミンゴに酒を受け渡す日取りと場所が決まれば連絡しろ」


気持ちにつられて笑っちゃってた私に掛けられた至極冷静な声。
隣を見上げれば、またあの綺麗な瞳が真剣な面持ちでこっちを向いていた。


「それは、良いけど…。危ない事しないでよ?」
「おまえにだけは言われたくねぇ」


いや、それはそうかもしんないけど。














どうしよう。
またタイミングを逃してしまった。


言わなきゃいけないのに、言えない展開になればそれはそれでほっとしてる自分が居る。


私は言おうとした。
伝えようとした。
でも、できなかった。


なら仕方がないじゃないって、この状況に浸っていたい狡い自分が喜びだす。


変なの。
言いたいのに、言えなくてほっとしてるなんて。
ほっとしてるのに、でも言いたいだなんて。


いつかはちゃんと言うけど
でも、もう少し。
あとほんの少しだけこのままで居ても良いのかな。


まだローの好きな人で居ても、良いのかな。











見上げた空に、もう星は見えなかった。
消えた小さな瞬きと引き換えに水平線から顔を覗かせる力強い太陽。






ごめんね、エース。
でもちゃんと言う。

言うからね。





「なーんかなんも起こりそうもねぇな」
「飲み過ぎて勃たねぇんじゃねぇの?」


ガラス張りの温室の影に身を潜めて動向を伺っていた観察対象達は
特になにかが起こる気配もなく穏やかに会話を楽しんでる。


ウイがしゃがみこんだ時には状況が動く気配を感じたのに
ただ同じく隣に腰を降ろしただけのキャプテン。


ウイが好きと自覚した頃からめっきり女遊びはご無沙汰なキャプテンは
一途とかそんなんじゃなくただ勃たねぇだけなんじゃねぇだろうか。


ンな事はねぇとはわかっていても
ここまで来ると本気でその可能性を疑いたくもなる。


酒入ってて二人っきり。
そんで酔っ払った好きな女が隣でしゃがみこめば
取るべき行動はそれじゃねぇだろ。


「おまえさ、平気なの」
「そんな飲んでない。余裕余裕」


シャチの労りは心配無用だ。
何回かキャプテンとグラスを合わせて飲んだものの、そこまで飲んでない。

あんだけ人数居れば誰が何杯飲んだかとか紛れるし
そもそもが全員酔っ払い。


ウイにロックオンされて潰しにかかられるより遥かにマシ。


「いや違くて。…おまえ結構ガチで好きだろ、ウイのこと」


バツが悪そうに言葉を紡ぐシャチは
出会った時から、今でも

人の気持ちにやたらと敏感。


物心ついた時からずっと隣に居た相方。
喧嘩も女遊びもずっと一緒にやってきた。


多分シャチは、俺の事を誰よりもよく知ってる。


「あんま切なくなる事言わせないでよ」
「俺は正直。…おまえもキャプテンも、ウイも大事。面白けりゃそれで良いけど、なんか流石におまえ不憫」


人に意見するの、シャチは苦手だよね。
優しすぎるからこそ何て声かけたら良いかわかんねぇのか、思い詰めた顔で固唾を飲む相方の姿はよく見てきた。


きっと俺には見えてない色んなことがシャチには見えてて、色々気付いてしまうからこそ中々行動に移せない。


そんなシャチが口にした、苦手な部類である筈の話。


それ聞いた所で何も解決しねぇのに。
珍しい。
シャチがんなこと聞いてくるとは。


折角だから考えてみた。
流石に不憫らしい自分の身の上を、気持ちを。







「…出来る事なら、そりゃ欲しいけど。そりゃ面白くはないよね、他の男に持ってかれんのは」


さっきまでの悪ノリで覗きを楽しんでた時とは違う顔。
本当に俺の報われない恋心を不憫に思って、俺を心配してるシャチの顔が
だろうなとでも言いたげな表情を浮かべた。


「無理なら無理でさっさと踏ん切り…つけたいのかなー」


見た目良し、顔良し、頭良し、強いし医者だし
その気になれば金だって有り余る程稼げるだろう。

そんなカタログスペックの高い我らが船長。
でも一緒に生活していくとなると話は別だ。


拘りも強ければ頑固一徹。
間違った事は言わないけど、その正論は些か極端で極論。
言葉数が多い方でもなければ、女の機嫌を取る姿なんて想像もできない。
並の女じゃやってらんねぇと思う。


「キャプテンもああだから、幸せになってくれたらそれはそれで嬉しいし」


今はもう慣れたけど
ウイが絡んだ時のキャプテンは異常だ。

キャプテンをあんなにさせる事が出来るのは、ウイしかいないと思う。


「それにぶっちゃけ想像つかねぇもん。…キャプテンじゃなく俺の傍に居たいっていうウイとか」


好きだし
欲しいのに
イメージがつかない。


ウイは頭の中ですら、こっちを向いてくれない。


「それさ。既にわかってンのに今も好きな訳じゃん。あの二人がくっついたからって、諦めつくもんなの」


訝しむように細められた視線に
一瞬息をするのを忘れた。








…どうなんだろ。



「まぁいんじゃね?なるようにしかなんないっしょ。俺もウイもキャプテンも」
「まぁ、そりゃそうなんだけど」


人間本当に嫌な事はしない生き物だ。


報われなくてもしんどくても
それでもウイを好きでいる理由がなんかあんだろ、きっと。


いつか本当にキツくなれば
こんな想いを抱いている事が嫌になれば
自然と気持ちも冷めていく。


なんだかんだでやっぱり好きだし。
俺はきっと今、そうしてたいんだと思う。


「寝るか」
「だな」


船縁に背を預けて並んだ2つの影は未だに何かを話してる。
甘々な雰囲気でもなければ特段楽しそうにも見えない。


でもそんななんて事ない二人の間に流れる空気が
なぜかとてつもなく特別なものみたいに見えた。







「もう行っちゃうのー?ゆっくりしてけば良いじゃん折角なんだしー」
「そだねー…1日くらいシャボンディの宿で泊まってて貰おうか…」


日の高くなりだした時間帯。
屍と化していた人影が徐々にゾンビのように蠢き出した。


「1日だけー?ならいいや、さっさと行けば良い」
「うーわっ…酷いわー、ベポ酷いわー」


二日酔いゾンビ達はそれが決められた行動かのように、各々がトイレを目指して気だるげに足を進める。


「…じゃあ行くから。今出発するから。ベポ錨上げて帆、張って来て」
「は?ふざけんなし。やんないし。自分でやれし」


続いて彼らが向かうのは食堂。


水…
水…


とまるで呪いの言葉かのようにそれを口にしながら、体内の毒性物質を薄めてくれるものを本能が欲する。


そして喉を潤した後に彼らが向かうのは黄色い潜水艦の船長室。


そこで苦悶の表情を浮かべながらどれだけ具合が悪いかを訴えると
漏れなくお説教が付いてくるもののアルデヒド代謝を促すカプセルが貰える。


「つめたいー!やーさーしーくーなーいー」
「甘えんな」


付録のお説教は中々図星で正論。
胸の痛む所を的確に抉る反論の余地がない代物。


しかしそれと引き換えに得られるのは内服後10分もすれば緩和し出す
彼らを襲っていた頭痛に吐き気、倦怠感。


この効能の為ならばいくら耳に痛かろうが
いくら凄まじい目で睨まれようが
その部屋を訪れるの一択だろう。


「違う違う。ちゃんと具合悪い。…じゃあさ、出航準備はしなくて良いからお茶。お茶飲みたい持ってきて」
「もう本当に怠惰の塊。っとに…仕方ないなー。ジャンバール!お茶2つ!!」


薬を入手出来たものが再び集う場所、それが食堂。


服薬する為の水を調達する為
回復したと同時にセルフでどうぞ形式な朝(昼)食にありつく為


「ちょっとベポ!!もー…なんでいつもジャンバールパシるのー?自分でやりなさい!」
「どの口が言うの、それ」


椅子をいくつか占領して横になる者
机に突っ伏す者


この一人と一匹のように、フリースペースでだらけきる者。


「ほら、喧嘩するな」
「わー…ごめんジャンバール!ありがとう!」
「仕事早いなジャンバール!」


朝まで続いた宴の翌日。
ポーラータング号の日常はこんな感じ。







大分マシになったけどまだ怠い。


ジャンバールは流石大人だ。
節度がある。
昨日結構飲んでたと思ってたんだけど、次の日に引き摺るような飲み方はしないみたい。


「これ美味しいー」
「そうか?俺は昨日の長芋の作り方を知りたい」


症状の重さにバラつきはあるものの、大多数が揃いも揃って二日酔い。

そんな私達の体調に嬉しすぎる、さっぱり系の朝ごはん。


あ。
もうお昼か。


「普通に漬けただけだよー。ジャンバールだったら何入ってたかわかるでしょ」
「生姜とにんにく、唐辛子に胡麻油と醤油か?」


刻みわさびととろろ昆布のおにぎりが泣ける程美味しい。
カリカリ梅と大葉のおにぎりが二日酔いの体に染み渡る。


そしてなによりしじみのお味噌汁とか最高過ぎる。


「めんつゆとかポン酢でも大丈夫だよ。お醤油の時はみりんとかちょみっと入れるけど」
「なるほど。ポン酢も旨そうだな」


こんなお気遣い満載なご飯を準備しててくれてるジャンバールにはもう頭が上がらない気がする。


「ペンギンがほぼ一人で全部食った骨付きの豚も作り方を知りたい」
「え…ペンギン一人で食べたの?結構あったよ?量」


気に入ってたみたいだけど本当にあれ全部食べたの?
全員食べても尚余るくらいあったでしょ、あれ。


…どんだけだよ


「きっと食えてない奴らも居るだろうから今度また作ってやろうと思って」
「そっか…何入れたっけなー…オイスターソースとはちみつと…あとケチャップ?…醤油と生姜も入れた気がするな…」


お料理する時って、結構フィーリングで色々入れちゃうもんな。


何入れたんだっけ…


「旨かった。いつも悪ぃな」
「いや、好きでやってる。気にするな」


スペアリブを漬け込んだタレの配合を必死で思い出してれば
処方とお説教が一段落したらしいローが食器を下げに食堂に姿を現した。


「私にはおにぎり一種類だと文句言う癖に。でもわさびのこれ美味しいね」
「この梅で混ぜたヤツなら食える」


は?









「梅のおにぎり嫌いじゃん」
「混ざっててこの梅なら嫌いじゃない」


は…?






何も可笑しいことなんてないようにそう主張するこの人の食の好みは
まだまだ未知数だ。





destruct at reality.