13-34



「梅嫌いじゃないの?」
「梅が真ん中に入ってるおにぎりは嫌いだ」








…わけわからん。
なにそれ。


一緒に航海してた時、梅干し嫌いなんだろうなって使わないように気をつけてたのに。


カリカリ梅なら良いのか。
混ざってるのとおにぎりの真ん中に入ってるのの違いってなんなんだ。


「意味わかんない。折角今まで梅干し使わないでご飯ずっと作ってたのに!我儘。最低。偏屈者」


変な好き嫌いを咎めるようにローを睨み付けた。


別に梅使わなくてもご飯なんていくらでも作れるけど、おにぎりとかの時は結構制限されて作りにくかった。
混ぜれば良いなら私だってこういうの作りたかったのに。


「胃の中からさっきやった薬抜き取ってやろうか」
「嘘ですごめんなさい何でもないですありがとうございます」


本気でやりそうなこの人の顔つきに、考える間もなく口が謝罪の言葉を述べてた。


脅しだ。
ズルい。
…人の弱みに漬け込みやがって


ふん、と大人しく謝った私をそれで良いとでも言いたげに見下ろしてくるローに胸くそ悪い苛立ちを感じる。


「いつもそう…自分の思い通りに事を進めようとしてさ…」
「何か言ったか」
「いえ別に」


ローなら本当にやりかねない。
シャンブルズで私の体調不良を緩和してくれてるあのカプセルを取り除かれたらたまったもんじゃない。


不満はあるけど
なんか納得いかないけど

ここは大人しく下出に出ておこう。


「今日は…出発しなさそうだな」
「ええそうですね。カレン達にはシャボンディで一泊泊まってて貰うことにしました」


不満げにつっけんどんな返事を返す。


それなのにほんの少しだけ、ほっとしたように表情を弛めるその変化に
心臓が内側に引き寄せられるような心地を感じたのはなんでだろう。


出発が伸びた事を、嬉しく思ってくれてるんだと思う。

でもその気持ちは
私に伝えようとしたんじゃなくて、表に出さないようにしてる筈のものがほんの少し溢れて見えただけ。


あからさまな感情表現じゃなくて
きっと本人にも自覚がない些細な仕草。


「…もう、意味わかんない」
「なにがだ」
「いいえなんでも」


つい口から溢れた言葉は理解出来ない私自身への疑問。




…ねぇ、お願いだからこれ以上惑わせないでよ。








二日酔いから復活した私達は結局夜な夜などぼんに熱中しちゃって。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。







結局言えなかったな…








部屋に戻って、眠気で朦朧とする頭でふとそんな事を思った。


そもそもローと二人きりになる機会がない。
今までもこんなになかったっけ?二人になれる時間。


ふと思い立ってローを探しても
ローの傍には常に誰かが居て。


折角チャンス!って思っても
なんでかタイミングを逃して言いそびれる。






明日は言えるかな…


午前中の内には出航する。
きっとバタバタするだろうし…





どうしよう…かな…





言わなきゃいけないのに
ちゃんと考えなきゃいけないのに



沈みかける意識はそれを邪魔する。



睡眠欲って
人間の三大欲求って言うもんね。



こんなあやふやな気持ちと眠たさ
どっちが勝つかなんて一目瞭然だ…




























「忘れ物ない?」
「大丈夫!こっちに特に何も持ってきてないもん」


朝ごはん食べて、皆が鍛練するって言うから
その前に出発することにした。


「カレンとアオイによろしく」
「うん!伝えとく!」


この賑やかな船と、また暫くお別れ。

あんなに、その…
会いたくないなって思ってたのに。

最初はね、ちょっと疲れたりとかもしたんだけど
来てみればやっぱりここは落ち着くし楽しい。


来る前よりも前向きになれた。
沢山元気を分けて貰った。


見送ってくれるという皆が、名残惜しそうにまた来てって言ってくれて
それに勿論!って答えながらぞろぞろと甲板に移動する。


笑顔を作ってまたドボンやりたいねって口にしていても
気持ちの底の方をがしりと掴まれてるみたいな、重苦しさをずっと感じてた。


言わなきゃいけない。
このままじゃダメだ。


言わなきゃ言わなきゃって思いつつも
どんどんそれから逃げたい気持ちが大きくなって来てることに、気付いてた。


ローと話してたり、一緒に居ると
この関係性を断ち切らなきゃいけないんだって
これを手放さなきゃいけないんだって


そんな気持ちが
ローを呼び止めようとする言葉を何度も飲み込ませた。





ローが一人で居ない時だってね
何度タイミングが噛み合わなくたってね

言おうとすればいつだって言えたんだ。


話があるって、呼び出して二人になれば良い。
遮られても途中で切り返したら良い。


言えないんじゃない。
言わないんだ、私。


仕方なかったって自分に言い聞かせる為の言い訳を探して
やらない理由をこじつけて逃げてるだけなんだ。
結局。












「ロー、あの…ちょっとだけ。ほんとにちょっとだから、時間良い?」
「なんだ」


少し前を歩いてたローが足を止める。
振り向いた顔は、それが通常運転なのはわかってはいるんだけど
やっぱり無表情に近いポーカーフェイス。


「いや、えっと…ちょっとだけあっち…良い?」


先を歩く皆が、フリーウィング側の船縁に向かっていく。
後ろを歩いてた皆も、ヒューヒュー冷やかしながら追い越して行く。


そっち側とは逆の方。
船尾の方を指差して伺い見た顔は、なんだか少し不機嫌そう。


あんまり機嫌の良くないローに
しかも声は聞こえないだろうけど皆が居る場所で。
しかも出がけ。


言い出し難さに拍車がかかる。


返事も頷きもしないでそっちに向かって歩き出すローの後を着いていきながら、とりあえずやっと話す環境を作れたことにほっとした。










言う。
言うんだ。


ごめんなさいって。
別の人を好きになってしまいましたって。










言うんだ。










「どうした…改まって」


首だけが振り向いたその整った顔は
細められた目と寄った眉が心の中を映してる。


「あの…前に!話があるって部屋に行ったことあったでしょ?…その、話なんだけど…」
「話なら聞いただろ。まだなんかあんのか」


いや、違う。
それじゃないんだってば。


私がまだドフラミンゴの件で隠し事してるとでも解釈したのか、その眼光が強くなった。


「違う!!それじゃなくてね…他の、話」
「…おまえのその様子じゃ、良い話ではなさそうだな」


びくり


振れた肩に、私のこの後ろめたい気持ちは透かされてしまっただろうか。







落ち着いて考えて。
言いにくいって思う事自体がなにか変。


私のエースへの気持ちは胸を張って言えない事なの?


違う。
そんなことない。


「急ぎか?」
「え?」


折角勇気を振り絞って声を掛けたのに、いざそうなると怖じ気付いてる。
今考えなくても良いことを考え出して、先伸ばしにしてる。


「急ぎっていうか…早く話しておいた方が良い、かなって」
「なら聞き方を変える。それを今聞かねぇことで、おまえや俺、アイツらに危害が及ぶ事はあンのか」


親指で皆を差すローの指先を目線が追う。
見なくたって“アイツら”が誰を指すかくらい分かるのに。

本当に無駄な事ばっかりしてるな、私は。


「それは…ない、けど…」
「なら後で良い。見たところ纏まってねぇんだろ、そのハナシってヤツは」


ほら。


話を遮られるでもなく
また言えなさそうな雰囲気がちらつき出す。


どうしよう。
言うなら今だ。


でも今聞いて欲しいって。


そんなに伝えるのが難しい内容じゃない。


くよくよと悩む思考がもろに反映された私の視線の先は
背の高いこの人を支える大きな足をただぼんやり眺めてた。


「一度に何でもかんでも手ぇつけんな。誰相手にしてるかわかってんのか」


包み込まれるような温もりを頭に感じた。


顔を上げればそれは大きな優しい手。
あやすように乗せられた心地好い重みは、鼻の奥につんとした痛みをもたらした。





なんで涙は、出ようとして来るんだろ。





「ドフラミンゴに俺と航海してた事聞かれても、おまえはそんな調子で返事すんのか。…本気でやめてくれ、今はそこにだけ注力してろ」
「えっと…それは大丈夫だよ!わかってる!ちゃんと出来るよ!」


少しだけいつもより潤ってる気がする目を覆う水分を、瞬きで必死に拡散した。


「どうだかな。…忘れんじゃねぇぞ。取引の日にちと場所、決まったらすぐ連絡しろ」


ぎゅっと掴まれた頭と、戒めるように寄せられた顔。
ちょっと予想外な展開すぎてこくこく首を縦に振りまくった。


そんな私を見て、良い子だとでも言いたげにローの口角がにっと上がる。


「なら話はこれで終わりだ。アイツらも待ってる」





離れていった温もりと折角のチャンス。


皆の方に向かって歩いて行くその背中に、さっきとは違う罪悪感を感じた。







結局言えないまま、2つの船を繋いでいた渡し板はお役御免とばかりにペンギンに放り投げられる。


「またでんでん虫かけるから」


じゃあねって、人差し指と中指だけひらひらさせたこの人にも
そう言えば私はやらかしたな。


本当に私なにやってるんだろう。
ダメだ私、ダメ過ぎる。







小さくなっていく黄色い潜水艦に笑顔で手を振っていた顔が
ふと表情をなくす。


もう見えない。
もう見られない。


もう気持ちとは別な顔を作る必要もない。


深く吸い込んだ空気の吐き出し方は、どこからどう見ても
幸せが逃げるよってよく言うあれ。







ローのことをね、嫌いになった訳じゃないの。
でも私はあの時、ローよりもエースを選んだ。


言い付けも守らないで
ドフラミンゴの件なんか比じゃない程危ないことして
もしかしたら二度と会えないかもしれなかったのに
ローを傷付けるかもしれなかったのに


それでもエースを助けに行った。
私はあの人を放っておけなかった。


何事もなかったから良かった。
私は命の危険どころか怪我一つしてなくて
私があそこに居た事はほんの一握りの人以外にはバレてない。


だから今こうして居られる訳だけど…







“それは結果論だろ”、ローが言いそうな言葉。


私がハートの海賊団で楽しく過ごせたのも
大切な友達を悲しませずに済んだのも
結果論。




そうなっても可笑しくないような事を
私は自覚した上で選んでしたんだ。









ローは引いた線の内側に中々他人を入れない。
その分身内にはとことん甘い。

でも普段は皆にも厳し過ぎるくらいだし
それは周りだけじゃなく自分に対してもだ。


きっと






もう失いたくないんだよね。
大切な人を失いたくないから、誰でも彼でも“大切な人”にはしない。


自分が守れる人しか、中に入れないんだよね。


守る為に戦いや医者としての腕を磨き続ける事をやめなくて
その余波をいち早く察知する為にいつも難しい事ばっかり考えて不測の事態が起こるリスクを減らしに減らしてる。


そうだ。
よく考えればわかることだ。


ローはそういう人だ。



destruct at reality.