14-4
「もしもし?ペンギン?私!カレンだよー!久しぶり!!」
壁側で寝てたカレンが物凄い勢いで飛び起きては私を飛び越えて受話器を取る。
電話だから顔なんて見えないのに
暗闇にすっかり慣れた目には、受話器片手ににこにこと可愛い顔を浮かべてペンギンと話すカレンの姿がハッキリ見えた。
さっきまでとは偉い違い。
でも何て言うのかな。
気を許してるからこその、自然体でのガールズトーク。
私は無表情で中々えぐい話するカレンも、こんな可愛いバージョンのカレンも好きだな。
スピーカーモードじゃないから、あっちが何を話してるかはわからない。
でもカレンは楽しそうだし、私はつい最近まで一緒に居たし。
同じ空間に、自分に意識を向ける人がいないせいか
昨日も夜更かししたのに早寝した二人に起こされて早起きしたせいか
寝ちゃダメって思いながらも
意識はぐらぐら傾いて、眠りの沼に引きずり込まれた。
「それでね!今日ウイとウェディングドレスのデザインしたの!中々素敵なの出来そう!!」
『へー、良いじゃん。…ってかウイは?風呂?』
久しぶりにペンギンと話せる!って思ったら
先走った気持ちはでんでん虫に飛び付いてそれを独占しちゃってた。
「あ!忘れて…たんだけどね、ここに居るんだけど放っておいたら寝ちゃってた!」
これはウイのでんでん虫。
それにかけて寄越したペンギンは持ち主に用があったんだと思うんだけど。
ペンギンは聞き上手っていうか相槌上手。
ついうっかり喋り過ぎて、楽しすぎて
それを忘れてた。
「ごめん!ウイに何か用だったよね?起こす?」
「んー、いいや。ちょっと前まで来てたし。っつーかウイちゃん一回寝たら起きないでしょ」
「そ?」
まだペンギンと話してられるのは嬉しい。
この人はウイを好きで、私のことなんてアウトオブ眼中なのも知ってるから
そこまでガチで好きとかではない。
でも嬉しいしこうしてたいって思っちゃうんだよな。
ファンみたいな?
いや違うな。
あわよくば、だ。
ウイに代わらなくて良いならいっかって
また私は聞いて欲しい事を一方的に話し続けた。
たまに突っ込んでくれて
たまに質問してくれて
たまに爆笑してくれるペンギン。
こんな人が彼氏だったらなー…
「ウイ元気そう?」
一通り喋りまくって一息ついたタイミングで
ペンギンが切り出してきたその話題。
「こないだまで一緒居たんでしょ?元気よ?」
「なら良かった」
私も宿で久しぶりにウイの姿を見た時は心配した。
でんでん虫で話には聞いてたけど、長かった綺麗な髪は短くなってて
でもウイは普段通りのウイだった。
大切な友達を亡くしてツラい筈のこの子は
それでも変わらずいつも笑顔で明るい。
「なんで?なんでそんなこと気になったの?」
もしかして無理してるのか?
私たちの前では無理して笑ってるだけで、ハートの海賊団のとこではそれはそれは落ち込んでたんだろうか。
「好きな子が元気してるかとか毎日だって気になるでしょ」
「…はいはい」
違うのか。
なんかそんな気がしたんだけどな。
なんでかはわかんないけど。
後ろに目をやればすやすやと眠るペンギンの好きな人。
「ペンギンはウイのどこが好き?」
「なにいきなり。──んー、全部?」
受話器に音が入らないように、そっとため息を吐いた。
ペンギンにも、エースにも、ローにも愛されてるウイ。
顔も可愛いと思う。
良い子だと思う。
面白いし、放っておけないのもなんかわかる。
一緒に居て楽しいのも納得。
「…良いなぁ」
「カレンも見つかると良いね。全部を好きになれる人」
そっちじゃないんだけどなー…
私が羨ましかったのは
ペンギンじゃなくウイだよ。
「好きになるのは得意だよ。その先よ問題なのは!」
受話器を通して聞こえてくる爆笑。
本当なんでも笑うよね、ペンギンは。
朝目が覚めると
私は壁際に寝てて、横を見たら受話器を持ったまま寝こけてるカレンの姿。
通話が切れてたそれを元の位置に戻して、何も掛けずに寝てる背中にタオルケットを掛けてあげた。
結局、寝落ちしたのね。
カレンもだけど私もだ。
でも起こされなかったってことは、そんな大事な用事はなかったんだと思う。
着替えてリビングに降りれば、コツコツとドアを叩くカモメ便。
本当にこの子達は賢いなって思いながら、新聞を一部貰って首にくくりつけられてる箱にベリーを入れた。
まだ朝も早いし、カレンだけじゃなくアオイも夜更かししてそうだし。
朝ごはんの準備はまだいっかって。
コーヒーを淹れてリビングに腰を落とす。
開いた新聞の見出しを飾る記事は
朝から心拍数を異様にあげた。
「え…」
“海軍新元帥はサカズキに−10日間に及ぶマグマと氷の決闘−”
『僕はあの人に着いて行こうと思ってる』
これは…
海軍の元帥にはサカズキが就任して、クザンさんは負けちゃったって…ことだよね。
そうなるとロイは、海軍を辞めるの?
色んな気持ちが頭の中をぐるぐる回ってた。
そもそもなんで新しい元帥を決めるのに10日間も決闘なんてしてるのか
負けたっていうクザンさんは無事なのか
ロイはその場に居たりとかしたんだろうか
起きて来たとき一緒に持ってきたでんでん虫。
ロイの番号を指早にダイヤルした。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
取り敢えず呼び出し音が鳴ったことにほっとした。
呼び出し先がないことを告げる、白ひげ海賊団へのそれとは違う音。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
いくら鳴らしても、それは途切れない。
途切れたとして、ロイが出てくれたとして
私は何を聞くつもりなんだろう。
海軍辞めるの?
クザンさん負けちゃったの?
無事なの?
それは今朝新聞の見出しを飾ったばかりのこのタイミングで
些か無神経過ぎるんじゃないだろうか。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
全く応答して貰える気配のない受話器を、そっと能面面のかたつむりに戻した。
無事、なんだよね?
出てくれたらそれはそれで困ったんだろうなって気持ちもあるけど
やっぱりロイとクザンさんの安否も、ロイの今後の動向も気になった。
何か情報がないかと新聞に目を走らせても
私が欲しい情報は何一つ載っていない。
パンクハザードが壊滅的被害を受けて民間人の立ち入りが禁止になったこととか
赤犬も結構な重症なこととか
海軍同士の決闘ってことは、民間人はきっと退避済みだったんだろうし。
そもそも元からパンクハザードは無人島だったのかもしれない。
体面ばかり気にするあの組織が内部の抗争で民間人に被害を出すとは思えない。
出ても隠蔽するか。
海軍の得意技。
お家芸。
他のページを捲っても、何も目新しいニュースは乗ってなかった。
白ひげ海賊団の皆につながりそうな情報も。
「はぁ…」
朝から気が重い。
海軍のことなんて、どうだって良いことの筈なのに。
それでもロイのあの言葉があるからこそ
それがこんなにも引っ掛かる。
ねぇエース。
エースならこんな時どうする?
今ここに居てくれたら
なんて言ってくれる?
私は困ったり落ち込んだりした時
エースの前でそんな素振りを見せるのが得意だった。
エースはいつだってそれに気付いてくれて、どうした?って
そうやって俯いた顔を覗き込んでくれてたから。
今、ここにエースが居たら
きっとこの時間は定位置のここで寝てる。
恋人同士になったなら、私の部屋で一緒に寝たりとかしてたのかな。
革張りのソファーの表面を、指が勝手に撫でた。
私の手よりも冷たいそこには
エースが遺したぬくもりなんて少しも残ってない。
その後に私も、ペンギンも、ハートの海賊団の皆も、昨日はアオイだって
この場所に寝たり座ったりしてた。
上塗りされていくようなそれに
切なさが募った。
「ふぁーあ…、はよっ」
「…!おはよ!…アオイ凄い寝癖」
地下からの階段を登ってリビングに姿を現したアオイは、眠気眼で頭をガシガシ掻いてる。
どんだけぼーっとしてたんだろ。
声掛けられるまで、アオイの足音にも全然気付かなかったな。
ソファーにエースの面影を求めて彷徨っていた指をさっと引っ込めた。
「あー…マジか。風呂入ってくっかな」
「うん。その間に朝ごはん作っとくよ」
冷蔵庫からお茶を出して、コップに並々と注いだそれを一気に飲み干すアオイ。
出会った時よりも、声は少し低くなったのかな。
でも見た目は相変わらず金髪碧眼の、王子様みたいな可愛い顔。
この顔で結構な口の悪さ。
見た目と中身のギャップグランプリがあるならぶっちぎりで優勝だと思う。
「順調?」
「まだ途中。組み上げて動かしてみねぇとわかんねぇ」
肩を竦めるアオイは余程根を詰めてたのか、コキコキ首を鳴らす音が中々の音量でちょっとびっくりした。
「実現したら凄い素敵な企画なんだから!頑張ってね!」
「ったりめぇだろー?」
任せろ!とでも言いたげに目を細めて見下ろしてくるその顔は、ドヤ顔の部類。
自信あるんだろう。
手応えも。
流石だ。
私も頑張らないと。
ふんっ!と意気込んでソファーから立ち上がる。
テーブルの上の新聞にもう一度だけ目を落として、目を閉じて頷いた。
また掛けてみよう。
今はバタバタしてるかもしれないから、もう少ししてから。
ロイの方から連絡が来るかもしれないし。
今は考えてたって何もならない。
「朝ごはん何にしようかな」
私は今出来ることをしよう。