14-8
「お邪魔しまーす!へぇ、なんかお洒落なとこー」
「ぼったくりなんて看板下げてっからどんな店かと思えば。良い店じゃん」
さっきレイさんが入ってきたばかりの扉から姿を現したのは二人の男女。
初めて来たのに全く怖じ気付いた気配もないこの二人は、知ってはいるけど何て言うか流石だ。
「あ、レイさんシャッキーさん。紹介します。一緒にブラーヴェで働いてるカレンとアオイです」
「ウイさんのお仲間さんか。初めまして、ここではレイさんと呼ばれているよ。今回のコーティング、しっかり務めさせて貰う」
「オーナーのシャッキーよ。どうぞ掛けて?」
社交的な二人だから、言われるがままにカウンターに腰をかけてはすっかり打ち解けた仲みたいにお店に馴染んでた。
シャッキーさんとメニューを見ながらあれこれ話してるカレンとアオイを目の端に捉えながら
ちらりとレイさんに目を向ける。
「ウイさん、今回のコーティング代について少し良いかな」
「あ、はい!今回はちゃんとお金取って下さいね!」
私の心の中なんてレイさんには透け透けなのかな。
丁度目があったのは偶然なんかじゃないと思う。
シャッキーさんに一言断って店の奥へ足を踏み入れるその背中に、ただ黙って着いていった。
「さて。…何か聞きたそうだな?」
「お見通しなんですね。でもなんて言えば良いんでしょうか。…エースの事です」
なんだろう。
思ってる事をちゃんと言葉に出来ないけど、レイさんならわかってくれる気がして
断片的でしかない言葉を並べた。
ふっと目を細めたレイさんには伝わったかな。
レイさんにとってやっぱりエースは通りすがりの海賊なんかじゃなかったですよね?
エースを見つめるあの目の奥に見えた暖かい想いは思い違いなんかじゃない。
ルフィくんのとこに行ってたって言うのも気になる。
「エースくんのことは、残念だったとしか言い様がない」
穏やかに、でもどこか諦めたように語り出すレイさんの伏せた目は
あの日見たあの、おじいちゃんが孫を見るような優しい目をしてた。
「前にウイさんは私に聞いたな。エースくんの親戚か、と」
椅子に掛けるように促されて、そこに座ってただ頷いた。
手慣れたようにお茶を淹れてくれる姿を目で追いながら、続く言葉を待った。
「親戚、ではないな。ただ彼に縁がある事に関して言えば正解かな」
カップに注がれた紅茶の上質な香りが、静かな事務所の中にただ漂っていた。
「エースくんは、私の…親友の息子だ」
ことり、と置かれたマグカップ。
向かい側の椅子に腰を降ろしたレイさんは、驚きに目を見開いていた私を穏やかに見つめながら
話を続けた。
「ウイさんもあの公開処刑の映像は、見たのかな。エースくんの父親はゴール・D・ロジャー。巷で海賊王と騒がれている男だ」
「ゴール・D…?エースから父親の話は少し聞いてたんですけど。誰なのかを知ったのはあの日の少し前です」
ゴール・D・ロジャーって、ゴールド・ロジャーのことだよね?
つまりレイさんはロジャーと親友で、エースがロジャーの息子だって知ってたってこと…だよね?
「昔の話だ。あの男の船に私も乗っていてね。子供が出来たと聞いた時は驚いた。ロジャーが死ぬ間際のことだったしな」
「ロジャーさんは、エースの事をどう思って…って言ったら何か変だけど。大事に思ってましたか?エースずっと、…ロジャーさんのこと恨んでたから」
恨みたくなると思う。
自分ではどうにもできない事のせいでずっと
エースは周りに怯えて生きてきた。
ずっと自分に流れる半分の血を忌々しく思いながら生きてた。
「それはそれは喜んでいたよ。ロジャーが愛した女との子供だ。ただあの男も、馬鹿なようで人の親ともなれば変わってくるんだろうな」
馬鹿って…
ロジャーは船長でしょ?
海賊王って呼ばれるくらい凄い人。
親友とは言えそんな人に馬鹿なんて言えちゃうくらいだ。
やっぱりロジャーは、エースのお父さんは
そんなに嫌な人じゃなかったんじゃないのかな。
「表立っては見せなかったが、とても心配して気に掛けているようだった。エースくんの母親と、エースくんのことを」
「そっか。あの…なんであの時エースに、それを伝えてあげなかったんですか?」
エースも知りたかったと思う。
だからなんだ!って怒ったかもしれないけど。
でも誰にも言わなくても
許せなくても
父親が自分を愛していた事を知れるのは
嬉しい事なんじゃないのかな。
「そうだな…少し迷ったよ」
紅茶を啜りながらそう話すレイさんの顔は、やっぱり穏やかだった。
落ち着いてて、どしっと構えてるんだろうなって言うのが見てわかる。
「ロジャーとエースくんは、似ているようで似ていないな」
「そうなん、ですか?」
いくら父親って言っても、エースはロジャーに会ったこともない。
やっぱり血縁って、見た目以外でも似てくるものなんだろうか。
自分に流れる半分の血を思って、それが急に怖くなった。
私には優しい母様の血だけじゃなく、あの父様の血も流れてる。
私も父様に似てるのかな。
…嫌だな。
「そうだな…エースくんの方がまだ若いのに、死に際のロジャーよりも分別があったように見えたかな」
ハハハ!と笑うレイさんは一緒に海賊をしていた頃のロジャーを思い浮かべてるんだろうか。
どんな人だったんだろう。
ゴールド・ロジャー。
「…エースくんの死に際を目の当たりにして驚いた。大事な仲間を貶される事はいつも、ロジャーの逆鱗のツボだったからな」
「…?」
映像でんでん虫はどこまで詳細にエースの最期を放映してたんだろう。
私はあの時あの場に居たから、ルフィくんを庇ってエースが命を落としたことしか知らない。
「あの、私そこ…詳しく見れてなくて。…エースの最期って…」
「赤犬めが白ひげを貶したんだ。白ひげの命令で引けと言われていた最中、エースくんはそれが余程気に障ったようでね──」
バカだよエース
本当にバカ
バカバカバカバカ
大バカ者だ。
レイさんが話してくれたそれは
私が知らなかったエースの生きた証。
バカだって思いつつも
なんでそんな人の言うこと真に受けるのって思いつつも
エースらしいって思ったんだ。
エースらし過ぎるその最期に
ただ涙が止まらなかった。
「完全な後付けだがな。そんな親友の息子の姿を見て、言わなくて良かったと思ったよ」
ぐすぐす鼻を啜ってる私に差し出されたハンカチ。
申し訳ないと思いながらそれで涙を拭って、続きを待った。
「エースくんも…信じるものは自分で決める男だろう?」
エースがあの時、レイさんにロジャーの話を聞いてたら
憎んでる父親だけど、それでも愛されて、誕生を喜ばれて生まれて来た事を知っていたら
喜ぶと思ったんだけどなぁ…
いや、きっと最初は怒ると思うけどね。
聞いた直後は絶対怒る。
無責任だとか
大事に思ってれば俺が今まで受けて来た仕打ちは許されるとでも思ってんのかとか
すっごい怒りそう。
でもそうだったって事実は絶対嬉しいものだと思ったのに。
確かにエースが大事にしてたものは
全部自分で選んで手にしたものばっかりだ。
血の繋がりのないルフィくん。
スペード海賊団の皆。
パパも、白ひげ海賊団の皆も
私も。
よくわからないや。
エースに聞いてみたかった。
どうだったの?って。
聞きたかった?
それとも聞かなくてよかった?
「エースくんも、惚れた女性をこんなに悲しませるとは。罪な男だな」
レイさんが戻って来てくれて良かった。
エースの話をできて、ロジャーの話を聞けて良かった。
私とは違う目線で見たエース。
もう私は、私の中に居るエースとしか会えないから。
こんな一面もあったんだって知れたみたいで
寂しいけど嬉しい。
「今頃実は仲良くやってるかも知れないな。あっちの世界で」
「どうでしょう。噛み付いてるかもしれない」
そっか。
パパだけじゃなくロジャーも、居るんだよね。
そっち側には。
お母さんも、サボくんも。
…なんだ。
私はエースが一人で寂しくないかなって心配したりもしてたのに
こっちで寂しいのは私の方なのかもしれない。
「ロジャーに噛み付いても色んな意味で歯が立たんぞ?…そうだな。ルフィくんの方が雰囲気は似てるかも知れん」
「私ルフィくんにもちゃんと会ったことなくて。そっか…似てるならエース、ロジャーさんのこともきっと本当は好きですね」
エースの話をこんなにしたのは久しぶりだ。
エースを知る人の心の中に、ちゃんとエースは生きてる。
「じゃあロー達も必要なもの運び出して、あと宿も取らなきゃ!それ終わったらベポ!お買い物行こう!」
コーティング中は荷物の出し入れ出来ない。
船で寝泊まり出来ない間の居場所も確保しなきゃ。
いつの間にかカレンとアオイはハートの海賊団の皆と馴染んでて。
麻雀に目覚めたカレンは同じ宿に部屋とって皆でやろうって企画してた。
…皆のカレンを見る目がでれでれしてる気がするのは気のせいじゃないと思う。
カレン綺麗だもんな。
どうせ私にはない胸がカレンには十分ございますよ。
ええ。
「待て、俺も行く」
「キャプテンも?…別に良いけど」
あんまりお買い物とか好きじゃないのに。
ローがそんな事言い出すなんて珍しい。
ベポもそれで構わないみたいで、結局同じ宿に部屋を取る事にしたらしい皆とは宿で落ち合うことにして一旦別れた。
「じゃあレイさん、お疲れのところ申し訳ないですけど。よろしくお願いします!」
「あぁ。任せておけ」
レイさんの笑顔は私をほっとさせる。
エースを心の中で生かしてくれてる人。
便りになるコーティング職人で
私の大切な人を、大切に思ってくれている人。
「また、お話したい、です」
「ウイさんならいつでも歓迎だよ。仕事が落ち着いたらまた来ると良い」
あれからも、白ひげ海賊団の皆の消息は掴めない。
レイさんはエースとの思い出を共有できる唯一の人。
皆にも会いたいな。
無事…なのかな。
「ウイ!私たちも行くよ!」
「あ、うん!」
目まぐるしく時間は過ぎていく。
どんなに落ち込んでても
辛くても
時間は待ってくれない。
そんな毎日を、一生懸命生きられなくても
楽しく過ごすつもりなんてなくてもね
嬉しい事とか
楽しみなことって、必ずどこかにあるんだ。
差し引きしたらマイナスかもしれない。
一瞬楽しくても、悲しい気持ちに囚われて
前を向ききれない時だってある。
「いってらっしゃい」
「はい!じゃあ、また一週間後に!」
シャッキーさんに見送られて、レイさんに頭を下げて
お店の扉を出た。
お店の外では、私の好きな人によく似た太陽が
眩しく世界を照らしてた。
なんだ。
夜じゃなくても、エースはここにも居たね。