4-5
「何か良い雰囲気じゃん」
「しっかしあの帽子って…キャプテン意外とファンシーな目でウイを見てたんだな。本人あんななのに」
選ばれなかった商品を元に戻しながら、クルー達は二人を横目で覗き見ていた。
屈んだローの頭に背伸びをしたウイが帽子を被せている様子は、端から見ればカップルにしか見えない。
「キャプテン絶対他のヤツにあんなことさせねぇよな。嫌いじゃん他人に触られるのとか」
「ほんとそれ」
角度の調整までをウイにさせているその状況は、普段のローを知る彼らにとっては中々に衝撃的。
ウイがローに選んだのは虎柄の虎耳と尻尾のついたキャスケット。
彼には可愛らし過ぎる気のするそれを、本人は意外と気に入っているようだった。
会計を済ませたローが振り返ると、そこにはもう待ちきれないとばかりに目を輝かせる#Name1#の姿があった。
例えるならそう、リードを持つ飼い主を見てしまった散歩待ちの犬。
「帽子ありがとう!!」
「あぁ。ほら、行くぞ」
「うん!!」
待ってましたとばかりにウイはローの腕を引き駆け出した。
時間もいくらでもあれば、アトラクションは逃げはしない。
しかし益のない行動を好まず、他人に合わせる事等絶対にしない筈のローは
簡単に振りほどける掴まれた腕を、されるがままにさせていた。
ジェットコースター五連発。
ゴーカートにパイレーツ。
絶叫好きが主導権を握っているだけあって、これまで乗ったアトラクションはほぼそれに当たる。
ウイとペンギンは存分にはしゃぎ、シャチは適度に楽しみ、ローは普段通りの涼しい顔だ。
だがしかし一名、いや一匹。
恐怖で号泣しながら引きずり回される熊の姿が、その日園内で話題になっていたとか。
狂喜か恐怖かはさておき、一名を除いて叫び疲れた一行はベンチで休憩していた。
ローの視線の先には、次は何に乗ろうかとパンフレットを広げるウイと愉快なBGMに合わせてカラフルなカップが回転するアトラクション。
「おいウイ。あれ、付き合え」
今まで自ら何かに乗りたがる事等なかったローが指差す先には、小さな子供連れの親子が和やかにそれを楽しむコーヒーカップのアトラクションがあった。
「コーヒーカップ?え、本気?…笑う」
いつか真顔でルンルンバースを口にしたローに爆笑した時と似た、人を小バカにしたような笑い。
今回は爆笑こそしなかったものの、ウイはその誘いがツボに入ったようだった。
「昔からあれは好きだ」
「へぇ…良いよ、行こう!」
笑いを圧し殺しながら、いや圧し殺せていない。
半笑いの彼女がそれを了承した。
しかし似た笑いのツボを持つ片割れはニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
それは事後ではなくこれから起こる何かがそうさせているようだった。
「俺ちょっと…酔っちゃったから休憩してる」
「じゃあ俺らベポ見てるわ。二人で行ってこいよ。そんな並んでねぇだろ?」
当たり障りのない理由で同行を回避したクルー達は知っていた。
そのアトラクションがどういうものかを。
「あいつ絶対アレ、子供向けのくそつまんねぇヤツだと思ってるよな」
「キャプテン絶対アレやる気だよね」
これから何が起こるかを知っている彼らは、メルヘンなカップに座るローに腹を抱えて笑い転げるウイの数分後の未来を思い
人の悪い笑みを浮かべながらそれを見守った。
丁度動き出したカップの中で
ローに何かを言われたウイは中央のテーブルを回すと、それに合わせてカップ自体も回転を始める。
「おもしれぇだろ」
「え、本当…好きなの?意外と…ファンシーだね」
ウイは適当に、相変わらず半笑いでテーブルを回していた。
「最高におもしれぇだろうが。…なぁ?」
それを言いながら、ローは中央のテーブルを力を込めて引いた。
比較的重いそれは、ローの手にかかれば難なく回転する。
「ひ…ぇ!?う、わ…ぁぁぁあぁっ!!!何っ!?遠心力!遠心力ーっ!!」
急遽自転のスピードを増したカップは、端から見れば彼らの残像をいくつも残す程の勢いで回った。
「キャプテンって、案外おちゃめよね」
「好きな子程苛めちゃうタイプなんじゃない?」
「流石のウイも、あんだけ油断しててアレじゃビビるよなー」
ウイの叫び声は、カップが止まるまで止むことはなかった。
「面白ぇだろ?」
予想外のそれにすっかり目を回したウイは、意地悪く口角を吊り上げるローの言葉にも返答できずに
悶絶したまま動けずにいた。
「ちょっと…アレは反則…も少し待って、何これ立ち眩み?」
カップの動きが止まった後も、ウイは動けずに居た。
最後の客が出ていっても復活する事のない様子に溜め息をついたローが、その膝裏と背中に手を差し込んでウイを抱え上げる。
「ちょっ、…ちょっとロー!?」
俗に言うお姫様抱っこ状態に降ろせと抗議の声を上げたウイは、無視され自分の足で歩く事なくコーヒーカップのゲートを出た。
母親と手を繋ぎ順番を待っていた小さな女の子がそれを見てポツリと
王子様みたい、と呟いた。
「ああいうヤツなら先に教えてよ!!」
「つまんねぇだろそれじゃ」
時間の経過と恥ずかしさですっかり回復し降ろされたウイはそれはそれは物凄い剣幕で文句を口にした。
何も構えぬ油断した身には、高速回転とそれに伴う遠心力は相当堪えるものらしい。
「まあでも確かに…面白かったね」
「おまえのアホ面の方が最高に笑えたけどな」
再び怒り出すウイを無視したローが、クルー達の待つベンチの方へと足を進め
その後ろをウイは罵倒しながら着いて歩いた。
「楽しかったみてぇじゃん」
「そろそろお昼食べに行こう!」
知っていて黙っていた件で言えば、彼らも同罪。
しかしそこを知らないウイはベポに泣き付いた。
「キャプテンひどいねー」
ウイの頭をよしよしと素知らぬ顔で撫でるベポこそが、最もタチが悪いのかもしれない。
この熊が誰よりも先程の出来事に腹を抱え笑っていた事を、彼女は知らない。
昼食を挟んだ事で体調不良もローへの恨みも綺麗サッパリ忘れたウイは
巨大迷路やフリーフォール、ミラーハウス、お化け屋敷…
アトラクションを全制覇する勢いで園内を走り回った。
散々遊び倒した頃、日の暮れた園内はライトアップされ昼間とはまた違った雰囲気を醸し出していた。
「なあそろそろ帰んねぇ?もう十分乗ったろ?な?」
「えー…もう?まだ閉園まで時間あるのに!!」
もう勘弁してくれと帰宅を要請するシャチに、#name1#は思い切り不服そうな顔を浮かべる。
「じゃあ最後あれ乗ろうぜ!」
ペンギンの指差す先には観覧車。
巨大な円形のイルミネーションが、夜の遊園地にその存在感を主張していた。
真下から見上げる観覧車は、見る者をその大きさと高さで圧倒する。
「うわー!高いねー」
「お前チビだしな」
観覧車を小さく感じるサイズの人間等存在するのだろうか。
しかしローは190センチを越える長身。
160センチに僅かに届かないウイをわざとらしく見下ろす彼は、それに悔しがる彼女を鼻で笑った。
「おいウイ!これ四人乗りらしいからお前キャプテンと次の乗れよ!」
「じゃあなー。お先ー」
既に乗り場に辿り着いていた三人は、それを言うなりゴンドラの中へそそくさと消える。
置いてけぼりを食ったローとウイはそれに特に何も思わずに、続いてやってきたゴンドラへと乗り込んだ。
「ゆっくりなんだねー。これはコーヒーカップみたいな事ならない?」
「そうなりゃ死人が出んだろ。大量に」
だよねぇと笑うウイは窓に張り付き、少しずつ遠くなる地上を食い入るように眺めていた。
ローの視線は無意識に、景色よりもガラスに映る彼女の顔へと向いてしまう。
「楽しかったね!私初めての遊園地が皆とで良かった!」
「たまには、悪くねぇかもな」
「ねぇ聞きたいんだけどさ。何が悲しくて男三人で観覧車なんか乗んなきゃなんねぇの」
「言っとくけど言い出したのおまえだからな。二人っきりにしてやろう作戦じゃねぇのかよ」
「何話してるのかなー、二人」
一日中歩き通しで疲れたこともあり、ハナから夜景になど興味のない三人は外の景色になど目もくれず
ゴンドラの中でだらけきっていた。
「てかなんでキャプテンはあんなんなのに自覚ねぇの?」
「そこ自覚させてぇならおまえがウイと二人でこれ乗れぱ良かったじゃん」
「えー…それやったらまたクソみてえに不機嫌になって、しまいにはシャンブルズですげぇとこ飛ばされそう」
確かに。
彼らの船長ならそれをやりかねない。
後ろに続くゴンドラを覗こうと必死なベポが、少しだけ見えた!と声をあげると
シャチとペンギンもそれを覗きこむ。
窓に張り付いたウイと、その向かい側で同じ方向に目を向け何かを話しているだろうローの姿が
ゴンドラの鉄板の境目から見えた。
「うっわ気持ち悪っ。俺あんな顔したキャプテン見たことねぇぞ」
「寝起きでもあれより尖ってるな」
彼らからはウイの顔は見えない。
だが何かしら会話は続いているようで、ローの口元は定期的に動いていた。
読唇術を心得ぬ彼らには何を話しているかまでは分からぬものの
時折ふっと笑うローの顔が、彼らの全身に一瞬
鳥肌を立たせた。
「うわー…ゲロ甘じゃん。砂吐くわ」
「自分がどんな顔して喋ってんのか自覚あんのかね。アレ」
「キャプテン…楽しそう、だねー」
ドン引きする彼らの顔は、酷い物言いの割に徐々に嬉しそうな物へと変わっていく。
「そういや明日ウイとキャプテン一緒に出掛けるらしいぜ」
覗きに飽きたというより
見ている方がむず痒くなるその雰囲気に耐えきれず、シャチはそれを気だるそうに呟いた。
「マジ?デートじゃん」
「どこ行くって?」
その話題に食いついた二人も覗きを中断し座席へと腰を降ろす。
「なんかウイがギルド?だかに入るらしくて、その下見に付いていくんだと」
その色気のかけらもない内容に、ペンギンはなんだよつまんねぇと落胆する。
「ここで進展して貰わねぇとお前負け確だもんな」
「自覚してねぇだけであれもう決定じゃん」
「そんな事分かってるよ。それをいつ気付くかを賭けたんじゃん」
あぁじれってぇ!とペンギンは頭を抱えた。
敗退に王手がかかった者が焦る一方、まだ勝ちの目の残っている二人は冷静だ。
「まあ、気付いて速攻でくっつけば俺とお前が半々で勝ちだ。まだ諦めんなよ」
「それは嬉しいけど困るなー」
彼らの賭けの勝敗は、二人の今後は
一体どうなるのだろうか。
「ロー見て!てっぺん!」
ウイの言葉にローは視線を外へと向けた。
上昇途中とさして代わり映えのないそれを、頂上だと言うだけで彼女は喜ぶ。
そもそも夜景に興味のない筈の彼は、どこか夜景が綺麗な場所でもあればウイを連れて見せに行こうと
らしくもない事をその時考えたとか。
「ああ。綺麗だな」
「ね!宝石箱みたい」
飽きもせずにそれに目を輝かせるウイに、付き合ってやってる感満載のローはため息をつきつつも
その顔はどこか穏やかなものだった。