14-11
魚人島は華麗にスルーされた。
確かに取引までの日取りはカツカツ。
でも正直ちょっと、楽しみだった。
前にウイに聞いたマーメイドカフェ。
半分魚だろうと上半身は立派な女。
惜しげもなく豊満な体を晒して接客してくれるらしい人魚達。
いや接客してくれなくても見てるだけでその日の晩のおかずにはなりそう。
魚人島を貫く陽樹イブ。
その近くを通過しながら、立ち寄れず仕舞いの夢の国を未練がましく横目で見た。
最近のウイは忙しい。
一緒居ても、飯喰ってる時はいつでもベポが隣をキープしてるし、せっかく二人になれたと思えばキャプテンが割って入ってくる。
魚人島でだったら、少しくらい散歩したり観光したり
ウイが前にでんでん虫で教えてくれた話を持ち出して一緒に出掛けられるかもって
そんなことちょっと企んでたのに。
「余所見か?随分と余裕だな」
「黄昏てんの。人魚達に囲まれておいしい思い出来ると思ってたから」
このシャボンは少し厄介だ。
海中でも甲板までは出られてしまうせいで、いつでもどこでも鍛練、鍛練。
「その武装が100で本気か?そのレベルじゃおまえ、見つかったら即死だな」
「見つかんないのが俺の仕事なんでしょ?」
俺に二重尾行の任務を言い渡してから、キャプテン直々のご指導を賜る毎日。
最近お気に入りの槍を構えてキャプテンを見据える。
相変わらず隙がねぇ。
「基本俺が戦わなきゃいけねぇ場面って、あっちから掛かってくるモンなんじゃねぇの?」
「受けに回るな。仕掛けた方が有利に決まってンだろ」
そりゃそうなんだけど。
あんま得意じゃないんだよね、自分から手ェ出すの。
何発か受け流してる中で反撃の機会を見計らう方が得意。
キャプテンはそれをわかってるから自分からは仕掛けて来ない。
「俺、必要に駆られればやる男よ」
「相手に時間を与えるな」
面倒臭い。
ジリジリと膠着状態が続く中、槍を武装化してるだけでも正直しんどい。
でも本番はきっと、そんなこと言ってらんない。
見つからずに動く算段だけど、見つかればヤバいのは俺も一緒。
ガキィィインッ
刃と槍の柄が音を立ててぶつかり合う。
この男の期待に応えられるだけの実力を、来るべき日までに付けなきゃなんねぇのか。
「ねぇねぇ、新世界入ったら私たち降りた方が良い系?」
「んー…大丈夫だと思うけど、危ないか!近くの店舗で降ろすね」
海に潜ってから、お昼ご飯は基本的にワンハンドで食べられるものが多い。
食べながら、話しながら、仕事の手は止めない。
「本当に大丈夫なの?あー…でもベガス聖もロー達も居るなら安心か」
「うーん…取り敢えず気を付けはするけど、何かあったら大変だからカレン達はそこで待ってて?」
船の完成に間に合うように、私たちも準備を進めなきゃ。
あの後ソニア達に送った船の設計図。
既に夢の船だったのに、本当に二人はダメ出ししてきた。
開閉式の屋根をね、ソニアのガラス細工の入った磨りガラスにするとか
強度が心配だからそこを二重にするとか
招待客限定のコンテナショップのブースを追加するとか
予算も納期もオーバーしたけど、予算は私も出せる範囲内。
納期は寧ろ準備期間が増えて願ったり叶ったり。
本気で、全身全霊をかけて準備に打ち込む為にも
ドフラミンゴとの取引は片付けておかなきゃいけない。
おかないんだけど…
大丈夫なのかな。
前も会ったけど、事の重大さを認識した上で顔を合わせるのは初めてだ。
それに今回は、ロー達が居る。
何もなければ何もしないってローは言ってるけど
アイリーンさんが、あの人が急に目の前に現れた時の
全身の血が騒ぐような感覚を思い出した。
血の気が引くような、指の先が冷たくなるけど
体の中心がどくどくと脈打つあの感じ。
きっとローも
心の準備は出来てたとしても、ああなるんじゃないかな。
私はあの人に仕返しなんてするつもりはなかった。
あの人が死んでも、何をしても
母様は帰ってこないし
父様が昔みたいに、優しい父様に戻る事もない。
誰にも必要とされない寂しさや孤独と戦いながら
夜が明けるのをただ待ったあの時間が、消えてなくなる事もない。
過ぎた時間は戻らない。
失ったものも戻らない。
許せないけど、でも
もう関わりたくなかった。
でもローは違う。
ドフラミンゴを討とうとしてる。
計画的で理性の強い人。
でも抱えてる闇は、とてつもなく深い。
恩人の仇を前にして、ローはいつものローで居られるの?
本当に
大丈夫なの…?
「え?ベポこっち乗るの?ポーラータングの操縦は?」
「もう島も大分近いから大丈夫でしょ。これで着けなかったら人間終わってる」
「それは日頃の怨みの人差別なの」
苦笑いしながらも歓迎してくれたウイは、心配半分嬉しさ半分って感じ。
なんも知らされてないんだもんな、そりゃ心配か。
カレン達も近くのブラーヴェの支店で待機なのかフリーウィングにはウイ一人。
まだ島は見えないけど、どうせ明日には着いちゃう。
でも明日まではウイと二人で居られる。
「ねぇ、ベポも取引着いてきてくれるの?ベガス聖が派遣してくれた海軍の人も来るよ?大丈夫?捕まらない?」
「俺と一緒に居なけりゃおまえは一見ただの無害なマスコットだって、キャプテンに言われた」
キャプテンからのちょっと不服だった一言も、ウイなら笑ってくれるって知ってた。
予想通りお腹を抱えてけたけた笑ってる。
本当は笑わせることが出来て良かったって思ってるのに、不満そうに睨み付ける顔がつい浮かんじゃう。
そんな事全く気にしないこの笑い上戸も
例え知られてなかろうと、俺自身を誰より認めてくれてるってことも
知ってるからこそ腹も立たない。
「当日ってさ、どんな流れなの?」
「俺がウイの護衛。何かあった時の為にキャプテン達は隠れて待機」
嘘は言ってない。
言うなって言われた事を話してないだけ。
「じゃあ本当に表立ってなんかしたりはしないんだね、良かった」
心からほっとしたような顔。
そんな顔されたらちょっとだけ心が痛む。
でも普段ウイが無鉄砲なことばっかりするから悪いんだよ。
キャプテンがウイには言うなって言う意味が、全力でわかる。
「ねぇ、夜ご飯何食べたい?ベポが食べたいもの作ったげる!」
「生の鮭」
「生か…」
顎を親指で支えて
拳を唇に押し当てるウイの癖。
その頭の中で考えてる今日の夜ご飯のメニューはどんなんなんだろ。
ねぇ、ウイ。
ちゃんと聞く。
ちゃんと言葉にして聞くから応えてね。
面倒臭いのなんていつもの事だから。
今更だからちゃんと話して欲しい。
心の中では
ウイはそんな風に笑ってなんていないんでしょ?
「二人でこうやってご飯食べるの初めてじゃない?」
「言われてみればそうかもね」
鮭のカルパッチョに生春巻にもサーモン入り。
ユッケみたいなこれも美味しいし、全部生。
よくもまぁこんなに生鮭レパートリーがあるものだと思う。
美味しい。
「いつもウイ焼くか煮るじゃん。こんなに生鮭オンパレードはテンション上がる」
「生だと色々面倒臭いんだもん。今日は二人だけだから特別!」
面倒臭かったって口では言うのに
その顔はにこにこしてて嬉しそう。
わかるよ。
ウイは基本的に自由奔放で我儘だけど
誰かのおねだりを聞いてあげるのが好き。
俺もウイの我儘きいてあげるのも
キャプテンの無理難題に答えられる自分も
嫌いじゃないから。
「ねぇ、ウイ。聞きたい事がある」
「なに急に。今日のパンツの色はピンクだよ」
そんな事は聞いてないし別に聞きたくもない。
俺のそんな心情が籠ったジト目をけたけた笑いながらお酒をつぐウイにため息が出た。
本当におっさん。
こんな可愛く盛り付けられたご飯を作ってくれても
お洒落なシャンパングラスでシードルを嗜んでても
瓶鷲掴みでドボドボ注いじゃうその感じで全てが台無し。
あとその笑い方も。
ついうっかりウイのペースに飲まれてしまうところだった。
俺が今までこの話を聞けなかったのは、なんでか二人になれた時に限って現れるキャプテンの邪魔のせいだけじゃない。
ウイがいつもこんなんだからだ。
それはそうとなんなんだろ、本当に。
最近ウイと二人で居る度にキャプテンが割って入ってくる気がする。
かと言ってただ話に混ざってくるだけで、俺を煙たがる感じでもないし。
この前のあの素っ気なかったあれも謎なままだし。
…まぁいっか、今は。
せっかく邪魔も入らない。
やっと聞ける。
「そうやって笑ってるけどさ、…エースのこと。へこんでたんじゃないの?」
聞きたかったことだけど
その話をしたかったんだけど
ちょっとだけ後悔した。
ウイがあからさまに動揺したのが見てわかったから。
ごくりと息を飲む音が、聞こえたから。
「それ…は、ショックって言うか…それはそれは堪えた…けど。何て言うか、いつまでもへこんでられないじゃん」
「そりゃそうだけど。…別にそこまで強がる必要ないじゃん。俺らの前でまで外面取り繕う必要ってある?」
自嘲するようなその苦笑いに
嫌悪感を抱いた。
俺が欲しいのはそんな聞き分けのあるウイじゃない。
見苦しくても駄々捏ねても、ちゃんと本当の気持ちを見せてくれるウイが好き。
大事な友達を亡くして悲しむ姿って、そんなに見せちゃいけないもんなの?
なんでそんな事まで隠すの。
「…ベガス聖に言われたの。エースは、私を不幸にしただけの存在だったのかって」
グラスに口を付けるウイはどこか儚げで
でも何か、芯のある強さを思わせる。
不思議な魅力が、この子にはある。
「沢山助けて貰ったの。沢山素敵なものを貰った。だからそんなエースの存在をね、駄目なものにしたくない」
「あんま話したことないけど、エースが良いヤツだったのは知ってるよ。…そういうんじゃなくて。前も言ったじゃん、腹立つって」
俺が聞きたいのはそういうんじゃない。
外に向けた顔じゃなくて、本音が知りたい。
「そう…言われても、なぁ…」
何もしてあげれないと思う
エースを生き返らせる事なんて俺には出来ないから
でも溜め込んでるその想いを
聞いてあげる事はできるよ。
解消してはあげられない。
ウイが感じてる気持ちを100%理解してあげる事もできないと思う。
でも悲しんでるウイの気持ちを聞いてあげることも
そんなウイを受け入れてあげることも出来るよ。
「そんなに俺って頼りない?本音喋るほどの存在じゃない?」
「そんなことないよ!違う!!えっと…うーん…」
否定されて、ほっとした。
ウイが必死で違うって言ってくれて
嬉しかった。
不器用なの知ってる。
甘え方を知らない事に対して、下手くそ過ぎるくらい慎重なことも。
うんうん唸るウイに
まだ話してくれてなくても、やっぱりほっとしたんだ。
俺が傷付いた事を知った上で
そんなつもりなんてないことを伝えようと必死になってる。
傷つけたくないって思ってくれてる事が伝わってくるから
やっぱりちゃんと言わなきゃ伝わんないな。