14-15



混ざってしまえば
周りと調和してしまえば

それはそこに含まれるけど一見なかったことのようになるの。


でも混ざらない。


白いソースの中で主張する緑色。
これはバジルかな。

ジェノバソース的なアレだ。


私の心と同じ。
埋めさせて消してしまいたい、黒い感情。
世界に思う、理不尽さ。


それは取り繕った外面の中でも確実に
そこに存在するものだった。


「ドフラミンゴさんの理想って…なんですか?」
「おまえが描くそれと同じだと言っただろう」


体も大きいけど
腕も長い。


すっと伸ばされた腕が
その先の人差し指が指すのは


私の胸の丁度真ん中。


「理想か…想像、つかないですけど」
「いつか見せてやる。…おまえもきっと気に入る」


なんだかね
絶対にとんでもない理想を、この人は頭の中で描いてる気がするの。


きっと
逆らう者は容赦なく殲滅するような
そんな独裁的な世界。


さっき指差された心の中心が忙しい。


力任せに捩じ伏せるなんて
私の嫌いなあの人達と一緒じゃないって
それを嫌悪する気持ち。


それとは別に
エースを
パパを
母様を
殺したあの人達が

敵いようのない圧倒的な力の前で
自分たちのしたことを泣いて謝りながら無惨に散っていく様子を想像して








心のどこかが喜んだ。











私はこの人と同じ理想を、心の中に持ってるの?


「飯が冷める。口に合わねェか?」
「いえ、凄く美味しい…です」


淡白で芳ばしいお魚も
皮目近くの脂身も
それを引き立たせる絶妙な塩加減に
見た目も味も文句なく美味しいソース。


美味しくない訳ないんだ。


味はわかるの。
ベシャメルソースに入ってるバターの香りも
ジェノバソースに入ってるチーズや松の実の風味も
ちゃんと感じるの。


でも
頭がそれを美味しいって組み合わせられなかった。


「今度うちの国にでも遊びに来い。存分にもてなそう」
「はは…、そうですね。今手掛けてるプロジェクトが落ち着いたら、是非…」


嫌い…とは思えなかったんだ。


でもね
この人の言葉は


自分でも計り知れない真っ黒い闇を
見てみぬふりをして、なかったことにしてた残虐性を


無理矢理引き摺り出してくるみたいで、怖かった。






「ヴィオラ…見てンだろ?良い見つけものをした。今晩11時、連絡を寄越せ」





雑踏の中を歩く一人の男。
その背丈は人混みの中でも頭一つは優に飛び抜ける程の長身。


身長以外でも、どこかすれ違い難い雰囲気を纏うこの男は
割れていく人混みをそんな独り言を溢しながら歩いていた。


後ろをついてくる気配に静かな、それでいて煮え滾るような殺気を感じるのも
全てはこの男の想定の範囲。








最悪の世代と持て囃され大海賊時代を駆け上がる
その昔、弟のように思っていた存在。


実の弟に裏切られ
それに連れられ消えたこの男。


ずっと探していた。
昔とは違う目的で。


己の右腕として相応しい男だった。
だから全てを教え込んで、育てた。


それが今や
コレか…






ローが北の海で海賊として名乗りを上げた頃から
その動向は末端のバイヤー達から聴取していた。


“死の外科医”


その通り名はローがオペオペの実を使いこなせている事を物語っていた。


見込みのある男だった。
まだ小せぇ癖に、この世の全てを恨んでいるようなあの目。


鍛え上げれば、あのまま手元で育てれば
アイツは立派な俺の右腕になる予定だった。





我が弟ながら本当に余計な事をしてくれた。
脅威には感じねぇとしても、そんなしがらみのある人物からのこの殺気は些か不快。


腹心として最適な人材を唆し
更にはいずれ死なせねぇといけねぇ身の上にしちまうとは…





どこまでも邪魔をしてくれる。





辿り着いた港で空を仰げば
帰り道の方角に丁度浮かぶ白い雲。







コラソンの死に際の言葉。
それにしても直接本人を見るまでは鵜呑みにした訳ではなかった。


ローが接触を謀って来るのであれば
ファミリーに戻るつもりがあるのであれば

ここで話をするのも悪くない。






だがそれは不要なようだ。

この男は俺に
昔とは違う想いを持って対当する。



右腕には出来なくとも俺の為に死ねるのであれば
まだ利用価値はあったものの…



地を蹴って雲に手を伸ばした。



大人しく言うことが聞けねェなら
おまえの相手はまた後で、だ。




雲に糸を絡めては
風を受けながら空を進む。


この移動手段ではローは追ってはこれない。


ドレスローザへ戻る道中
ついさっきまで酒を酌み交わしていた人物へ思考が向いた。






カイドウへの機嫌取りのブツを受けとる為に“わざわざ”、“俺が”、出向いて来た。








“ロレイシル”


何の因果か
その女の姓には聞き覚えがあった。

その昔、自分の妻と娘をはした金で売り渡そうとした
没落しかけの貴族。


商品に逃げられた、と報告はあったものの
たかが人間の女二人。
たかが地方の一貴族。


商売の損失も
今後の活用性もほぼないこの取引の決裂は
放置の一択だった。


それがこんな所で巡り合うとは。








第一印象は普通。
ただの何の変哲もない小娘。


だがこの女の造る酒は間違いなく一級品。
天竜人の後ろ楯があるとは言え、未だあの酒が品薄なことには理由がある。


酒の味なんて分からねぇあのバケモノですら
一口それを口に含むだけで目の色を変える程に。


そして今回で確信に変わった。
前回も思った気はするが、あの女はバカではない。


会話の切り返し方
状況判断。


頭の回る相手との会話は不快ではない。
商品の受け渡しを抜きにしても、俺はあの女をもう一度見定めたかった。







ローがグランドラインに入ったと報せを受けた時
それと一緒に入ってきた
ロレイシルの姓を持つ商人の女と旅をしているらしい情報。


ウォーターセブンで船を発注したらしい事実と
移動に使っている船は女のものらしいこと。


アシとして利用したのか
オトモダチごっこか
手近にいつでも抱ける都合の良い女を置いていただけか。


そんなとこだろうと思っていた考えは
たまに入ってくる俄に信じがたい報告で、別の可能性を生んだ。




商人の女との買い物。
納品する荷物を運んでやっていた。



ただヤるだけの相手に対して
あのローがそこまでするだろうか。



離れていた月日は人を変える。
そしてあの女は地頭が良い。
恐らくローも嫌いな部類ではない筈。


惚れたか…?


二人が恋仲だと言うのなら
そこを利用してローに不老手術を執刀させようと考えた。


愛した女を守る為にその命を捨てる。
命と引き換えに得るものは、女の命と恩人の仇の永遠の命。
中々の悲劇じゃねェか。




変わったんだろうあの、破壊のみを望むガキの成れの果て。
そうは言っても揺るがねぇ部分がある。



ローは早々人間に執着しない。
ファミリーに馴染みながらも、アイツはどこか周りに一線を引いていた。

人との距離の取り方は
中々変わるモンじゃねェ。



ならば折角執着した大事な女には精精役に立って貰わなければ。
女も愛した男の為だ。

簡単に唆されるだろう。



そう踏んで居た。



特別収集がかかる程の、大罪人の公開処刑。
処刑人に扮してまでそんな場所に乗り込んで来たあの女。
何か面白ェ裏がある気はしていた。


それを問うた時のあの顔。
あの目。


あの女は嘘をついてはいない。
あの女がデキていたのは、ローではなく火拳のエース。





片恋か?
友情か?
それ以外か…
ローにとってあの女はどうでも良い存在ではないことは確か。



俺の為に死ねるのか。
まずはそこが重要。


しかしあの殺気。
可能性は薄い。









もし
例えローが俺の為に死ねないのであれば


あの女の活用方法は餌以外にもありそうだ。
父親に捨てられ
愛する男を殺された哀れな女。


それを心の奥深くにしまい込んで、抑えつけている女。





雲間。


随分先に浮かぶそれへと伸ばした糸を手繰り寄せる間
重力に従い降下する体は海面スレスレを掠めた。








…面白い。


発散させられずに燻る負の感情は
どこまでも暗くて深い。

立場も技量も、使いどころによっては俺の取る手はこれまで以上に広がる。


なによりあの女には“素質”がある。





あれは一度落ちれば






どこまででも落ちる。






「くそっ…!!」


小さくなっていくその背中。
尾行の成功率がそこまで高くないことは踏んでいた。


ドフラミンゴの移動手段。
俄に想像しがたいそれが知れただけで、無駄ではねぇか。


「俺だ。こっちは無理だ…流石に追えねぇ。ウイとペンギンは」
『ウイは船に戻った。ベポが付いてる。怪しいヤツらが張ってる形跡も今んとこなし。ペンギンからは音沙汰ねぇよ?』


街に散らせたクルー達。
連絡用に調達したでんでん虫に応答したのはウイを着けていたシャチ。


…俺が見る分には、ドフラミンゴは本当に一人でこの島に来たように思える。


アイツは俺とウイの繋がりを本当に知らねぇのか?
それとも知ってても、使う気はねぇと…?


会合中、ルームの中の様子はずっと監視していた。


音までは拾えないこの能力。
唇の動きだけでは何を話していたかまでは定かではない。


だがそれは、後でベポに聞けば良い。


「酒はどうした。ドフラミンゴは何も持たずに島を離れた」
『そこはジャンバール達に入口を張らせてる。まだ酒は建物の中』


…ならばつけるのは酒か。
どこをどう経由するかは読めねぇが、このままカイドウの元に運び込まれる可能性もゼロではない。


「わかった。今から俺もそっちに向かう」
『りょ!』


でんでん虫を切って雑踏に紛れる。


ペンギンから連絡がねぇ以上、アイツの中でまだ調べられる何かがあるという事だ。


今後の動きを組み立て直しながら
踏み出す歩幅は大きくなる。


早くなる足取りはいつの間にか
帆船に向かって駆け出していた。




destruct at reality.