14-16
「ねぇさっき話してたあれ、何の話?」
「えっと…あの人に、聞いたんだよ、ね?…私さ、昔父様にシューマンショップに売られそうになったんだけど──」
ごめんね、ベポ。
やっぱりこれはまだ言えない。
どうせバレてるだろう話を切り捨てて
私は秘密を守り続けた。
「どこでどんな繋がりがあるかなんてわかんないモンだね。…でもそれにしても訳わかんない話してなかった?」
「私も訳わかんなかったよ。でもあんまり突っ込んだらヤバいかなって」
本当にごめん、だ。
私はドフラミンゴに母様の話をしていた。
そういう事に、しておいて下さい。
ベポがどう思ったのかは分からないけど、ふーんって微妙な顔してる。
…困ったな。
「ねぇ、そいえば皆は?」
「あー…どうしたんだろうね。全員固まって張ってた訳でもないんだろうし。合流してから来るんじゃない?」
話を変えたかった。
変えたかったんだけども、それ抜きにしても遅い気がする。
ドフラミンゴと別れてからも、護衛についてくれた海軍と別れてからも結構な時間が経ってる。
あれからベガス聖とブラーヴェに連絡したりだってしてた訳だし。
…まさか
「ねぇ、本当に何もしないんだよね?」
「だと思うけど?」
何もないなら、せめてロー達に何か情報への糸口を残したかった。
それなのに…
窓の外が気になって仕方ない。
ねぇロー、大丈夫だよね?
ガチャッ
ドアノブが回る音に、自分でも引くくらいな勢いで扉の方を振り返った。
外の匂いと少し冷たい風を部屋の中に引き込んで
そこに立っていたのは帰りを待ちわびていた人。
目が合った途端、本当に心からほっとしたんだ。
「おかえり!遅かっ……ロ、ロー!?」
引かれた腕と
同時に感じるあたたかさ。
無言でつかつか歩いて来るから
なんだか追い詰められてるような顔してたから
何事だろうってちょっと驚いてた。
でもそれより驚いたのはこの状況だ。
「取り敢えず…無事で良かった」
ため息混じりの声。
安堵の息って、きっとこういう事。
耳元で聞こえる声が心を強く揺さぶって来る。
苦しいくらいに抱き締められてて、この感じ久しぶりだって思ったの。
ローの匂いも、抱え込むように抱き締めてくるこの感覚も。
「あの、ごめんね。心配かけて。ローも無事で良かった」
返事の代わりに、ぎゅって抱き締め返された。
まさかこんな状況になるなんて思いもよらなかったから。
凄い不自然に空中を泳いでたぎこちない手を大きな背中に回してみる。
違うよ。
これはそういうんじゃない。
無事を喜び合ってるだけ。
そう。
ただそれだけだ。
ヒュウって口笛が聞こえて来て
きっと私の背中でベポが凄い呆れ顔してるんだろうなって思った。
振り向こうとしても
ローの腕の力が強すぎて首を動かせない。
「あの、ロー?えっと…離、して?」
もう十分無事なのはわかったし
いつまでもこれはちょっといかん。
離してくれないかなって、コートを引いてみる。
ローは相変わらず何も言ってくれなくて
引っ張ったコートに反抗するように、抱き締められてる腕に力がこもった気がした。
どうしちゃったんだローは。
最近ちょっと素っ気ないって言うか、こういう感じな事なかったのに…
…困ったな。
離して貰えないこの状況も困るけど
ここが
ローの腕の中が心地好く感じてしまってる私にも困ってる。
なんか
嫌だ。
エースに後ろめたいとか
それも勿論あるんだけど
なんか、嫌だ。
私は結局
優しくしてくれる人なら誰でも良いのかなって。
こうやって抱き締めてくれて
心配してくれて
傍に居てくれれば、誰でも良いのかなって。
私はエースの事が好きだ。
あんな事になるまで気づけなかった気持ちだけど
エースが傍に居てくれて、分かりやす過ぎるくらいの好きをくれて、支えてくれて。
それは事実だけど
でもそれだけじゃない。
ちゃんとエースが好き。
エースっていう人が好き。
仲間想いなとこも
真っ直ぐ過ぎるとこも
すぐムキになるとこも
太陽みたいなあの笑顔も。
ローは気が済むまで離してくれそうもない。
諦めた手は、コートを引っ張るのをいつの間にかやめていて
ぽんぽんって
あやすように大きな背中を叩いてた。
何してるんだろ、私。
心地好い居場所に流されて、心配されて喜んで
なんかこんな自分がとてつもなく嫌だ。
「ちょっとキャプテン、折角待ってたのに置い…あらあら」
「「「「あらあらあら」」」」
「そろそろ気も済んだでしょ。…離れたら?」
追い付いて来たらしいクルー達の言葉にハッとした。
「…悪ぃ」
「いや、…うん」
腕の力を緩めると同時に離れていく抱き心地の良い存在に
名残惜しさを感じた。
衝動ってあるんだな。
ルームの中で見ていた。
ウイが無事なことは知っていた。
その筈が
この目で早く確かめたくて
無事に戻って来た事を感じたくて
気付けば加減も忘れて力任せに抱き締めていた。
「皆も、ありがとね!無事にお酒渡して来たよ!」
「そんな事より続き良いんスか!?俺らに気にせずどうぞどうぞ!!」
腕の中で顔を上げたウイはどこか
浮かないような、ツラそうな顔をしていた。
それが綺麗に影を潜めて、いつも通り笑ってる。
「そういうんじゃない!!…あれ?他の皆は?」
「酒を張らせてる。おまえもまだ油断するな。ファミリーの連中がまだその辺に居る可能性もある」
なるほど!と感心したように手のひらを拳で打つこいつは頭が回るようで本当に危機感が薄い。
それともアレか?
さっきの微妙なツラに至った“考え事”を隠そうと
アホな外面を演じてンのか?
「ねぇ…あの、お、怒らないで聞いて欲しい!!」
「…何しやがったてめぇ」
急に挙動不審になりだしたウイに眉根が寄る。
「言う前から怒ってるじゃん!」
「さっさと言え」
唇を尖らせてもじもじ視線を泳がせるこいつが何かをやらかしたことは明白。
「あの、ね!怒るんだったらすぐ自然に返すよ!もし!!もし、ロー達が…あ!でも危ない事はしないって約束して!」
「意味が分からねぇ」
何しやがった、本当に。
急にふんぞり返って、約束しないなら渡さない!と強気に出だしたウイに内心頭を抱えた。
…禄でもねぇ予感しかしねぇ。
「あの、簡易的なヤツしか作れなかったんだけどね!でもその分見た目は野生そのものだよ!」
「御託は良い。結論を話せと言ってる」
俺の物言いが不満なのかキッと睨み上げてくる。
悪ぃが全く怖くねぇ。
全く的を得なければ
何をしでかしたかの想像も付かない。
さして変な動きはしていないように見えたんだが。
「お酒に、ね。コレを忍び込ませました」
ごそごそとポケットを漁っては
手のひらに乗せて見せて来たのは見慣れた能面面のでんでん虫。
「それで」
「これね、ツガイのでんでん虫の方向くようになってるの。電波とかも出してないよ!そういうので感知される心配はないから!」
確かに
そのでんでん虫はウイの手のひらの上で緩慢な動作で向きを変えると
丁度会合場所の方を向いてぴたりと動かなくなった。
「この子を野生に返せば、あっちの子もそうなる。これが危ない事だってローが怒るなら、今ちゃんと野生に返すよ」
これがあれば取引相手が特定できたも同然。
やはりこいつはとんだ曲者だ。
「…恩に着る「ちょーっと待ったぁ!!」
有り難く使わせて貰おうと伸ばした手は
とんでもない音量の制止の声と共に払いのけられた。
「言ったでしょ!約束!絶対危ない事しないで!!それが出来ないならこの子は渡さない!」
怒られないと踏んだのか
急にとんでもなく偉そうになった。
顎を上げて見下ろすようにドヤ顔をかますウイは、どこか楽しそうにすら見える。
「しねぇよ。するつもりなら俺は今ここに居ねぇ」
「?どういう意味?」
ほら、話してみなさいと言わんばかりのこの若干上からな態度にはため息しか出ねぇ。
「その気なら俺はドフラミンゴをつけてんだろ。相手との力量差は十分弁えている。安全に確認する為にもそれが必要だ」
「…確かに。うん、それもそうだね」
お得意の考え事ポーズでうんうん一人で頷くこいつはこれで納得したんだろう。
「じゃあはい!あげるね。約束だよ!危ない事しちゃ駄目だよ!」
「わかってる」
悪ぃなウイ。
実際は撒かれたんだが
そういう事で良いだろう、これはもう。
でも心積もりは嘘じゃねぇ。
今必要なのは情報だ。
一か八かを賭ける胆力じゃねぇ。
ルナと別れて、路地裏の雨樋を使って建物の屋上に飛び乗った。
栄えたこの街は、建物も階層が高い。
一番高そうだったここは
下から見えにくければ見通しは利くし、覗きに最適。
ここからだと良く見える。
あの怪しい姉ちゃんの
会合場所の周囲を定期的に移動しては様子を伺ってる不振な動きが。
定期的に場所は変えてるみたいだけど
状況は動かない。
相変わらずあの姉ちゃん以外に目ぼしいヤツは現れなくて
欠伸を漕ぎながら人混みを眺めてた。
状況が動いたのは
レストランの扉から派手なピンクのファーを肩に掛けた大男が出てきてから。
…店に入って行く時も思ったんだけどさ。
昔の手配書見たことあったけど
本気であのファー巻いて外歩ってんだね、あの人。
それにあの“悪です!”ぶった形のグラサン。
まるでイキったチンピラじゃねぇか。
それか趣味の悪い成金。
色々と突っ込みどころが多いその身なり。
心を無にしてドフラミンゴの服装から気を逸らした。
意外と気持ちの動きって気配に表れるものだ。
さっきまで以上に
息を潜めて動向を見守る。
どんな成してようと
アレはヤバい。
別格。
今まで見た中で一番強ぇかもしんない。
ドフラミンゴがやって来た道を引き返して
一人大通りを歩いていく。
クルー達に指示を出したキャプテンは単身それを追って
姉ちゃんは更にその後ろを距離を保って歩いていた。
さて。
どうする俺。
…下に降りれば視界が悪い。
進行方向を変えられた時に打つ手も限られる。
いつかウイに作って貰ってからずっと愛用してる収納性抜群なベルト。
流石に民間人に紛れるのに目立つ武器は携帯出来ねぇ。
暴れに行く時は剣が収まってるそこから
双眼鏡を取り出しレンズを覗きこんだ。
上から追うか。