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「今日は珍しい。こんな美男美女のお客様、私も緊張してしまいますよ」
「あら、お上手ね。お酒も美味しいわ。レモン、絞ってるのかしら」
この手の店に一人で来る客。
放っておいて欲しい客と、店員や他の客と会話を楽しみたい客が居るだろう。
そこを見極めて上手く接客するのも、店側の力量か。
「ええ。レモンジュースの方がお好きでした?」
「いいえ、甘いのが飲みたい時は別なのを頼むわ」
「旅の人間か?」
にこやかに店員と会話を楽しむこの女は、そっちの部類だろうか。
「ええ。あら本当に素敵な方。でも見た事がある気がする。どこかで会ったかしら?」
「知らねぇ。手配書かなんかだろ」
こっちに目を向けて驚いた風を装うこの女に
どこか余裕を強く感じた。
「お尋ね者でしたか。これは失礼」
「いや、別にここでは何もするつもりはねぇ。旨い酒が飲めねぇのは困る」
「ああ!そうだわ手配書。帽子が違うからわからなかった」
カクテルグラスを片手に笑顔を崩さないこの女は
俺の手配書を知ってんのか。
新世界じゃこの額の海賊なんて珍しくもねぇだろうに。
「そうそう。旅してるか、だったかしら?ええ、旅行中よ。休暇が取れたからバカンスに」
「バカンスならもっと良い島あんじゃねぇか?栄えては居んだろうけど、リゾートではねぇだろ。この島は」
ただの変わり者か
それとも別の何かか。
疑い過ぎる位が丁度良い。
ペンギンが戻らねえこの状況で、俺に関わってくるヤツは全部疑って掛かるべき。
この女の顔に覚えはねぇが
俺が抜けた後に入った幹部、末端のバイヤー
知らねぇ顔が居たところで何の不思議もねぇ。
こいつはファミリーの一員なのか?
「木枯らしに少し冷たい風。こんな気候の島に来たかった。女にはアンニュイな気分に浸りたい時があるのよ…」
ため息と共に目を伏せるこいつは
面倒臭ぇ部類の色ボケ女であってるんだろうか。
例え見栄えが良かろうと
見知らぬ女の憂い事に興味などない。
「なら存分に浸ってろ。酒、同じのを頼む」
「かしこまりました」
「あら、つれないのね」
聞こえて来た言葉は無視した。
ファミリーかどうかは置いておいて、目の前のこの女と話す事など何もない。
聞き分けは悪くねぇのか、その後女は黙ってカクテルグラスを傾けていた。
やっと考えられる。
ドフラミンゴを討つ為の方法を。
闇の仲介人、ジョーカー。
そこと取引のあるカイドウ。
ドフラミンゴだけでも手強い。
更にバックに四皇がついているとなれば、それは正直いただけない。
だが見方を変えれば
ドフラミンゴはそいつの機嫌を損ねたくはない。
これは確かだ。
取引相手が良く思わねぇこと。
必要な取引が成立しない。
そうなりゃドフラミンゴは頭を抱える筈。
とは言えそれもそれで厳しい。
黒幕はドフラミンゴだとしても、新世界を中心に張り巡らされた闇の密売網は広大。
組織には結構な人数も手練れも居るだろう。
その仕組みをぶち壊すのと、ドフラミンゴ本人を討つのと
どっちもどっちで簡単な事ではない。
“SMILE”
それは一体何なんだ?
武器か兵器か…
四皇程の人物が強奪ではなく正攻法の取引で仕入れようとしてるブツ。
他では代用出来ねぇ
ドフラミンゴからしか入手出来ねぇモノ。
打ち崩すとしたらやはりここか。
“SMILE”の取引が成立しなければ
ドフラミンゴが“SMILE”を準備出来なければ
俺が直接手を下さなくとも
ドフラミンゴは追い詰められる。
「お酒強いのね。今日はどうして一人でここに?お仲間さんは一緒じゃないの?」
「面倒事に首突っ込みたくねぇなら、余計な詮索はしねぇことだな」
何杯目かのウィスキー。
酒に慣れてきた舌はハーフロックじゃ物足りなさを感じ初めて、飲み方をロックに切り替えた。
「あら。素敵な殿方が気になるのは女のサガよ?」
「男に飢えてンなら余所を当たってくれ。俺はおまえに興味はねぇ」
目鼻立ちのはっきりした、器量の良い顔。
出るとこは出て締まるとこは締まった体も、落ち着いた物腰も
“良い女”の部類だろう。
でも全くその気が起きねぇ。
「本当にツレない。失恋の傷を癒しに来たのに…傷が増えたわ」
軽く唇を尖らせて残りの酒を飲み干すこの女は
ただの面倒なスキモノで合ってンだろうか。
あんまデカい店じゃない。
これは入ればキャプテンに気付かれる。
そうすれば女の方にもバレる可能性が高い。
店の外。
カウンターの離れた席に座るキャプテンと曰く付きの女の背中を窓越しに監視しながら
内心本当に店にキャプテンが一人でいた事に驚いてる。
取り敢えずドフラミンゴとドンパチはなかったらしいね。
特に怪我してる様子もないし。
あの女はキャプテン達の様子を離れた場所から知る事が出来る。
それは事実。
…でもどうやって。
可能性
本当に可能性だ。
思い当たるのはあの仕草。
目を閉じて何かを探って居るような
瞼の裏に別の場所が見えているような、あの表情。
能力者か。
ならば今はチャンス。
時折会話を交わして居るようにも見えるあの様子なら、あの姉ちゃんは今能力は使わない。
俺に気付いていないとすれば
昼間大通りでキャプテン達を見ていたのが、監視対象の顔を認識する為で
認識されてしまえば俺も覗かれてしまうとすれば…
来た道を足早に戻った。
キャプテンはどうせ大丈夫。
どんな女に誘われようとあの頑固潔癖男にその手は通用しない。
寧ろ最悪なのは
俺の存在がバレる方。
そしてこの機を逃すこと。
今がチャンス。
なびかないキャプテンにあの手この手を使って必死になってくれてる今なら
クルー達への監視の目はない。
宿の自室に戻ると、相変わらずルナはすやすや眠りを貪っていて
そんな事にはお構い無しに荷物からでんでんむしを引っ張り出した。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
『もしもーし!ペンギン?生きてたか!そっちどうよ!?』
「悪ぃ時間ないから要件だけ言う。ドフラミンゴの部下と思わしき長い黒髪の美女、大通りの一番デカい宿に部屋とってる」
俺の声色に危機感を感じ取ったのか、でんでん虫に出たシャチは言葉も挟まず黙って話を聞いてくれた。
「その女能力者だ。そっちの動向、全部見えてるっぽい上報告されてる。今キャプテン船に居ないっしょ?…その女と店で飲んでる」
早々帰って来ねぇとしても
急ぐに越したことはない。
伝えなきゃなんねぇ情報は何だ
『マジかよ…やべぇよそれ…!!』
もう何を優先して伝えたら良いかわからねぇ。
ヤバいヤバいと連呼するシャチから聞いた話に、鼻の脇がひきつった。
ウイは納品した酒に発信器的なでんでん虫を忍ばせたらしい。
二人の関係性がどんなものかは知らねぇけど
それはバレればウイがドフラミンゴへ楯突いたと取られても仕方ねぇ行為。
“見えてる”だけなら音は拾えねぇ。
でも恐らくアレは“見る”に特化した能力。
読唇術くらい心得てると考えた方が普通だろ。
…あれ?
「いや、でもそのでんでん虫のことは報告してなかったな」
『全部見えてる訳じゃねぇのか…いやマジどうしよう!俺どうしたら良いの!』
ごめんシャチ。
俺もわかんない。
声色だけで慌てふためいてる事がわかる相棒に
提案出来る策がない。
あの姉ちゃんが覗こうと意識しない場面。
…寝てる時か?
「キャプテン戻ってきたら、すぐじゃなく深夜。最低でも寝てから一時間したら起こして伝えて。あっちが覗く必要ねぇと思えば覗かれる可能性も下がると思うから」
『…そうか!なるほどな!!』
あんまり長電話は出来ねぇ。
あと言っておいた方が良いこと…
「取り敢えず俺はその姉ちゃんが島出るまで潜んでる。そっちはキャプテンの指示に従って。あと姉ちゃん、電話の相手を“ドフィ”って呼んでた」
『りょ!おまえも気を付けろよ!』
確かに俺も気を付けないと。
シャチの言葉に頷いて受話器を置いた。
月明かりで、明るい夜だった。
まだ隣の部屋に人が帰って来た気配はねぇし
今出来る事は何もないとは言え急展開のせいで頭が冴えた。
寝れる気がしねぇ。
冷蔵庫から酒を引っ張り出して来て、部屋から見える月を肴にそれを傾ける。
動き出してる。
ずっと追ってきたこのヤマ。
これまでも色々動いてたけど、中々進展しない状況に危ねぇ事に関わってる意識が薄れてた。
でもここは新世界。
能力者も覇気使いも履いて捨てる程いる海。
きっとここからは
気を引き締めて臨まなきゃヤバいとこ。
結局無駄足。
何も有益な情報は得られなかった。
報告の義務がある。
けれどでんでん虫をダイヤルしても、あの男は出なかった。
日付は変わってるとは言え、寝てる時間帯じゃない。
…お楽しみ中かしら。
出ないなら仕方ないわね。
浴槽にお湯を溜めて、私も休ませて貰う事にした。
まるでなびかない。
その昔、私が足を踏み入れる前にドンキホーテファミリーを去った男。
あの人の弟が目を掛けてたらしいその少年は
今は捕えられる事もなく自由に生きている。
…バカね。
面倒事に足を踏み入れたくないのなら、関わらなければ良いのはあなたの方。
あなたはまだ、関わらずに居ることが出来るのに。
夢か野望かは知らない。
このグランドライン、それも新世界に足を踏み入れなければ
北の海で大人しくしてさえいれば
あの男の“自由”でいられる時間は今より長かったと思う。
浴槽に溜まったお湯に体を沈めれば、秋島の気候で冷えた体がじんと温まる。
“覗けるのであれば、覗いて来い”
それがドフィからの指令。
流石に無理だった。
誘い込んで、気を許して眠ってくれでもしたら可能だったけれど
心を覗く時のあの動作は意識のあるあの男の前で怪しまれずに出来るものじゃない。
むやみやたらに人を巻き込みたくはない。
でも私の信用を勝ち取る為なら、必要な情報はいくらでも売る。
ローに戻る気がないなら、いずれ迎え入れたい人材を見つけたと、あの人は言っていた。
なんの苦労も知らなそうな、天竜人お抱えの酒職人のお嬢さん。
昼間覗いたローと白熊の会話で、中々の過去を持っては居るらしい事はわかった。
けど…
闇を抱えているようには正直、見えなかった。
ちゃぽん、と音を立てるお湯の中で
膝を抱える。
思い起こすのは昼間の会合の内容を伝える、あの会話。