14-19



「なんかさー…所々正直意味わかんなかったんだよね。ウイもわかんないって言ってたけど」
「何がだ」


あの会合に自分の仲間を同席させた以上、その内容を聞き取りくらいはすると思っていた。


音は拾えなくても口の動きで手に取るようにその会話が分かる。
幼い頃から音のない映像を見てきた私にはこのくらい、朝飯前。


「ウイ、昔父親にヒューマンショップに売られかけたじゃん?それドフラミンゴ覚えてたらしくて」
「…まぁあの商売も裏で糸引いてンのはドフラミンゴだ。おかしくはねぇ話だな」


その話の内容に、少し驚いた。

そう…

あの子もそういう子だったの…
何の苦労もなく生きてきた、ただの平凡な子かと思っていたのに。


会合の最中はお仲間達の顔を覚える事に注力していた。
私のギロギロの実の能力が八方に視界を飛ばせるとは言え、見たい対象が特定できなければ意味はない。


目立つ白のつなぎは、脱がれてしまえばその特徴を無くす。
半径4000キロの範囲には
それだけ沢山の人が居る。


「んーと、なんだったかな。おまえはそいつらを許せんのか、とか…おまえの大事なものを奪っていくヤツは正しいのか、とか…言ってたな」
「意外と中々な会話してたんだな」


あの人は嘘を付く。
でもたまに、嘘じゃないことも話す。

ドフィがあの子に話したらしいその話は、きっと彼の本音。


「あと永遠の命が欲しいとか、言えばおまえはそれくれるのか、とか。ちょっと肝冷えたよ?俺」
「物騒過ぎる流れじゃねぇか」


あの人も…可哀想な人。
可哀想だからと言って、何をしても許される訳ではない。


その理想も、実現すればそれはそれで平和な世界なのかもしれない。
でも私は実現させてあげるつもりはない。


見えるからこそ
あんな悪党にも同情が沸く。
ああなってしまった原因が、あの人にもある。


でも私は国民を、父や姪を見捨てる訳にはいかない。


従うしかないこの状況も
機を待つ間も辛い想いを抱えている人達も

今は耐え忍ぶしかないの。


彼にとって、あなたはキーパーソン。
今出来る事を全て終えたら、あの人はあなたに手を伸ばすでしょうね。


でもあなたもどうやら、ただそれを待っているつもりはなさそう。


どうなるのかしら。








長湯してしまったわ。


今日は久しぶりに色んな事があった。
色んな人を見た。


でもここを発てば、国に戻れば
待っているのは“日常”。


一度試して駄目だったなら
あの人は戻って来いと、そう言うんじゃないかしら。


浴室から出ると耳に入るのは、でんでん虫が着信を報せる音。
タオルを巻いて部屋に戻れば、それは予想通りの人物を真似ていた。


「ごめんなさい。お風呂いただいてたわ」
『あぁ、遅くまで苦労かけたな。で?どうだった?ローは』


髪の毛の水分をタオルで拭き取りながら、報告するのは酒場でのやりとり。


「駄目ね。見向きもされなかった。警戒してるのか元からそういう人なのかは知らないけど」
『見る目がねェなァ…!お前ほどの良い女を前に食い付かねェとは…!』


ローはきっと、あの子のことが好きなのよ。
本気で。

見てたら分かるわ。
彼は恐らく、基本的に冷静沈着。

そんな人が周りの状況放ったらかしであんなにすがるように抱き締めるくらい。


「私の力不足か…女に興味がないのか」
『ヒャッハッハ!!それは傑作だ!!』


声高らかに笑うこの人は、本気でそう思っているのか
表面上そうしていても、目的の人物の心覗きを失敗した私に苛立っているのか

わからない。


「さっき中断してしまったけど、報告の続きよ。彼らレストランの周りにも見張りを付けてる。お酒を追うつもりじゃないかしら」
『そうだろうなァ…!?俺の尾行は失敗。おまえの正体にも気付かず誘いにも乗って来ねェ!ローが何かしら得たいならそうするしかねェだろうな…!!』


嘘をついた。
バレようのない嘘を。


あの子がバレた時の事まで考えて、どこにでも居そうな見た目のそれを仕込んでくれたから。
私はそれを助けてあげられる。






「どうするの?ローは流石に無理だけど、お仲間くらいなら排除出来るわよ?夜の内に始末して運び出す?」
『おまえも物騒になったモンだな、ヴィオラ…!良いじゃねェか。少しは良い夢見せてやれ!!ローの頭が覗けねェならそっちはもう良い』


ロー達は私の存在に気付いていない。
当然と言えば当然だけど。

あの子からでんでん虫を受け取った途端にレストランから人を引かせたのは
私以外が来ていたとしても少し軽率だったかもしれないわね。


『明日、酒を持ってドレスローザに戻れ。なに…一度国内に入れちまえば流石にアイツらは手も足も出せねェだろ』
「酷い人。期待を持たせて苦虫を噛ませるなんて。弟のように思っていたんじゃなかったの?」


大丈夫。
気付かれていない。


ロー達がこの人の取引相手を
カイドウを割り出して何をしようとしてるのかはわからない。

でもね…


『まだ確定ではねェ!大分良くねェ方に傾いてはいるがな!!どっちみち、少しくらい遊んでやっても良いだろう…!?久しぶりに会ったんだ』
「歪んだ愛情ね。そう言えばあの子は?酒職人のお嬢さん。白熊と仲良くお話してたみたいだけど、ローに掛かりっきりで覗けなかったわ」


これは貴方達の為じゃない。
私の為。


敵の敵は味方。
いえ、味方に成りうる可能性を秘めた人達。


今のローでは、ドフィどころか最高幹部達にすら敵わない。
まず敵う人なんてそういない。

だから打ち崩す為の種を
微力でも少しずつ撒いて機を伺う以外、私に出来る事なんて何もない。


『アレは放っておいて構わねェ!仲良くさせておけば良い。…あの女を、ウイをこっちに引き入れる時は──』


相当気に入ったのね。
人の名前なんて早々覚えない。
ましてや人前以外で、思惑なくして誰かを名前で呼ぶ事なんて滅多にしない癖に。


『“オトモダチ”が死んだ時だ…!!こっちが手を回さなくとも自ずと堕ちる!今の内に精々楽しませてやれ…!!』
「良い趣味ね…わかったわ。明日、島を発つ」


どこまで人を弄ぶのが好きなのかしら。
本当に悪趣味。


何の関わりもない子だけど
あの子にそんな事が起こらなければ良い、そう思った。


きっとそう。アレね。




レベッカと同じくらいの年頃の女の子だから。

きっと、それだけ。





コンコン


「キャプテン、寝てるとこゴメン」
「──どうした」



深夜。
いや、もう明け方か?


フリーウィングのウイの向かいの部屋。
こっちに居るときは当然のように使わせて貰ってる部屋の扉を打つ音で、意識が浮上した。


「キャプテンが外出てる間、ペンギンから連絡があった」
「なんで黙ってた。…まぁ良い、話せ」


戻ってから、今思えば確かにシャチがどこか挙動不審だった。
目線をあちこちに飛ばしながら部屋に入ってくるこの様子は更に落ち着きがない。


その口から語られたペンギンからの情報は、想定の範囲を遥かに越えてきた。













「どうしよう、キャプテン…!」
「落ち着け。慌ててどうにかなる問題じゃねぇ」


“ドフィ”
それは最高幹部達の、あの男の呼び方。
あの女…やはりファミリーの人間だったか。
しかも恐らく結構な立場…


…くそっ!


規則的に時を刻む壁掛け時計は、午前三時を報せていた。
戻ってきたのが一時前。


この時間ならあっちも寝ている可能性が高い。
確実に安全とは言えなくとも、クルー達に知らせずにいるのは上手くねぇ。


まだバレていない可能性があるウイのでんでんむしとペンギンの尾行。
手遅れかもしれねぇが可能性は極力減らしておきたい。








「クルー達を起こせ。夜が空ける前に伝えておく。外の見張りも一度呼び戻せ。俺はウイに話してから行く」
「わかった!!」


階段を降りて行くシャチを見送りながら自分もベッドから立ち上がる。
首を回せばパキパキと骨が鳴る音がした。




俺は本当に周りに恵まれている。
状況は最悪だがどいつもこいつもファインプレイだ。


今もあの女を張ってるだろうペンギンに、心から感謝した。


まずはウイか。
…本気で起こせばアイツだって流石に起きンだろ。







好きな香りが色濃く充満する、ウイの部屋。
一番奥に位置するダブルベッドの布団が、山なりに盛り上がっている。

近くまで歩み寄れば、仰向けに寝るベポの腹にすがり付くように
ウイがすやすやと寝息を立てていた。







正直、ベポを羨ましいと思った。
でも今はそれどころじゃねぇ。





布団を剥ぎ取り細腕を掴み上げる。


「ウイ起きろ。緊急事態だ」
「…んーぅ…?」


予想はしていたものの、一筋縄ではこいつは起きねぇ。


ベポから引き剥がして揺さぶり続けながら、ベポの脇腹を膝で蹴り上げた。


「イテッ!…何?…キャプテン?」
「緊急事態だ。起きろ。そしてこれ起こすの手伝え」


腕を掴み上げられて揺さぶられながらも
まだ眠りを貪っているコイツは本当にいつになっても寝汚い。


「んー…、ウイ起きてー!おやつの時間だよー」
「…それ私…のどんぐり…」









どんな夢だ。


緊急事態だというのにこの気の抜ける寝言。
呆れ果てて無言でベポと目を見合わせた。


「相変わらず凄いね。…それで?なに?緊急事態って」


全く起きる気配のないウイの頬をつまんで引っ張りながら
すっかり目を覚ましたらしいベポが口を開く。


「ペンギンから連絡があった。ファミリー、それもこっちの状況をどこからでも見れる能力者がこの島に来てる。あっちが寝てる内に対策を練りてぇ」
「は!?ヤバいじゃん!!ウイ起きて!!ちょっと!!もう!!」












爪は立てないように加減したんだろうが、凄い勢いでウイの頬を平手打ちしまくるベポに
何もそこまでしなくてもと思わなくもない。


どんな手使ってでも起こさなければとは思ってはいたが…


「んぅ…ぁれ?ろー…?どしたの?…なんかほっぺ、痛い」
「気のせいでしょ。起きて!緊急事態!!」


いや、謝れよ。
すげぇ赤くなってんじゃねぇか。


何事もなかったかのように居直るベポが清々しい。


起きねぇのが悪いにせよ、ベポの言葉を鵜呑みにして目を擦っているウイが
若干憐れに見えた。




destruct at reality.