14-20
「なんか、やっぱりほっぺたじんじん?いやひりひりする…ん?…緊急事態?」
「乾燥で肌荒れしたんでしょ。それより!島にドフラミンゴの手下が潜んでるらしくて覗きが趣味らしいから早く起きて!!」
虚ろ気な目で沈みかける意識を保とうとするウイの両肩を掴んで激しく揺さぶるベポに
流石に俺はここまで出来ねぇと感心した。
状況の説明も雑過ぎる上に、肌荒れで片付けられた少し腫れた頬が痛々しい。
「へぇー…って!!マジか!!え!?覗き!?やだ最低!!昨日のお風呂覗かれたかも!!」
「あっはっは!それ目的ならウイは覗かれないから安心して」
「…おい。本当に緊急事態だ。おまえもいい加減にしろ」
ちぇっと不貞腐れるベポを軽く睨みつつ
どう説明するかを考える。
ペンギンを張らせてることはウイに言っていない。
別々に話すつもりだったものの、思いの外時間を取られた。
「下に集まれ。そこで説明する」
「「アイアーイ!」」
寝てる可能性が高いとは言え、覗かれて困る時間は短いに越したことはねぇ。
布団から出てくる一人と一匹を横目に先に踵を返した。
「え、それ…マズくないっスか?」
「つまり昼間のでんでん虫のくだりもバレてるって事っスよね!?」
「俺何かヤバい事したっけ…!!?つーか何スかそのチートスキル!!」
状況を話せば、予想通りざわめき出すクルー達。
確かに状況は最悪だ。
ペンギンの見立てではどこに居ても状況が筒抜けらしいあの女の能力。
遠方に居ても状況が把握出来る中で、わざわざ俺に接触して来たところを見ると
その能力はそれだけではなさそうだ。
「待って待って!やっぱり私に内緒で危ない事してたんじゃん!!ってとこはちょっと不満だけど取り敢えず落ち着こう!今は時間がない」
ざわめくリビングで、黙って話を聞きながら握りこぶしを唇に押し当てていたウイがクルー達を黙らせた。
「今はその人が起きてまた覗かれた時、どう行動するかを決めるんでしょ?」
「…気付いてる素振りを出すな。こっちが気付いた事が知れれば、ペンギンのリスクが上がる」
そりゃそうだ、と頷いている何人かと
「俺…出来っかなー…」
「だってずっと見張られてんでしょ?えー…」
「やるしかないだろう。普段通りで良い。ただあっちに知れるとマズい内容は口にするな」
不安げにどよめく大多数。
自信なさげではあるものの、年長者でありながら一番新入りのジャンバールにそう言われては引くに引けないらしい。
だが懸念すべきポイントはここだ。
うちのクルー達は単純なヤツが多い。
良いヤツだ。
呆れる程に素直で嘘が付けねぇ。
情報が漏れずとも、ぎこちなさ過ぎる雰囲気はあっちにこちらが気付いた事を気取られる。
ウイ、ベポ、ジャンバール。
正直この状況で心配がいらなさそうなヤツはこの三人だけだ。
「皆さ、昨日船に戻ってくるまで何してたの?」
「それは今関係ねぇだろ」
相変わらず考え事モードのウイが目を細めたまま口を開く。
「ペンギンの方は気付かれてないかもしんないらしいけど、それ以外はもうあっちにバレてるでしょ、多分。良いから教えて」
ただの興味で限られた時間を無駄に使うヤツじゃねぇ。
そしてどのみち、ペンギンの件を話した時点で“なにもなかった”はもうこいつには通用しねぇ話だ。
「俺はあの後ドフラミンゴを追跡してた。…撒かれたがな。あとはコレを受けとるまで、会合場所の酒も見張ってた」
「お酒見張ってたの何時まで?」
撤退させた凡その時間を伝えれば、じゃあそっちはもうダメか、と目を伏せる。
何を考えてる。
「でもいっか。私はローがドフラミンゴを追った事知らないからね!」
「どゆこと?」
ベポが眉を潜めて首を傾げる。
他の面々も表情は深刻そのものだがウイの発言の真意を汲み取れずに困惑していた。
「良いから良いから!明日からも私にその話、バレちゃダメ!聞かれても誤魔化す。オッケー?」
「「「「「お、おっけぇ!」」」」」
なんとなく
なんとなくだがウイの考えに検討がついた。
木を隠すなら森、と言ったとこか。
なるほど。
本当に頼もしい女だ。
「ジャンバールはさ、船長さんしてた時新世界来た事あるの?」
「あぁ、約5年か…こっち側の海に居た」
焼き魚と味噌汁の匂い。
それにつられるように階段を降りれば、キッチンで朝飯の仕度をするウイとジャンバール。
ダイニングテーブルで頬杖を付いてるシャチに
普段読みもしねぇ新聞を開いて不自然に固まってるエイジ。
「ローおはよ!今日の朝ごはんお魚だよ!」
「…アジか?」
「ぶっぶー!鯖でした!惜しい残念!」
青魚の脂が焼ける匂いまでは分かった。
塩焼きなのも。
…くそ。
キッチン側は普段通り。
飯の準備をしながら繰り広げられる会話に不審なところはない。
寧ろ
そういう設定だからか知らねぇが、普段より“普段通り”なウイをどこか嬉しくすら思う。
火拳屋の件があってから、ずっとこいつは当たりがぎこちなかったから。
…それはそうと。
やはり問題はこっちか
「新聞貸せ」
「は、ハイッ!!」
バサリと勢い良くそれを畳んで、突き出してくるエイジは動きも発言も不自然にも程がある。
根は真面目なんだ。
与えられた任務を全うしようと必死なあまり、更にそれがかえって緊張を煽って、今に至る、と。
分かってはいた。
分かってはいたもののこれは…中々酷い。
新聞を受け取って横に腰を降ろす。
背筋を正したまま固まってるエイジにため息を吐いてそれを広げた。
「エイジくん!フリーウィングじゃ椅子とか足りないから全員一緒にご飯無理だ。下から半分くらい連れて来ちゃってー」
「り、了解っす!」
やることを与えられれば比較的マシ、か。
不自然な正直者に役割を与えたウイと、新聞越しに目が合った。
『こんな感じでよろしくね』
ふっと細められた目と上を向いた口元。
そんな事を言われたような気になった。
全然望ましい状況じゃねぇ。
寧ろピンチ。
それなのに
少し、ほんの僅かだがこの茶番劇を楽しみに思う自分が居る。
ベポやジャンバール、恐らくある程度嘘が付けて冷静なヤツらにも一役買って貰う事にはなるだろうが
この手の事に長けている俺ら二人が場を動かすしかねぇこの状況。
なるほど。
共同作業。
悪くねぇな。
「皆起きてたの?上がって来たら良かったのに」
「いや!!今起きたんっス!!おはようございます!!」
「「「「っす!!」」」」
ぞろぞろとエイジに連れられて上がってきた面々に
片手にお玉、もう片方の手を腰に当てたウイが不服そうに頬を膨らます。
「半分くらいって言ったじゃん!座れない人リビングのテーブルでご飯だからね!」
「すんません!!」
無駄な大声。
カクカクと機械的な動作。
緊張感丸出しの顔。
ウイとジャンバールに言われるがままに飯の準備を手伝いながらも、クルー達はどこから見ても不自然だ。
こいつら出方に困って地下でやり過ごしてやがったな…
「ローも食べちゃう?」
「あぁ」
「お、おおお俺よそいますよ!ウイさん!飯くらいよそわせて下さい!!」
手持ち無沙汰が怖いのか
仕事を付け狙ってギラギラ目を光らせてるこいつらに聞きたい。
下手だろうなとは想定していた。
がしかしこれのどこが普段通りなんだ。
「ジャンバール、私もお腹減ったから先食べちゃって良い?」
「ああ、こっちは任せろ」
既に埋まっていたダイニングの椅子。
ウイも俺も今日の食卓はリビングのテーブルだ。
「ハイ!じゃあ皆さん手を合わせて、いただきます!!」
「「「「「いただきます!!!」」」」」
どこの軍隊の敬礼かと思った。
デカ過ぎる音量のせいで耳が痛い。
「ねぇ…皆どしたの?なんか変だけど」
「べ、べべ別に変じゃないっスよ!いつも通りっスよ!!アジ旨いっスね!!」
「それ鯖ね」
じと目でダイニングテーブルに固まる挙動不審集団を睨むウイの顔が
どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「何。何か隠し事?」
「いや!?別に!?」
クルー達にしてみればたまったもんじゃねぇだろう。
只でさえどうしたら良いか分からない中でのキラーパス。
助けてくれとでも言いたげなすがるような視線が突き刺さる中、大皿に盛られた鯖の塩焼きに箸を伸ばした。
「なら良いけど…でも絶対変だよね?」
「コイツらが変じゃねぇことなんて今まであったか」
鯖の塩焼きとだし巻き卵、それに山盛りの大根おろし。
メインのおかずが盛られた大皿から焼き魚じゃねぇ方に箸を伸ばしたウイが俺に同意を求めて来た。
「いや変だけど。そういうんじゃなくさ…。ねぇ変だよね?ジャンバール!」
「若い男にはおまえくらいの年頃の女に知られたくない朝の事情が色々とあるんだ。察してやれ」
…中々やるな、ジャンバール。
折角のフォローをなぜかまともに受け取った素直過ぎるやつらが
下半身事情を否定しようと声を上げかけて、何人かの気付いたやつらがそれを拳で黙らせる。
「え?それって朝だ──ぶっ!!…ったた…何すんの!」
「おまえも一応女だろ。飯時だ。慎め」
こっちの確信犯悪ノリ女は、仕方ねぇから俺が黙らせた。
…こんな時、ペンギンが居たら楽だったと視線の先が遠くに向く。
「先にそゆこと言ったのジャンバールじゃん。皆の男子事情のせいで乙女の顔に傷が付いた」
「いや!違うっス!!もうとうに落ち着──ぐっ!!「なんでもねぇよ。朝っぱらから生々しい話すんな」
鳩尾に一発食らって踞るエイジを横目に
手を下したシャチが目を細めてそれを制した。
普段率先して下世話な話に花咲かせてンのは主におまえだがな。
「えー…でもさ。そんなの今日に限らずいつもの事なんじゃないの?…やっぱ何か隠してるでしょ!?」
「隠してねぇよ。飯ぐらい黙って食え」
ウイのいたずら心はまだ収まらないらしい。
取り敢えず落ち着けと言う牽制を込めて、白菜漬けをウイの飯の上に山盛りに乗せてやる。
不満気な顔でポリポリとそれを噛み締めながら、その目線はまだクルー達をつけ狙っていた。
「当てようか?昨日私が商談してる時、戻って来るの遅かった。何もしてないって嘘でしょ。絶対何かして来たでしょ!」
一瞬、クルー達の動きが一斉に止まる。
でもこれは、核心を突かれて焦ったせいじゃねぇ。
昨日ウイが言おうとしていた事の全貌が、点と点が一本の線で繋がった、そんな顔だ。
ダイニングに並ぶ顔がどこか平静を取り戻しつつある中、
向かいに座るイタズラ好きそうな顔は、それを満足げに眺めていた。