14-21
「何もねぇって言ってンだろしつけぇな」
「じゃあなんであんなに戻って来るの遅かったの」
てめぇ…
これはあれか。
半分は本気か。
俺相手なら自力でそこもなんとかするだろうという、信頼と言う名の仕返しか。
勝ち誇ったように俺が取りかけた鯖を掠め取っていくウイに、内心ため息を吐いた。
「ほら!やっぱりそういう事じゃん!騙されないからね!何してたの!?」
どこまでが本気で
どこからが嘘だ…
仕方なく飯のおかずにと
箸を伸ばした先の皿をも掠めとるコイツは本当に一筋縄では行かない。
「ねぇ!!どうなの?」
「…折角立ち寄った島だ。連れて行くのに良さそうな場所を、街を見て回ってた。…新世界の名産品を集めた市場。おまえそういうの好きだろ」
茄子とピーマンのみぞれ煮。
それが盛られた皿を持ったまま目を丸くするこの問題児。
どうやらこのリアクションは素の方だ。
「それ、近く?今日行ける?」
「大通りを抜けてすぐだ」
ぱぁっと花が咲いたように綻ぶこの顔が
俺はこの茶番劇を抜きにしても見たかった。
「行きたい!行ってみたい!ねぇ食べ物とかもあるかな。ベカス聖にも送ってあげたい!」
「あのタヌキジジイの好みは知らねぇ。でも結構名は知れた市場みてぇだな」
「もー…どこまで言って良いのかと思って俺らヒヤヒヤしたじゃないっスか!」
「ねぇ出店みたいなのもあるかな!それならお昼に行って食べ歩きしよう?」
完全にウイの興味が市場に移った。
クルー達も設定を理解して取るべき行動がわかったのか
さっきまでのようなぎこちなさはない。
「どんなのあるんだろ。楽しみだね!」
この一見裏も何もなさそうな笑顔に
色んな意味で救われた。
クルー達と今日の予定をさも楽しそうに話し合っているこいつは今に限らずきっとこれまでも
こうして“見る側”を欺いて、外向きの顔を取り繕って過ごして来た。
本音とは違う、周りが助かるウイというキャラクター。
思ってもねぇ顔を
本当はさせたくねぇ偽物の顔をさせてんのは、今は俺だ。
上手すぎる満面の笑みに、歯痒い何かを感じた。
「わー!!凄い凄い凄い凄ーい!!」
「見てぇ店を見るのは良い。ただ1人で行くな。必ず誰かを連れていけ」
保護者か。
まぁ、確かに楽しいとあんまり周り見ないで暴走しちゃう自覚はあるけど。
街のメインストリートを抜けた先。
島の中心に位置するそこは、向こう側の端が見えない程に露店が立ち並ぶ大きな市場だった。
お店の人と行き交う人で活気に溢れてる。
「あそこ!あそこ見たい!ジャンバール行こう!」
「あぁ」
新世界の珍しい調味料が並ぶお店。
ここを一緒に見て周りたい人と言えばぶっちぎりでジャンバールだ。
「ねぇ!見て見て!七味自分で配合出来るんだって!これやりたい!!」
「…面白そうだが、どの割合が正解かが悩むな…。陳皮?と芥子、あと麻はどんな味かが分からん」
真面目か。
店員さんに味見させて貰いながら真剣な顔で唸ってるジャンバールが、なんか可愛かった。
「センスだよセンス!」
「…これが良いな。陳皮?」
陳皮、簡単に言っちゃえばミカンの皮を乾燥させたやつだ。
これをメインに持ってくるとは…お目が高い。
「容器はどれにすんだい?」
私とジャンバールが一斉に指差したのは、ころっと可愛い瓢箪型の容器。
「やっぱこれよね」
「だな」
お互いに顔を見合わせて笑いながら、楽しく七味を調合したんだ。
ちらりと後ろを覗けばね、皆もうすっかり普段通りで心配なさそう。
こういうお祭りみたいなとこだと色んな刺激が沢山あるから
何も考えなくても皆は自然体。
ここに連れて来てくれたローのナイスな提案には感謝だ。
私も楽しい。
…まぁ、今朝のあれには苦笑いしか出なかったけど。
「何やってんの?…唐辛子?…渋っ!」
「絶対美味しいよ!…なに?それ。私も食べたい」
調合を終えたオリジナルの七味を包装して貰って、気になったハーブソルトと味噌?みたいなのも包んで貰ってた。
待ってる間に後ろからのし掛かって来たベポが手に持ってるそれは
程よく空いたお腹の虫を刺激してくる。
「けばぶ?なんか知らないけど美味しいよ」
「どこに売ってるの?!」
「俺も食いたいから行きましょう!ウイさん!」
ここはまだ市場の入口。
向こう側には楽しいものがまだまだありそうで、騒ぐ心は落ち着きそうもなかった。
「ねぇ!待ってベポ、エイジくん!…私ここ見たい」
「女子っすねー。パック?何これ」
お洒落な感じのこの露店は、自然原料のスキンケア用品のお店らしい。
「なんか肌荒れしてるじゃん、私今。ここ見たい」
「……」
何にでも興味を示すエイジくんと、興味がないのかあからさまに嫌そうな顔をしてるベポ。
ベポには悪いけどこれは乙女の一大事だ。
明け方起こされてから、どうもほっぺの表面がひりひりする。
なんか少し赤くなってる気もするし。
この島秋島っぽいし。
乾燥して肌荒れしちゃってるのかもしれない。
私ももう二十歳だ。
こういうスキンケア的なものも必要になって来るお年頃。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「乾燥に良さそうなの、オススメってどれですか?」
「俺この匂い好き!ウイさんこれにしましょう!」
エイジくんが目を付けたのは、バニラの香りが漂うパック。
クレイ状のそれにはバニラビーンズかなって思う黒い点々が混ざってて
お菓子を作ってる時みたいな香りが鼻先を擽る。
「乾燥でしたら、これもそうですがこちらか、あとこちらですね」
「俺はこれ好きー。でも乾燥くらい…ほっときゃ治るでしょ」
店員さんがおすすめしてくれたのは、エイジくんイチオシのバニラのパックと
ベポが気に入ったらしいチョコレート風味のそれと
あともう一個。
どうしよう、悩む。
でもバニラでもチョコでも、良い香りを楽しみながらお肌のケアが出来るって…
良い女感が堪らんよね!
「俺はコレが良い。好きな匂いだ」
「蜂蜜?…うん、美味しそう」
「食うモンじゃねぇだろ」
もう一個の乾燥特化のパックの主成分は蜂蜜。
いつの間にか傍に来てたローがそれを手に取ってすんすん鼻を鳴らしてた。
「…これ、下さい」
「ありがとうございます」
結局私が選んだのは、クリーム色に蜂蜜色がマーブル模様を描くパック。
一見アイスクリームみたいなそれを、店員のお姉さんが手際良く包んでくれてる。
「ヒューヒュー。好きな人が好きな匂いが好きー」
「好みの香りに包まれた私を愛して…!って事っすか!うっわ!!ウイさん!ノロケるー!!」
「違うもん違うもん!私蜂蜜好きだし!お肌にも良さそうでしょ!バニラとかチョコより!!」
本当に、そうだもん。
それだけだもん。
面白がって冷やかしてくる二人にムキになって反論してたら
いつの間にか会計を済ませてくれちゃってたローから可愛いらしい紙袋を渡された。
「あり、がと」
「行くぞ」
目があって、ちょっと頷いただけ。
ローが顎で指した方角には、買いに行く予定だったケバブ屋さん。
ローは私がコレに決めたのも、皆が冷やかしてるのもまるで全然気に留めてないみたいだ。
「あ、待ってロー!」
先を歩くローが人混みに紛れる前に
追い付こうと足を踏み出した。
「私を置いて行かないでー」
「ケバブは二人で一個買って『はい、あーん♥️』で食べさせ合いっこっスか!!?半分こっスか!!?」
こいつら…!!
ゲスな笑いを張り付けた一人と一匹が、肩に片方ずつ乗っている。
にやにやし過ぎ。
面白がってる。
何ていうんだこの表情は。
スケベ笑い?
ひやかしスイッチがオンになってる二人が私を挟んだ両側で
ベポがロー、エイジくんが私の役になりきってふざけた茶番劇まで始め出した。
「ほら」
「やだ恥ずかしい!一人で食べられるもん」
エイジくん。
…それは私の声真似なの?
「じゃあいらねぇんだな。食っちまうぞ」
「やだぁ!食べる食べるーぅ!!」
私はそんなしゃべり方しないもん。
「タレ、付いてるぞ」
「えぇ!?どこどこぉ!?とって?」
「「ここでキャプテンがぶちゅっと!」」
「煩っさいっ!!しないもん!一人で一個食べるし!!半分こしないし!!」
げらげら笑ってる二人を置いて、人混みで見失ってしまったローが向かった方角に足を踏み出した。
抱えてた紙袋の中から漂う蜂蜜の甘い香りを胸一杯に吸い込む。
普段通り過ぎるのも、これはこれで問題だ。
ケバブでしょ?
あとはエンジェルシュリンプのフライ。
得体の知れない甘いお豆腐に
練乳を越えたミルク感満載のクロテッドクリーム。
もう、ここは天国か…!
「まだ食うのか」
「だってまだあっち側見てないよ!」
気になるものを手当たり次第に食べまくった。
日持ちしそうなものをベガス聖へのお土産にって選んだり、民芸品?みたいなのを見て回ったり。
今は飲食スペースがあったから、皆で座りながら休憩中。
げっそりした顔してるローには苦笑いしか浮かんで来ない。
皆が大丈夫か見ておかなきゃいけない代わりに
人混みで騒がしいここにいなきゃいけない。
ローはあんまり好きじゃないだろうなって思いながら、それでも皆の為を思って付き合ってあげてるそんな姿を
やっぱり身内には優しいんだなって、思いながら見てた。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
「どうした、俺だ」
『キャプテン?周り煩っ!シャチから聞いた?あの女出港したよ』
ローが連絡用に持ってきてたでんでん虫。
それが真似ている人には見覚えがあったから。
キャップ被ってなくても、きっと私が一番この人からのでんでん虫を受け取ってる。
見間違える筈ない。
ペンギンだ。
そう思って、受話器を取ったローの反対側に耳を付けてその通話を盗み聞きしてた。
「もう大丈夫なのか?今市場に来てる。おまえ今どこだ」
『えー、良いな楽しそう。俺今フリーウィングに着く感じ。待ってるから遊んでおいでよ』
「いやすぐ戻る。…悪いな、苦労かけた」
即答で戻るって返事する辺り、やっぱりローはあんまりここが好きじゃないんだろう。
まだ見てない方の露店を物欲しげに見つめてしまうのが正直な所だけど
これは仕方ない。
通話が終わったのか、耳に当たってた受話器がなくなって
必死で盗み聞きしようとしてた余り、そのままローの胸に頭が追突した。
「…ごめん」
「いや、構わねぇ」
この緊急事態と、市場散策の楽しさにかまけてなんだか色々頭から飛んでた。
倒れこんだ体を抱き起こしてくれる大きな手に、ドクンって心臓が跳ねる。
「戻るぞ。ペンギンと合流する」
「「「「えぇ〜!?」」」」
この手を振り払わなかったのはなんでだろう。
肩を掴まれたまま、不満そうに帰り支度をする皆を
ぼーっと見てた。