14-22
「おー、おかえりー」
フリーウィングのリビングで
勝手知ったる人の家。
コーヒーをお供に雑誌を読んでる久しぶりに会ったその人の首にラリアットをかました。
続くように入ってきた皆は
首を抑えて悶絶してるペンギンに不思議そうな目を向けながら、買ってきたものを置いて一休みモードだ。
「なにすんの。痛い」
「なんでこんな危ない事したの!下手したらペンギン…殺されてたかもしれないんだよ!?」
ペンギンが戻ってきたっていうことは
もう大丈夫なんだろう。
この人の判断力への信頼が、お説教タイム開始のゴングを打ち鳴らした。
「ローもだよ!危ないことしないって言ったじゃん!無事だったから良ったけど…!!何かあったらどうするつもりだったの!!?」
実はもう、時間も経ち過ぎたせいか怒りなんて消え失せてた。
でも、このまま何もお咎めなしって訳にもいかなくて。
ドフラミンゴと話してて改めて、あの人がただの悪い人だとは思えなかった。
でも同時に、底の見えない怖さも感じた。
「なに。どしたの?さっきまで楽しそうに遊んでたのに急にヒステリック?」
「さっきだって今朝だってずっと心配してたわ!!それ言える状況じゃなかっただけでしょ!!!」
それは本当。
夜中叩き起こされたあの時は、今はそんな状況じゃないって抑えたけど
凄く心配になった。
怒りが収まった今も、心配だけは残ってる。
何人かを除いた皆が、私の剣幕にびっくりしたのか肩を上げたままピシッと固まってた。
「そんな心配してくれたの?ねぇそれってどんくらい?」
「…さっきのラリアット100回しても足りないくらい」
私のお説教モードに動じない人その1が、おー怖っ!て
思ってもない事を口にしながらケラケラ笑ってる。
「なんだそういう事。名演技過ぎて騙された。躁鬱か多重人格かって、俺さっき割と本気で心配したー」
「しれっと失礼な事言うな!ベポだって黙ってたんだから共犯だからね!!寧ろ何もしないって一昨日嘘付いた!!悪質!!」
その2に関しては自分が怒られてる認識がまずない。
他人事だ。
っとにどいつもこいつも…!!
皆に怒ったって意味がない。
きっとそれを指示したのはこの人。
キッと睨み付けた相手は、ソファーのアームレストに肘を付いて
その賢すぎる頭を拳で支えてた。
「何とか言ったらどうなのよ」
「黙ってたことなら謝る」
全くもって、謝ってる感がない。
ソファーの背もたれに体を預けたまま。
脚だって組んでるし、拳で頭支えてるせいでやや斜めってる。
いつもの事だけど仏頂面だし
しゃべり方だって凄い適当に吐き捨てた感じだ。
「謝ってないでしょ、それ」
「言ったらおまえ余計な事したろ。言わなくてもしてたみてぇだが」
うぐ…
それは…
そうだけど。
「言っとくが俺はドフラミンゴを討つ為にここまで来た。その為に必要な事ならなんだってやる」
「でも今は!そういうタイミングじゃなかったんでしょ!?私の為に新世界来てくれた…!その時じゃないなら無茶しないでって言ってるの!!」
ローがドフラミンゴと戦おうとしてる事には、何の文句も言わないし言えない。
でも普段慎重な人だから。
これまでだっていくらでも新世界に行ける機会はあったのに、この人はそれをしなかった。
それはまだ、その時じゃないって
今挑んでも勝ち目ないって、思ってたからでしょう?
まだぶつかれないのに、イレギュラーなタイミングで鉢合わせて
何かあったらどうするのって
そういう話をしてるのに…!!
「その為に、俺もこいつらも…今まで以上に腕を磨いて来た。こっちに入ると判断したのは…なにもおまえの為だけじゃねぇ」
「なら…!言ってくれても良かったじゃん私にも!」
ああ言えばこう言う。
そうだ。ローはこういう人だ。
ちゃんと状況に合わせて備えて臨んだなら、それで良い気もする。
でも全く反省なしにしか見えないこの人達を前にして、声を荒げた手前引っ込みがつかない。
「そこは謝ると言ったろ。悪かった」
「全っ然反省してる感がないの!!」
「まぁまぁまぁ。俺も無事だし情報も得られたし。一件落着ってことで」
反対側のソファーでページを捲りながら割って入って来たペンギンに、だから今は雑誌読んでる状況じゃないでしょって…
「なんっでこのタイミングでエロ本読んでんのよ!!」
「え?違う違う。エロ本じゃなくグラビア。着てるよ、かろうじて」
「変わらんわ!!!」
なんなんだこの人は。
ほらって水着でセクシーポーズを決めてる美人のページを自慢気に見せてくるペンギンに
もう怒ってる自分がアホらしくなって力が抜けた。
「いやさー、あの姉ちゃん船に乗り込む時港でただ突っ立ってるのも怪しいかなーって。それでこれ買っただけ。俺基本本物派だから」
「エロ本買った事怒ってるんじゃなくて!!この状況で読んでる事怒ってるの!!!」
我ながら凄い剣幕だと思う。
ローに文句言った時より語尾が荒い気がした。
「えー…だって折角買ったし」
「だから!今じゃなくて良いでしょって!!そこを言ってるんでしょうが!!!」
「どしたのウイちゃん、生理前?」
もう嫌だ…
全く話が通用しないペンギンには白旗だ。
相変わらず視線をエロ本…グラビア雑誌に向けたままのこの人の能天気具合に
脱力しすぎてへなへな床に座り込んだ。
「もう…やだ…」
「普段の俺の気持ちわかったろ?いつもおまえあっち側だ」
どっと疲れを感じながらわなわな震えてたら
肩に置かれたシャチの手。
あっち側と言われてくいって突き出された親指は
私をこんなにさせたペンギンを指差してた。
「ヤバいっすね!!いやこれはヤバい!!」
「でしょ?あとねー…ここも、結構際どくない?」
「うっはぁッ!!全裸よりエロい!つーかこの子めっちゃ可愛いッス!タイプ!!」
シャチの親指の先では、反省するどころかペンギンに群がってはグラビア鑑賞し出す皆。
「私…普段あんなに話通じない?」
「結構。因果応報ってヤツだな」
そんなつもりなかったけど。
自覚ないだけでそうなのかもしれない。
確かにお説教の最中に呆れられた覚えが何回かある。
そっか…こんな気持ちなのか…
「今までごめんね…シャチ…!」
「反省したならそれで良いけど…直んねぇんだろうなー…」
気を付けるよ!
わざとやってた訳じゃないから絶対とは言えないけど…!!
なんか、もう良いや。
行き当たりばったりじゃなくちゃんと考えた上での事みたいだし
皆無事で、楽しく観光も出来た。
緊張する予定だったドフラミンゴとの商談も終わったし、ロー達もこれからはお酒の追跡っていうやることも出来た。
布面積の少ない水着のお姉さん鑑賞会に混ざる気配のないローは
いつの間に買ってたのか、記念コインを袋から出して眺めてる。
やっぱり本当に怒ってる内に
夜の内にお説教しとけば良かった…
「え…もう、行っちゃうの?」
「あぁ。流石に離されすぎるのも上手くねぇ」
確かにそれはそうかもしれないけど。
…私これ終わったらローに話すって
エースの事話すって決めてたから。
出来たら言いたいんだけど。
お説教は諦めた。
無理だ無理。
でも、だからって
もう出発しちゃうの…?
フリーウィングに転がり込んでた皆が帰り支度とかをしてて
ローは元々そんなに荷物とか持ち歩かないせいか部屋に戻る気配も先に潜水艦に戻る気配もない。
…皆が居るとこで話す話じゃないしな。
どうしよう。
「また何か、アイツから連絡あればすぐ知らせろ」
「それはする、けど…」
この商談が終わったらって
そう言った張本人な筈のローは、それを忘れてしまったのかな。
そんな忘れっぽい人じゃないし。
でもお酒の追跡の件でそれどころじゃなくなってる?
今話されるのは
話の内容関係なく迷惑?
タイミングが掴めなくて切り出せずに居る間に
皆は移動を始めちゃってて。
お見送りするよって、潜水艦まで着いて行った。
…言わなきゃ。
「ロー!あの…」
一人になるのを待ってたらどうせ言えない。
潜水艦への渡し板に足を掛けたローのコートを、後ろから引っ張った。
「話…あるの。これ終わってから聞いてくれるって、言って──「悪ぃ、今…急いでる」
コートを掴んでた手は、振りほどかれた。
「でんでん虫、助かった。ドフラミンゴの事以外でも…なんかあればすぐ連絡しろ。──出航だ」
「え?良いの?」
私たちのやり取りを慌てながら見てるベポを無視して
ローは潜水艦の船室の中に入って行ってしまった。
「ちょっとキャプテン!…え?なに喧嘩?良いの?」
「…うん大丈夫。急いでるんでしょ?…気を付けてね!」
イマイチ納得してない感じだったけど、首を傾げたベポがぎこちなく頷いて
渡し板を上げてローの後に続いて消えて行った。
またねって、心配そうな顔で手を降ってから。
暫くして聞こえてきたモーター音と共に、黄色い潜水艦は少しずつ海面に潜っていく。
ねぇロー…もしかして
もしかしてだけどね。
私が言おうとしてること…気付いてたりする?
直ぐに潜ってしまったポーラータング号。
潜っちゃうから皆と甲板と港でお別れは出来ないんだけどね
海面から潜水艦が消えて、船影が見えなくなるまでそれを見守ってた。
やっぱり何かがおかしい気がする。
ローが私が話そうとしてる事に気付いてるとすれば、それはしっくりする気もするんだけど。
いくらローでも気付くだろうか。
私バナロ島に行く直前、ローに告白しようとしてたよ?
頂上決戦にだって、ローからしたら言い付けを守って行ってない事になってる。
ローの気持ちを尊重して。
…ない。
いくらローでも流石にそれはない。
私がエースを好きな事をローに気付かれるような状況だったら
こんなに私が言いにくい事もないんだ。
じゃあ何?
偶然?
それとも…
ローの好きな人も、私じゃなくなってしまったのかな。
私の話を聞いてくれないのも
前は二人になる時間を作ってくれようとしたり、そんな雰囲気とか話題になったりする事もあったのが全然なくなったのも
ローも他の人を好きになっちゃった?
それとも面倒過ぎる私に、遂に愛想が尽きた?
そうも考えられる。
もしそうだとすれば、好きじゃなくなっても友達で居たいって思う私のこの気持ちも
同じなのかもしれない。
ローも好きではないけど、私との距離の取り方を考えあぐねてるのかもしれない。
付き合ってる訳じゃないから、別れ話とも振るとかとも違う。
でもそんな部類の話をしようとしてる私が何を考えてるんだって呆れる。
他の人を好きになってねって
私はもう、ローの事を好きな私じゃないからねって
そう話そうとしてる筈が
ローの気持ちが離れてしまったかもしれないって
そう取れなくもない最近のローの様子を思って
寂しいって感じてる。
やだなって感じちゃってる。
「ほんとなに考えてんだろ…私」
フリーウィングに戻る道すがら
ダメな女思考でいっぱいの頭をぶんぶん振った。
嫌な思考を振り落とすように
出てけって、そう思いながら。
まだ昼間。
太陽も出てるし空は闇色じゃなく真っ青。
そこを泳ぐ雲の流れてくる先を見据えた。
…今日は星、綺麗に見えるかな。