14-24
結局情報を整理しても結論は出ず。
考えられるパターンがいくつか浮かんだだけで会議はお開き。
罠だろうと行くしかねぇ。
定期的に換気も兼ねて船影を確認。
視認はできない距離で酒を追う事になった。
確かに、傷付いたような顔
してたな。
部屋に戻って思い返すのは別れ際にコートを引っ張ったウイの顔。
逃げ切れると踏んでいたからこそ
背中に感じる緩い力に、心臓を掴まれたような
まるでそんな心地になった。
話を聞くと約束していた。
だからこそ、切り出される前にさっさと離れたかった。
ベポの言う通り、大分身勝手だ。
もう少し言い方があったかもしれねぇ。
伸ばされた手を振り払っちまったのは
咄嗟の事とはいえ配慮がなさ過ぎた。
仕方ねぇんだ。
今約束を守っても、ウイの話を聞いても
俺には受け入れる以外の選択肢がねぇ。
ドフラミンゴを直接目の当たりにして
アイツもウイに何らかの関心を抱いてる可能性まで生まれて
今ウイを無理矢理ポーラータングに連れ込むのは得策じゃ無さすぎる。
連れ込んだところで
あの頑固すぎる女はどうせ、すぐには火拳屋への気持ちを捨てはしないだろう。
…果たして時間が解決することなのかすら怪しい。
どっちみち
今が一番ウイとの関係に変化を持たせては危ういタイミング。
離れて行くなら多少は安全なのかもしれない。
だが俺はそれを甘んじて受け入れる気はねぇ。
こんなにも自分から他人を欲したのは初めてだ。
アイツじゃなきゃいけない。
他のヤツじゃ埋まらない。
右耳を貫く、一つだけデザインの異なるピアス。
なんとなくそれに指を触れてみた。
他のを変えても
これだけはいつも同じ穴にささってる。
それがそこにある事に
自分でも訳が分からねぇけど
ほっとした。
そう言えば結構…怒ってたな。
次に頭に浮かんだのは
珍しく真剣な顔で声を荒立てたウイの姿。
歯痒かった。
ペンギンの顔を見るなり怒り出したウイを見て。
困らせて、はしゃいで、笑って。
一見無邪気で素直な外面の奥で、やっぱりウイはそうじゃねぇものを抱えてた。
それを改めて実感した。
俺もきっと知らなければ騙された。
ウイがああいうヤツだと知らなければきっと
お膳立てされた居心地の良い空間、そこにこいつはよく“居る”なとしか思わなかった。
知ってしまった。
あの笑顔の裏に隠された、弱さを。
見せてくれた。
一瞬の気の緩みでも
もしかすれば、一時でも心を開いてくれたんだとしても。
弱さを
周りが困るような本音を
いつでも上手く取り繕って
時にはすっとぼけ
時には怒りはしても必ず、そこには逃げ道が準備されていた。
落とし所を作った上で、こっちが本当に困ることのないように
そうやってしか怒ったりへこんだり出来ない、とんでもなく器用で不器用な女だ。
俺はウイの支えになりたい。
あの女を守りたい。
違ぇか。
ウイに、傍に居て欲しい。
ウイが認めてくれる自分だからこそ
俺は前を向ける。
ウイに必要とされる事に、俺は恐らく依存してる。
本当の意味で誰も近付けようとしないウイが、俺にだけ垣間見せてくれた本当の顔。
外ではあのウイで良い。
俺の前でだけ、本当のウイで居て欲しい。
楽しくて仕方ない
そんな、弾けるようなウイの笑顔が
いくつも瞼の裏に浮かんでは消えていった。
ウイは愛されてる。
愛したくもなる、そんな女だ。
ペンギンもベポも、シャチもジャンバールも
クルー達も
ブラーヴェの連中に、ベガス聖
ロイにシュウの弟妹達。
それに…火拳屋。
当然なんだ。
アイツと居ると、アイツが我慢する代わりに周りは明るくなる。
そしてそこはとても居心地の良い
自分にとって都合の良い、そんな空間だから。
ガシャーン
「やって…しまった」
船を出した。
カレン達を迎えに行く為に。
なんだかモヤモヤしちゃって
何かしようと思って、出来上がったシードルのラベル貼りをしてたんだ。
初めてじゃない。
今までもうっかり手を滑らせてシードルの瓶を割ってしまう事はあった。
でもこんなに
なんて自分は駄目なんだろうって
そう思えて仕方ない事って、今まであったかな。
濡れたガラスの破片を、新聞紙の上に拾い集める。
アルコールと仄かな林檎の香りの立ち込める誰も居ない空間で
無駄にしてしまったシードル
作業効率を下げてしまった不注意な自分
毎日確認してても一向に掴めない、白髭海賊団の皆の今
新聞が目に入ってしまったせいで
このガラス片とは違った事まで襲いかかってくる。
「…っ!」
指に走った痛み。
ほら、悪循環。
考え事しながらガラス片を触ってたせいで、指に一筋の赤が走る。
バイ菌入ったら大変だって絞るように指を押さえれば
鮮血の色は会いたくて仕方ない人を連想させてきた。
堪らなくなって
駆け寄ったのは外に続くドア。
まだ、夕暮れ時。
水平線に沈み行く夕陽は、エースの色。
血なんかよりエースを感じさせる
明るくてあったかい、オレンジ色の炎の塊。
「ねぇ、約束したよね…?“俺は死なない”っ…て…」
船縁に手を付いて
顔を伏せる。
誰も居ない。
誰にも見られない。
それなのに
溢れ落ちる涙は
自然と顔を下に向かせる。
「約束…したじゃん…!!ラベル貼り、1ヶ月無賃労働するっ…て…!!」
何もかもが嫌だ。
ここにエースが居ないのも。
シードルを割ってしまったのも。
会いに行きたくてももう居ない、パパも。
この想いを分かち合える筈の白髭海賊団の皆の安否が分からないことも…
エースに逢いたいのに
逢いたくて仕方ないのに…!!
ローの気持ちが離れてしまったのかもしれない事を
怖いって思ってしまってる自分も…
「エースの、嘘つ…きぃ…っ!」
床板に落ちた丸いシミ。
それをぼーっと見てたら
その視界すら
見ようとしてる物すら、滲んでよく見えない。
本当に、何かもう
全部が嫌だ。
あれ
なんで私、甲板で
膝なんて抱えて、踞ってるんだろ。
気がつけば、外は真っ暗。
見上げた空には
もう会えない大切な人達が輝いてた。
ねぇ、私…
生きてる意味ってある?
こんなにつらいのに
こんなに、つらくて仕方ないのに
それでも生きてなきゃいけないの…?
死ねば
終わりなんでしょ?
こんな思いも
寂しさも
もう感じる事はないんでしょ?
良いよ、もう。
楽しかった。
いっぱい笑った。
沢山楽しいことした。
生きてると
楽しい事も、わくわくする事も、沢山…沢山あるよ
でもね
悲しい事も、つらい事も沢山ある。
私は今が人生史上一番死んでしまいたいって思ってるけど
この先生きてたら、またそう思ってしまう事が沢山ある。
絶対そう。
楽しい事と同じくらい
もしかしたらそれ以上に、つらいことがある。
毎回それが一番なの。
そう思った時が一番なの。
きっと母様が死んでしまった時とか
パパが自分の命と引き換えに皆を守ろうとした時とか
エースの…
あの時の方が絶望した。
毎回毎回それを思う度に
つらい気持ちは、いつだって一番だ。
人の気も知らないで
キラキラキラキラ輝いてる星を睨み付ける。
黙って見てないで、早く迎えに来てよ…バカ。
どこからかふわりとあたたかさを感じた。
夜なのに、そこにそれはないのに
ふと感じた
お日様の匂い。
「エー…ス…?」
なんでそんな事思ったんだろう。
「エース…?」
辺りを見渡しても
当たり前だけどエースがここに居る筈なんてない。
でも居る気がした。
エースが。
本当に…馬鹿だな、私は。
「薄情者…夢にくらい……出てきてくれても…良いじゃん…」
こんなにエースの事想ってるのにね
夢に出てきてくれた事ってないの。
夢ですら逢いに来てくれないの、エースは。
あんなに好きって言ってくれてたのに。
そんなに好きなら、夢でくらい…会いに来てくれても良いじゃない。
私寂しいよ?
つらいよ?
悲しいよ?
エースの気持ちって、その程度のものだったの?
エースの馬鹿。
会いたいよ。
ねぇ…逢いたい。
「困ったわねぇ…」
「っとに…!!」
癖毛のそばかす顔の青年。
ギリリっと奥歯を噛み締めては、硬く握った拳を震わせてる。
苛立ってる。
…自分に。
あの子の為に。
甲板に置かれた木箱を思い切り蹴りあげるその足は
木箱を壊すことも音をたてることもなく、そこをすり抜けた。
「…仕方ないのよ。慣れるしかないわ」
「大体なんでウイはシードル一本割っちまったくらいであんなにへこんでんだ!!」
触れる事の出来る
こちら側にある自分の体。
ガシガシと苛立ちを発散させるように頭を掻くこの子は
まだこの感覚には慣れないんでしょう。
「乙女心は複雑なのよ」
「俺はそんなつもりで…ああああー!!!もうっ!!!何やってんだ!!ルフィのヤツは!!!」
無駄なのに
自分でもわかってるでしょうに
船室の壁やらその辺にあるものに八つ当たりしようとするエース。
不発に終わるその行為はきっと
苛立ちを助長するだけでしかないのに…
「ふふっ…!」
「笑い事じゃねぇだろ!…ったく」
申し訳ない。
でも私も最初はそうだったから。
何もしてあげられないもどかしさ。
今を生きるあの子の悲しみを、自分という存在が生んでしまっている不甲斐なさ。
歯痒くて仕方ない。
その悲しみをどうにかしてあげたい。
誰よりも傍に居るのに
何も…出来ない。
「でもあの子凄いわね。偶然かしら?昔私がああしてあげた時、全く気付きもしなかったのよ?」
「…意味ねぇだろ。結局ああなんだから」
視線の先を辿れば、膝を抱えて肩を震わせているウイの姿が…
本当に仕方ない。
誰かが周りに居ないと、この子は強く在れない。
そこまで強くなくて良いのに。
誰かが居てくれる時にこそ、心の中の荷物を降ろしたら良いのに。
ぶつぶつ文句を言っているこの青年は
意味はないと言いながらも
啜り泣く存在に気が気ではなさそうだけど
気付いてくれた事、嬉しかったのかしら。
何となくそんな顔に見える。
「妬けちゃうわ。私の方がきっと、あなたよりあの子が大好きなのに」
「いや負けねぇ!俺の方が絶対好きだ!!」
すぐムキになる。
本当に真っ直ぐで、素直な子。
全然タイプの違う二人だけど
あの子にはどっちが合ってるのかしら。