15-4



『もしもーし!ねぇ!感染症って!治らないヤツなの!?大丈夫なのそれ』
「問題ねぇ。こいつらがかかったら治療はする」


ほら見ろ。
次に何を言い出すかも分かる。

お人好し過ぎるこいつのことだ。


『島にお医者さん居ないの?ならロー治してあげてよ!っていうかなんで治してあげないの!』
「居る。恐らくヤブが」


このやりとりが面倒臭ぇとも思いはするんだが、ギャーギャー騒がれるのが心地好い気もする。


『はぁっ!?なら尚更治してあげなよ!島の人困ってるでしょ絶対』
「…おまえ忘れてねぇか?俺は海賊だぞ」


こうなることが分かっていて、それでも
話さなくても差し支えのない事実を話している自分。

この口煩い説教も指図も
他のヤツからなら機嫌によっては即刻叩き斬っていると思う。


『海賊だけどお医者さんでしょうが!!皆に移る前に治してあげればジャンバールも気を揉まなくて済むでしょうが!』
「…面倒臭ぇ」


数を考えろ。
患者の数を。

ここに居ねぇウイからしたらわからねぇかもしれねぇが
あの様子じゃ患者の数は軽く50を越える。


予防して関わらねぇのが一番手間ねぇじゃねぇか。


『本っ当にローは!ああ言えばこう言う!!どんな病気か知らないけどさ。小さい子供とかお年寄りは早く治療しないとほら、危ないでしょ?』
「…考えておく」


話題に困らねぇのも助かるが久しぶりに声を聞いた。
こんな面倒臭ぇ話よりも、違う話がしたい。


「おまえ今どこ居る。特に変わりはねぇのか」
『え?私?今──あぁぁあーっ!!!ゴメンローまたかける!アオイが私のおやつのプリンを!!…とにかくちゃんと治してあげてよ!またね!!』


ガチャン、ツーツーツー。


何もなければどこまでも自分勝手な女だ。
全く。


特に変わりなさそうな事は十分わかった。
でももう少し、話していたかった。


ため息と共に受話器を戻す。


「プリンが食いてぇ」
「プリンか…。作るか?」
「あぁ、頼む」


ジャンバールはいつの間にプリンの作り方すらもマスターしたらしい。









「──もしもし?ウイか?プリンの作り方を教えてくれ」


頬杖をついていた腕からとてつもない勢いで顎が滑り落ちた。


なんでもかんでも
ウイに聞いてんじゃねぇよ。








本当にうちのクルー達は己に正直だ。
普段なら我先にと繁華街に飛び出して行っては朝まで帰って来ねぇのに
こうも片田舎だと大人しく船に居る。


大人しくはねぇか。
どこもかしこも酒か賭博だ。


船を停めている岩場の、一番高い所に飛び乗れば
町の全貌が良く見えた。


栄えていないとはいえまだ遅くもない時間。
町には控えめな生活の明かりが灯っている。


そして目に留まるのは丘の上の診療所。


遅くないとは言え、診療時間とは言い難い時刻。
それなのにそこにはしっかり明かりが灯っていた。


ヤブの癖に熱心な事だ。





『ちゃんと治してあげてよ!!』













「ったく。…ルーム」


日々の鍛練の甲斐あって、大分能力を使える範囲も時間も伸びた。
体力を削る事には変わりねぇが、わざわざ出向くよりはこっちの方が数倍楽だ。


「スキャン。……。」


どんなツラした野郎なのか、拝んでやろうと思った。
その無能な腕でこんな時間までどんな治療をしてやがるのか。


がしかし
診療所の中で行われていたのは生々しい
ジジィと人形のように反応の乏しい若い女の情事だった。









一旦思考の先を診療所から戻す。


…なんだアレは。
相手は看護師か?


仕事終わりに楽しんでるにしては
女にソノ気を感じない。


「……」


人の情事を覗く趣味はねぇ。

更に言わせて貰えば
性欲丸出しのひん剥いた目で女の体を貪るあのジジィのツラは気持ち悪ぃとしか言い様がねぇ。


どうする。












「やめだ。…っとに気持ち悪ぃ」


あのジジィはともかく。

若い、見た目も身体も悪くない女がヤってる様子を見ても
全くその気が起きない。


あれは楽しんでるってより…
どちらかと言うと強姦に近い気がする。


抵抗も何もない、寧ろ死体に突っ込んでるかのような薄気味悪さ。


昔見た売春宿で安値で売りに出されていた
目の焦点の合っていない無気力な女。

診療所の女はなぜか、それを思わせた。


“素晴らしい先生”が聞いて呆れるな。
これは間違いねぇ。





…裏がある方だ。







「キャプテーン!助けて!!俺…死ぬ…!!」
「そんだけ騒げりゃ大した事ねぇだろ」


翌日。
一緒に町に出たクルーの内の一人が熱を出した。

それも39度を越える高熱。


決まりだな。


「おまえちゃんと手洗いうがいしたのか」
「したっす!したっすもん!!俺…したっすもーん…!!」


まぁ実際熱も高い。
体調はくそ悪ぃんだろ。

それでいて情緒不安定だ。


めそめそと診察室の簡易ベッドですすり泣くクルーに解熱剤を投げてやる。


「悪いな。治してやりてぇとこだけどウイからの“お願い”だ。しっかり発症してくれ」
「は?え?これ飲んでも治んないんっすか!?」


気だるそうに起き上がったクルーに、さっさと飲めとコップに注いだ水を手渡した。


「治んねぇな。熱は下がる。寧ろ飲まなくても明日には下がる」
「え、じゃあいらないっス!俺薬嫌い」


水だけ飲んで薬を脇のデスクに返却してきたクルーは服薬拒否。


「その代わり明日から島のヤツラがしてるような咳が出る。横になると酷くなるから寝れねぇぞ」
「なんで治してくんないんっすか!!治して!!てか!!俺!!移ってたの!!?」


明日から寝苦しいと聞いたクルーが、慌てて束の間の安眠を貪ろうと薬の封を切ってそれを口に放り込んだ。


二日酔いの薬は欲しがる癖に
飲み込む時の苦虫を噛んだような顔は中々な苦悶の表情。


「明日、咳が出始めた時点で診療所に行く。診て貰って来い“ご立派な先生”に」
「えー!!嫌っすよ!!なにそれ!俺実験体っすか!!?」


やっと状況を察したらしい。


悪いな。
大体小児感染症をあっさり貰って来るこいつも鍛え方が甘過ぎる。


「ウイの“お願い”だと言ったろ。文句ならアイツに言え」
「えー…じゃあ…しょうがないっすね!」


大人しく布団を被ったのを見届けて診察室の明かりを消した。


まぁ



ここまではアイツも言ってねぇけどな。




カランカラーン


最近、また流行り病が蔓延してる。
この小さな診療所の扉が開くのは何も珍しい事じゃない。

私が診ても分かる。
来てる患者は皆同じ病を患ってる。


慣れた事過ぎて
入ってきた患者に目も向けなかった。


診察が終わった人のカルテを片付けて、診察室から出てきた人のカルテに日にちと病名、処方した薬を記入する。

何の意味もないカルテ。
記された名前の薬として出されているのは、全く薬効のないカプセルや粉末。


「すいま…せん…げほっ!…昨日熱…げほげほっ!出、て朝から咳…ごほっ!が…止まらな…ゴホゴホゴホっ!…いです」
「混み合っているのでお待たせしてしまいますが。あなた…島の人じゃないの?」


症状なんて聞かなくても分かる。
急に熱が出て、次の日には下がってる。
それから何日も咳が止まらない。


何度も何度も聞いたその症状。
今回も同じだろうと思って、カウンターの前に来ても顔すら上げなかった。

でもその声は聞き覚えがなくて…


「昨日島に…げほげほっげほ!!…着いたんだ」
「出航予定はいつですか?」


見覚えのないこの若い男は、明後日には島を発つらしい。


これは…チャンス?
この人は私を連れ出してはくれないだろうか。

この島の悪事を暴いてくれはしないだろうか。


この島によその島から人が来ることも、その人が診療所に来ることも
これを逃したら一生ないかもしれない。

この島を訪れる来訪者なんて殆どが
ログを辿って来た海賊だ。


「相当酷いらしくてな。先に診ては貰えねぇのか」
「…!!!…先、生に…相談して来ます」


付き添いが居たのか。
良い大人が。
ここに居たら移ってしまうかもしれないのに…


そう思って伺い見たもう一つの声の主は背が高すぎてカウンターで顔が見えない。
前傾してそれを仰ぎ見れば


そこにあった見たことのある顔に体がピシリと固まった。






私は今動揺してる。


そう思ってカウンターから下がって裏にはけた。





“死の外科医、トラファルガー・ロー”


間違いない。
あの特徴的過ぎる帽子。

あの男達は海賊だ。


私にとって唯一の外を知れるツール。
それが待合室に置いてる新聞。

先生が家に帰ったあと、特にすることもない私は毎日それを一文字も逃さずに読んでた。


少し前に、新聞に挟まっていた手配書。
そこにこの人の名前と顔はあった。

手配書なんてこれまで数えきれないくらい見てきた。
いちいち覚えてなんて居ない。


でもこの人は違う。


“死の外科医”、この人は海賊だけど医者だ。
この人なら、先生の不正を見抜いてくれるかもしれない。





どうしよう。
どうする?


海賊なら先生みたいな人に何も思わない?
でも…医者でしょう?

人の命を救う為に医者を志し──いや、一番身近にそうじゃない医者が居るじゃない。


…どうしよう。


ドクドクと心臓の音が煩い。
こんなに胸が騒いだのはいつぶりだろう。


落ち着け。
これはチャンス。

考える時間が欲しい。
よし。


「申し訳ありませんが…順番にお呼びするのでお待ちください」
「あぁわかった。無理言って悪かったな」


ドキリ


目が、合った。
いやそれだけじゃない。

見定められるように、見られてた気がする。


「ほら座ってろ」
「キャプテンも…げほげほっ!…座りましょ…ごほっ!──「良いから黙ってろ。煩ぇ」


吸い込まれるくらいに綺麗な灰色の目。
凄く鋭い印象を受けたのは、目付きが悪いから?


空いてる椅子に病人の方を座らせて、その脇の壁に背を預けてるこの人は
凄く背も高いし、足も長い。


いくらだったっけ…懸賞金。
思い出せない。


でも結構高かった気がする。






…強いんだろうな。
細身だけど、きっと筋肉質なんだと思う。


先生のあの、だらしのないたるんだ体とは大違いなんだろうな。









この人は救世主になるか、更に事態を悪くするか。
ここ数年で初めて現れたキーマン。


こんなよこしまな事考えてたせいで名案が浮かび損ねたら悔やんでも悔やみきれない。


でも仕方ないよね。


このお医者様はそれ以前に、とても格好良い
…男の人だったから。




destruct at reality.