15-6
「おい、おまえ行ってこい」
「キャプテン酷いっすよ!俺病人っすよ!!」
仕方ねぇだろ。
顔が割れてる俺が行く訳にもいかねぇし。
「近隣の島の海軍支部には処方された薬と事の概要は送ってある。駐在所の海兵が握り潰そうとでもすんなら、そう言って脅して来い」
「無視っすか…俺の意見は無視っすか…。良いんすよ…俺はキャプテンの為なら…!ウイさんの為ならこの病に蝕まれた体に鞭を打っても…!!ってキャプテン!聞いてます!?」
やることはやった。
あとは明日あの女を拾って島を出るだけ。
相変わらずギャーギャー煩ぇ。
診療所を出た後、こいつの体内からしっかり原因のウイルスは取り除いてやった。
その証拠にこれだけ騒いでも咳一つ出ねぇじゃねぇか。
「いやぁ…それにしてもキャプテンはやっぱり優しいんスね!結局助けてあげてんじゃないっすか!」
「煩ぇんだよ。ウイが」
あの後、こいつの治療を終えた後
タイミング良くウイからでんでん虫がかかってきた。
島の感染症はどうなったのか、と。
用件はそれだ。
嘘の報告をしてもバレねぇのに、それを話したのはなぜだろう。
医者が看護師を手込めにしてることは一応伏せた。
なんとなく、言いずらかった。
昔ヒューマンショップに売られかけたウイがもしそのまま売られていたら
待っていたのはあの看護師と同じ今。
そこまで考えるかは知らねぇけど
なんとなく、アイツのトラウマを刺激し得る話はしたくなかった。
ウイに医者のジジィの話をした時、言われたのは治して来いとどうにかして来い。
この2つだ。
あの看護師のことまでは何も言われていない。
知らねぇから当たり前だ。
でももし一歩間違えれば
ウイもあんな目に合っていたかもしれない。
あの死んだような目。
毎晩あんな好色ジジィの相手させられてたらああなんのか、普通は。
記憶を辿ってウイの顔を思い浮かべても
本音だろうと去勢だろうと、その目にはいつでも強い意志が宿っていた。
ひとつボタンがかけ違えていたならば
そんな瞳を曇らせ得た、あの横行。
放っておけなかったのは
勝手にあの看護師にウイを…重ねちまったのかもしれねぇ。
海軍の旗を風になびかせた船が到着したのは予定通り
俺らがこの島に着いてから4日目の事だった。
本当にヤバいあのガキだけ治療を済ませて、あとの事はこいつらに任せる算段。
どうせ暇だろ、海軍のボンクラ共は。
カランカラーン
「動くな!れ先日通報があった!!偽薬で善良な島民の命を脅かしている不届きな診療所はここか!!」
随分な口上だ。
偉そうに…
今までそれを見過ごして来たのはどこの能無しだ、全く。
「なっ!!何を…ごほっごほっ!!…失礼だろう!先生に!!」
「そうよ!何かの間違…げほげほっ!…いです。先生がそんな…」
「その咳、ここに掛かって治ったのか?証拠もあがっている。診療所の医者と…そこの看護師!おまえもだ!身柄を拘束させて貰う」
大したもんだ。
これはもう、ある種の洗脳だ。
あの医者に掛かっても治らねぇことくらい
身に覚えが有りすぎるだろうに…
「違う!!私ではない!!私はちゃんと治療をしている!」
「おまえがあの看護師を恐喝して上手く使っていた事も既に裏は取れている!あとはあの看護師の筆跡のわかるものを押収すれば全て成立だ!!」
喚きながら連行されていくヤブ医者。
患者達はこの事態に唖然として言葉も発せない。
「恐喝されていたとは言え、知っていながらそれに加担した。おまえも無罪とはいかない!」
そう、なんのか。
やっぱり。
あの看護師も連行されて行きそうな状況に
いつ場に乱入するか機を伺う。
「おい!!どういう…げほげほっ!…事だよ!!なぁ!!?」
「あんた達…ごほっ!!…私らを騙してたのかい!!?」
「何とか言えよ!!うちの子供は…!!うちの子は本当は…ごほごほっ!…助かったって言うのか!?」
窓の外から覗き見た診療所の中の様子。
夢から覚めかけた島民達の怒りの矛先は事実を置いてきぼりにして、あの看護師に向いた。
看護師の胸ぐらを掴み上げては物凄い形相で怒鳴り散らす患者達を、海軍は必死で抑えていた。
「おまえが先生を唆したの…か!!ごほっ!!」
「その体使って!誘惑したんだろ…げほげほっ!この女狐めっ!!」
あぁ。
先生の目論見通りだ。
唯一の医者として崇めたてられてる先生に比べれば
私の信用なんてないに等しい。
先生がそうだと言わなくても、島民達の怒りは簡単に私に向いた。
それに私もなんだか捕まるらしい。
今日はあの人が言っていた約束の日。
何が起こるのか分からなかったけど、あんなにわくわくしながら目が覚めたことはなかった。
でもそっか。
私も同罪か。
それもそうだ。
ここでこのまま先生に飼われてるよりも、海軍に捕まった方が少しはマシか。
「何とか言ったらどうなんだ…げほっ!…この!!人殺しがっ!!」
「人の命を何だと思ってる!!」
期待…したんだけどなぁ。
止めようとしてくれてる海兵さんも
浴びせられる罵声も捕まれた胸ぐらも
もうどうでも良かった。
良かったね。
これであなた達の病気も治るよ。
良かったね。
こんなに揺さぶられたら喋れない。
言い訳なんてする気もなかったけど、怒りに身を任せて掴み掛かってくるこの人達に
もう何も思わなかった。
私は助けようとしたのに。
…今更、だよね。
涙が頬を伝っては、ガクガク揺さぶらてるせいで
それは宙へと舞った。
「その辺にしておけ。俺におまえらを助けてくれと言ってきたのはこの女だ」
「誰だおまえは!ごほっ!!」
「おまえは…死の外科医!!?トラファルガー・ロー!!」
患者達から引き剥がされた。
私を罵倒しようと怒りをぶつけてくる集団と私の間には大きな背中。
昨日とは違う黒いロングコート。
長い刀を肩に担いで、その人は本当に
現れた。
「おまえ…医者なのか!?助けてくれ!この島には病人が…ごほごほっ!病人が大勢いるんだっ!」
「残念だな。俺は医者だが海賊だ。何の得にもならねぇ頭の悪ぃ患者を治療する趣味はねぇ」
「そんな…!!助けて下さい!!お願いします…!!けほけほっ!」
なんて事言うんだ。
医者でしょあなた。
顔を覆いながら覗き見た景色は
絶景だった。
海賊だけど
この人達から庇ってくれる王子様の背中。
助けてあげようとしたのに、その恨みを私にぶつけて発散させようとしてる
哀れな人達の絶望の表情。
「どうせ放っておいても暫くは死なねぇよ。…おまえも気の毒な女だな。救おうとした患者にこうも罵られンのか」
「…私も…悪い…ですから」
いくらこの人達にわかって貰えないとは言え、私も悪いとは言え
口ではそう言うしかない自分の立場が悲しい。
こんな状況
自業自得だけど、腹も立つ。
「待って!本当だよ!アンちゃんが助けてくれたの!このお医者さん呼んでくれてね、僕を治してくれたの!」
「おまえ…!?ずっと寝込んでたんじゃ…?ごほごほっ!」
「ありがとうアンちゃん!僕元気になったよ!!」
診療所の扉が勢い良く開いて
そこから顔を出したのは全力で走って来たのか、肩で息をする男の子。
一番危ないんじゃないかって心配してた子。
放っておいたら死んでしまってたって、この人が言っていたあの子。
さっきとは違う涙が、頬を伝った。
必死で私の話をしてくれるこの子に、大人達の怒気も収まっていく。
「今は死なねぇが…こいつが何にもしなけりゃおまえらも何人かは死んでたかもな」
助かって良かったって
思うのはそれだけだった。
沢山救えなかったけど、信じても貰えなかったけど
1つの命は救われた。
治療をしてくれたのはこの人だけど、命を救う本当の手伝いが出来て
助かったこの子はありがとうって
そう私に言ってくれた。
もう、十分だ。
「あの…アン…その…ごほごほっ!」
「そうよね…あなたも身寄りのない中で…逆らえなかったわよね…」
「ンな簡単に手のひら返すなら、確かめもせずに好き勝手喚いてンじゃねぇよ。…薄情なクズ相手に別れの挨拶はいらねぇだろ?掴まってろ」
申し訳なさそうな皆の視線が集中する中、こっちへ向き直った救世主は満足げな顔をしてた。
恐る恐る、言われるがままにコートごしに腕を掴む。
「なっ…!!待て!!トラファルガー・ロー!!」
「じゃあな。後始末は頼んだ…シャンブルズ」
やっぱりこの人は、魔法使いだったのかな。
あの日私の前から消えたあの魔法で
私を檻から出してくれた。
本当に私の願いを全部
叶えてくれた。
「出航だ!」
「アイアイ!キャプテン!!」
不思議な無重力。
覚えのない感覚が怖くてずっと目を瞑ってた。
知らない声が聞こえてきて目を開ければ、そこに映るのは青い海と大きな潜水艦。
「あの…本当に、ありがとうございました!!」
がばっと物凄い勢いで頭を下げる。
本当に、心からの感謝を込めて。
こんな事じゃ全然お礼にならない。
本当に、本当に私は助けられた。
「わー、ナースだナース。しかも可愛いじゃん。お姉さんお名前は?」
「あの…あれ?えっと…アンです」
聞こえて来たまた違った声。
顔を上げたらそこにあの人は居なくて、代わりに白いつなぎの男の人がしゃがみこんでこっちを見上げてた。
仲間の海賊かな…?
診療所に来た病人の彼もこれと同じの着てた。
あの人は…?
「俺の名前これね。よろしく」
「あ、ペンギン…さん?であってますか?よろしくお願いします」
差し出された手に自分のそれを重ねれば
ゴツゴツした大きな手がそれを握り返してくれた。
なんて言うんだろ。
話しやすい。
キャップの頂上に付いてるペンギンのマスコットを指差すっていう変わった自己紹介をして来たこの人は
この船の副船長さんらしい。
あの人は、キャプテンって言われてたし。
船長さんだよね。
ペンギンさんと話してて見失ってしまったあの人。
奥の方で大きな白熊と何かを話していた。
そうこうしてる間に船は動き出して、私は生まれて初めてこの島から離れる。
色んな事があったけど、ここは生まれ育った島だ。
そこを離れるのは少し
あんな事があったというのに寂しい気もする。
「戻りてぇなら置いてくぞ」
「いえ、違います。そういうことじゃない…です」
色々感慨深くて、そんな気持ちが顔に出てたんだと思う。
でもこの島に、私の居場所はない。
「行くぞ」
「…はい!!」
私は住み慣れた島を今日、出ていく。
生まれ変わるの。
新しく。
後ろめたい事はもうしない。
今から踏み出すこの道も、褒められたものじゃないかもしれない。
でも決めた。
私は一生、この人に着いて行く。