15-7



「島に着くまでここを使え。何かあればベポ…でけぇ白熊に言え」


案内された部屋は結構広いけど、何もない部屋。
窓からは海の中を太陽のキラキラした光を浴びながら小魚の群れが元気に泳いでいて
初めて見た海の中にわくわくした。


わくわくした、けど…









“島に着くまで”


あの魔法でこの潜水艦に着いた時
船が島から出航した時
私はこの潜水艦で、ずっとあの人と一緒に旅が出来るものだと思ってた。


でもそっか。
当然だ。

あの人は海賊。


私は治療の助手くらいしか役に立てない。
ずっとこの船にはいられないんだ。


そう考えたら、急に気が重たくなった。


自由になれたのに
私が人殺しの手伝いをしていた事も
毎晩中年のおじさんの玩具になっていた事も
誰も何も知らない場所で新しい人生をスタート出来る。

それはずっと夢見てた事。
でも今はそれより私…あの人の傍に居たい。


不機嫌そうな顔。
愛想なんて、寧ろない。

それでも、助けてくれた。
私の気持ちをわかってくれた。

守ってくれた。


海賊だし
お医者様の癖に患者に凄い事言っちゃうし

それでもあの人はきっといい人。
尊敬出来る人。


違う。








きっと私、あの人に恋をした。
患者達から守ってくれたあの背中を、好きになってしまった。

初めて会った時から、きっともう…好きだった。









そう言えば本当に
なんであの人は私を助けてくれたんだろ。


“断れない人から頼まれた”って
あれはもしかして

私の事だったりするのかな。

そんな素振り全然ないけど
あの人なりに私のお願いは断れないって、そういう話だったりしたのかな。






急に顔に熱が集まって、両手で顔を覆う。


こんな気持ち初めて過ぎてどうしたら良いかわからない。

でも私ここに居たい。
あの人の傍に居たい。





「言っとくけど、そういうのならやめといた方良いと思う」


換気の為に浮上した潜水艦の上で
水平線に沈みかけた太陽を見てた。

第一印象は社交的で親しみやすい人。


それがこの数日で苦手で嫌な人に早変わりした。


「そういうのって何ですか」
「好きなんでしょ?キャプテンのこと。無理。やめとけ。無謀」
「そんなの…伝えてみなくちゃわからないじゃないですか」


私があの人を好きだなんて一言も言ってないのに
この人はそれ前提で話してくる。

私がここに居たいっていうのも見透かしてるかのように。


「言いたかったら言えば?100パー玉砕するから。それで気が済むならお好きにどうぞ」
「…なんでそんな嫌なことばっかり言うんですか。そんなに私が嫌いですか」


人を小馬鹿にしたような口振り。


きっとこの人は私の事を、中年のオジサンの玩具程度の女って蔑んでる。
だからあの人が振り向いてくれる可能性なんてないって、そう言いたいんだ。


「別に嫌いじゃないよ。嫌いじゃないから教えたげてる。キャプテン、もう他の女じゃどうにもなんねぇくらい好きな女、いるよ?」


心臓が
握り潰されてるみたいに、痛くて苦しかった。











そっか。

この船には女の人が居ないから、考えてもみなかったけど
あれだけ外見も良くて、凄い人だ。


居るよね、そういう人。
なんで考えなかったんだろ。








きっと私浮かれてたから
あの人の“断れない人からのお願い”が自分の事だって信じて疑わなかったんだ。





そっか。





「絶対って…言い切れますか?」
「え?…うん絶対」


言い切るのか。


でも絶対なんてある?
先生だって奥さんが居た。

結婚してたくらいだ。
一時期は奥さんのことを愛してたんだと思う。


でも結果がアレだ。


あの人の気持ちだって
いつか変わるかもしれない。

可能性があるなら諦めたくない。

例え先生みたいに、私は性欲処理の道具にしかならなかったとしても
あの気持ち悪い人は私を気に入ってた。


そういう目的としての魅力は、なくはない筈。


同じことされても傍に居られるなら
あの人になら、それで良い。





「ほらその顔。だから言ってるのに」
「言いたい事があるならハッキリ言って下さい…!その、全部分かってるとでも言いたげな上から目線、良い気はしないです」


なんなんだろう。
いつものらりくらりって。


言わなくても身に覚えあるでしょとでも言いたげなこの人のこの雰囲気が
私は嫌いだ。


人を嫌いだと思った事なんて生まれて初めて。
今まではそれどころじゃなかった。


調子に乗ってるのかな。
私はもう一人の人間だって
飼われてるペットなんかじゃないって。


自由になって
恋をして

私は我儘になってるのかもしれない。


「キャプテンが振り向いてくれる可能性がアンの見返りなら、この船に残るだけ無駄って言ってる」
「…!!」


パンクしそうに張り詰めた心臓が、刃物でひと突きにされた。
そんな気分だった。


「叶いもしない幻想抱いて海賊になろうとしてんならやめとけ。そんな甘い世界じゃねぇ」


自分の浅ましい期待が、希望が
この人には本当に透けて見えてるんだろうか。

言葉にした覚えも、態度に出してた覚えもない。


それでもこの人の言ってる事は
私の本音を見据えた上での事実。


「気持ちが…変わらないって言い切れますか?この先ずっと、一生!!…あの人の気持ちが私に向かないって言い切れますか!?」


絶対なんて有り得ない。
それは私が一番身に染みて理解してる。


私は一生あそこで人殺しの手伝いをさせられて
先生に抱かれるだけの人生を生きる筈だった。

でもそんな私に、奇跡は起きた。


絶対有り得ないなんて、それこそ有り得ない。


「言えるよ。…キャプテンがアンを好きになる事は“有り得ない”」
「なんでそんな事…!?男の人なんて所詮…ずっと同じ人を好きでいられない生き物でしょう!?」


あの人もそうかもしれない。
今はその、“好きな人”に夢中でも

いつか、いつの日か
その気持ちも冷める日が来るかもしれない。


この人は私をバカにしてるんだ。


おまえなんかじゃキャプテンには見合わない。
そう言いたくて、気に食わない私をあの人に近付けたくないんだ。




世の中に
特に男と女の関係に永遠なんて、有り得ない。







「意外と物分かり悪いのね。金だって、何なら命だって賭けても良い。キャプテンがアンを選ぶことは絶対ないよ」
「…!!」


どこまで人を馬鹿にしてるんだろう。
どこまで私は舐め腐られてるんだろう。


この人が私はやっぱり嫌いだ。
見た目も良い。
きっと、モテるんだろう。

副船長ってくらいだ。
それなりに戦いの上でも強いんだろう。


だからって何を言っても許されるんだろうか。


こんなに人を見下したようなこの人を
私は好きにはなれない。


あの人は強くても見た目が良くてもこんなんじゃない。
私みたいな人でも助けてくれた。

一見凄い事言うし冷たいけどね、きっと
絶対に優しいの。



だって…
あの子に、私がした事を言う必要ってあった?



あの人はああなる事を分かってて
島の皆の誤解がいずれちゃんと解けるように、あの子に私の話をしてくれた。

皆の前でだって…






あんな人他にいない。
あの人と離れたらもう


こんなに尊敬出来るような人には二度と、出会えない。


「折角自由になったんでしょ?選ぶ人生は慎重に。…それだけ」
「ちょっと待って下さい」


言いたいだけ言って去っていこうとするこの人を
このまま帰してしまうのはなんだか嫌だった。

あれだけ好き勝手言うなら、こちらの言い分だって聞くべきだ。


「あなたが私を軽蔑してても別に良い。でもあなたにそんな事とやかく言われる筋合なんてないです」


振り向いたペンギンさんを、思い切り睨み付けた。


私はあの人に見合うような人間じゃないかもしれない。
汚れて薄汚い女かもしれない。


あの人の好きな人がどんなに凄い人で、お似合いで釣り合ってるかなんて私は知らない。
でも私にだって人を好きになる権利がある。


頑張る事を止める権利なんて、この人にない。


「…別に軽蔑してないけど。腹立ったならごめん」
「軽蔑してない人の言い方には聞こえないですけど」


後ろめたいことはしないって決めた。
それは、周りに対しても自分に対しても。


私はこの気持ちを諦めたくない。







「そうしたいなら好きにすれば?でも本当にウチに入りたいなら…例えキャプテンが一生振り向かなくても、近くで他の女を想ってても構わないくらいの覚悟はしといて」


この、振り向かれないこと前提の口振りが燗に触る。


そんなに凄い人なの?
あの人が想ってる人は。


「ただ旅してる訳じゃねぇ。何かあれば俺もキャプテンも、他のヤツらも仲間を守る。思い通りにならないならすぐ辞めようって人間に、俺は命はかけたくねぇ」















息の仕方を一瞬、忘れた。








私は否定されたのが悔しくて
そうじゃないってこの人に分からせようと必死になってるのかもしれない。


でもこの人は
ハートの海賊団っていう、あの人が束ねる集団の先を考えて物を言ってる。






直接そう言葉で言われた訳じゃない。

でもこの人の言葉とそれを口にした時の顔は
“おまえは浅はかだ”って
それを突きつけられてる気がして、自分が恥ずかしくなった。


この人にそれを見透かされたくなくて
私じゃ敵いっこないって思ってるようなこの人に、それがバレてしまいたくなくて

沸き上がる対抗心が余計に苛立ちを募らせる。






「なんでキャプテンがアンに絶対なびかないか教えたげよっか」


沈み切ろうとする夕日を眺めるその横顔は
凄く遠く、太陽のそのまたずっと先を見ているようだった。














「キャプテンの好きな女ってね、俺の好きな子」
「だったら…!!なんでですか!?あの人が他の人を好きになれば!あなたにもチャンスはあるじゃない!!」


何を言ってるんだこの人は。
好きなら欲しくないんだろうか。
振り向いて欲しいと思わないんだろうか。














「俺が何年叶わない恋してると思ってんの。他の人好きになれんなら…苦労してない。でもそれって、きっとキャプテンも同じ」


自棄になって吐いた言葉とは思えなかった。

でもそれが逆に
この人の言ってる事が覆しようのない事実に聞こえてくる。


「キャプテンが心変わりしてくれんならこんな思いしてない。──俺だから。それ一番望んでんのは」


なんだろう…


この気持ちの名前がわからない。


悔しいのか
腹が立つのか


切ないのか…。




destruct at reality.