15-9
「俺はこれまで、人を見誤った覚えはねぇよ。誰彼構わず引き入れてる訳じゃねぇ。…でもおまえの見解も信頼してる」
凄ぇ真面目に話してくれてるとこ申し訳ないんだけど
3人揃って顔には出さないものの内心呆れ果ててる。
鈍い。
鈍すぎる。
キャプテンは自分の顔面のことも
同性ですら惚れ込むくらい男前な性格なのも
何かわかんねぇけど人を引き付ける人間で
着いて行きたいと思わせるモン持ってるのも
少しは自覚した方が良いと思う。
「アンって人間とハートの海賊団に入りてぇ動機、そこに関して俺は正直読み逃した覚えはねぇ」
一番重要なとこ、読み逃してますから。
キャプテンの人を見抜く観察眼は俺だって凄ぇ信頼してる。
でも今回の件で注意事項が加わった。
どうすっかな。
これはなんて言うか…仕方ない。
この突き抜けた鈍さは、キャプテンの唯一の弱点?…可愛いとこでもある。
「おまえが危惧してる根拠、理由、可能性。それを簡潔に話せ」
「いや、うん。良い良い。わかった。キャプテンがそこまで言うなら信じるし任せる」
俺もアンがどこまで頑張るのか実際分かんねぇし。
ただ気の毒だと思っただけ。
そんなドラマチックにキャプテンに助け出されたら、そりゃ恋にも落ちるでしょ。
仲間になりてぇのは確かに、軽い気持ちではねぇと思う。
寧ろ一番重い。
傷は浅い方が良いと思っただけだ。
時間も、その間想い続けてきた気持ちも
長ければ長い程報われない時のしんどさは結構くるモンがある。
「口喧嘩に勝ちたい訳じゃねぇと言ってる。言えよ、おまえの見解」
「んー…俺も上手くは言えないけど、やっぱ女だからじゃない?戦えそうもないし」
本人にも忠告はしたし
それでも残りてぇって言うなら勝手にすれば良い。
悪いヤツでもないと思う。
美人だし。
乳あるし。
「でもキャプテンもそこは重々承知のことだろうし、そこまで言うなら俺はキャプテンの判断に従う」
…不服そう。
自分の意見が通ったのに。
そこまで俺の意見尊重しようとしてくれんのは嬉しかったよ。
ごめんね、はぐらかして。
でもキャプテンの鈍さがここまでのもんなら、それをどうにかするのは俺じゃない。
…ほんと罪な男。
「アンさん酒飲めねぇの!!?何それ可愛い!」
「いえ…あの、飲んだことがなくて…」
「アンさん!趣味は!!」
「アンさん好きな食べ物は!!?」
「アンさん!!」
「あの…!!」
他のクルー達には決定として話した。
アンを仲間に迎え入れることを。
同意はしたものの、ペンギンはそれに賛同していない。
シャチもベポも任せるとは言え、最終的にはどこか微妙な顔をしていた。
自分の判断を疑う訳じゃねぇが、これは褒められた選択じゃねぇのかと
そんな可能性を検討した程だ。
そんな思惑とは裏腹に、クルー達はそれを聞いて見るからに目を輝かせて沸いた。
「“さん”とか着けないで貰えると嬉しい、です。…仲間っぽく、ないかなって。あと…!」
女のクルー。
仲間に対してと言うより、明らかにデレデレと鼻の下を伸ばしてる。
これ、面倒な事起こらねぇか?
ペンギンはこれを言ってたのか…?
「私…、あの、知ってるかもしれないですけど…あんまり普通の生活して、来なかったので。聞かれても、そういうのよく分からない…です」
「「「「…可愛い!!」」」」
「いや!!アンは美人だろ!!」
確かに言われて見れば整った顔をしている。
年中発情期のこいつらにとってすれば格好の的か…
そうか。
女…
昔ベポに延々文句を言われたステラの件を思い出した。
これは船の中でそれが起こる前に牽制が必要か…?
「おいおまえら、ルールを決める」
アンを囲んで騒いでいたクルー達が一斉に振り向く。
「面倒臭ぇのは御免だ。クルー内の不純異性交遊禁止。…本気なら止めねぇ。ただ“そうなった”時はすぐ公表しろ」
これなら船内のそういう揉め事は起きねぇ。
我ながら名案だ。
「わ、わかってるっすよ!!」
「そ、そんな見境なくないっす!アンは仲間っすよ!!…で?それ破ったらどうなるんすか?」
破らねぇと言いながらそれを聞くか。
どいつもこいつも目がマジだ。
罰則に興味津々。
…ったく。
「追放だ。…どっちも」
結構マジな顔で息を飲むヤツが数名。
…なるほど。
確かに俺も読みが甘かった。
これは手を打たなければ確実に面倒事が起きていた。
部屋で過ごしてた。
この船に来てから殆んどの時間を。
って言っても2、3日か。
食事の時とかしか、あの人とも海賊団の人ともほぼ関わりがなかった。
話してても、生活に何か不自由はないかとか
海の中綺麗でしょ、とか当たり障りのない事ばかり。
私もどこまで踏み込んで良いのかわからなかったし、あっちもきっと色々突っ込みにくかったんだろう。
あの人に呼ばれて、話は付いたと言われて
連れて来られたのは大きな部屋。
食堂とトイレとお風呂とあの人の部屋、それ以外の扉の中を初めて覗いた。
広い船。
食事の時も思ったけど、人も多い。
「こいつ、アンを仲間にする事にした」
この人達はどう思うだろう。
トラファルガー・ローに着いて行きたいと思った。
この人と一緒に居たいと思った。
でもこの船には他にも人が沢山居る訳で。
ペンギンさんみたいに私が仲間になるのを良く思わない人も居るだろう。
戦えないし
…動機も不純だ。
それに、ちょっと前まであんな扱いされてたような人間だ、私は。
ずっと固まったままノーリアクションのこの人達を見ていられなくて
目線は床に吸い寄せられた。
やっぱり私は、歓迎されるような人間じゃないんだ。
「「「「「うぉおおおお!!」」」」」
「マジか!やった!!」
「今日宴っすよね!!ジャンバール!パーティー飯だ!」
「女の子!!しかも美人!!」
早速少し後悔し出した所で、耳を塞ぎたくなる程の雄叫びで鼓膜が痛む。
「船上げて良いっすよね!?この辺荒れてねぇし寒くねぇし!」
「宴だったら甲板だ甲板!!」
わいわいと笑顔で騒ぎ出すこの人達に、凄くほっとした。
あの人だからじゃない。
自分を受け入れて貰える事は、こんなに嬉しい。
「アンさん操縦室行こうぜ!やり方教えるっす!」
「あ、…はい!」
クルーの一人が、扉から顔を出して手招きしてくれてる。
一歩踏み出して、いや待てよと思いとどまった。
…着いて行っても良いんだろうか。
ちらりと横にいたこの海賊団の船長を見上げてみる。
「行ってこい」
「…はい!」
笑顔とかじゃない。
特に無表情。
でも何だか、“仲間”って感じのやりとり。
こういう日常の顔を、これからも私は沢山みられるんだ。
船を上げて、夕焼けが綺麗な甲板で乾杯をした。
これからよろしくお願いしますって勢い良く頭を下げたら、指笛だとか拍手が起きて
私に向いた沢山の顔が笑ってるの。
泣きたくなった。
こんなに嬉しいって
幸せだって思ったのは初めてだった。
あんなに当たり障りない事しか話しかけられた事がなかったのに
仲間だってなった途端に質問の嵐。
聞かれても私って人間は空っぽだ。
趣味もなければ食べ物を選ぶなんて事もしたことがない。
聞かれ過ぎて困ってしまって本音を伝えれば
じゃあ色々やってみようぜって。
仲良くなろうとしてくれてるのが伝わってくる。
この人達はこんな私を、見下したり軽蔑したりしない。
それが凄く嬉しかった。
自然と私、笑ってた。
楽しかった。
一人一人名前を教えて貰って、沢山居るから覚えなきゃって
意気込んでるとこで響いたあの人の声。
皆話すのを辞めてそっちを向くから、私もそれに倣った。
「面倒臭ぇのは御免だ。クルー内の不純異性交遊禁止。…本気なら止めねぇ。ただ“そうなった”時はすぐ公表しろ」
不純異性交遊。
つまりは愛のないセックスか。
それはつまり…
好きになって貰わないとあの人とそういう関係にはなれない、と。
いや望んでそうなりたい訳じゃないけど。
でもペンギンさんがそこまで言うなら私の入り込む余地ってそこしかないのかなって。
あの人だって男だ。
そういう欲はある筈って
そんな小汚ない事考えたりも正直してた。
「わ、わかってるっすよ!!」
「そ、そんな見境なくないっす!アンは仲間っすよ!!…で?それ破ったらどうなるんすか?」
…そっちか。
なんで急にあの人がそんな事言い出したのかに納得。
この人達は私を“そういう目”で見てたらしい。
じと目で彼らを睨んでみる。
男って本当にしょうもない。
「違うって!マジで違う!!そんなん考えてねぇって!!」
「そうだ!俺は純粋に新しい仲間と仲良くなろうと思って!!」
「俺もだ!」
「俺も!」
私の心中を悟ったらしい皆の必死の弁解が、ちょっと面白かった。
「…分かってますよ。…でもちょっとがっかり」
慌て出すこの人達は男だけど先生とは違う。
いい人達なんだろうなって、純粋にそう思ったよ。
初めて口にしたお酒は苦いし独特で、飲めそうもなかった。
少し体に入れただけなのに、ふらふらする気がするし顔が熱い。
見かねたシャチさんがジュースをくれて
それをチビチビ飲んでた。
これ飲んであんなにテンション高くなれる皆が凄いと思う。
「平気?酒飲めないんでしょ?」
「…飲めるようになるように頑張ります」
ジュースのおかわりを貰いに皆の輪を抜けて来た。
自分の脈の音が普段より大きく聞こえて、これが酔っ払ってる状態かって、他人事みたいに思ってた。
そんな私に声をかけて来たこの人。
飲めなくて悪かったなって、正直苛立った。
「別に無理して飲まなくて良いでしょ」
「いえ頑張ります。…不満ですか?私が仲間に入れて貰えたのが」
きっとこの人は納得してない筈。
「アンもキャプテンもそうしたいならそれで良い。この前はお節介ごめんね」
全然すまなそうな顔なんてしてない。
まぁまぁ、とおどけながらコップにジュースを注いでくれるこの人が
私はやっぱり苦手だ。
「…どんな、人なんですか?」
「どいつ?基本皆バカだけど」
皆の中の誰かの事だと思われたらしい。
違う。
皆のことはこれからいくらだって知れる。
「ペンギンさんと、あの人の好きな人」
「…アンって新聞とか読んでた?」
…なんで新聞?
馬鹿にされてるんだろうか。
確かに私は隔離された檻の中で生きてきた。
でも読んでたし。
新聞くらい。
生活的なことは知らない事も多いけど世の中の事なら多少は知ってる。
馬鹿にするなという思いを込めて頷けば
ペンギンさんは氷のたらいに入ってた瓶を手にとってそのコルクを抜いた。
瓶の口からは気泡の弾けるシュワシュワって音と、白い霧のような揮発した中身が外の空気と混ざる。
「なら知らない人じゃないかもね。その内会えるよ。…会いたくないかもしんないけど」
「?有名な人…?その人も海賊なんですか?」
手配書、全部なんて覚えてない。
男の人が多いそれの中で女の人は目立つけど、それにしたって大量だ。
…居たかな。綺麗な人。
頭の中の記憶を必死で引っ張り出した。