15-11
更に私の心を打ちのめしたのは皆だった。
ことあるごとにあの子の話をするの。
その時の皆の顔を見て思った。
あの子の事が大好きなんだなって。
どれだけスペックの高い人かってよりも、そっちの方が正直堪えた。
私はこんなに傍に居るのに
私なんかと比べ物にならないくらい皆の話題には常にあの子が居た。
それが凄く、嫌だった。
そして重大事実。
ハートの海賊団のつなぎも、キャプテンのコートもあの帽子も
全部あの子のお手製らしい。
女用だと色々勝手も変わるからって、わざわざ採寸しに来てくれるらしい。
本当にそれだけかな。
だって恋人じゃないけど、あの子もキャプテンの事が好きなんでしょう?
私のことどう思うんだろ。
色目使うなとか
変な気は起こすなとか
牽制しに来るのかな。
この船で生活するようになって、毎日皆と一緒に居る。
剣を交えたり、組み手だったり、一緒に切磋琢磨してる。
他愛もない話だったり、愚痴を聞いたり、真剣に語り合ったり
期間は短いかもしれないけど、この時間は濃いものだって思うの。
部外者なんかよりずっと距離が近いって。
でもね、あの子は何かが違う。
皆の中に居るあの子は特別。
敵う気がしなかった。
諦めたりなんて勿論しない。
でも
そんな相手に睨まれたら、私ここに居場所なくなるんじゃないの?
「今日の午後にはこっち着くらしい」
「マジっすか!ウイさん久しぶりだ!元気かな」
「あの人元気じゃない事とかないっしょ!」
ほら。
あの子の話をする時の皆は楽しそう。
会いたいんだ、皆。
私が気にしてた距離を感じる“さん付け”。
それがあの子の名前の後ろに付いた途端に、特別な称号のように聞こえてくる。
「おまえもきっと気に入る。…多少煩ぇが」
「そう、なんですね…!楽しみです!」
我ながら滑稽だ。
張り付けた笑顔は、中々酷いものだったんじゃないだろうか。
キャプテンあのね。
キャプテンにとっては良い子なのかもしれないけど
でも
私にとってその子が“良い子”かなんて限らないんだよ。
気が重い。
…午後、か。
「わー!皆久しぶりー!!」
「ウイさん髪伸びたっすね!久しぶりっす!」
皆総出でお出迎え。
何この特別扱い。
背は高くないって言ってたけどなるほど。
皆に囲まれててその姿は見えない。
でも少し高めの明るい声。
「ねぇ新しいクルーの女の子は?どこどこ?」
「アン?美人っすよ!それにウイさんと違ってボンキュッボ──「何か言ったか」
…ドスの効き過ぎた声に一瞬耳を疑った。
副船長にも言われてたけど
皆にまでそこイジられるのか。
「あ!もしかしてアンさん?はじめまして!ウイです!よろしくね!」
あぁ…、なるほど。
「アンです…わざわざ来て頂いちゃって、ありがとうございます」
恐る恐る差し出された手を握り返す。
良いの良いのってころころ人懐っこい顔で笑うこの子に
胸が絞られるような息苦しさを感じた。
私の顔を見るなりね
ぱぁって、花が咲いたみたいに笑うの。
あぁこの子、私と会えて嬉しいんだろうなって
そう錯覚してしまうように切り替わる表情。
可愛いけど、とびきり可愛いって訳じゃないと思う。
でも写真で見るよりずっと、人を惹き付ける。
「今回はいつまで居れんだ」
「一週間くらいかな。ロー達何か用事あるの?お邪魔ならとっとと帰るけど」
“ロー”
「別に特にねぇよ。ゆっくりしてけ」
「りょ!シードルいっぱい持ってきたよ!歓迎会しよう歓迎会!!」
「もうやった」
「ウイさん俺の時ンな事言ってくれなかったー…」
呼び方だけじゃない。
なんだか二人の、皆との会話のやり取りには、入っていけない慣れ親しんだ何かを感じる。
あの子を見るキャプテンの目を、見たくない。
どうしよう。
気が重い。重すぎる。
慣れて来た筈の潜水艦が
一瞬で違う場所になってしまったような
そんな疎外感を感じた。
どんちゃん騒ぎって
こういう事を言うのか。
賑やかな甲板を眺めながら、冷めた心がそう思う。
私お酒飲めないのに。
結局歓迎会なんて建前で、自分が騒ぎたいだけじゃない。
「そんな私から始まるー!!」
「「「「「いぇーい!!!」」」」」
「ミャンマーゲーム!!いくよ!ミャンマー!!」
煩い
騒がしい
普段は微笑ましく見える酔っ払ってる皆が、入っていけないだけで凄く嫌な感じに見える。
いつもはこういう時自分から入っていかないキャプテンも、しっかりあの子の隣に座って参加してる。
皆の笑顔に虚しくなる。
“あの子は特別”
そう知らしめられてるみたいで、凄く惨めな気分。
「早速落ち込みモード?ウイちゃん可愛いでしょ」
「…そうですね。副船長は混ざって来なくて良いんですか」
一人でこんな風にあぶれてるのもなんだか余計惨め。
でも私の気持ちを知ってる副船長に今色々言われたら、堪えきれない気がする。
「やっぱ嫌い?ウイのこと。アホだし煩いけどイイヤツよ?」
「…歓迎会って言っておいて主役無視ではしゃいでるのに?…あんなにバカ騒ぎしてるのに?」
駄目だ。
こんなこと言いたくない。
入っていけない私の僻みでしかない。
お願いだから私に口を開かせないで。
今は口にしてはいけない言葉が抑えられない。
「久しぶりにウイに会えて嬉しいんでしょ、巻き込んで騒がせてんのアイツらの方だからそこは多目に見てやってくんない?」
「…なんかもう、やだ」
わかってる。
わかってるよ。
乾杯するなり私の元に駆け寄って話しかけて来たあの子を、皆が引き摺って行ってアレが始まったことくらい。
だからこそ余計に、だ。
これがあの子が始めたことで
心の底から嫌な子って思えるような事してくれてれば
この惨めさも少しはマシだった。
「よしよーし。…だから言ったっしょ?言っとくけどこのくらいでへこんでちゃこの先やってけないよ」
普段だったらイラッとする。
でも今は正直
ここに居てくれて私のこんな醜い本音にあれこれ言わない副船長の存在が、心の底から有難かった。
確かに言われた。止められた。
それでもここに居る事を選んだのは私。
私にこれをどうこう言う権利なんて、ない。
「ちょい残しーは、倍返しー♪」
「ちょっ!たんまたんま!待ってウイさんマジ待って!!」
「往生際悪ぃなおまえも」
お酒飲んでる時
いつも皆は楽しそう。
でも今日は普段より
皆の笑い声が起こる頻度も多くて、そのボリュームも大きい気がした。
皆を笑顔に出来て
本人も楽しそう。
あの子っていう存在が特別なんじゃない。
あの子が作る雰囲気が特別なんだ。
私とは違う。
私には出来ない。
私はお酒も飲めないし、あんなに皆を楽しそうに笑わせることも出来ない。
あの子の言葉一つで空気が変わる。
皆がそれに乗っかる。
こんな時間、早く過ぎれば良い。
劣等感しか感じない。
「お、やっぱり大人しくはしてないか。来たよ、アン。ライバルが」
コップの中のジュースしか、私が見ていられる場所なんてなかった。
そんな最悪な気分の中聞こえてきた副船長の声。
「アンさんも行こう!ゲーム!一緒にやろう!」
「いや…あのっ!!」
ぐい、と引かれた腕を掴むのはあの子。
楽しくて仕方ないとでも言わんばかりに、その目は輝いてた。
「ウイさんアン酒飲めねぇから!」
「アルハラは駄目っす!」
助けてくれてる。
飲めない私が万が一負けて、飲まなきゃいけない事がないように。
わかってる。
わかってるけど…皆の親切が
おまえはこっちに入ってくるなって、そんな風に聞こえた。
「なんと!…アンさん甘いのは?りんご好き?」
「好き、です…けど」
「そっか!ちょっと待ってて!」
掴んでた腕は離された。
あの子は自分の船の方に駆けて行って、あの子が抜けた輪ではゲームは休憩。
なによ…もう。
シラけるじゃない、場が。
「仲良くなりたいんでしょ。アンと」
「私は…無理。私とあの子は違い過ぎる」
勝ってるのは胸の大きさだけ。
何もかもがあの子には敵わない。
そんな子と仲良くなんてなれない。
「ウイちゃん舐めない方が良いよ?アイツ凄ぇから」
副船長にそんな事言われなくてもわかってる。
今日は最悪な日だ。
こんな日があと一週間も続くのか
あの子なんてさっさと居なくなれば良い。
こんなことなら、つなぎなんて欲しがるんじゃなかった。
「まあ精一杯抵抗してみなよ。行っといで」
押された背中。
副船長はよく見る色んな事を見透かしたような顔で、笑ってた。
「アンさんお待たせ!これ美味しいから!こっち飲もう!お酒じゃないよ!」
走って戻ってきたあの子の手にはガラス瓶。
持ってたグラスを奪い取られて代わりに持たされたグラスに、瓶の中身が注がれる。
「よし!行こう!!」
「え、あの…!私本当にお酒は…」
「いいのいいの!大丈夫!!」
向けられた笑顔が眩しくて
また胸が苦しくなる。
強引に私の腕を引いて行くこの子が何をしたいのかわからない。
「ハイ!アンさんここね!」
座らせられたのはキャプテンとこの子の丁度間。
おどおどとキャプテンを見上げれば騒がしくて悪ぃなって、申し訳なさそうに謝られた。
「アンさんゲーム何か分かるのある?」
「ごめんなさい、わからない…です」
じゃあ前の人より一回多くミャンマーって言って!って親指を突き立てられて
訳のわからないままゲームは始まった。
「私から始まるー!!」
「「「「「いぇーい!!」」」」」
「ミャンマーゲーム!!!ミャンマー!」
「え!?ミャンマー、マンマ…あ」
わからないって言ってるじゃない。
やるなんて一言も言ってないじゃない。
負けてしまったのは私が上手くできなかったから。
それなのにそれすらも強引に連れ込んだこの子のせいに思えてしまう。
「アンさんナイス!その調子!!ハイ!ロー飲んで」
「なんで俺が」
人の気なんて知らないで、グッジョブ!ってバシバシ叩かれる肩が少し痛い。
「アンさんの歓迎会だから。仲間は守ってナンボでしょ!キャプテン!」
「おまえのキャプテンになった覚えはねぇよ」
どうなってるの…?これは…
「良いじゃんロー強いんだから。寧ろ負けないし同じ量飲んでも潰れないローが普通に参加とか卑怯!!」
「そうだ!!キャプテンは卑怯だ!!」
「良いッスね!それ!アンどんなゲームなら負けれそう!?」
ガヤガヤと皆が私に詰めよって来る。
私を負かしてキャプテンに飲ませようって腹積もりらしい。
申し訳ないなって横を見上げたら、私の分の罰ゲームをキャプテンが涼しい顔で飲み干していた。