15-12



「おまえ…負けンじゃねぇぞ」


じと目で睨んで来るその顔は、私のせいでイッキ飲みさせられた筈なのに
怒ってる感情を全く感じなかった。


口ではそう良いながらも
理不尽なルールを突き付けられながらも

それをどこか楽しんでいるような見たことのないキャプテンの顔。


「アンさんローの言うことなんて気にしなくて良いよ!素直じゃないから飲みたいって言えないだけなの!!」
「アンゲーム初めてだろ!ビギナーなんだから負けても仕方ねぇ!!いや寧ろ負けてくれ!」
「いや…あの…!!」


盛り上がる周りにどうしたら良いのかわからない。
どうしようって見上げた左隣のキャプテンは、凄いうんざりした目で皆を見てる。


「キャプテン、あの…ごめんなさい…」
「…あのバカが言い出した事だ。おまえは気にすんな。程々に負けるくらいならなんて事ねぇ」


キャプテンは平気そうに見えるけど
あの一口で私をふらふらにしてしまう液体をコップ一杯飲まされて本当に大丈夫なんだろうか…


「そんなアンさんから始まるー!!」
「「「「「「いぇーい!!!」」」」」」


皆の視線が私に集まる。


ど、どうしたら良いの…!!


「アンさんアンさん!『ナンバーワンゲーム!』って叫んで!!」
「え…?な、ナンバーワンゲーム!!」
「「「「「「いぇーい!!!お題は!?」」」」」」


混乱してる頭はその沈黙を何とかしたくて
耳元でこそっと囁かれる声のままに従ってしまった。


「『この中で一番、梅干し嫌いな人!』」
「こ、この中で一番!!…梅干しが嫌いな人!!」

「…おいアン」
「決ぃまったー!!」
「俺も俺もー!!!」


梅干し…?
あの酸っぱい赤いヤツ…?


身を乗り出して私の右側を睨み付けるキャプテンと
凄く悪い顔してニヤニヤしてる皆…


口にしてから状況を整理する。


だからこれは一体どういう状況なの…!!


「アンさんロー指差せば正解だから!行くよー!!せーのっ!」
「「「「「「「ナンバーワン!ナンバーワン!ナンバーワン!!!」」」」」」」








皆の人差し指がキャプテンに集中した。


片手で顔を覆うキャプテンに
歓声をあげる皆。


…私、もしかしてやらかした…?







わざとじゃない。
それに毎回負けてる訳じゃない。


でも私は明らかに勝率が悪くて、その度に皆が歓声を上げて称賛の声を送ってくれた。


「おまえらグルじゃねぇよな。これ狙ってやってんじゃねぇよな」
「あの…キャプテン、ごめんなさい」
「小さい事グチグチ言ってないでさっさと飲んで!女々しい!!」
「そうだ飲めー!!」


うきうきとキャプテンのグラスになみなみのお酒を注ぐこの子。


皆も凄く楽しそうで、キャプテンもね
なんだかんだできっと楽しいんだと思うの。


「おまえそろそろ勝て。このペースで朝までやられたら流石に潰れる」
「そ、そんな事言われても…」


こんなやりとりも、…ちょっと楽しい。


「アン耳貸せ」
「え…」


腕を引かれて、キャプテンの顔が耳元に接近した。
耳にかかる吐息と、囁くような声に全身が熱くなる。








「あの…キャプテン、その…本当に?」
「良いからやれ」

「ちょっとなにー?パワハラ!?パワハラですかローさん!」
「卑怯っすよキャプテン!!」


わーわーと巻き起こる非難の嵐。
キャプテンはそんなのどこ吹く風で無視してる。


「良いよ別に。負けないから!じゃあそんなアンさんから始まるー!!」
「「「「「いぇーい!」」」」」
「えっと…あの、古今東西ゲーム!」
「いぇーい!お題は?」


負けない気満々で顔を覗き込んでくるこの子を
今から私が言う言葉は負かす事が出来る。








「歓迎会の、主役の名前!…順番リバース!!」
「ちょっ…!!」


どっと空気が沸いた。
ゲラゲラお腹を抱えて笑い出す皆とは裏腹に、右隣は静かだ。


「あっはっは!!キャプテンの反撃!」
「「「「「ハイハイ!」」」」」


目を見開いて驚愕の表情を浮かべるこの子をよそに
皆が笑い転けながら掛け声と手拍子をしてくれる。


「えっと…アン!」
「「「「「ハイハイ!」」」」」
「……」
「ハイウイさん負け〜!一気一気〜!!」
「最低有り得ない!!っこンの卑怯者っ!!」


甲高い文句が夜の海に響き渡った。








「ほら飲めよ。負けは負けだろ」


勝ち気な顔でお酒を注ぐキャプテンは
それはそれは楽しそうな顔をしてた。




私も少しずつ勝てるようになってきて
でも毎回皆が私を負けさせようとするの。

何のゲームを決めるかって時、私が負けるように仕込もうと必死な皆がいつかみたいに質問攻めしてきて
輪に入れたみたいで
ううん、輪の中心になれたみたいで楽しかった。


負けちゃう度にキャプテンと話せるのも
二人一組みたいに作戦会議出来るのも

凄く嬉しかったし楽しかった。


私をのけ者にした怒りなんて忘れてしまってて
いつの間にか私は皆と一緒になって声を上げて笑ってたんだ。









「やっぱり…飲み過ぎたらこうなるんですね…」
「アンが負けてあげねぇから」
「わ、私のせいじゃないです!」


いやおまえ中々ナイスだったぜ!って
シャチさんが笑ってくれる。


何人かが甲板に突っ伏して寝こけてて
いつの間にかゲームはお開き。


小さなグループがいくつも出来てて
生き残ってる人達はしっぽりこの場を楽しんでたみたいたった。







「ねぇこの前言ってたヤツどうなったの?やったの本当に」
「まだ。だからあんま大っきい声で言っちゃダメね」


船縁に背を預けながら
あの子と話してるのは副船長。


「誰にやる気よ」
「いや出来んならキャプテンにやりたいけど流石に手強いからねー」


楽しそう。
けらけら笑ってるあの子もだけど
副船長が。


本当に、好きなんだ。


副船長の目がね、あの子が笑う度に少しだけ目尻が下がって細まるの。
本当に少しだけ。


私には耳に痛い事とか、嫌味しか言わないから。
こんな顔もするんだって少し驚いた。


…ツラくないのかな。
叶わない恋。







ふと気になって甲板の上を見渡した。

















あぁやっぱり…










もしかしたらと思った。
でもそうであって欲しくなかった。







両思いでも、他の男と好きな子が話してるのは嫌なのかな。
だからそんなに見つめるの?



キャプテンの視線の先は
私がさっきまで見てた方向を向いてた。



「じゃあ明日やってよ明日!私手伝うから!」
「タイミングっしょ。折角あっためて来たのに無理してしくじるとかやだし」


何の話をしてるのか知らないけど、相変わらず二人は楽しそう。






…やだ。
やだよキャプテン。
あの子のこと見ないで。





「ウイさ、アンのことどう思う?」
「美人!!」


即答で返ってきた答えに、だよねって凄ぇ納得。
ウイはこういうヤツ。

敵対心剥き出しのアンを、果たして本当に気付いてないのかは知らないけど。


「なんかこう、ミステリアスな色気が!…良いなー。胸もおっきいし背も高いし。っていうか!皆アンさんに変な事してないでしょうね!」
「それは仲間になったその日にキャプテンが厳戒令引いたから大丈夫」


厳戒令?って首を傾げるウイに
あの日のことを教えてあげた。






「そっか。残念だったねペンギン」
「本当にね。…心配?キャプテンの近くに美人が居るの」


俺も大概性格が悪い。
それを聞いてどうするのか。


「そんなこと…ないよ。私お酒お代わり取ってくる」














…意外とヤキモチとか妬いてるんだろうか。

あんまりそんな気配は感じなかったけど、ウイちゃんは隠そうとした事を隠しきるのが上手いから。





偶然か
逃げられたのか


次の酒を取りに行ったウイがシードルのコルクをベポに抜かせてる。


そこに目を向けるキャプテンと
そんなキャプテンをじっと見つめてるアン。


この絡み合った相関図はどこまでもつれるんだろうか。






アンはウイと実際会ってみてどう思ったんだかね。
まともな感覚してたら無理だって諦めると思うんだけど。


ため息を付いて、新入りに目をやった。








中々本当に聞き分けがない。


しんどそうな顔でキャプテンを見つめるアンの目に
諦めた色なんて微塵も見えなかった。









…聞き分けがないのは俺も一緒か。


なぜかあっち向いてホイをやりだしたウイが
即刻負けたベポを指差して笑ってる。


その腹の底から笑ってるような無邪気な顔に
何とも言えない気分になった。


少し苦しい、もやもやと厄介なこの心地。




可能性が薄かろうが無駄だろうが
頭ではわかってても

そんな簡単に諦め…きれないもんよね。




その日の夜は中々眠れなかった。
興奮してたのかな。


ハートの海賊団の宴は、歓迎会の後も何度かあった。


お酒飲んでる皆は凄く楽しそうで。
いいな、今回は大丈夫かも、心臓トカトカしないかも、って

無理することはなかったけど、楽しそうにはしゃいでる皆の輪に入れたらなってお酒にチャレンジしてはみてたんだ。


でもやっぱりいつもダメ。
楽しくなる前に具合が悪くなるの。
顔が尋常じゃない程真っ赤になっちゃってる気がして、いつも諦めてお酒を楽しむ皆を見てるだけだった。





初めてだった。
酔っ払ってる皆と一緒に、今思えばはしゃぎすぎたなって思うくらい宴を楽しんだのは。


酔ってるか酔ってないかなんて関係なかった。
私が一線引いてしまってたんだ。私はああなれないって。

一緒に楽しもうとしてなかった。
お酒はそれを手助けしてるだけに過ぎないんだ。
それを今日学んだ。





すっごく楽しかった。













でもね、そんなきっかけをくれたのも
きっとあの子。

あの子がいなければきっと、私はこういう気分を味わう事もなかった。


今日会ったばかりなのにね、この子は大丈夫って。
私が楽しめるように、皆も楽しめるように
場の雰囲気を作ってくれる。

そんな安心があった。






嬉しかったのに
感謝してるのに
それがあの子にって思うとなんだか複雑で。

この気持ちを認めてしまえば
キャプテンを好きな気持ちを諦めなきゃいけないみたいで、それをしたくなかった。






私の方があの子よりキャプテンを好きだと思う。
キャプテンが必要だと思う。


それなのに
振り向いて貰うには気持ちの強さだけじゃダメみたい。


今日キャプテンが気にかけてたのは、ずっとあの子。
主役の筈の、仲間の筈の私は
キャプテンの目に映る事は一度だってなかった。










色々考えちゃって眠れなくて
なんとなく、外の空気でも吸いに行こうかなって。


甲板に続く扉をそっと開けたら、途中で酔い潰れた組の皆は相も変わらずイビキを掻きながら転がってる。


しょうもないなって思わず苦笑い。
そんな中で、外の空気を思い切り吸い込んだ。








潮風と、夜の匂い。











山積みの考えなきゃいけない事が
ほんの少しだけどこかへ行った気がした。






destruct at reality.