15-14
「キャプ…テン」
「どうした。何かあったか」
なん…で
キャプテンがここに居るの
この先にはあの子の部屋しかないじゃない。
「なん…でもないです。今日の分の鍛練してなかったから…もどらなきゃって」
「…アイツらもサボってんだろどうせ。おまえも適当に休んどけ」
通りすがる時にふと香ったキャプテンの匂い。
色んな事が頭の中でぐしゃぐしゃになった。
…やだ。
やだよキャプテン
あの子のとこになんて行かないで
「あ…の!!」
用事なんてない。
ただ必死だった。
あんなやり方で部屋を出てきた事にも後悔した。
だって
キャプテンは今からあの子の部屋に行くんでしょう?
さっきまで私がいた、あの子と二人きりの空間に。
キャプテンは行こうとしてるんでしょう?
凄く嫌だった。
あの子と二人きりの時のキャプテンはどんな顔するんだろう。
さっきの私の嫌な態度を告げ口されたりはしないだろうか。
行かせたくない理由が沢山ありすぎる。
でもなによりも、キャプテンがわざわざあの子に会いにここに来たのが嫌だった。
当然だけど
当たり前なんだけど
一クルーの私に、キャプテンが部屋に来てくれる程の用事なんて早々ない。
私の部屋の扉をキャプテンがノックした事なんて一度もない。
「ウイさん…って、明るくて元気な方ですね…!」
「煩ぇだけだろ」
ただ、嫌だった。
キャプテンとあの子が二人きりになるのは。
だからといって私には引き留める会話の一つもない。
「可愛いし、人懐っこいし面白いし…皆があんなに楽しそうな顔して話してたの、納得です」
「ものは言い様だな」
コンナコトイイタクナイ
アノコヲホメタクナンテナイ
「キャプテンにとって…ウイさんは特別な人なんですよね…?でもなんだか、わかります」
ワカラナイ
ワカリタクナイ
心とは正反対の言葉を紡ぐ唇。
押し付けてもわかって貰えっこないこの気持ちは
嫌われることよりも“良い子”である事を容易に選んだ。
そんなの無意味だって
散々思い知ったばかりなのにな。
「そんな褒められた女じゃねぇ。…でもまぁ、上手くやってくれてんなら良かった」
“特別な人”ってとこに、否定とかしないんだ。
嘘でも冗談でも照れ隠しでも良いから
そんなんじゃねぇって、言ってくれたら良かったのに。
普段より少しだけ柔らかい表情。
こっちを向いてくれてても、キャプテンにこんな顔させてるのは私じゃない。
皆そうなの。
副船長も、クルーの皆も。
貧乳とか、ヤバいとか酷ぇとか
寧ろ悪口の部類。
でもそれを口にする皆の顔は、悪口や陰口を言ってるような顔全然してなくて。
「私…こそ、女の子の友達初めてで、どうして良いか分からないから。ウイさんお話上手だし…助かってます」
「煽てるとすぐ調子に乗る。おまえまで甘やかすな」
呆れたような顔。
そうだね。
あの子はきっとお調子者。
でもお調子者のあの子が
皆も、キャプテンも好きなんでしょう?
あの子のことわかってるって
そんな口振りが二人の親密さを臭わせる。
キャプテンはまるで、“あの子は自分のもの”みたいに言うんですね。
「たまにはサボって構わねぇが…鍛練するなら他のヤツらにも声かけとけ」
「…わかりました」
私の返事に頷いたキャプテンが踵を返した。
向かう先は私とは反対側。
苦し紛れの足止めなんて
どうせたかが知れてたんだ。
こんこん
「はーい!」
「俺だ」
見たくなくて。
現実だとしても
変えようのない事実だとしても
あの子の部屋に入っていくキャプテンを見たくなくて
足早に階段を駆け降りた。
「ロー?どしたの?──」
聞きたいけど
聞きたくない
でも聞いてしまえば、また落ち込むのは目に見えてる。
だめだ。
こんなことでへこたれてたら。
こんなんじゃまた鼻で笑われてしまう。
副船長はこれまで
どんな気持ちで二人を見てたんだろう。
胸の奥に鉛が埋まってるみたい。
重たくて苦しくて
それを抜き去りたいのに
そこに手は届かない。
「頼みがある」
「え?なによ。内容による」
どうぞと聞こえてきた声にドアノブを回した。
ウイの部屋。
そこは前に訪れた時と変わらない配置で
落ち着く香りが充満していた。
ソファーの上で折り曲げた膝にスケッチブックを立て掛けて
こっちには目もくれずにそこに鉛筆を走らせている。
「なにしてんだ」
「え?アンさんのつなぎ!皆と同じで良いっては言ってたんだけどさ。女の子だったら同じ感じで可愛くならないかなーって」
流れるように走る黒鉛は白い画用紙に人型を形作る。
ふんふんと鼻唄まで聞こえて来る始末。
ソファーに寄りかかって、つなぎらしきデザインを後ろから見てた。
…そういえば。
こいつなんでこういうのは上手く描くくせに、普段ふざけて描く絵はあんなに致命的に下手くそなんだろうか。
「ん?それで?なに?頼みって」
「…急ぎじゃねぇ。コート。新しいの頼みてぇ」
今回こいつが来ると聞いた時。
これを頼もうと真っ先に思った。
「?なんだそんなこと。良いけど、同じので良いの?」
「一着は最大限に防寒重視で頼む」
動くべき方針が決まった。
今までのように宛もなくただ情報を集めて腕を磨くだけじゃねぇ。
段取りを踏めば、それを越えられれば
ドフラミンゴに手が届く。
「あんまりコート分厚くすると動きにくいんじゃないかな。中厚着するとかした方が良くない?」
「それだと脱いでも暑いだろ」
第一の目的地。
そこはどっかの大将共が加減も知らずに暴れたせいで
その名残を未だ色濃く残す島。
灼熱と極寒。
寒ぃのも困るが暑ぃのも御免だ。
「どこに行く気なのローは。…まぁ、了解!なるたけあったかいやつね!」
「あともう一つ。」
本当の目的地は、穏やかな気候だ。
薄手のコート1枚で丁度快適そうな、温暖な島。
「うん?」
「毎回作り直して貰ってる方。あれに入れて貰いてぇ文字がある」
不思議そうに首を傾げた顔がやっとスケッチブックからこっちを向く。
右耳のピアスが
陽の光に反射して赤い輝きを放った。
「そのくらいなら全然良いけど。何て入れるの?」
「“corazón”」
絶え間なく動いていたウイの手が、止まった。
「──どこに、どんな感じで?」
「おまえに任せる」
何も触れては来ない。
でもきっとこいつは悟った。
ドフラミンゴのいるこっち側の海で、このタイミングでそれを頼む事が何を意味するか──
それに勘づかない程馬鹿じゃねぇ。
「わかった。でも今回の滞在中は無理だよ?これ、作るし。あったかそうな布地も今そんなにないし」
「ひと月後でもふた月後でも構わねぇ」
ずっとそれを目的に生きてきた。
いや、違うな。
そうしなければ生きていてはいけない気がした。
許されない気がした。
コラさんの死を、無駄にさせない為には
生かされた俺がアイツを討たなきゃなんねぇ。
でもいつからか
そこに目的がもう一つ加わった。
俺の人生を
本当の意味で自由に、思うがままに生きる為
こっちが出向かなくてもいつかあっちが動き出す。
その時に、こいつを危険な目に合わせない為
何の遠慮もしがらみもなく
こいつに気持ちを伝える為
ドフラミンゴと対当する時は
コラさんとウイへの想いを背負って挑む。
ずっとそう、決めていた。
「なら大丈夫だよ。お任せ下さい!」
向けられた顔は
俺が一番嫌いな、笑おうとして笑ってる顔。
一見綺麗に見えて
実際は笑いたい気持ちなんて微塵も籠ってない
嘘の笑顔。
「いつも悪いな」
「本当だよ」
軽口を叩く余裕はあるらしい。
『ドフラミンゴと戦うの?』
こいつなら普通にそう突っ込んでくる気もした。
寧ろそう、想定してた。
「男物作ってるより女の子用考えてた方がやっぱり楽しいねー」
「悪かったな、楽しくねぇ物頼んで」
けらけら笑ってるこいつは
その裏で何を考えているだろう。
絶対に勘づいた筈。
それでいて、そこに触れてこない意図。
何年一緒に居ても
こいつの考えてることは分からねぇ。
「今日の飯サバ?サバ缶!?サバ缶の匂いする!!」
「エイジくん鼻良いねー!」
敗北感を感じるのは
これでいくつ目だろう。
お料理上手とか
この子らしいっていう特殊なとこ関係なくモテポイントじゃない…
「好きだから!俺サバ缶超好きだから!!昔母親によく作って貰ってたー…!懐かしい!」
「へー。シャチの母ちゃんが作った大根とサバ缶の煮物とか、奇跡的にまずかったけど」
「煩ぇぞペンギン」
食卓には大皿に盛られた切り干し大根とサバ缶?の煮物。
確かにご飯が進みそうな良い匂い。
台所は常にジャンバールさんが仕切ってたから気付かなかった。
あの子が来てから確かに只でさえ美味しいご飯がグレードアップした気がする。
…ジャンバールさんもあの子が大好きで、気合い入れて作ってるのかと思ってた。
「チンゲン菜のナムルもありますよー!」
「今日チンゲか」
「そう。チンゲ。」
「おまえ一応女だろ。少しは恥じらえよ」
下ネタも全然オッケーなんだ…
あきれ果ててるシャチさんに、あの子と副船長がニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべてる。
「やだもー。シャチったら何想像してんの?チンゲってチンゲン菜の略じゃんね?」
「ね。頭ん中ちんこのことしか考えてないの?どんだけ欲求不満よ」
「世界中探してもチンゲン菜をチンゲとか略すのおまえらだけだからな」
副船長、楽しそう。
いつでもなんだかんだで気にして見ちゃってる。あの子のこと。
それで気が付いた。
ノリというか雰囲気というか。
この子と副船長はどこかが似てる。
副船長だけじゃなく、この子だって楽しそう。
良いじゃない。
副船長で。
お似合いだよ。二人。
キャプテンに借りてる医学書。
ページを捲る手は耳に集中した意識のせいでずっと止まったまま。
「チンゲン菜でちんちろ毛想像する人も世界中探してもシャチくらいだよ」
「ちょっとやめてー。食いにくいじゃん」
「もうやだ。…俺おまえらと口ききたくない」
エイジくんを初めとする食卓に集まってる皆が声を上げて笑ってる。
皆の笑顔の中心にはいつだって、あの子が居るんだ。