15-16
「知らねぇよ。ただ面倒臭ぇ部類の話なんだろ?…全部片付いたらいくらでも聞く。それじゃ駄目か」
「なるたけ…早く話したい。知ってて欲しい。なんでそんな頑なに聞いてくれないの!いつもいつも!」
知りたくもねぇよ
そんな話。
おまえはどうせ、俺がそれを受け入れないと言えば避けるだろ。
逃げるだろ。
逃がしてやるつもりがねぇから
どうせ聞かなきゃなんねぇなら、捕まえとけるだけの余裕がある時にそれを聞きたい。
やっと向き合えるようになった時
会いたくても会えない状況になっちまってたら意味がねぇんだよ。
「俺だって頭は1つしかねぇんだ。ずっと念願だった事に手を掛けようとしてる。集中してぇ」
「ずっとそれ!!前だって取引終わったらって言ってたのに」
言いたい事はわかる。
分かっててやってはいるものの
今の俺は確かに狡い。
「約束する。必ず聞くから、それまで待ってろ」
「…次嘘付いたらローのコートピンクと紫に全部作り変えるからね。帽子も」
不貞腐れながらもなんとか納得してくれた事にほっとした。
待ってろ。
おまえの思い通りになんて、絶対させねぇから。
あの世の人間に
ぽっと出のアイツに、そう簡単にかっ拐われてたまるか。
「あ、そうそう。これ、アンさんに渡して貰っても良い?」
「?自分で渡せば良いだろ」
思い立ったかのようにウイが駆け寄って行ったのは、ソファーに置かれた紙袋。
中は個別に包装されてるせいで見えねぇが
服か?
「なんかさっき渡しそびれちゃって。後アンさん女の子なんだからちゃんとその辺りも気を遣ってあげてよ!」
色々と必要でしょ!と
アンより年下の癖に色々と世話焼きぶりを発揮するこいつは、妹でも出来たつもりにでもなってるんだろうか。
でもそうか。
女。
ウイと違って開けっ広げじゃねぇアンは、確かに男の俺らには言いにくい部類のこともあるかもしれねぇ。
「取り敢えず必要そうなもの入れといたから。次の島付いたらお金渡して一人でお買い物行かせたげてよ!」
「…おまえも意外と気が付くんだな。助かった」
意外とは余計!って怒り出す姿はもうすっかりいつものウイで
さっき感じた違和感はどこにも見当たらなかった。
「じゃあ皆!またねー!!気をつけてねー!」
「ウイさんこそ気をつけるんっすよ!ちゃんとブラーヴェに真っ直ぐ帰るんっすよ!!」
ここは沖合い。
ポーラータング号は潜水艦。
別れて早速海に潜る私達は、口々にあの子とお別れの言葉を交わして船室に入る。
そして回ってきた、私の順番。
皆が居る手前、ここでさっきみたいな態度は取れない。
気が重いのに
もう甲板には私以外は初代の皆しか残ってなくて。
恐る恐る上げた目線。
ずっとこっちを見てたのかな。
目があった途端、あの子は少し困ったような顔して
やっぱり笑ったんだ。
「アンさんもまたね!何か皆に言いにくい事とかあったらでんでん虫かけて来てね!」
「…ありがとうございます。ウイさんも気をつけて」
どこまでも“良い子”。
馬鹿でお調子者で
変で煩くて騒がしいけど
やっぱりこの子は腹が立つ程良い子なんだ。
あんな事言った私にも
皆と同じような顔を向けてくれる。
発散した筈の気持ちは余計黒く、重くなった。
それを抱えたまま
初代の皆があの子と別れの挨拶を交わしてるのを聞き流しながら
あの子に侵食される事のない空間に足を踏み入れた。
ただほっとした。
同じ場所なのに、やっと帰ってきたって
落ち着けた気がしたんだ。
「アン、後でで良い。部屋に来い」
「え…?」
廊下で、壁に背を付いて
どっと襲ってきた疲れをやり過ごしてた。
戻って来たキャプテン達。
扉を施錠してるベポさんの様子じゃ、もう潜るらしい。
「話がある」
「…わかり、ました」
私の返事に軽く頷いて
キャプテンは廊下を進んで行く。
なによ
言ったの?キャプテンに。
良い子ぶって
私にまで愛想振り撒いておいて
結局は告げ口したんだ。
良い子過ぎるあの子も嫌。
でもこれから私はキャプテンに何を言われるんだろう。
私は事実しか言ってない。
でもどうせ
色々脚色された私の悪い話を、あの子はキャプテンにしたんだろうな。
軽蔑されるかな。
やだ。
怖い。
こんこん
「あの、キャプテン。アンです」
「入れ」
その声に
怒ってる色は滲んでなかった。
それでも全然安心出来ない。
「失礼、します」
扉の中は
キャプテンの匂い。
それと混ざって、薬品と本の匂いもする。
いつもこの部屋を訪れる時
医学書の分からないとこを聞きに来る時
いつだってドキドキして仕方なかったのに。
この空気を吸えるだけ吸っておこうって
胸一杯に吸い込んでたのに。
今はそんな気全く起きない。
本棚の整理をしていたキャプテンの背中が
こっちを振り向くのが怖かった。
「あの、話…って?」
「あぁ、それ。アイツからおまえに」
キャプテンの顎が指したのは
ソファーに置かれた大きな紙袋。
さっき私が部屋に持って行ったのと同じデザインの
それより大きな袋。
「ウイさん…から?」
「渡しそびれたんだと」
薄い包装紙から覗く紙袋の中身のそれには
見覚えがあった。
採寸して貰った日に見せて貰ったカタログで
私が可愛いなって思った、ワンピースやスカートに、コート。
「これ、なんで…?」
「頼んでたんじゃねぇのか?」
頼むもなにも
私これが気に入ったなんて一言も言ってないのに…
なんであの子はそれがわかったんだろう。
って言うか待って!
そうじゃない!
「あの!ウイさん他に私のこと、何か言ってませんでしたか?」
「…説教された。悪いな、男ばかりじゃ言いにくい事もあんだろ。必要なものは入ってるらしいが、足りなければアイツ通してでも良いから何でも言え」
は?
若干申し訳なさそうにすら見えるキャプテンの顔。
紙袋の底の方には
下着や生理用品が然り気無く入ってた。
…忘れてた。
そうか。
ここは海の上。
他にこれが必要な人はここには居ない。
ここに来てからの日にちを数えて、ぞっとした。
そろそろ生理が来る頃。
「次の島に付いたら買い物、行ってこい。悪かったな、気が付かなくて」
「いえ…私も正直…すっかり頭から抜けてました…」
この手の話を好きな人にするのは若干恥ずかしい。
気まずい。
でもそれより
あの子はあの話をキャプテンにしなかったんだ。
それどころか
あんな事言った私の為に、服をプレゼントしてくれて
危うく乙女のピンチを救われた。
なんなの
本当に。
紙袋の中には他にも沢山入ってて
それを見てたら何とも言えない気持ちになった。
『アンさん!』
頭に浮かぶのは
私の名前を呼びながら笑顔を向けてくれる、あの子の顔。
「あの、キャプテン。話って、それだけですか?」
「?あぁ。」
こんな物贈ってくれてる時点で
あの子があれをバラしてない事なんてわかってた。
でも安心したくて
念には念を入れて確認してみたんだ。
本当に
敵わない。
部屋に戻って
受け取った紙袋の中身を開けてみた。
これもあの子が作ったのかな。
下着は売ってる物みたいで、サイズもぴったり。
今までは胸に更級巻いてたし
着るものも小柄なクルー達に借りてた。
他にも部屋着に良さそうな物とか
沢山入ってて
馬鹿に見えたあの子の驚く程の気遣いに、また敗北感が沸き上がる。
「…これ」
底に入っていたのは一枚の封筒。
裏返してみればそこには
“アンさんへ”
の文字。
手紙
私に
なんだろう。
ハサミで端を切り落として、その中身を開いた。
“アンさんへ
直接渡せたかな?
誰かに預けちゃったかな?
必要そうな物は揃えたつもりなんだけど、足りないのあったらごめんね!
島に着いた時買って貰って!
言いにくかったら私から上手く言うので、でんでん虫下さい。
それとね
アンさんに言われた事についてなんだけども。
ごめんなさい。
アンさんの言う通りだと思う。
アンさんは、ローかペンギンのこと、好きなのかな?
だったら尚更嫌な思いさせちゃったよね。
アンさんにだけじゃなく
二人に対しても誠意がないことしてると思う。
本当にごめんなさい。
ちゃんと話すね。
絶対に。
ちゃんと本人に話してない状態で先にアンさんに伝えちゃうのは、何だか違うなって思うので
その後になっちゃうと思うけど
ちゃんと直接アンさんにも話したいし謝りたいな。
アンさん好きなのどっちだろう!
ローかな。
ペンギンかな。
私が言うのもアレだけど
二人とも自信を持ってお勧めできる凄く素敵な人です。
いつか、アンさんと恋バナとかも出来たら良いな。
嫌な思いさせちゃって本当にごめんね!
こんな私だけど、仲良くしてくれたら嬉しいです。
アンさんの恋、応援してるね!
ウイより”
は?
なんだこれは。
え?
私が副船長を好き?
なぜ?
…確かにキャプテンと並べて副船長の話もした。
だからってそう取るのか
やっぱりあの子、意味分からない。
これじゃ
私がどっちを好きでも応援しちゃうって風に、取れるんですけど…