15-17
「まぁまぁ。お疲れさんってことで」
「私お酒飲めないの知ってますよね、副船長」
私は一人部屋だ。
この船で女は一人だけだから。
贅沢に一部屋使わせて貰っちゃってる。
夜ご飯を食べてシャワーも浴びて
相変わらずお酒や賭博に騒いでる皆を横目に、部屋に戻って来た。
いつもなら本読んだりするんだけど
今日はどっと疲れた。
寝ようかなって思ってた時に部屋の扉を叩いたのは、副船長だった。
「良いじゃんたまには。ここなら酔っ払っても寝れば良いだけっしょ」
「それはそう、ですけど」
あの子のお酒。
巷では希少な筈のシードルを沢山抱えてやって来た副船長は
私の返事なんて待たずに椅子に腰を下ろした。
「出ていきたくても言い出しにくいなら、ペンギン先生が上手くやってやろうと思ったのに」
「出て行きません。結構です!!」
わぁ強気ーって、いつも通りふざけた口調で茶化しながら、聞こえて来たのはコルクを抜く音。
本当に勝手だなこの人。
本当にそっくり。あの子と。
人の都合なんてお構い無しのマイペース。
…でも
確かにお酒を飲みたいとすればこんな気分の時なのかもしれない。
副船長だし。
散々色んな事話してしまってるこの人だし。
「ん」
「ありがと、ございます」
発散させたつもりだったモヤモヤ。
更に大きく膨れ上がった負の感情。
こういう時に皆は、お酒でリフレッシュしてるのかな。
シードルの瓶を受け取って、それに口を着けた。
美味しいって大評判の林檎のお酒。
でもそれは、全然林檎の味がしなくて
ほのかに林檎感のある甘くもない炭酸。
そして襲ってくる、アルコールの味。
「体質的にも飲めないですけど、味も美味しく感じませんよ?お酒」
「最初はそうだろうね」
顔をしかめた私を、なんてことないように受け流すこの人。
あぁ、早速だ。
一口しか飲んでないのに。
顔に熱が集まってくる感覚と
自分の心臓が脈打つ音。
無理そうだったら本当に、さっさと寝よう。
「それで?ウイちゃんと実際会ってみても、まだ諦めてねぇの?」
「自分の価値観で話すのやめて貰えますか?副船長はあの子を好きだからそう感じるんでしょうけど。劣ってるって言われたみたいで腹立ちます」
見たら分かるでしょ?みたいな口振りが勘に障った。
実際思ったよ。
敵わないって。
良い子だって
それは愛されるなって
羨ましいなって思ったよ。
「まぁ、それもそうか。でもアンの好きなキャプテンもウイちゃん大好きよ。…でもそういや最近大人しいな」
「そうなんですか?」
十分キャプテンがあの子を好きな気持ちは伝わって来たけど。
なに。
あれ以上なの?いつもは。
「良いな…私だってあの子より早くキャプテンに出会えてたら、もう少し違ったかもしれないのに」
「無理無理。俺らウイに会ってなかったらグランドライン入れたかすら怪しいもん。会えてなければ今ここには間違いなくいない」
副船長が話してくれたあの子と皆の出会い。
前の船が嵐で大破しちゃって、あの子の船でグランドラインに入って、造船所にキャプテン達を連れて行った。
大体自分の船持ってるって、あの子は何者なのよ。
「私だって、船持ってたらキャプテンを助けた。あんな何不自由ない人生だったら、こんな捻くれることもなかったし…あんな風に天真爛漫に笑えたもん」
「アンさん酔ってます?…絡み酒かよ」
飲ませたのは副船長じゃない。
こんな時に。
うんざり顔を浮かべる副船長に物申したい。
酔ってるとは思うけど
これは酔ってなくても思ってる事だ。
「確かにあの子は良い子かもしれない。でも私だってあの子みたいだったら…船とか持ってて、天竜人お抱えっていうステータスもあって…」
そうだ。
私が悪いんじゃない。
あの子が恵まれてるだけだ。
「あんなに皆にちやほやされて、ブラーヴェっていう立派な仕事があったら…私だってああなれてた」
「酔ってるなら聞き流したげるけど。真面目に返事した方が良いの?これ」
呆れた顔で一本目のシードルを飲み干した副船長に頷いた。
だってそうだ。
もしあの子が私と同じ過去を経験すれば
同じ事を思って、絶対私みたいに捻くれてた。
「結論から言うと、ふざけんな」
口調も表情も変わらない。
でも分かる。
副船長、怒ってる。
「ふざけてなんか、ないです」
「ならより重症ね。…ああだからしょうがない、こうなったのは過去のせいって、それ周りが決める事だから」
なんなの。
急に真面目な事言い出して。
そんなにあの子が貶されるのが嫌なんだ。
そんなにあの子が好きなんだ。
凄いね。
叶いもしない恋心。
それを抱く相手の為に。
「どういう意味ですか」
「おまえの性格を過去のせいだって思うかどうかは周りが決める。それ自分で言うの、ただの変われない人間の言い訳だから」
「羨ましいなら努力したら良いじゃん。変われば良いじゃん」
本当のことだから
その通りだから、何も言えない。
でもね、例え事実だって
理不尽なこととかあるでしょう?
私があんな目にあったのって、私のせい?
私が悪いの?
あの島に生まれて
両親が流行り病にかかって
治療してくれるべき医者はあんな先生で
助けられたと思ったら、良いように利用されてただけで
恵まれてるあの子が、息をするのと同じくらい簡単に出来ること。
それが私にとっては空を翔ぶくらい難しいことなのに
なんで同じ物を要求されなきゃいけないのよ。
「例え周りがアンを、ならしょうがないねって言ったとしても、それ所詮諦められてるのと同じだからね」
痛いとこ突かれた。
…本当だ
あの過去のせいで、本当はこんなに捻くれてる私をキャプテンが知ったとして
仕方ないって思ってくれたとしても。
私が捻くれてる事には何の変わりもない。
「そういうやつって諦められられただけで。出来てる人間と同じになれる訳じゃねぇんだから、そこ履き違えんな」
「もう寝ます。…出てって」
耳に痛すぎて
もう聞きたくなかった。
「…ハイハイ。」
「副船長には分からない!!私の気持ちなんて!!私だって…!!好きでこんな人生歩んで来た訳じゃない!!」
飲みかけの瓶を乱暴に机に叩きつけて
ベッドに潜り込んだ。
盛大なため息と、おやすみって言葉。
扉が閉まる音と同時に瞳から溢れたのは
色んな思いが混ざりあった、心が流す血だった。
ちょっと言い過ぎたかも。
閉じた扉を背にそんなことを思う。
なんで俺、アンには優しい事言ってあげらんないんだろ。
うんうんそうだねー、頑張ってるねー、ツラいねーって。
アンが吐き出した愚痴というか本音からは
何を言われたいかなんて容易に伝わって来た。
正直、イラッとした。
ウイが何の不自由もねぇとか言われた事に。
別にアンにウイの生い立ちの事を話す筋合いはない。
ウイはそれを知られるのを嫌うし
きっと苦労してねぇとか思われても何とも思わないヤツ。
寧ろそっちのが喜ぶかも。
種類は違うけど。
アンも壮絶な人生を生きてきたのを知ってる。
けどウイとアンは
そこから先に目指すところがまるで違う。
価値観の違いって言ってしまえばそれまでで。
ウイは
それを出来ない言い訳になんてしねぇから。
同情されるなんて、何よりも嫌がる事だと思う。
女の子って
傷つけば慰めて欲しいし
自分が一番で居たい生き物。
それが普通。
アンが普通。
慰めてあげて
足りないもの満たしてあげて
それで喜ぶ姿見て男も満足してんだから
男と女って本当上手くできてる。
ウイが異常で特別。
だから俺もキャプテンも、替えが利かなくて困ってる。
あそこまで頑なに周りを頼ろうとしない強がりとか中々居ない。
ウイは本当に、行き過ぎなくらい
人を頼らない。
…それはそれで改善して欲しいとこでもあったりするけど。
確かに、どっちが良いとか悪いとか
それ決めるのは人それぞれなんだけど
「…正反対っつーか、真逆な二人だよね」
自室に戻って、ふと漏れたのはそんな言葉。
アンを否定する訳じゃない。
頑張り屋だと思う。
根性もあると思う。
流石女っていうか、周りを良く見て気遣いとかもしてくれてる。
アンはアンで良い子。
キャプテンっていう土俵で相撲なんて取らなければ
ウイを気にして自分を卑下する必要もねじ曲げようとする必要も全くないのに。
一応明日
謝っとくか。
最悪。
ギリギリセーフだったんだろうけど。
でも最悪。
「鎮痛剤は置いとくが…あとは腹あっためて大人しくしてろ」
「…すいません」
恥ずかし過ぎる。
生理痛でキャプテンに診て貰うとか…
なんか格好悪いし本当に恥ずかしい。
朝、目が覚めたらお腹痛すぎて。
覚えがありすぎる痛みに、紙袋の底にあったそれを手にトイレに駆け込んだ。
下着を汚すのは、赤い汚れ。
毎月ね、よかったなってこれを見てた。
赤ちゃん、出来てなくて。
妊娠してなくて。
先生はいつも中には出さなかったけど
避妊具とかは付けてなかった。
いつ妊娠してもおかしくなかった。
あの人と離れて
解放されて。
それであの人の子供を身籠ってなんていたら
そんなのって残酷過ぎる。
良かった筈なのに
この状況を救ってくれたのはあの子が用意してくれたこれ。
昨日、酔っ払ってた覚えはあるけど
散々副船長に嫌な事言った覚えがある。
気が滅入る。
お腹も痛い。
いつも朝ごはんに食堂を訪れる時間になっても
行けなかった。
生理痛なのか
二日酔いなのかは分からない。
でもお腹も痛いし頭も痛い。
ジャンバールさんが作ってくれるご飯がどんなに美味しかろうと
今日は食べられる気がしなかった。
姿を現さない私を気にしてくれたのか
初めて大好きな人にノックされた部屋の扉。
キャプテンは医者だ。
人体のことなんて人並み以上に知ってる。
人によってはこれがどんなにツラいかも
きっと知ってる。
でも情けない。
こんな女を思わせる事情でキャプテンの手を煩わせてるのが。
置いていって貰った鎮痛剤を口に流し込んだ。
早く復活しなきゃ。
そう思って布団を被ろうとした時
扉が来客を知らせる音を打った。
…誰?
「はい」
「俺」
声で分かるけどさ。
名乗ろうよ。
開かれた扉から顔を出したのは
今一番会いたくない
私のもう一人の上司の顔だった。