16-5
「どうした、取り乱して」
「だって…!!」
ローがドフラミンゴに、コラさんに懸ける想いはそのくらい強くて大きなものだと思うから。
でも、だからって
そこまでしないで欲しい。
勝手な事だって分かってる。
ローとコラさんの事を話でしか聞いたことのない私には
二人の間にある絆や関係性なんて推し量るしか出来ない。
でもコラさんは、そんな事望んでない。
ローが危険を侵してまで敵討ちしようとしてるのを、きっとコラさんは望まない。
コラさんの望みなら聞いてくれるんじゃないかって、必死な心がいくつも引き止める言葉を組み合わせる。
でも違うんだ。
私だ。
私がそれを、望んでない。
「縁起でもねぇこと勝手に考えてんじゃねぇよ」
頭に感じるあったかい温もりと、加減された力。
近すぎるローとの距離にはっと我に返った。
私、思わずローのコート掴んで詰め寄ってた。
「心配すんな。あの男の吠え面拝むまで死にやしねぇよ」
「本当、に…?」
答えの代わりに
ぽんぽんって、優しく宥めて来る手が髪を撫でる。
確かにローならそこまで見届けたいって思いそう。
命を懸けるとしても、それは恐らく確実に相手への王手をかけられる場面。
パンクハザードは第一段階。
そこの歯車が狂って初めて、ローの計画が動き出す。
「七武海様々だからな。その気になりゃ迎えの船の調達くらい苦労ねぇよ」
「じゃあ行きの船だってそうすれば良かったじゃん」
知らない所で色んな事が進んで行くのは不満だった。
頼まれたのだって、色々あるけど嬉しくない訳じゃない。
でもなんか悔しくて。
いつも自分の都合で進んで行って、人の話なんて聞かないこの人が。
「おまえに頼みたかった。それだけだ」
握り締めたまま離せないローのコート。
近すぎるこの距離で、何て事ないようにそう言うこの人は
何を思ってそれを言ってるの?
二人きりの船旅も、なんだか気掛かり。
ローの旅の目的も心配まみれ。
でもね、なによりも──
この手を離さなければ生きていてくれたんじゃないかって後悔。
それをもう二度としたくはない気持ち。
それが握り締めた手の力を、決して弛めさせなかった。
分かってる。
きっとこの人には何を言っても無駄だって。
誰の意見だろうと、この人は決めた事を覆さない。
誰かに何か言われたくらいで覆すなら、ローは初めから無茶なんてしないんだ。
「んな顔すんな」
頭を撫でていた手が降りてきて
その指が肩くらいにまで伸びた髪を耳にかける。
エースが好きって気付いた後も
お守りみたいにずっと外せずに居た右耳のピアス。
ローがくれた、深紅の輝きを放つ
林檎を模したルビーとプラチナのそれ。
ローの指がそれを掠めて
耳に触れた指とピアスを何かが伝うその感覚にびくりと体が震えた。
そんな顔しないでは
こっちのセリフ。
そんな顔して
そんな愛おしそうな目で
私を見ないで。
「俺は大丈夫だ。…大人しく待ってろ」
至近距離で見つめ合ってた目が逸らされて
やんわり振りほどかれた手が宙をきった。
少なすぎる荷物を持って船室に入っていくローの背中がどこか遠くに行ってしまいそうで
アラバスタに向かったエースの背中と重なって見えて
体にぞっと寒気が走る。
それなのに呼び止める声は喉を震わせない。
足だって、石みたいに動かない。
「いつもの部屋、借りて良いんだろ?」
「え…あ、うん!」
どうしよう。
どうしたら良い?
振り向き際にかけられた声も、こっちを向いた顔も
いつも通りのロー。
縁起でもないって言われた。
大丈夫だって。
ローの性格を考えても、ここで無謀な無茶はしない気がする。
私にはどのくらいかなんて計り知れないけどローだって強い。
頭だってとてつもなく回る。
でもね
やっぱり不安だし心配だし、どうしても嫌なんだ。
滲みかけた視界にはっとして
それが溢れてしまわないように真っ青な空を仰ぎ見る。
思い出の中でしか大切な人に会えないのは
記憶を探さないと姿さえ見る事も出来ないのは
もう、嫌なんだ。
白い雲が風に流されて空を漂ってる。
何て事ない1日。
よくある平凡な空模様。
それなのになんで
物事は急に動き出していってしまうんだろう。
「いつまで固まってんだ」
「え…あ、ごめん」
どのくらいぼーっとしてたんだろ。
その間私は何考えてたんだろ。
掛けられた声に驚いて我に返れば
荷物を置いて来たらしいローがログポース片手に舵を握ってた。
なんか私、たまにこういうことある気がする。
記憶がすっぽりないの。
気付くと時間だけ過ぎてて
何してたか、何考えてたかが思い出せない。
立ってる場所は変わってないから、ずっとここに居たんだろうけど。
「それ、パンクハザードのログポース?エターナルログポースじゃないの?」
「立ち入りが禁止されてる島だ。政府が回収したのか知らねぇけど、エターナルログポースはなかった」
いつまでもこうしてられないって思って
進行方向を合わせるローが手に持ってるそれを覗き込む。
ん?
なんだこれ。
「ねぇ、これ壊れてるんじゃないの?めっちゃ針振れてるけど」
「磁場が狂ってんだ。振れ幅の中心、その先にパンクハザードがある」
うわー…
もう島の設定だけでデンジャラスじゃん。
ガラスの球体の中身は、絶え間なく左右に揺れていた。
何かよくわかんないけど少しは落ち着いたのかな。
さっきまで私、本当に何考えてたんだろ。
気持ちを持ち直した原因も理由も分からないけど
まぁいっかって。
くよくよ思い悩んでても
何も良いことなんてないんだ。
「これは普通に売ってたの?っていうかそっか。どっかの島はパンクハザードを指すんだもんね。行こうと思えば行けるか」
「これは魚人島のログを貯めたログポースだ。新世界に入って早々こんな島目指す連中、まず居ねぇ」
へぇ。
そんな序盤の島なんだ。
でも確かに新世界って新しいステージ。
海中を進んできて補給もしたい筈。
それでこんなヤバそうな島を目指す人達なんて海賊でもそう居ないか。
あれ?
「でもこれ魚人島のログ貯めたままなんでしょ?なんでこんなとこにあるの?」
「ログが書き換えられる前に出航してやり過ごしてた。…最悪アイツらだけログポースと先に発たせて、俺はこれだ」
ローの指が見慣れた形を作る。
親指と人差し指と中指を伸ばして、他は握って上向きにするあれ。
「中々便利だね、シャンブルズ」
うんざりした顔してるこの感じじゃ
これを維持するのは結構、苦労したみたいだ。
「ねぇ、晩御飯何食べたい?」
「なんでも良い」
なんだよ。
折角ローしか居ないから好きなもの作ってあげようと思ったのに。
「あぁそう」
なんか不満だ。
そんなどうでも良いみたいな風に言われると。
何にしようかな。
梅干し祭りにしてやろうか。
…そうか!
梅干しパン!!
いや、なんか美味しくなさそう。
嫌がらせできても私だってそんなの食べたくない。
「そういう意味じゃねぇよ」
「ん?」
この素っ気ないお客様にどんな酬いを受けて貰おうかって悪いこと考えてたら
背中から聞こえて来た呆れた声。
「どうでも良いとかじゃねぇ。おまえの作るもんなら何食っても旨いって、そういう意味だ」
振り返れば、どこか罰の悪そうなローの顔。
私そんなにむっとしてたの顔に出てたかな
流石ローさん、なんでもお見通しだ。
「しょうがないなー。じゃあお魚焼こうか!味醂漬けとお味噌に漬けたのならどっちが良い?」
「味醂漬け」
最初からそう言ってよ。
本当に、言葉足らずっていうかなんていうか…
「久々にチェスでも打つか」
「良いね!じゃあお魚だけ漬けて来ちゃうから準備しといて!」
あぁって返事をしたローの目元が少し緩んだ気がする。
なんだか
こっちも大丈夫かも。私の気にしすぎ。
ローは今これからのことで頭がいっぱいだし、私の話も聞いてくれないくらい。
普通にしてればこの二人きりの船旅も平気。
久しぶりのローとのチェス。
どうしよう、楽しみかも。
でもなんか、すっきりしない。
パンクハザードが心配な事も
船で二人きりなこの状況も
解決の兆しが見え始めると、次の問題。
悲しそうな、ツラそうな顔でローを見送ってたアンさんの顔がチラついた。
解決の兆しって言ったって
考えるだけ無駄だって放棄しただけで、本当の意味じゃ何の解決もしてない。
でも別に、エースが好きだからローは嫌いって訳じゃないし
楽しく過ごす事は悪いことじゃない…んじゃないか?
それを見て嫌な思いするアンさんも、今はここに居ない訳だし。
まぁいっか。
なんか結局、全部思考放棄で決着。
どうしようって悩みすぎるのも問題だけど
これもこれでどうなんだろう。
「なんでそんな意味わかんないことばっかりするの」
「早打ちなら普段通りやるよりこっちのが有効だろ。予想の範囲からズレたとこでどう出んのか、そこが面白ぇ」
もう何局目になるだろう。
持ち時間10秒の早打ちは勝負が着くのも早い。
冷蔵庫から失敬したシードルを片手に飯の準備をしていたウイを待っていれば
ずるいとあっちも酒を引っ張り出す始末。
陽の高い時間から打ち始めて、夕陽が窓から射し込む頃には
どっちも結構なほろ酔い具合。
「何か炭酸ばっかり飲んでたらお腹いっぱいになってきた」
「ブランデーあんだろ?そっちにするか」
チェス板の乗ったテーブルの隅には
お互いが空けたシードルの瓶。
飲んだ量を競ってる訳じゃねぇものの
俺が空ければウイも空ける。
ウイが空ければ俺も空ける。
気付けばそこには夥しい量の空き瓶が並んでいた。
「あ、待って待って!今日お魚だし!他も和っぽいやつだし!他のおかずもおつまみ的なのが多い気もするし!」
「最後のは意図的だろ、どうせ」
グラスとアップルブランデーの一升瓶、それとアイスベールでも持ってこようと腰を上げれば
えへへー
と緩んだ上機嫌な顔がそれを制した。
「昔ね!日本酒ってものを作ろうと試みたのよ!お米で作るお酒!丁度ロー達と会ったばっかりの頃じゃないかな」
「随分昔の話だな」
もう、5年…6年になろうとしてんのか。
人生の5分の1。
どんどんウイが俺の中に居座るようになってからの時間が増えていく。
「ついこないだみたいな気もするけどね。結構色々あったなー」
「変わらないな、おまえは」
変わったところもあるか。
出来れば一番変わらずに居て欲しかった部分。
でもそれ以外はあの頃のまま。
頑なな所も
実は周りに鉄壁を張り巡らせて自分を隔離してる所も
なんでも自分が何とかしようとするのも
自分の優先順位が低いのも
「は?あの時よりは少しは胸大きくなったし!髪だって短くなったし!本格的に仕事も始めたからしっかりしたと──」
酒が好きで飲めば陽気になるところも
一見バカそうにしか見えねぇとこも
すぐムキになるとこも
「ちょっと聞いてんの!?」
「あぁ」
あぁ聞いてる。
こういうのも全部
あの頃のままだ。