16-6
「それで?その日本酒とやらがどうした」
「発酵させたまま忘れてたらね、すんごい度数に!!」
じゃーん!とふざけた効果音を発しながら突き出された一升瓶。
こいつ、案外結構酔ってんのか?
んな中身も見えねぇ一升瓶見せられて
ほら見てやらかしちゃった!的なこと言われても
なにがどうヤバいのかとか全然わかんねぇからな。
酔っ払いに突っ込むだけ無駄か。
「…そんなヤベぇのか」
「でも味は私は結構好きー。じゃあチェス休憩してそっち飲もう!夜ご飯をツマミに!」
ふんふん聞こえてくる鼻唄は上機嫌の証。
飯の準備に取りかかったウイを目で追っても、こいつはその視線に全く気付く気配もない。
「おまえも、飲み過ぎると記憶飛ばすのか?」
「あっはっは!!ローと一緒にしないでよ。ちゃんと覚えて…る時が殆どだよ!!」
けらけら笑いながらグリルの網に魚を並べてたウイが、はっと険しい顔を浮かべる。
「なんだ。おまえも何かやらかしたか」
「一回だけ!一回だけだよ!多分!!ロー程傍若無人なことはしてないと思う!一人だったし」
一人でそこまで泥酔してたのかよ。
まぁ俺も、どっちかと言うと一人で飲んだ方が深酒しやすい方だ。
「ちょっと聞いて!あの時ね、なんでかわかんないけどでんでん虫が行方不明で!」
そりゃ次の日の朝、それ程飲んだ訳だし頭痛いし具合悪いのよ
とつらつら話は続く
やっぱりこいつは結構酔ってる。
喋り出せば止まらねぇし、若干だが呂律も回りきってない気がする。
「そしたらね!なんと!でんでん虫が鍋の中に入ってて!!」
「は?煮たのか」
でんでん虫鍋…
それは何て言うか、不味そうだし中々拷問風な絵面だ。
「違う違う!空のお鍋にでんでん虫入ってて!ちゃんと蓋もしてあったしど真ん中に鎮座してたよ!あれはびっくりしたー」
「百々のつまりはおまえがやったんだろ」
自分の話に自分で笑っていたウイが、急に真顔に切り替わって
私覚えてないもん、と主張し出す。
船で一人泥酔した女が鍋にでんでん虫をしまうのも
結構なカオス。
だがそうか。
度を越えて飲ませりゃ、こいつも覚えてねぇわけだ。
自分の口が、ニヤリとつり上がった自覚があった。
「旨い」
「良かった良かった。お酒どう?もう日本酒と呼べるか怪しいんだけどね」
ホッケか?
脂の乗りまくった味醂漬けの焼き魚を口に運んだ後
氷の浮かんだ透明なグラスの中身に手を伸ばす。
「結構くるな。…でも旨い」
「だよね!美味しいよね意外と!でも本当はロックとかじゃなく冷やしてストレートで飲むものらしいよ。日本酒って」
口に含んだ瞬間にドキツいアルコール感が駆け巡る。
でも後味は確かに米を感じる甘さと香り。
いや、どっちかって言うと…
「焼酎っぽいな」
「それ私も思った!度数高くなると全部そんな感じなのかな」
蓮根の磯辺揚げを摘まみながら、グラスの中の液体を何てことなく煽るウイに
邪な心が膨れ上がる。
「送りの件…無理言った手前明日はアルデヒド分解酵素、出してやる」
「ん?それ二日酔いの薬だっけ?良いの!?どうしたロー!優しすぎると気持ち悪い!」
これは放っておいても勝手に飲むか?
焼酎クラスの酒を空いたグラスに勢いよく継ぎ足すこの状況に
顔には出さない本心がほくそ笑む。
「あのログポースには手を妬いてた。…無理言って悪かったな」
「どしたの本当に。どうせコート届けに行こうとは思ってたから」
きょとんと首を傾げるその顔が、いつもよりあどけない気がする。
実際、ポーラータングでパンクハザードに向かっても何の問題もなかった。
目的地を指すログポースも、厄介とは言え何とか出来ねぇ物じゃねぇ。
敵陣に乗り込む。
アイツらと、ウイにはその可能性は話してはいないものの
本人がそこに居る可能性だって捨てきれない。
もし
もしそうなれば、“生きて”“帰れる”保証はほぼない。
死ぬか、捕まるか、寝返ったふりでもして潜入するか。
「そうコート!!ロゴ背中に入れたからね!」
自由に動けるのは最後になるかもしれない。
そう思った時
最後に好きに過ごせるならこいつと居たいと思った。
「明日で良いから着てみてね。暖かい方も!ちょっと重たくなっちゃったけど大丈夫かな」
死んでやるつもりはない。
でも例え命を落としたとしても
胸に巣食うこの果ても底も見えねぇどす黒い闇。
それを抱えたままでは生きられる気はしなかった。
「パンクハザードってここから遠い?」
「正確にはなんとも言えねぇが、一週間からひと月ってとこか」
「幅広っ!!」
勢いの良すぎる突っ込みに、多少申し訳なく思っている気持ちが目を逸らさせた。
回った島の海図や地図はベポが作ってる。
だが行った事ねぇ島に関しては方角は分かっても距離が掴めねぇ。
「まぁ2ヶ月くらいは自由に動けるから良いんだけどね」
「順調なのか?結婚式」
一瞬
ほんの一瞬だ。
ウイの表情が曇った気がした。
「順調過ぎるくらい順調なせいで自由に動けることになったの!ソニアとかディゼルはともかく、私たちもやれば出来るもんだね」
「おまえも結構普段からやることはやるだろ。カレンとアオイに関しては…意外だな」
気のせいか…?
すぐに得意げな顔でふんぞり返ったせいでそう感じなくはないものの
こいつの性格を考えるとそうでもねぇ気もする。
「それはさておき。…心配だけどさ、どんな感じ?ずっと追いかけてたものに手を伸ばす気分は」
「…なんとも言えねぇな」
無駄か。
どうせ聞いてもはぐらかされる。
隠すと決めた事をこいつに吐かせるのは至難の技だ。
「そういうもん?宛あるって言ってたけどさ、パンクハザードでその“SMILE”の原料管理してる人って強いの?」
「弱くはねぇな。…シーザー・クラウン。聞いたことねぇか?」
一般的にはどの程度の知名度なのか。
悪趣味な化学兵器の研究に特化した科学者、シーザー・クラウン。
「んー…聞いたことあるような、ないような。でも強い人なんだ?」
あれ単体なら造作ねぇ。
だが恐らく…
「能力の相性としては悪くねぇ。ただドフラミンゴはそいつを一人で置いてはおかねぇ。幹部の誰かを見張りに付けてる筈だ」
「あー…やりそうだねあの人。用心深いっていうか、人の事信用してなさそう」
それが顔見知りかそうでないか。
それによって俺の取る行動も変わってくる。
…聞かれたからと言って
何をこんなにベラベラ喋ってんだ、俺は。
「あとね、見張り以外でも絶対何か手を打ってそう」
なんて事ない言葉だと思う。
普通そうに見えて、こいつは結構酔ってる。
でも
チェスでほぼ互角に競い合う相手の見解、それを
聞いてみたいと思ってしまった。
「例えば、仮におまえがドフラミンゴだったとして。どう出る」
「へ?どゆこと?あ、これ我ながら美味しーい」
塩辛入りのポテトサラダ。
旨いし酒のツマミには持ってこい。
だがしかし中々癖の強いものを出すもんだ。
「奪われたくねぇもんを部外者に管理させてる。それも秘密裏に。どう対策する」
「えー?んー…そうだな…」
癖が強いながらも俺の好みそうなものを出してくる所
実際上げだしたらキリはないものの
こういう所に実は感心してたりもする。
ウイは人を観察する能力に長けている。
…意識してやってんのかどうかは知らねぇが。
「さっきローが言ってた通り、見張りは付けるかな。後は状況?」
状況…
早速飛び出した予測していなかった言葉。
目線で続きを促した。
「自分の味方で居た方が得な状況を作って、そのシーザーさん?が離れられないようにしそう、あの人」
「具体的には」
なるほど。
あの男がやりそうな事だ。
「えー…シーザーさんがどんな人かが分かんないもん。その人がやりたい事だったり、欲しい物?それで釣る…のかなぁ?」
「自己顕示欲の強い男だ。…あとは俺も知らねぇ」
元は政府の直属機関で研究職についていた男。
それがなぜか追放されて、今はドフラミンゴの依頼を受けてSAD、人造悪魔の実の原料を作っている。
多額の報酬と政府の監視外のラボ。
それに食らいついてる時点で
シーザーは自分の研究を世に知らしめる事を諦めてはいない。
己の能力を外に知らしめたい人間だと言うことは想像出来た。
「ローも直接は会ったことないんでしょ?決め打ちはしない方が良いんじゃないかなー」
「おまえはどうやって面識のねぇ目の前の相手を判断する」
「えー?…何て言うんだろ。目線とか間とか…後は聞いてないことをどこまで喋るかとか!それって結構一番判断材料になる気がする!」
聞いていない事をどこまで喋るか…?
「聞かれた事は答えるだろうけど、そうじゃない事ってその人が言いたい事でしょ?そこで想像する…かなぁ、どう思われたい人かとか」
…確かに。
日本酒もどきを片手に持論を述べるこいつの言う事は
勘で片付けていた事を理由付ける説明な気がして
つい聞き入ってしまった。
「案外然り気無ーく言ってる風な時の方が実は本音な気がする、かも?」
「…そうやって他人見てんのかと思うと、おまえ怖ぇな」
これは本心だ。
現に今ウイは聞かれたから喋ってんだろう。
それにしても、普段から“そういう視点”で周りを見てるとすると
俺も気付かれたくねぇ部分を透かして見られてる気がしてバツか悪い。
「でも気を付けて見てる人だけだよ?それ以外はわかんない」
「俺がその“気を付けて見てる人”だった事はあんのか」
素朴な疑問。
俺がこいつの気を引く事はこれまでにあったのか。
「ローは優しいよね。そう思わせないようにしてるのか素でそうなのか知らないけど。凄く優しいと思う」
「…そうでもねぇし、相手によるだろ…それは。」
実際、内側に入り込んだ連中に俺は甘いと思う。
器用な方ではないと自覚してる。
でも、身内は守り抜きたい。
かと言ってその認識を知られるのもどこか気恥ずかしい。
自分のどんな行動がウイにそう認識されたかは知らねぇが
見られたくねぇ部分が明け透けなのは何とも言えねぇ心地だ。
「それも凄いわかるかも!ローどうでも良い人には驚く程無関心だもん」
もう存在を無視レベル!とけらけら笑いながら煽った酒は
細い喉元を通ってウイの体へ消えていった。
補給も十分。
明日は恐らく1日中船の上。
明日中にすべきことも特になければ
フリーウィングの上にはウイと俺だけ。
「おまえが誰彼構わず愛想振り撒き過ぎるだけだろ」
「んー…どんな人でも仲良くしといて損はないよ!仲良くないと話してくれない事だってあるじゃん。あ、ありがとー」
酒を継ぎ足そうと一升瓶を手に取ると
氷だけになったグラスを傾けてくる。
表面張力がグラスの縁に働く程注いでやった酒は、あっという間に八分目までに減った。
「でも愛想良いローも気持ち悪いね!」
…言ってろ。
ハイペースでアルコールを摂取するこいつに
明日には忘れてくれるだろうウイに聞きたい事がある。
火拳屋に気持ちが向いていようと
俺への気持ちが僅かでも残ってんのか。
それを…
例え言葉で聞けなかったとしても、確かめたかった。