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ソニアからそれを聞かれ、ローはウイを仲間にしたいと思うに至った理由を考えた。

言われてみて初めて、ウイを仲間にする利益が特に見当たらぬ事に彼は気付く。
戦闘では役に立たず、資金調達に関してはそもそも間に合っている。
交渉ごとに使うにしても、嗜好品と命や健康では圧倒的に後者が物を言う事は明白だった。


「ねえ。昼間も思ったけど、あなたもしかして自覚がないの?」
「…なんのことだ」


"自覚がない"
自分の事はよくわきまえているつもりでいるローにとって、それを他人に言われる事は不本意。
結構な時間を考える事に費やした後、本当に検討が付かないのか不機嫌そうに口を開く彼に
ソニアは何度目かになるか分からないため息をついた。


「あなた、ウイのことが好きなんでしょう?」


その言葉に、グラスを持つロー手はぴたりと止まる。


「仲間として、じゃなく。一人の女の子としてウイをそばに置いておきたいんじゃないの?」
「俺が…アイツを?」


まさか、とローはグラスの中身を飲み干した。
他人ですらすぐ気付く程あからさまな態度を取る彼は、確かにそこに"自覚"がない。


「違くてもそれは構わないけど…もしそうなら私の昔話はあまり参考にはならないわね」
「折角だ話せ。その為に来た」


ソニアの口ぶりではどうやら、その昔海賊と関わり痛手を負ったのは彼女本人で間違いないようだ。


「あれは10年も前の話よ──」


ソニアはグラスに目を落としながら、静かに話し出した。


彼女は昔、海賊船に乗っていた。
ソニアの故郷を訪れた海賊船。
その乗組員達は一般的な海賊とはまるで違い、島の者に危害を与えるどころか店には金を落とし、外の世界の話で楽しませ
時には彼らに力を貸した。

そんな彼らを島の住人達は歓迎した。
ソニアはその海賊団の頭と、恋に落ちた。
誰もがそんな二人を温かく見守っていた。

彼らが島を発つ際、ソニアは共に海へ出ることを決意する。
彼女の家族もその海賊達への信頼は厚く、快くとまではいかなかったが
大事な娘を送り出した。

それまでずっと島で暮らして来たソニアは、話でしか聞いたことのない外の世界を
愛する人との航海を
愉快な仲間達との楽しい時間を、それはそれは満喫していた。


しかし、それが永遠に続くことはなかった。





彼らは腕の立つ海賊ではあったが、ソニアは戦かう術を持たぬただの非力な女。
彼女は何度も彼らに助けられ、守られた。

彼女は船がグランドライン後半の海、新世界に入る予定であることを聞き、心が揺れた。
新世界は前半の海とは比べ物にならぬ猛者達が蔓延る海。
ぶつかる海賊にせよ、海軍にせよ、その強さは桁違い。
彼を愛するからこそ、重荷や足枷にしかならぬ自分という存在に
ソニアは悩んだ。

そして新世界への出航前、愛する人にも仲間にもなにも告げずに
ソニアは船を降りた。


「人にどうこう言う割にてめえもやることやってんじゃねえか」
「経験者だからこそ、よ。それに私はその時商いをしてはいなかったわ」


一般人だとしても思わしくないその繋がりは商人にとっては致命的。
その経験を語るソニアは当時に思いを馳せているのか、どこか遠くを見つめるような目をしていた。


船を降りた島には誰一人知り合いもいない。
そんな場所での生活は、想像以上に孤独。
ソニアはその島の硝子細工工房で働き始め、少しずつではあるが
生活にも慣れそこでの暮らしを楽しむようになっていった。

才能が合ったのか、ソニアの作る硝子細工は評判を呼び彼女自身もちょっとした有名人になった。
その噂を聞き付けた貴族が、ソニアを見初めた。
最初はそれを拒んだソニアも、その男の熱意と優しさに触れる内に徐々に惹かれていき
二人は恋人同士になった。

しかし男は貴族、しかも跡取り。
彼の両親は興信所に彼女の素性を調べさせ、海賊船に乗っていたことやその船長とソニアが恋仲にあったことまでを突き止めた。
結果両親の反対もあり、二人の縁談は破談となる。

その島にいることが辛くなったソニアは、島から逃げた。

そしてやって来たのがルンルンバース。
そして今に至るという訳だ。


「あなたがウイを好きではないというなら、それは別に構わないの。むしろ好都合だわ」


身分違いの恋など、しないにこしたことはない。


「ただ、一生守り抜く覚悟がないのならあの子に関わらないであげて」


海賊と関係を持った女は、世間から良い目で見られることはない。





「言いてえことは分かった。…だが気は変わらねぇな」


いつの間に頼んでいたらしい酒を受け取りそう口にする彼は、本当に分かっているのかしら。


「これといった理由は思い付かねぇな。だが思いつきやノリで言ってる訳じゃねぇよ」


だから"それ"が恋だって言ってるじゃない。


どうせ言った所で否定される。
だからでもうあえて言わない。
けどこういうタイプの人間がここまで自分の気持ちに鈍感なのも、見ていて気持ちの良いものではない。


「でもあの子、仲間になるとは言っていないんでしょう?ウイ意外と頑固そうじゃない」


あの子は私の忠告にも頑なに首を縦に振らなかった。
若いから向こう見ずっていうよりも、心に決めた信念がそうさせたように見えた。


「その時は拐ってでも連れていく」
「あら、海賊らしいわね。そううまくいくかしら」


言いたいことは伝えた。
それで彼も彼女も、理解した上でやりたいように進むのであれば
それはもう私が口を出す事じゃない。


まだ自分の物にも彼のにも、グラスにお酒は残ってる。
これがなくなるまで、この自覚のない自分は冷静とでも勘違いしてる青年に
少しちょっかいを出したいというイタズラ心が芽生えた。


「まあ、あの子のことは心配しなくて良いわ。もしあなた達との関係がバレてそれで海賊にもならないようなら、アオイがあの子を貰うわよ」


随分ウイを気に入ったみたいよと、素知らぬ顔でそれを呟く。


「アオイは貴族でもないし、そういうのも気にしないし。お似合いだと思わない?あの子達」


徐々に不機嫌さを増すローに、ソニアは汲み上げる笑いを必死で堪えた。


ただの鈍感ならまだしも
これで自分はそうじゃないと思い込んでる所が面白くて堪らない。

だって…
じゃあなんでそんなに分かりやすく目付きが変わったのよ。


「なんで、そんなに苛々してるのかしら?」
「…してねぇよ別に」


どの口がそれを言うんでしょう。
まだ恋を覚えたての子供のようにヤキモチを妬くその姿は
もう寧ろ可愛らしいとすら思えた。






「あなた少し自分を抑え付け過ぎだわ。気持ちの向くままに行動してみたら良いんじゃない?…今は分からなくてもその先で、それに何か名前がつくかもしれないわ」


仲間にしたい人材を海賊の道に引き入れようとしているこの男。
彼の気持ちが報われなければ良いと思う一方で、かつての思い出がそれを邪魔する。

海賊と関わったことで辛い経験をしたのは事実。
でも人を好きになるというのは、理屈じゃない。
いけないと分かっていても、止められるものではない。


「あなたは否定しているけど、アオイに対するあなたのその気持ちは嫉妬っていうの。それから、あの子に対して思っているその気持ちは、恋っていうのよ」


どうせいつか自覚するなら
さっさと自覚した上で、覚悟を決めるなり身を引くなりして欲しい。


「あの子のこと、知りたいとか触れたいとか…他の男と話しているのを嫌だとか。ドキドキしたり、あの子の言動に一喜一憂したり、そういうの本当に覚えがないの?」
「…それは──なくは、ない」


あら、意外と素直。


過去を振り返って一々それを当て嵌めているらしい彼は、徐々にその顔を歪めていく。
終いには混乱した様子で口元を覆うその耳は、少し赤いように見えた。

この人もどうしようって頭がそれで一杯なんでしょうけど、こっちこそどうしようだわ。


「なに?あなたこれが初恋?」
「…うるせぇ」
「あらあら…微笑ましいこと」


否定する事を止めた彼が、8000万ベリーの賞金首が
まさかこんなに恋愛に対して初だとは思わなかった。


「せっかく恋心に気付いた所申し訳ないんだけれど、覚悟を決めるか身を引くか…ちゃんと考えてちょうだいね」


それだけ伝えて、カウンターにお代を置いて席を立つ。
店を出る前振り返った視線の先で、本格的に頭を抱える彼は認めはしたものの
それを受け入れられてないように見えた。

本当にこの人、首にあんな値の付く海賊なのかしらって思った途端
自分が"そういう海賊"を嫌いじゃなかった事を思い出した。


二人は今後どんな未来を進むのかしら。
どうあれど不幸じゃなければ良いと願う。


傷付かない道を選んで欲しいのは、同じ思いをさせたくはないから。
応援したい気持ちは、報われなかった自分の過去を彼らで昇華しようと思う身勝手。





店から出ると、当たり前だがそこにもうソニアの姿はなく
そんな人通りもまばらな繁華街を、一人船へと歩いた。






確かに、ウイのことを好きだとすると
今までの自分の行動にも、理解できなかった感情にも納得がいく。


ウイにちょっかいを出すペンギンやアオイに苛立ったのは嫉妬で
欲しいものを手に入れるのに、珍しく相手の意思を尊重しようと思ったのは
ウイの気持ちが欲しいから。

誤解だと認めた後ウイを腹立たしく思ったのは
俺らを乗せる事は短期間かつ特に不利益もない"その程度"の事で、"その程度"にしか見られていなかった事が面白くなかった。
あの顔が近くにあると心臓がおかしな程鼓動を速めたのも、ウイを異性として意識していたから。

寝てるアイツに口付けてしまいそうになったのも
あの夜サンルームでウイを抱きたいと思ったのも


ウイのことを好きだと仮定すると、全てに辻褄が合う。








まずい。
どんな顔して戻れば良いんだ。


恐らく初めて抱いただろう恋心というものを、どう扱ったら良いのか分からない。
あれこれ考えながらの歩幅は大きくはなく、踏み出すペースも大分遅かった筈が
気付けば船に着いてしまっていた。

リビングからは牌を混ぜる音と、ギャーギャー騒ぐ声が聞こえていて
まだ麻雀は続いてる事が伺える。


ドアノブを握り、深く息を吸った。


何とも言えない心地の中、通常よりも速い気のする鼓動の意味を
今度は理解出来ていた。








destruct at reality.