4-10
「ローン!残念ペンギン親ッパネー!」
リビングの扉を開けると同時に聞こえて来たウイの声は、何とも楽しそうなもの。
「またかよ畜生ッ!字牌風配そんだけ捨ててダマで跳ねるってどういうこと!」
「タンピン三色ドラドラで跳ね満でーす。さっさとお支払いお願いしまーす」
ギャーギャー騒ぐペンギンの点棒入れから勝手に徴収を行うウイは
足りない点棒にニヤリと笑い、勝負は丁度付いたようだった。
「あ、キャプテンお帰り!早かったね」
「お帰りなさい。ソニア何だって?」
昼間の件のせいか、#Name1#が話の内容を気にかけ不安そうに見上げてくる。
「いや、大したことじゃねぇ」
「…本当に?」
疑わしいと、その目が言っていた。
だが本当のことを今、言える気がしねぇ。
「あまり目立ったことはするなと釘を刺されただけだ」
「…そっか。なら良かった!ローもやろうよ!」
皆弱いんだもんと牌をかき回すウイの関心はすっかり麻雀へと移ったらしい。
弱いと言われたクルー達は、不満そうな顔を浮かべたものの
後ろからバカ勝ちの続くウイの打ち筋を見てみたいと了承しペンギンが席をあけた。
麻雀は嫌いじゃねぇ。
だが生憎今はそんな気分じゃねぇ。
断って部屋へ戻ろうか考えていると、ウイが早く早くと笑顔で急かして来た。
自分の気持ちに自覚した途端、ウイがそれまでよりも可愛く見えてしまう不思議。
そんなに楽しみなら、一勝負くらい打ってやってもいいかと思えてくる。
「こてんぱにしてやるぜぃ!」
仕方なく席に着くと、挑戦的な目で笑うウイと目があった。
笑った顔も良いが、こんな顔もまた悪くないと思う自分の重症具合にため息が出る。
「キャプテン気をつけて!マジでウイえげつねぇから!」
「さっきも手牌全くいじらなかったのに前の周で俺捨てたのと同じの切ったペンギン狙い打ちで飛ばしたんだよ!」
あれの前にはそんな事があったのか。
なるほど、それは確かにタチが悪い。
「そうだったっけ。忘れたー…おっ!ラッキー!初っぱな親頂きましたー!」
すっとぼけるウイが振った二つのサイコロが、凶悪な人物に起家を与えた。
「は?なんでそれ?」
「なんでだろうねー」
ウイは背後のソファーに腰掛けたペンギンの足を、肘起き代わりにしていた。
ウイの頭に顎を乗せ牌を眺めるペンギンは、ほぼウイを抱き締めてるようなもんだ。
こいつらは仲が良いというか、ノリが似ている。
だしても、これは流石に距離が近すぎやしねぇだろうか。
自覚した上で感じるこの嫉妬という感情は
理由が分かればスッキリすると思っていたのに反して、これまで以上に苛立つものだった。
馴れ馴れしいペンギンは元より
気を許しているとはいえ、異性に対して危機感のなさすぎるウイにも怒りの矛先は向く。
「お前マジで引き良いな」
「あんまバラさないでよ」
手の内のヒントとなり得る発言は咎める癖に、指に髪を絡ませ玩ぶペンギンは放置。
自覚した今の方が色々目に付く分、かえって腹が立つ気がする。
「どんだけ睨むのよ。あれか!ペンギンの仇討ちか!」
「そうだキャプテンこんなヤツやっちまえ!」
だまれ負け犬!と太ももをつねられたペンギンは大げさに痛がり
仕返しとばかりにウイの脇をくすぐった。
「やめ…てぇっ!やぁっ!あはは…ははっ!!」
「いっちょ前にエロい声出してんじゃねぇよ」
なんでこんなもん見せ付けられてんだ、俺は。
どんどん増していく苛立ちを、要らねぇ牌に込めて河に叩きつけた。
文句はいう割にウイもウイで本気で怒っているようには見えねぇし。
こいつもしや…ペンギンのことが好きだったりすんだろうか。
「ラッキー!なんだローも下手っぴ?ローン!親満でーい!」
「うーわ…なんでキャプテンそれ切るかな」
張ってたのか。
深く考えず打っていたとはいえ、序盤でこれは痛ぇ。
一万二千点分の点棒を放り投げた先では、相変わらずじゃれ合ってる二人。
今後もこれを見せつけられながら打つのは正直滅入る。
「ロー勝負しよう!負けた方が勝った方の言うこと何でも1つきくこと!どうよ?そっちのが真剣に打ってくれるでしょ?」
直撃で点を取られたこのタイミングで持ちかけられた話は不利でしかない。
だが何でも一つ言うことを聞く。
…悪い話じゃねぇな。
「二言はねぇな?」
その言葉にウイは、もちろん!と頷いた。
「ツモ。四千二千」
「はやっ!まだ五順目じゃん!!」
先ほどから上がりを連発するローに、ウイの表情は徐々に曇っていく。
「口ほどにもねぇな」
「さっきから振り込んでるのはベポとシャチじゃん!もう!少しは真面目に打ってよ!」
「いつでも真面目だよー」
驚異の追い上げを見せるローに焦りを感じたウイは、先ほどからローに点棒を献上している二人を睨んだ。
相変わらずウイの頭に顎を乗せ盤面を眺めるペンギンは、その展開に内心ほくそ笑む。
「キャプテンウイに勝ったらなにして貰うの?あんなことやそんなこと?」
「さぁ…何して貰うかな」
からかうように投げ掛けられた言葉に、ローはニヤリと口角を上げた。
それにぞっとした顔で背筋を伸ばすウイは後ろの邪魔者を払いのける。
「ちょっとペンギン!私本気出すからあっち行ってて!」
気合を入れ直したウイはペンギンをソファーの隅に追いやり、シュシュで髪をまとめた。
「形ばっかり気合い入れても何も変わんねぇぞ」
「私だって伊達に皆から小遣い巻き上げてた訳じゃないよ!!」
その後も白熱した戦いが繰り広げられ迎えた最終局面。
なんの偶然かローとウイの点数は並んでおり、このまま二人の点が動かなければ同立一位。
「…上がってやる。なんとしてでも上がってやる。食いタン千点で即刻上がってやる」
ぶつぶつ呟くウイの必死さが酷い。
しかしクルー達は皆、面白い物見たさでローの勝利を望んでいた。
一体ウイにどんな命令をするのだろうと。
誰も上がらないまま、最後の牌をウイはため息と共にツモ切りした。
「差し込んで!差し込んでよどっちでも良いから!!」
「無茶言うな。お前の待ち分かんねぇし」
そういってシャチが捨てたのはウイの現物。
究極安牌。
彼に協力する気等微塵もない。
「じゃあベポ!ベポだって見たいでしょ!?1日語尾ににゃー付けて喋るロー!!」
黙り込んだクルー達の頭の中では、にゃーにゃー言うローの姿が想像されていた。
「「「ぶっ!!!」」」
堪らず吹き出す面々に、ローは呆れた目をウイへと向ける。
どんな思考回路してやがんだ、と。
結局ベポからも上がれなかったウイはローの手元をじっと見つめた。
ローから上がっても彼女の勝ちだ。
「残念だったな。お前はこれじゃ上がれない」
ローがそう言って捨てた牌は確かにウイの上がり牌ではなかった。
ラス親のローもテンパイで連チャンはなし。
ゲーム終了だ。
「ちぇっ。まあいいや、私も罰ゲームないし」
「ふざけんな。おまえの負けだろ」
ローはそう言ってニヤリと笑った。
「負けてないもん。同点じゃん」
「お前が勝負を持ちかけた時、俺らの点差は何点だった」
「え?二万四千点?」
ウイはその時を思い返す。
一万二千点直取りしたのだから、それに間違いはない。
だからどうしたとウイは眉を寄せた。
「そこから開始だろ普通」
「確かに。キャプテンあっさり追い付いたけど、それはズル過ぎるね」
「そうなると、ウイの二万四千点負けだな!ドンマイ!」
納得した外野によって外堀を固められ、これは反論の余地はなさそうだ。
ウイは焦った。
ローににゃーにゃー言わせられるか否かしか考えていなかった彼女は自分が罰ゲームを執行する頭等なかった。
現に最後彼女がツモ切りしたのは安牌。
振り込まなければ負けはないと、そう確信しての事だった。
「でも!最初に言わないなんて卑怯だよそんなの!」
「二万四千点自分に有利な試合持ちかけんのは卑怯じゃねえのかよ」
「…くっ!」
残念だったな、とローはウイの頭に手を置くと、そのままリビングを後にした。
ローがリビングから姿を消すと、ウイは目に見えて慌て出す。
「ど、どうしよう!私何させられるの!!?ねえ?!」
麻雀牌を片付けながらそんなウイの様子を眺める三人は、諦めていた望んだ展開に密かにほくそ笑む。
「まぁ、お前が考えてたようなやつじゃねぇ事は確かだな」
「あ、なんだ本当?ウホとかブヒはやだなって思ってたからそれなら良かったー」
それ以外の罰ゲームなら問題ないとでも言うかのようにけろりと片付けに参加したウイに
三人は彼女の頭の中身に本気で同情した。
果たしてローはウイにどんな命令を下すのだろうか。
翌日、台車に乗せた酒と共にウイは出掛けて行った。
行き先はブラーヴェ。
早速ウイの腕に収まっていた時計。
それを作った手の早い男の元へ彼女を一人送り出したくはないローではあったが、昨晩の出来事がそれを思い止まらせた。
ローは昨日の今日でソニアと顔を合わせたくはなかった。
一人で島を歩かせるなと言った張本人が、あっさりそれを許した事に首を捻ったペンギンがその疑問を投げかける。
しかしローはそれには答えず別の話を切り出した。
「お前、ウイのことどう思ってる」
「どうって?」
ウイが外出した今、そこにはローとペンギンが二人きり。
基本必要な事以外を口にしない船長からの問いかけに、ペンギンは何かを期待しニヤけそうになる口元を必死で抑えていた。
「女としてどう思ってんだ」
ペンギンは心の中でガッツポーズをとる。
なぜ急にそう転んだのかを彼は知らないが、そんな事はどうでも良い。
一番負けに近かった男に、勝利の女神が微笑みかけようとしていた。
浮き足立つペンギンは、平静を装い確証を得ようと動き出す。
「んー。そうだな…悪くねぇとは思うけど。なんで?」
「別に」
ローの真意を探ろうとするも、やはり簡単に自白してはくれないようだ。
しかしペンギンも、引けば負けだ。
更に畳み掛けた。
「俺がウイのこと好きだって言ったらキャプテン応援してくれんの?」
「…好きなのか」
「例えばの話」
考え込む素振りを見せるローに、ペンギンはそわそわと落ち着かない。
しかしそれを抑え出方を待った。
「なら俺がウイのことを好きだと言ったらお前はどうする」
「え?んなこととっくに知ってるけど?」
ローは目を丸くした。
彼は彼なりに自分の気持ちを知られていない前提で、ペンギンの気持ちを聞き出そうと考えて発言したのだから。
「は?」
「っしゃぁ!!キャプテンちょっと待ってて!」
それがどうもバレていたらしい事に、ローは唖然とした。
そんな事にはお構い無しなペンギンは地下へと続く階段を駆け降りる。
彼は勝者面をした二人に、逆転サヨナラホームランの知らせをいち早く伝えたかった。
その後地下から、3人分のけたたましい足音と共にクルー達はこの場に集う。
ローは本気で頭を抱えた。
151