16-8



「で?なんで話の内容に検討付いてたら、俺はそれを聞きたくねぇ事になるんだ」
「…ローにとって、よく…ない話…かもしれないかも!しれない、から?」


俺が言わせねぇ為に講じてきた事は有効に働いていたらしい。
言い切る事が出来ない曖昧な反応。


わかんねぇだろうな。

目の前に好きな女が居て
それを悟られないように、表に出さねぇようにやり過ごす歯痒さがどんな気分か。


だが思惑通りにこいつが受け取ってんならそれはそれで構わない。


「よくねぇ話なのか。それは益々聞きたくねぇもんだ」
「いや!!かもしれないってだけで!!…どうでも良い話かも、しれない…んだけど」


しゅんと眉を下げるその顔は
どうでも良くあって欲しくないと、そう取って良いんだろうか。


「よくねぇ話だった方が良さそうなツラだな。おまえも中々趣味が悪ぃ」
「違うよ!!…違う。…違うもん」


唇を噛み締めて俯くその顔は、力一杯抱きしめてしまいたい欲を擽ってくる。

恨みがましそうに睨み付けてくるこの目も
それを煽る以外の何物でもなかった。


沈黙のまま、それをもろともせずに交差する視線。
お互いに何も言葉を発しない。
かと言って目を逸らすこともしない。


少しずつ力を無くしていく目力は
気付けば泣きそうな、困り果てた顔に変わっていた。













…こいつにそんな色気のある思考を期待はしねぇけど
今日のウイは時折、こいつわかってやってんじゃねぇかと思う瞬間が何度かあった。


いつか二人で花火を見たあの時もこんな、すがるような目をしていた。














この辺にしておくか。


「まぁ、気にならねぇこともない。さっさと片付けて聞いてやる。だから待ってろ」


この位なら構わねぇだろ。


そう自分に言い訳をして目の前のしょぼくれた頭を撫でてみた。
柔らかい髪が指の間を滑る。


大人しくされるがままにじっと見上げてくる視線に
鼓動がどくりと音を立てた。












全く望みがねぇ訳ではなさそうなことはわかった。
正直、素直に嬉しいと思ったしほっとした。


でもまだ駄目だ。


おまえがそこに囚われて自分から逃れられないなら
俺が必ず奪い返してやる。


だからもう少し
あと少しだけ








待ってろ。






「ねぇ二日酔いのお薬配合変えた?前より凄く効く気がする!」
「若干な。お前に借りた本、それを参考に少し改良した」


お昼も過ぎて太陽が丁度てっぺんに昇る頃には、二日酔いも全快。
ローも結構飲んでたと思うんだけど、全く何てことなさそうな様子に結構唖然とした。


でもそうだ。
ローが明らかに二日酔いで苦しんでたのは、トランスモード明けのあの時だけ。


アップルブランデーを一升瓶で余裕で空けちゃうレベルの人だ。
そりゃ度数高くし過ぎた日本酒くらいじゃ二日酔いにならないか。


本当に化け物じみてる。


「なんか新しい本増えたか」
「ぼちぼち。見てみる?」


昨日私何か話した?
何か変な事しなかった?


ローが驚くほどいつも通りで
昨日のことには何も触れて来ないから。


絶対ネタにして来るっていうか、飲み過ぎだって小言が飛んでくると思ってた。

聞きたくないんだけど
何も言われなくて全く情報がないせいで逆に気にならなくもない。












今ここにローが居なければ頭抱えて叫んでたよ。
絶対。











「んー…お薦めなのはこれと、あとこれももしかしたら好きかも!実際どうなのかは置いといて、これも興味深かったから見解聞きたい!」


地下一階のコレクション部屋。
お気に入りの本だけがずらりと並んだ本棚はいつ見てもなんだか気分が良くなる。


ローにお薦めする本を選んでたら、あれもこれもって楽しくなっちゃって
気付けばテーブルの上は本が山積みになってた。


「これだけあれば退屈しなそうだな」
「何冊か持って行く?良いよ?貸したげる」


ソファーに腰を降ろしてパラパラと流し見し始めるローは本当に本の虫。
早速タイトルと中身の概要で本を選り分け始めた。


「読みきれなかった分は戻ってから借りに来る」
「あ、そっか…本とか読んでられる状況じゃないもんね、きっと…」


なんか色々あって頭から飛んでたけど
ローはドフラミンゴに喧嘩売りに行くんだった。


心配な気持ちが復活し出して、落ち込む気持ちを抱えたまま振り返れば
そこには既に読書モードに突入のローさん。






…人の気も知らないで。


「コーヒーで良い?」
「あぁ、濃い目で頼む」


言われなくても分かってるよ!って
声には出さずに悪態付いた。








「ねぇ、これどう思う?本当なのかな」
「まだ途中だ。少し待ってろ」


芳ばしいコーヒーの香りが漂う中で、今日は読書で1日が終わりそう。
私も最近忙しくてあんまり読めてなかったから、読みかけのままだった本のしおりを開いた。


ローが一番最初に読み始めたのは、見解を聞きたいなって思ってたやつ。
興味を示してくれたのは嬉しい。


…それにしても読むのが早い。
本当にちゃんと内容頭に入ってるのかなって、疑わしいくらい。


やっぱり頭良い人は脳ミソの構造自体が違うんだろうか。
私も読むのは早い方だと思うけど、こういう複雑っていうか
専門的なの書いてある本は内容整理しながら読むから時間かかるのに。


…このペースじゃパンクハザードに着くまでに全部読み終わっちゃいそう。


規則的にページを捲る音が静かな空間に響く中、なんだかこういうの久しぶりだなって思って
ぽかぽかした気持ちになって視線を手元の本に落とした。


この人体実験シリーズ、新しいの出てて気になってたんだ。
今読んでる章は傷口の処置の仕方でどう治るかを毎度の事ながら自分の体で筆者が実験してるの。


擦り傷で検証しようとしたらしいんだけど、右膝と左膝を同じ負傷具合に怪我するのが難しすぎて
8回傷を作ろうと試みた時点で断念したらしい。


本当にアホだこの人。
なんで毎回そんなに自分を痛め付けるのか…


結果調整が容易な切り傷で検証したらしいんだけどね。

乾燥させた方が治りが早い説と
バンソウコ貼っておくだけの傷。
あとは保湿剤塗って乾燥と逆の状態で保持した傷と
つば付けとけば治る説。
塩を塗り込む説に
輪切りのレモンで生傷をパック説に…


この人本当に、頭の中が愉快過ぎる。
塩とレモンは傷作った時以上に痛かったらしい。


そりゃそうだろ。


そもそも塩は絶対悪ふざけ。
傷口に塩を擦り込むとかいうことわざがあるくらい。


…まぁ、実際どうなるか気になるけどさ。


中々突き抜けたドMだなって思いながら、傷の治癒状況の報告を読み進めた。




「…なるほどな。随分な極論だ」
「本当それ。ねぇローお医者さんなら知ってた?湿らしておいた方が早く綺麗に治るらしいよ」


私も乾燥させとくのが一番治りが早いと思ってた。
昔家を出たばっかりの頃、島で出会った人に護身術を習った事があったの。

怪我ばっかりしててね、乾かしとけって言われてたからそういうもんだと思ってたけど違うのか。


「何の話だ」
「え?傷の話。前にローも買ってくれた人体実験シリーズ!今回の検証は傷口の処置について!!」


呆れた顔で見下ろしてくるローに本の表紙を見せながら力説すれば、聞こえて来たのは大きなため息。


「湿らせとくのともまた違う。傷口から出る浸出液は皮膚の再生を促す成分が含まれてる。乾燥して変質したら上手く作用しねぇからな」
「へー!あの若干黄色っぽい透明の汁?あれそんな凄いやつなんだ!」


なんだ。
立派に立証されてる方法なのか。


「ローこの人にそれ教えてあげたら良かったのに!この人それ気になって8回も膝丸出しで正座スライディングしたらしいよ」
「…相変わらず突き抜けたアホだな」


そこは否定しない。


ちなみにローが難しい本で知識としてそれを知ったのか、スキャンで分析したのかは知らないけど
私にとってはこういう愉快な実験の方が面白いし印象に残る。


「こっちの本。…表現が極論過ぎる」
「いや、そこは確かにそうなんだけどさ。やるかやらないかは置いといて実際そうなの?」


おっと忘れてた。
ローに読んで貰いたかった本。


その名も“たんぱく質はアミノ酸スコアで効率的に”!!


内容としては、たんぱく質はアミノ酸が集まって出来てるらしくて。
それは食べ物だけじゃなく人の体も。

筋肉とかたんぱく質よね!


人は食べた食品のたんぱく質を消化器官でアミノ酸に分解して、体の組織に合成し直すと。
ただ材料となるアミノ酸ごとの必要量は違うらしい。


「食品に関してはおまえの方が詳しいだろ。ただ薬の有効成分も元を辿れば自然に存在するものだ。突き詰めれば化学の分子」
「へー。薬は薬としか思ってなかったけどそういうもんなんだ」


なんだか興味深い話が聞けそうで、わくわくした。






「何もねぇとこから急に発生するもんじゃねぇ以上、必要な材料ってもんは存在すんだろ。それがたんぱく質で言うとアミノ酸って分子だ」
「ほうほう。じゃあこの本言ってることは本当?」


知識としては知ってる。原理はよくわかんないけど。
でもローにそう言われると確かにこの説は本当みたいに聞こえるな。


「全く変わらねぇように見えて、人体は代謝…古いもんが死んで新しいもんにすげ変わっていく。組織によって周期は違ぇが」
「んー…なんかお肌のお手入れ的な本でそれ読んだ事あるかも」


ターンオーバーだったっけ?
加齢に伴ってその周期が長くなったり、上手く作り替えられなくてシミとかが残っちゃったりって。


「筋肉に限らずたんぱく質で出来てる部位はいくらでもある。体鍛える以前に、生きてる以上代謝の関係でたんぱく質の合成は行われてる」
「ならますます効率良く摂った方良いじゃん、アミノ酸」


私はたんぱく質合成って聞いて、筋肉しか思い浮かばなかったけど
それ以外でも合成が必要ならなおのこと効率の良さは重要なんじゃなかろうか。


アミノ酸スコア、たんぱく質合成に必要な各種アミノ酸の充足具合を表したもの。
どんなに沢山たんぱく質食べても、足りない材料があって合成が滞れば多く摂った分は無駄になるだけじゃんね。


アミノ酸スコア100の卵良いじゃん。
効率的!


「…おまえ毎日毎食卵だけ食って生きてたいか」
「卵好きだよ!…でもお肉とかお魚も食べたいかな。ペンギンとかは喜びそうだけど!」


うん。
ペンギンはそれでも何の文句もなさそう。


卵が大好き過ぎるペンギン。
スクランブルエッグにオムレツ、温泉卵に半熟の味たま。
適当に有り合わせでご飯にしても目玉焼き乗っけただけでペンギンはテンション高かった。


あの人はきっとたんぱく質を卵だけで摂っても不満なさそう…!


「材料が在れば作用や合成が進む訳じゃねぇ。二日酔いの薬…あれも改良したのは材料の部分じゃねぇしな」
「…と言いますと?」


ローは本当に話したり教えてくれるのが上手いと思う。
聞きたくなるんだ。話の続きを。


この頭の中にぎっしり詰まってる知識をわけて貰いたくて
続く言葉が待ち遠しくて仕方なかった。





destruct at reality.