16-9



「飯作る時、材料揃えて放っておいても料理は出来ねぇだろ」
「何を当たり前な事を言ってらっしゃる」


どうしたロー。
ジャンバールに感化されてお料理に目覚めたか。


「…体内でも同じだ。人の手が必要だろ」
「…ほほう!!何か今しっくり来た!しっくり来たよ!!」


材料足りなきゃ作れないけど
お肉とジャガイモ、人参玉ねぎ、あとお水とカレー粉?
それを必要な量揃えてただ見てた所でカレーになんてなってくれないもんね。


なんて分かりやすい例えだ。


「そういう細かい行程が合成機構にもある。この本みてぇな卵が最も秀でてるって表記の乱発は…浅知恵の馬鹿が真に受けてそれしか食わねぇリスクがデカい」
「ん?たんぱく質の材料としては卵は優秀だけど、それを合成するのに必要なものは材料以外にあるんだよね?…そういうことでしょ?」


こくりと頷くローを見て、頭の中を整理した。


なるほど。
確かにこの本は卵だけ食べてりゃ問題ない的な記述が至る所に散りばめられてる。


「そもそもペンギンを除く普通の人間は、卵だけでたんぱく質を摂取すんのは苦痛だ」
「それはローがお魚好きなせいも多大にあると思うよ」


一般論だって、眉をひそめるローに
そんな事わかってるけどちょっとからかいたくなっちゃっただけって事は教えてあげない。


ふむふむ。
つまりはバランス良くアミノ酸を摂取するには卵が有効だけど
それだけ食べてれば良い訳ではなくて。


他の食品もバランス良く摂りながら不足してるとこに備えて卵をご飯に取り入れる、と。


「ちなみに、体内で合成不可能なアミノ酸で考えりゃ…大体の肉や魚も恐らくアミノ酸スコアは100だ。そこに触れないとこも胡散臭ぇ」
「そうなの!?うわっ!騙された!!」


マジか…


確かに本の中で比較に挙げられてたのはお米とかパンとか、たんぱく質イメージが薄い食品達。


…言ってないだけでお肉とかお魚のアミノ酸スコアが低いですよとか明記してない訳だから
嘘ついてる訳ではないよね。うん。


「おまえ知識の取り入れ、勉強だとか読書は好きか」
「気になる事に関しては大好き」


どうしたロー。


急に飛んだ話題に首を傾げた。





「勉強が全てじゃねぇ。たた情弱が損する世の中なのはどう考えても事実だ」
「じょうじゃく?」


じょうじゃく…
え、なにそれ。


上、条、情…
弱は弱いなんだろうけど、初めて聞いたその熟語は意味不明。


「情報弱者。馬鹿は世の中と頭の回る連中に搾取され踊らされるように出来てる」
「それはなんと…まぁ、それこそ凄い極端な言い方だね」


実際海軍や世界政府が無知な国民を欺いて世界に君臨し続けてる事は事実だと思う。
表に溢れてる事が全てじゃない。


数が数えられて、文字が読み書き出来れば十分知識があると思ってる人達が思いもつかない分野。
知らない事すら知らずにいるような事が、この世の中には沢山存在する。


綺麗事を謳っていても
結局はローの言う通りな部分があることを私は知ってる。


味方であれば、沢山の知識を持って効率的に的確な判断を下す人材であった方が良いんだろう。

でも率いて導く相手に対して、その相手に何かしらの思い入れがない場合
ただの多数決で優位を取る為の頭数としか思っていなければ…

その集団は無知であるほど都合が良い。


「かと言ってその辺に転がってる物を何でもかんでも鵜呑みにすんのも頭悪ぃヤツの得技だ」
「ロー機嫌悪い?どうした。ディスりが半端ないな」


…悲しいかな。


ローから見たら
私も馬鹿の括りなんだろう。


「事実だ。頭が回らねぇヤツも読む可能性のある大衆向けの本に、そこを考慮しねぇ言い回しをするこの本を俺は好かねぇ」
「すいませんね、変なもの薦めちゃって」


なんだかいたたまれない。
ローの言ってる事って、耳に痛くても
それこそ極論でも事実なんだもん。


「おまえはそこは間違えねぇやつだろ」
「え…?」


しゅんとしてしまったっていうか、若干不貞腐れてた。


だって私ローより頭悪い自信あるし!
この人の言う事に勝てた事なんて一度だってないんだ。


だからこそそれを打ち消すような言葉が降ってきたことに
心底驚いた。





「情報が入ってきた時、それをどう処理するか。その対処の仕方が本当の意味で馬鹿とそうじゃねぇヤツの境だと俺は思う。知識の量じゃねぇ」
「よくわかんないからちょっと噛み砕いて」


謙虚なのか、自己分析が下手なのか
もしくは“馬鹿”の定義が俺とは違うのか。


否定されたとでも思ったらしいウイが微妙な表情を浮かべていた。


「真に受けて良い情報かどうかの選別。自分が正しいと思い込まずに柔軟に物を見れるかの視点と、そこを判断する知識。おまえにはそれあんだろうが」
「ある…かなぁ。自信ないなー」


本の内容から議題が逸れた。
逸らしたのは俺だ。

この本を1つの仮説として受け取れるのならば
必要な部分のみを切り取って吸収するのであれば
そこまで悪い書物ではねぇ。


ただどうしても
読み進めるに従って募っていく嫌悪感。


“良いこと”を謳った書物に、他の思惑をどうしても感じてしまう。
そこがどうしても引っ掛かった。


俺が何よりも嫌う
フレバンスを葬り去った政府の遣り口に似たそれを

この本から感じてしまった。


良いことだと大衆に綺麗事を抜かしながら
結局は自分都合のエゴの元に動いている。


それに気付きもせず踊らされる大多数の愚かな人間も好かない。
だがなにより、口先だけの綺麗事の裏にある自分本意なエゴ。


それが俺は何よりも嫌いだった。


「読み物としては好かねぇが、書いてある知識はタメになった。継続的に付き合っていく病に関しては、こういう知識も必要だな」
「本当?…ならまぁ、お薦めして良かった。私も勉強になったし」


実際勉強になった。
外科的処置でどうにもならねぇ病。


取り除いてどうにかなるものなら何とか出来るものの
切除する訳にいかねぇ臓器の機能が狂ってる場合。
それは他の方法でなんとかするしかねぇ。


生きてる以上食わなきゃその命は維持できねぇんだ。

それの代謝に関わる臓器や器官の働き。
そこの記述に関しては色々考慮してもこの本に書かれている内容には信憑性がある。


だからこそ、知識ある人間に垣間見える取り繕われた表面とは違う色を孕んだエゴに

腹が立った。





「飯の指導となると俺も大それたことは言えねぇが。糖尿病やら腎臓、肝臓、その辺りを悪くしてる患者への対処としては勉強になった」
「最初にそう言ってよ。なんか機嫌悪そうだから読ませなきゃ良かったと思ったじゃん」


実際こいつが俺に意見を求めようとしたのは
本の書き方以前に内容だろう。


そこをわかってはいても
どうしても“許せない部分”がそれを邪魔した。


「ローがそういうの嫌なら他のは多分大丈夫だよ!安心して読んで!」
「…こっちに関しては逆におまえの見解を聞きてぇとこだな。読んでみねぇと分からねぇが」


タイトルと概要で気になった腸内細菌に関する本。

腸はもろに食い物が影響する器官だ。
俺に薦めて来る以外でもこっち関係の本を好んで読むこいつには俺以上の知識がある。


そしてそれをどこまで信頼するか。
その判断基準も、こいつは申し分ねぇ。


「それか!良いね!早く読んで!!私もローに聞きたいとこあったの」














こいつを好きなことに
理由なんてものは実際もうねぇんだと思う。


呆れるような事をやらかそうと
腹が立とうと
それでも嫌いになれる気がしねぇ。

こいつが良いんだ。
ウイだから良い。


でもこういう、自分の興味のある分野に関して専門的な討論を出来る所。

例え+αでしかない要素だとしても
それはやっぱりこいつしかいねぇと思わざるを得なかった。











読みかけだった本に目を落として読書を再開するウイの横顔を見ていたら、ふとその存在感を増しだす所有欲。


ただの女だ。
ただの一人の人間。


それなのになぜか、この目の前の存在が自分の物だと思いたい衝動に駆られて
自制心が欲に負けた。












「!?…なに」
「…ゴミ」


マジか!ありがと!


びくりと肩を震わせて、その原因が他意のないものだと認識した途端に視線を本に戻すこいつにほっとした。


実際ゴミなんて付いてねぇ。


ただ


掻き分けた髪から覗いたうなじに咲いた赤い華。












それを視界に納めただけで
根拠のない安堵が胸を埋め尽くした。







「ほら寝るぞ」
「んー…私ここ片付けてから寝るから先寝てて良いよ?」


あれは結局、日付が変わる少し前だったか。


酔っ払いから情報を取ろうと画策して
必要な情報が得られて
それからはただ酒を楽しんでいた。


お互いの近況やら下らない話。
そんな時間がただ、楽しかった。


つまみも全て平らげて
空になった日本酒もどきの一升瓶の脇にはアップルブランデーのそれ。


明日薬をくれてやるとしても
今日はこれまで見た中で一番、飲んでいたと思う。


「絶対やんねぇだろ今日は。流しに運んで明日やれ。部屋で寝ろ」
「寝ないよ!!やるよ今から!!」


時折欠伸を掻いていたこいつは
放っておけば秒で寝る。

絶対寝る。


こんな疲れも取れない場所で座りながら寝るより
ベッドで横になって寝るべきだ。


ただ面倒なのが
酔ってる酔ってないに関わらず、素面でもこいつは言い出したら聞かない。


「ちゃんと片付けるもん。ロー寝てて良いってば」
「…シャワー浴びて来る」


口で言ってもどうせ聞かない。
そして風呂から戻った時にこいつは、絶対にここで寝こけてる。


平和的解決だ。
寝た後運べば良い。


「いってらっしゃーい!片付け終わったら先寝てるからね!」
「…あぁ」


言ってろ。


廊下に続く扉のドアノブに手をかければ、背後から聞こえて来たのは酒をグラスに注ぐ水音。


“今日はもう寝る”と抜かしてたのはどこの誰だと全力で突っ込みたい。



「もう一杯だけ」


えへへ、と自分が溢した一人言にすら笑うこの飲んだくれが風呂から上がって来た時にここで寝ていなければ
お得意の罰ゲームでもなんでも受けてやって構わない程、こいつの十数分後の未来の予知は容易だった。












呆れてる。
心底。


でも、内心邪な思考に火が灯ったのも事実。


寝ていれば確実に覚えていない。
自分以外の誰の記憶にも残らない事実がそこにはある。


ニヤけそうになる口元に力を込めて、未だ酒に手をつける酔っ払いの居るリビングの扉を閉めた。




destruct at reality.