16-10



ガチャ


風呂から上がって開いたリビングの扉。


想像はしていた。
分かりきった事だった。










それにしてもなんて予測通りなヤツなんだ。













扉を開けてすぐ目に飛び込んで来たのは
ダイニングテーブルに突っ伏して眠っているウイの背中。


「おい、部屋で寝てんじゃなかったか」


その細い肩を揺すっても、譫言の返事すら返って来ない。


「っとに…」


自分の腕を枕にすやすや眠りを貪る酔っ払いを抱え上げた。











…こんなに軽かったか?こいつ。


温もりに反応してすり寄ってくる様は、本当に幼い子供のよう。


久しぶりにこうしてこいつを抱き上げた気がする。
見たところ痩せた気はしねぇが
色々あって気に病んでたのは事実だろう。


火拳屋の事を抜きにしても
こいつはあんなに嬉しそうに報告してきた“父親”を失ったんだ。


パパパパって煩ぇくらい白ひげの話ばかりしていた。


折角出来た“家族”だもんな。









階段を登りながら
火拳屋の件と重なったせいでそっちに関しても一言も触れてこない話が気にかかった。


きっとこいつは
俺が想像する以上に家族への執着が強い。


誰よりもそれを欲しがっていて

手に入れて



なくした。


扉を開くと、腕の中の存在から香るのと同じ空気に包まれる。
相変わらずだだっ広い部屋。


一番奥に位置するベッドに酔っ払いを寝かせれば
もうお決まりのごとく離れて行く熱を掴み留める無意識のか細い腕。










眉を寄せて拒否を示すその顔は
とんだしかめっ面だが愛おしい。


服を掴むそれをやんわりほどかせて
その眉間に唇を落とした。





この一見強情でアホな女は
どれだけ自分の内側に色々な感情を抱えているんだろうか。





「んぅ…」


壁側に寝返りを打ったついでに
さっきすがり付いて来た腕が枕を抱きすくめる。


それに頬を擦り寄せて満足気に寝息を立てるウイは、基本何かを抱えてれば満足らしい。


たかが枕に嫉妬した。
全部どっかに放り投げときゃ良かった。







向けられた背中は、こうして改めて見ると驚く程小さい。
規則的に上下する肩と、重力に従って流れる髪から覗く白いうなじ。













ごくりと
喉が鳴った。


リビングでどうせ寝落ちするんだろうと思ってた時から、ただ運んでやるだけのつもりなんてなかった。


自分の思惑の為とは言え
我ながらよく1年以上も気持ちを抑えて接して来れたと思う。


ここ最近は特に抑え込んで来た。
我慢して来た。
だがよく考えれば


こいつを好きだと自覚したあの時から。
かわされて拒絶されて、それでも諦めきれなくて
伸ばしかけた手に躊躇したあの時から。


ずっとこの気持ちは自制したままだ。


自分で言うのも何だが
俺はそれまで我慢なんて物をした事がない。

不思議とその気にならなかったものの
あれから欲の捌け口に女を抱いた覚えもない。





これは褒美くらい貰っても、バチは当たんねぇだろう。





みしり、と
何度か不可抗力で寝心地を味わった気もするベッドのスプリングが音を立てる。

さらりと指を滑る細くて柔らかい髪。



女お得意の“頑張った自分へのご褒美”だ。
たまには俺も、そんなものを自分にくれてやるのも良いと思う。


この頑張りが誰の役に立った訳でもねぇ。
また頑張る為の、活力。


だからまだおまえは、知らなくて良い。





うなじに顔を埋めると、より一層強く感じるシャンプーの香りに目が眩みそうになる。


その柔らかい滑らかな肌に唇を押し当てた。


「ん…」


くすぐったいのか、微妙に身を捩るその動作にすら何かが擽られる。





…どうせ起きねぇ。












俺も結構飲んだ。
我を忘れる程の酒の回り具合ではねぇものの
普段よりはいくらか本能の自己主張が優勢だ。











この先待ちうける事に懸ける想い。
それと一緒に


抱き心地の良すぎるその身体を力一杯抱き締めた。





暴れるでもなく
抱き返して来るでもない。


ただその心地を味わってた。


久しぶりのこの感触。
毎回思うが本当にこいつは俺と同じ人間なんだろうか。


どこもかしこも嘘みてぇに柔らかい。







さっき軽く吸い上げた痕跡。
僅かに赤みを差した程度のこれじゃ、きっとすぐ消える。


たかが内出血。
どんなに酷いものでも、いつかは消えてしまうもの。


でもそれがなるべく治らないように
一生残れば良いくらいのつもりで

強くそこを吸い上げた。


「……いっ」













流石にこれは痛ぇか。






夢の中の住民が上げた痛みを訴える声に
思わず笑ってしまった。


もうキスマークなんて可愛いもんじゃねぇ。
本当に内出血。


中心部が赤黒くすら見える己の所有欲は、決して本人からは見えない場所にしっかり華を咲かせていた。


細すぎる腰に回した手が無意識に服の内側を撫でる。


直に触れればそこはより柔らかさを伝えて来て
指先に伝わる滑らかな感触はただそこをすべるだけで心地が良い。














これは
まずい気がする。












ただ撫で心地の良い肌を楽しんでいた指は
気付けば胸を覆う下着の境をなぞっては、特段柔らかいその内側に潜り込もうとしている。

劣勢でも一応捨てた訳ではない理性が警笛を鳴らした。



どんなにストイックだとしても
空腹で目の前に旨い飯があれば話は別だ。


危険な状況に陥らないように回避することは出来ても
いざ誘惑を目前にすれば

あと少し
もう少しだけと伸ばす腕は止まらない。


摘まみ食いしたそれが、旨すぎた。










「ん…ぅ」


押し上げた下着の中身は丁度手のひらに収まる大きさ。
先端に触れずとも、その膨らみに指を埋めて玩べば
聞こえてくるのは吐息混じりの鼻にかかった甘い声。









だめだ。
止めどころが分からねぇ。


「ぁっ…」


存在を主張している頂きを指で弾く。


もっと声が聞きたくなった。
この身体を感じさせたい。


いや違う。
俺が



もっと
更に奥まで


ウイに触れたい。





どうする。
流石に寝てるこいつを抱くとかねぇだろ。


火拳屋に操立てていはしても
タイミングを考えればあの男はこいつに触れてはいない。


女にとっては大事だろう“初めて”。
それをこんな形で奪ってしまって良いんだろうか。


「ふっ…ン」


頭の中と真逆の行動しかしない自分の身体。
性欲の強大さを久しぶりに感じた。









こんなことを考える自分は気持ち悪ぃと思ってる。
でも、割とずっと何度も思い描いていた理想がある。


ウイを初めて抱くその時には
優しくしてやりたい。


本番はまず間違いなく痛ぇだろ。
そしてこいつは色気もへったくれもなく喚くんだろ。


でも
極力怖い思いはさせたくない。
こいつにとって、忘れられない“初めて”にしてやりたい。


どこのロマンチストかと女々しい思考に我ながら引く。


でもそれだけ大事な女で
それだけ愛しい女だから


こんなとこで長年の我慢をぶち壊すような事してる場合じゃねぇとは思うのに。


「ゃっ…」


どんどん甘味を増していく声に
欲望は止まらない。










なんでこんなこと始めた、俺。

やっぱ酔ってたか。
落ち着いて考えりゃ想像ついた展開だろうが…











粘る理性が下に手をかけるのは何とか留めさせてはいるものの
後先考えねぇ欲求は寝てるこいつを喘がせるのを止めない。


首筋を舌でなぞりあげれば
びくりと身を縮めこませる反応と少し荒い気のする吐息にすら興奮がせり上がってくる。


「ふ…ンっ」


もう自分で自分が手に負えなかった。
止めるべきとわかってはいても、止められない。


理性が押し負けて
ついには下に手を伸ばそうとした時


枕を抱きすくめていたウイが寝返りを打って胸に顔を埋めて来た。


それまで枕にしていたのと同じように
すり寄せて来る顔と緩く回された腕。










これはもう仕方ねぇんじゃないだろうか。


この状況で
好きな女にここまでされて


我慢出来る男なんて
果たして存在するのか。






俺も悪い。
でもおまえも悪い。





口付けた口内からは、まだ僅かにブランデーの名残を感じる気がした。


酒か浮かされてんのかは知らねぇが
とんでもなく熱い。


「ン…っふ」


起きても良いと思った。
覚えていても
例えこれがこの先何を狂わせようと


どうしても今、ウイが欲しい。













食らい付く勢いで
欲望のまま自分本位に口内を貪った。








「はぁ、………びみた…ぃ」


解放してやった口から溢れた
呼吸とも喘ぎとも違う声に緊張が走る。











起こさねぇようにと、遠慮は全くしなかった。
もう決めた。


起きて良い。
覚えていても良い。


拒絶されても逃がさねぇ。






「とんぼって…エビっぽい…」

























ちょっと待て。


「おまえ…とんぼ食ったことあんのか」
「…いがいと、おいしい…かも」


眉を寄せて、目は瞑ったまま。
舌ったらずな喋り。


これは寝言か。
寝言なのか。








「素揚げで…しおこしょう…」


むにゃむにゃ言ってるこいつに、何をどこから突っ込めば良い。



寝言でも会話できんだなって感心すれば良いのか。
どんな夢見てんだってとこからか。


いくら寝てようと
流石にその気になってキスした後の発言がとんぼ食ってた的な事言われた日には

こいつの頭がとち狂ってるのはどんなに承知の上でも
度肝を抜かれるというものだ。











「…萎えた」











いや、正直助かった。
ここは耳を疑うこの寝言に素直に助けられておこう。


これが最後と自分に言い訳をして
今度は軽く、触れるだけのキスをした。







「俺の飯には出すんじゃねぇぞ、とんぼ」


今度は返事はなかった。


本当に、色んな意味で想像を軽く越えてくる女だ。


正直引いたが
そんなぶっ飛んだ所も嫌いじゃない気がする自分の趣味を本気で疑う。


実際、もし万が一
ウイの好物がとんぼなら、そこは厳しく言って聞かせることにする。







折角引いた熱が再燃しないうちにこの場から離れよう。


やっぱりこいつを抱くその時は
ウイにもそれをしっかり覚えていて欲しい。




destruct at reality.