16-11
そういえば寝て起きたら忘れていた。
昨夜のこいつの寝言。
「おまえとんぼ食ったことあんのか」
「は?とんぼって食べられるの?」
案の定、夢の中のことはこいつの記憶にねぇらしい。
信じられない物を見るような目でページを捲る手を止めたこいつに
それ言い出したのはおまえの方だと内心突っ込みを入れた。
「おまえ昨日、寝言でンな事言ってた。意外と旨いだの…エビみてぇだの」
「え!!嘘!!?キモッ!!!…あれ?そんな夢…見た気もしなくも、ないような…」
記憶を漁ろうと頭を抱えるその顔は、中々酷い。
確かに思い出して楽しいもんではねぇな。
俺なら一生忘れたままでいたい位だ。
「…見たわ。見た見たとんぼの夢!なんかね、中華鍋にわしゃーって大量のとんぼ投入して揚げてたんだよ!…なんでそんな夢見たんだろ」
「こっちが聞きてぇ」
本当にこっちが聞きたい。
あれには盛大に邪魔された。
実際のところ、助かった。
だとしてもあの衝撃は結構なものだった。
「そいえば!夢占いの本あった気がする!」
勢いよく立ち上がったウイの髪が揺れる。
そこから覗く、俺の印。
「でもさ、トンボ食べる夢なんて他の人見るのかな。なさそうだったら“虫”“食べる”で探してみよー」
目当ての本まで一直線
どの本がどこにあるのか、こいつの頭の中にはそれがインプットされてる。
パラパラとページを捲りながら戻って来たウイの
手の中の本を覗き込んだ。
流石にねぇんじゃねぇか?
そんなコアな夢
「んー…おぉ!あった!あったよ!!なになに…」
「マジかよ。おまえ以外にもいんだな、そんな夢見るアホが…」
なんだと!!と睨み付けてくるウイは無視した。
占いなんてもの、実際信じてねぇ。
でもあのタイミングで見てやがった夢が一般的にどんな意味合いと称されているのか
ただの興味だ。
“トンボを食べる夢は、運気の上昇を表しています。現状が苦しい状況でも、これから好転していく事を夢占いは示しています”
悪くない。
「なんか良い夢っぽい!思い出してもおぇってなるけど!」
嬉そうに文字を辿る横顔に口端がつり上がる。
折角だから予知夢にしてやるよ。
好転させてやる。
俺が必ず、幸せにしてやる。
穏やかな毎日だった。
ただ、楽しい時間がゆっくり流れていくの。
一緒に本読んだり
覇気の鍛練ってやたらと武装化してるローの脇で釣りしたり、泳いでたり。
途中補給に寄った島で、ちょっとだけって買い物したり観光したり。
そうそう。
特に何もない日の昼下がり、何か面白いことして!ってローに無茶ぶりしたんだけどね
何したと思う?
無言でビーズを空に放り投げたの。
それはもう高く遠くに飛んでいって、よく飛んだなーなんて思いながら眺めてたら聞こえてきた“シャンブルズ”の声。
一瞬感じた無重力と急に海と空とで真っ青に変わった周りの景色。
次に襲って来たのは
引力。
「きゃあぁああぁぁぁあっ!!!!」
バッシャーンッ!!!
急すぎて、上手く入水できなかった。
結構な高さから広い面積で接触した海面と私。
物凄い音と白い水飛沫が宙を舞った。
それを太陽の光が照らしてね、もうびっくりしたし海冷たいしって心の中は忙しいのに
キラキラ光るそれがとても綺麗だって思ったの。
「不様な飛び込みだな」
「ねぇもっかいやって!!次は華麗な飛び込み見せたげるから!!」
呆れ顔のこの人が、きっともう一回さっきのをしてくれるってわかってる。
もしエースが生きてたら
こんな楽しくて穏やかな時間を、エースと一緒に過ごしてたかな。
もしあの時ローを選んでいれば
こんな時間がこれからもずっと…続いてくのかな。
災いの前兆じゃなければ良い。
そう思ってしまう程、平和だったの。
結局あれから8回シャンブって貰ってね、私は飛び込むまでにくるっと一回転とか出来るようになった。
ローもこれには凄いって呆れ半分感心半分だったな。
即席のスリルたっぷりアトラクションを満喫して、濡れた髪をタオルで拭きながら
忙しなく振れる落ち着きないログポースと進路を見比べるローの横顔を眺めてた。
「近いな」
まだ影すら見えない。
ただ、その先にあるだろう目的地を見据えるローの顔は、声を掛けるのを躊躇するほど真剣で
“災いの前兆じゃなければ良い”
そう思ってるのに
なんでかその言葉は最近、私の頭を
何度も何度もちらついた。
「久しぶりだね」
聞こえてきた声にはっとして振り返った。
そこにはあの子。
ぞっとした。
なんでここにこの子が居るの?
きょろきょろと辺りを見渡せば、ここはあの真っ白い空間。
何もなくて、果てもない、そんな場所。
条件反射。
私はこの子達が苦手。
踵を返して走り出そうとしたら、何かに引っ掛かって進めない。
「ねぇ、なんでいつも逃げるの?」
…いつの間に。
この子も居たのか。
私を引き留めたのは、まだ幼い方の女の子。
「そんなに嫌なら出てけば良いじゃん。いつまでここに籠って耳塞いで───「煩い!!煩い煩い!!!」
本当は知ってる。
検討がついてる。
ここがどこなのかも
この子達が誰なのかも。
知らない筈ないんだ。
きっと私が、誰よりもこの子達の事を知ってる。
「聞かなかったからってなかった事になるわけじゃないよ。ちゃんと──「煩いなっ!分かってるってば!!」
やめてよ。
やめて。
いつか聞く。
ちゃんと聞くから、受け止めるから。
だから無理に押し付けないで。
「ローと一緒の船旅、楽しかった?」
「楽しかったよね!もうローで良いじゃん!」
…勝手なこと言わないで。
勝手に喋らないで。
嫌になって
散々指摘された事を私はまた繰り返す。
踞って耳を塞いで
目が覚めるのをただ待つんだ。
「ね……ローも………じゃうかもね!」
「なん………ばき……の?」
耳を塞いでも、僅かに聞こえて来る嫌な声。
裏切り者。
あなた達がそれを一番知ってるじゃない。
自分を責めたじゃない。
後悔したじゃない。
「………」
「………」
もう少し。
あと少しで終わる。
朝が来る。
私はここが嫌いなのに
ここから出て行く事も出来ない。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?ここ」
「噂通り、だな」
島影が見えた辺りから、気候は豹変した。
灼熱の蜃気楼が立ち込める程の暑さかと思えば
一変して大粒の猛吹雪がフリーウィングを襲う。
見えた島の真上には真っ黒な厚い雲。
そこから島に降り注ぐ無数の稲光は、とてもじゃないけどまともな島には見えない。
もう、しょっちゅう轟音が辺りに鳴り響いてて
どの音がどの雷の落ちた音かも分からないくらいだった。
こっちのがまだマシだって、ローが船を進めたのは吹雪の先。
下ろしたての分厚い雪国仕様のコートがよく似合ってる。
私も最大限に厚着して、舵をきるローをただ眺めてた。
島の反対側は灼熱の島。
こっち側は極寒の島。
クザンさんと、サカズキの戦いの色を未だに色濃く残すパンクハザード。
そういえばクザンさんもロイも、元気かな。
何の報せもなければ、ベガス聖も消息が掴めないって文句言ってた。
二人とも正式に退役したとこまでは調べがついたんだけど
流石にいざこの島の気候を目の当たりにすると、二人が生きてるのかすら疑わしくなってくる。
「勝手に連れて来といてアレだが…帰れるか?」
「それは大丈夫…だけど。…ねぇ本当に行くの?」
こんな島にローを一人置いて行くのも不安。
更にはドフラミンゴの一味まで居るらしい。
ローの長年の野望だって知ってる。
でも引き止められるなら引き止めたい。
「その為にここまで来たんだろ」
船を止めるのに丁度良さそうな岸があって、波も激しいからってローが錨を下ろした。
「巻き取る時。手、気を付けろよ」
手袋してるから大丈夫だもん。
今まで何度だってこの錨を巻き上げて出航してきたもん。
私の事ばっかり気にかけるローは、もっと自分の心配をすべきだ。
「荷物、纏めてくる」
「…はーい」
言っても聞かないか。
コートのフードとマフラーの隙間から少しだけ覗いてる顔。
吹き付けられて飛んでくる雪の冷たさすら感じないくらい
風そのものが冷た過ぎて痛い。
真っ白な島だった。
白しか見えない、何もなくて誰も居なそうな島。
あんなに鳴り響いてた雷は、どこにいってしまったんだろう。
「外で待ってたのか。寒ぃだろうが」
扉の開く音と共に現れたのは、鬼哭と来たときより少しだけ多くなった荷物を肩にかけたロー。
「一応、渡しておく」
「なにこれ」
荷物袋から取り出されたのは、へんてこりんなマスクと
…ビブルカード?
「それはベポのだ。俺もこっちが片付けば合流する。おまえも持ってろ」
「そっか、ありがと。ローは?ローは作らなかったの?」
ポーカーフェイスのその顔が少しだけ、ぴくりと引きつった気がした。
「万が一ドフラミンゴに拾われでもしたら致命的だろ」
「なんかベポの身代わり感が半端ないな」
こんな状況なのにね、言ってろってそっぽを向くローに笑いがこぼれるの。
全然可笑しくなんてないよ。
笑いたい気分じゃない。
ただよく分からないこの気分で、ローらしいなって仕草を見てたら
なんでかわかんないけど笑っちゃってた。
「それでこれは?」
「ガスマスク」
へぇ。
でしょうね、この形状。
当然のようにこれの名称を教えてくれたローに
んな事くらい分かると心の中の自分が盛大な突っ込みを入れた。
「いやそれは何となく見たら分かるんだけど、なんでこれくれるの?」
「俺が降りたら、真っ直ぐ島から遠ざかれ。万が一、流されて島を周回しそうになった時は付けとけ」
ちょっと待て。
「それは…有毒物質でも沸いて出る島だったり…するの?ここ」
「まぁな。この船なら大丈夫だとは思うが、一応だ」
落雷灼熱極寒に、ドフラミンゴ。
それに加えて毒ガス島。
どうなってんだこの島は本当に。
「じゃあそろそろ行く。…面倒かけたな」
「あ…ま、待ってロー!!」
思わずコートを掴んでた。
待って。
もうちょっとだけ待って。
まだ心の準備が出来ない。
縁起でもないって分かってる。
でも、もしかしたらこれが最後になるかもしれない。
そう思ってしまう気持ちが
コートを掴む手を決して離してはいけないって
全身全霊をかけた力を右腕に込めさせた。