16-13



部屋に戻ると言った筈だ。
外は吹雪いてる。
コートにマフラー、手袋で寒さへの武装は完璧だろうと
寒ぃことにはかわりねぇだろうが。


一階に降りて来ても見当たらないその姿に、何やってんだとため息が出た。


ウイが外で待ってる。
早くそこに行ってやらねぇと。

あのか細い体は、あっという間に冷えきる。











「外で待ってたのか。寒ぃだろうが」


大粒の雪が舞っているせいでそう遠くない場所でさえ視界は悪い。


一面の銀世界。
真っ白な背景を背負うこいつはどこか、儚く見えた。


「一応、渡しておく」
「なにこれ」


袋から取り出したガスマスクとベポのビブルカード、それを渡した。


「それはベポのだ。俺もこっちが片付けば合流する。おまえも持ってろ」
「そっか、ありがと。ローは?ローは作らなかったの?」








今はまだ、作る訳にはいかねぇ。

ここから状況がどう動くかが未知数すぎる。
万が一の事態に陥って、俺を追ってウイやアイツらが乗り込んで来でもしたらどうする。


俺が敵わなければアイツらも敵わない。
ただ捕まっている状態でこいつの命をチラつかされでもしたら、俺はウイを切り捨てることは出来ない。

でもそれは、こいつが知らなくて良い事だ。


「万が一ドフラミンゴに拾われでもしたら致命的だろ」
「なんかベポの身代わり感が半端ないな」
「…言ってろ」


…言われてみればそれもそうだな。
まぁ良いだろ。アイツもはしゃいでたし。


誰もいないリビングで、着いてくるビブルカードを興奮した面持ちで従え歩き回ってるのを見かけたあの時は
中々の衝撃だった。

本人が良いんだ。問題ねぇ。










もうひとつ渡したもの。
この島は悪趣味な化学者、シーザー・クラウンの実験場。

大量殺戮化学兵器の開発に携わっていたとも聞いてる。


この辺りの空気はスキャン済みだが他の場所はわからねぇ。
一人で戻らせるのに毒ガスなんかに当てられたら、まず間違いなく命はない。


まぁこの船なら、こいつを真っ直ぐこの島から遠ざけるだろうが
念のためだ。







一通りのこの島とガスマスクの使い方を教えて、肺の中の空気を吐き出す。







そろそろ、行かねぇと。





気温が低いせいか、雪の粒子が細けぇんだろう。
踏みしめる雪がきゅっと音を立てる。


肩に担いだ鬼哭と、まだ手に残るウイの柔らかい髪の感触。


振り返らねぇ。
進むと決めたから。


でもアイツはまだ俺の背中をフリーウィングの上から見てる気がした。


いつかの夜、酔ったアイツの腹の内側を探ったものの
不要だったかもしれねぇな。


顔を真っ赤にして目を見開くあの顔を、久しぶりに見た気がする。


母親の形見を質に入れてでも、俺が帰る確約を欲しがってる事が
大丈夫だと言葉を欲しがるウイが、愛しく思えた。


でもそんなものより
例え気が気じゃなかろうと

俺の心配で頭の中を埋め尽くしてる状態が続く方が、満ち足りた気分になる気がした。
安心させてやりたくなかった。








…俺も中々趣味が悪ぃ。

気を引き締めろ、こっから先は戦場だ。













結構な距離を歩いた。
シャンブルズで進めば手っ取り早いものの、何が起こるか未確定。

温存しとくに越したことはねぇ。


立ち塞がる山に埋没するように建てられた人工的な建物。
雪に覆われて所々しか見えねぇものの、何かの機械が中で作動してる気配を感じる。


これだけ接近すれば、中の構造全てをスキャンで把握出来る。
SADの製造ラインをぶっ壊すだけなら敢えてツラ晒す必要もねぇよな。


ただ。
壊した所でまた作りゃ良い話。
んな事した所で起こる動揺はたかが知れてる。


シーザーをドフラミンゴから引き剥がさねぇと。


物理的に拐って行くか。
あっちに着くより更にデカいメリットを渡せりゃ自ずと裏切るか?
…この線は薄いな。財力も権力も桁違いだ。


“SMILE”以外にも何か有用な情報を得られれば尚良いんだが。













「決まりだな」


盗み見るより誘導して出方を見る。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。


守らなきゃならねぇ駒のいない、多勢と無勢の頭脳戦。
相手が手強いことは良く知ってる。
でも


デカい敵に挑む事に、高揚してんのも少なからず事実だ。






「マスター!!マスター“七武海”の海賊!ローが上陸してきました!!」
「ロー?あぁ、新入りの七武海…」


慌てふためく部下の報せに、マスターと呼ばれた男
シーザー・クラウンは眉を潜めた。


「何の用だ?」
「分かりません!マスターに面会を求めています!!」


少し前に新聞を騒がせた話題のルーキー、トラファルガー・ロー。
その男から指名での面会希望。


追い返して帰るものだろうか
いや、それはなさそうだ。

ここは帰れと言われて素直に諦めるようなヤツが来る場所ではない。


シーザーは思考を巡らせた。




「通してやれ」
「良いんですか!?マスター!!」


驚愕の表情を浮かべる部下に頷くシーザーの口元は、笑っていた。
施設の入口へと戻っていく男を尻目に、研究室内でどこか含みのある声が響く。


「何の用だと思う?」
「さぁ…どうかしら。何か思い当たる節でもあるの?」


瓶底眼鏡に白い翼。
腕や脚、体の一部が鳥を模したこの女。
名をモネ。シーザー・クラウンの秘書だ。


「シュロロロロロ…!!ンなモンあるか…!」


奇妙な笑い声を上げる男の元に、ローが到着するまであと数分。















「──パンクハザードに滞在を?」
「この研究所内には現在にも続く世界政府の研究のあらゆる証跡が残ってるハズだ」


シーザーの研究室の応接ブース。
部屋の主と向かい合って座る招かれざる客の態度は、それはそれは横柄だった。


「この研究所内と島内を自由に歩き回れりゃそれでいい。こっちもおまえの役に立つ何かをする。互いにつまらねぇ詮索はしない」


腕と長い脚を組み、不躾に要望を述べる若き七武海のこの男に
友好的な気配は微塵も感じられない。


シーザーは考えた。


医者らしいこの男が政府の研究内容に興味を持つのは何も可笑しな事ではない。
そして余計な詮索をされずにこの男を上手く使える。

…これは悪い取引ではないのではないか、と。









「──勿論俺がここにいる事も他言するな。“JOKER ”にも、だ」


忘れてはならないのは、この来訪者は交渉者。
自分の要望を叶えて貰えないか、謂わば“お願い”をしに来ている立場の筈。


しかし読めぬ表情で淡々と並べられる彼の言葉には、有無を言わせぬ何かがあった。







「!!?」


薄気味悪ぃツラだ。
青白い顔色に、隈取と称するに相応しい程強調されたつり上がった目。


常に趣味の悪い笑みを浮かべていた口元が
“JOKER”という言葉一つでひくりと引き吊る。


ただその反応を眺めていた。


顔色、言葉の間、能力の影響か気体化した体の揺らめき、目線、声色、何を話すのかまで。


介入して引っ掻き回した方が、ただ見てるより得られる情報は多い。







「…訳知りじゃねェか…なぜそこまで知っている」


思いの外、立て直すまでが早かった。
…それはこれが特に知られていても構わない事だからなのか、こいつの肝が据わってるのかは知らねぇが。


「何も知らねぇド素人が飛び込んで来るのとどっちがいい」
「シュロロロロロ…!!成程、同じ穴のムジナってヤツか…」


ツラも気味悪ぃがなんだこの笑い声は。
ふざけてンのか。

ウイとペンギンがこれ聞いたら10分以上は腹抱えて笑ってるぞ。


「信用はできねェが害はねェかもな。なぁモネ」


何気取りかと突っ込みたい。
両の腕を広げてそんな感想を述べるこいつは身振り手振りがいちいち大袈裟だ。
そんなシーザーが声をかけた先。


…そういえば奥に何か居たな。


「“北の海”出身、“死の外科医”、能力は“オペオペの実”…医者なのね。」


銀が混ざった淡いグリーン。
緩くウェーブのかかった長い髪。

珍しい色のそれを持つ女が、目線をこっちにくれる事もなく何かを羊皮紙に書きなぐっていた。


“モネ”。
聞き覚えもなけりゃ見覚えもない。


シーザーの部屋らしきここにデスクがあって
聞き入れるつもりがあんのかは知らねぇが意見を求める相手。


十中八九、ドフラミンゴがシーザーの見張りに付けてるのはこいつだ。


「この島には毒ガスに体をやられた元囚人達がたくさんいるけど、治せる?」


元囚人…
アイツらのことか?

俺をここまで連れてきた、ふざけた浮き輪みてぇなので浮いてた男達。







あれの原因が毒ガスとは想像以上の効力だ。
外傷ならともかく、吸い込んだ成分で体半分がやられちまう程の代物。







治す…
どうやって。


ねぇもんは作れねぇぞ、流石に。




「囚人ってのは、ここに俺を連れてきたヤツらのことか?…俺は医者、神じゃねぇんだ。なくしちまったモンは作れねぇ」
「あら、そう。それは残念ね。あの人達がまた自分の足で歩く事が出来れば喜ぶと思ったのに」


出来ねぇもんは仕方ねぇ。









いや、待て。
自分の足…


「この島に足のある動物かなんかはいんのか。歩く機能さえあれば構わねぇ」
「居るわよ?馬にドラゴン、虎に牛…他にも必要なら取り寄せるけど」


…途中おかしな生き物が混ざっていた気もするが、まぁ良い。


「自分の意思で動く足、それならなんとか出来る」
「あら本当?凄いわね、流石だわ」


分厚い眼鏡をずらして覗いた目。
それは髪の色と同じ淡いグリーンのそれだった。


もう十年以上前のことだ。
俺がファミリーに居た時から居たメンツを考えても、この年頃の女で当てはまりそうなのはベビー5ただ一人。


こいつは違う。
顔つきも特徴も違い過ぎる。

別人。
俺が抜けた後に入った幹部だ。


「交渉成立、だな」
「ちょっと待て」


モネの観察に気を取られ過ぎて、この部屋の主の存在を危うく忘れるとこだった。


「おまえがここに滞在する。その代わりに部下共に足をくれる。そりゃあありがてェよ…!!だが…」


うまくねぇ流れだ


「おまえは俺より強い!!!この島のボスは俺だぞ!!!ここに滞在したけりゃあおまえの立場を弱くするべきだ!!」









なるほどな。
そう来たか。


人それぞれなんだろうが、こいつと俺は根本的に違ぇ種類の人間だと思う。


プライドは時に何かの邪魔をする。
ンな事はわかってる。
だとしても


自分が弱ぇと胸を張って言い切るのも、ハンデを寄越せと主張すんのも
俺には一生出来ねぇ事だと思った。


「別に危害は与えねぇ。どうすりゃ気が済む…」
「こうしよう!トラファルガー・ロー…!!」


待ってましたと言わんばかりの間髪のなさ。
周りくどい前置きを並べておいて、要求はハナから決まっていたと

百々のつまりはそういう訳か。




destruct at reality.