16-15
…なるほど。
侵入者は中々の手練れらしい。
シーザーから聞いた地点に到着すると、そこにはシーザーの部下共の変わり果てた姿の山。
折角動物達の手足に神経を繋ぎ合わせてやったってのに。
残った部分でそれぞれを結合し直してやったものの、生まれつきの体とは勝手も違っただろう。
これじゃ動物達がただ気の毒だ。
転がっている死体は的確に急所をひと太刀で仕留めてられている。
こいつらも雑魚だろうがこの人数相手にこれが出来るということは腕が立つ証。
見当たらねぇ侵入者。
だが連なる死体と雪原を汚す血痕が、どこかの童話のパンくずよろしく侵入者の居所を示していた。
「ルーム…」
少しずつその範囲を広げてこの騒ぎの渦中にある人物を探す。
自然とは違う動作が喧しい場所。
死体の道標の先に、それはあった。
何十人も束になっては掛かっていくシーザーの部下達を、華麗な身のこなしで次々に切り捨てる男…
あれは…侍か?
あの独特な服装に髪型…間違いねぇ。
侵入者の侍が最後の一人の首の動脈を掻き斬ったそのタイミングで
「シャンブルズ」
現場に急行した。
「!!?お主どこから…!?」
「随分暴れてくれたみてぇだな。…目的はなんだ」
ジャキィィンッ!!
硬い刃先同士の衝突に、小さな火花が飛び散った。
…良い太刀筋だ。
覇気もそこそこ。
重さもある。
話等聞く気がないのか、突如その場に現れた俺に問答無用で斬りかかってくるこの“侵入者”。
「…っ!目的は何だと聞いている!ここへ何しに来た…!!」
「答える…義理などないでござるっ!!」
斬りかかった返しの刀でさらに仕掛けてくるタイプ。
反撃の間を与えねぇのは確かに良い戦略だ。
だが…こうも何発も受けてりゃ癖ってもんが見えて来る。
弱くもねぇがそこまででもねぇ。
「何の目的もなく…!!“ここ”に来る訳ねぇだろうが!!」
キィィィンッ!!
刀を返すその瞬間を狙って
柄から最も遠い刃先を真下から弾いた。
打ち付けた箇所と真逆の端を握るその手には、力学上とんでもねぇ衝撃が走ったことだろう。
斬りかかるタイミングに最も力を加えて一太刀を重くするタイプ。
ならば刃を返すその瞬間、柄を握る手にそれほど力は込めていない。
回転しながら宙を舞う刀が、数メートル先の地面に突き刺さった。
引き離された刀との距離を確認して、それを手中に取り戻す事が不可能と悟ったんだろう。
体術もイケるクチかは知らねぇが
唇を噛み締めるこのツラでは勝ち目が薄い事を理解している筈だ。
素手と刀。
この侍にもう勝機はねぇ。
それなのに…
「会話ってもんが出来ねぇのかテメェは。…もう一度聞く。何しにここへ来た」
「……っ!!」
睨み合いが続く中、これはこうして居ても無駄だと早々に悟った。
この侵入者が口を割る事はない。
例え及ばなかろうと、信念の為にどこまでも立ち向かって来る。
今俺を睨み付けて離さねぇこの目は、死んでも口を割らねぇそれだ。
腕も立ちそうで、その心意気も嫌いではない。
始末して来いとのご要望だが
…ここで死なせるには惜しいな。
かと言って、話を聞く気のねぇ相手にこれ以上の問答は不要。
…仕方ねぇ。
「…アンピュテート」
「ぬぉおおおおおっ!!」
白銀世界に点在する死体と血痕。
そんな物騒な寒空の元で、侍の断末魔が響き渡った。
「殺るなら殺るでござる!!なんたる屈辱…!!切られて尚命があるとは…」
「話せと言えば黙る癖に…余計な事は底を尽きねぇな」
“侵入者”を始末して来いと言われた。
俺は医者だ。
基本的に殺生は好まねぇ。
死にてぇヤツはてめぇで死ねば良い。
「お主何奴…!!この所業はお主がやったのであろう!?拙者の体はどこだ!!?殺さぬのならば返せ!!!」
「断る」
本当に暇さえあれば喚いてる喧しい男だ。
侍の故郷、ワノ国。
何かで男は寡黙であることが美徳と読んだがあれはハッタリか。
煩ぇ生首を片手にシーザーの元を目指した。
生きている事が“害”でしかねぇヤツならそれは例外だ。
殺しだってなんだってやってやる。
ただ、あの状況で自分の命よりも己の信念を優先したこの侵入者の目。
嫌いでもなければ、こいつはそこに当てはまる気がしなかった。
「約束通り“どうにか”してきた。データベースのアクセス権を──」
「おいロー!俺は始末して来いと言った筈だ!!…今はそれどころじゃない!おまえそいつを───」
ファンファンファン、ファンファン
シーザーの声を遮ったのは、警告音。
「っあぁ!?何なんだ今日は…っ!!おいロー!!取り敢えずその侵入者を牢へぶちこんでおけ!」
慌てふためく“ボス”からの規約に含まれねぇ命令。
従う義理はねぇ。ただ…
「モネはどこに行った!!おいモネ!!どこだ!!?」
これは恐らく非常事態。
絶好のチャンス。
「おい!!その侵入者!!仲間がいるかもしれねぇ!!原型が分からない程に切り刻んでおけ!!」
「それは構わない。それよりアクセス権──」
「おいモネは何をしている!!?何なんだ本当に!!アクセス権限は後でだ!!おまえは書庫で大人しく本でも読んでろ!!」
取り敢えずご要望通り、この口煩い生首を更に刻んで牢にぶちこんでおこう。
なんだ。
この島で今、何が起きてる。
書庫に戻ってもどこか落ち着かない。
扉の外がどうも騒がしい。
ラボの中やいくつか検討を付けた箇所、そこにルームを張ってはみたものの流石に広すぎる。
この混乱の原因は掴めなかった。
さて、どうするか。
この混乱に乗じて心臓を取り戻せれば事態は大きく傾く。
シーザーが気色悪くすら思うほどに肌身離さず持ち歩いている俺の心臓。
他に目が行けば
俺への警戒が疎かになれば、隙は必ず生まれる。
理想を言えば内因的なところで何か弱味を握りたかった。
そっちの方がその先に動ける幅が広がる。
だがこのチャンス、逃すには惜しい。
強制的に連行したところでそれは当初の予定通り。
更に上を望めばそれすら逃す。
今度は俺が心臓を握れば良い。
あの男にとって、命は十分な交渉要素だ。
ぞくり
全身の毛穴が逆立つ心地。
血が騒ぐってのはきっと、こんな状況を言うんだろう。
悪ぃが緊急事態への対処や頭の回し方なら慣れてる。
シーザーの数倍厄介なヤツ相手に、何度も番狂わせな対応を短時間で迫られて来た。
『これならどうよ!』
ドヤ顔でえげつない手をホイホイ差し込んでくれたアイツに感謝だ。
…固定概念を捨てろ。
思い込みを捨てろ。
目の前で起こる事こそありのままの現実。
それを受け入れろ。
拘るな。
そして最善の策を考えろ。
帽子の鍔を下げてその暗がりに浮かぶのは、心配そうにこっちを見上げたウイの顔。
あれからもうひと月。
アイツは未だに、俺の事を気にかけてくれてるんだろうか。
きっと気にしながらも笑ってる。
あの俺が一番嫌いな顔で。
…こういうのなら、悪くはねぇもんだな。
決意と共に吐き出した息。
口角が上がったのは、この思わしい状況のせいか
他のモンが原因か…。
「ロォォオー!!おまえは何をこんな状況で呑気に本なんて読んでるんだっ!!客を追い払え!!玄関だ!!海軍だっ!!」
読書してろと抜かしたのはおまえだろう。
書庫の扉が荒々しく開かれるのはもう、今日二度目。
デジャブかと思うほど、乗り込んで来たシーザーの顔は切迫していた。
「騒々しいな。なんだ…何が起きてる」
「おまえはただ!!玄関に居る海軍を追い払えば良い!!さっさと行けェっ!!」
研究を気取らせるなだとか
俺がここに居る事を知られるなだとか
そもそも無人を装えだとか。
面倒臭ぇ注文を付けるだけ付けたシーザーはその体を気化させて奥へと消えた。
動揺具合が愉快過ぎてあの物言いに腹すら立たない。
カモフラージュにただ開いていた文献を閉じて、鬼哭を手に立ち上がった。
今度の客は海軍か…
パンクハザードは政府や海軍であろうと立ち入りを禁じている島。
んなとこにのこのこやって来るようなヤツ…どこのどいつだ。
俺がここに居る事を知られるのも面倒だが
それは向こうも同じ。
それに今の俺は七武海。
海軍は俺のする事に基本口出し出来ねぇ。
どこまでワケを知った連中かにもよるな。
取り敢えずこれで自由に動ける。
コツコツコツ
他の騒ぎは奥で起こってんのか、入口へ向かう廊下は靴の音が響く程の静寂。
コツコツコツ
ブー!!
ブーー!!
「……!!」
「……野郎…ォーい!!」
ブー!!
なんだ騒がしい。
海軍…なんだよな。
しつこい程のブザーの音と、騒がしい客の声。
大人しく帰りそうもないその様子にため息を吐いて施錠スイッチを解除した。
錠の外れた扉を押し開けてそこに寄りかかるように外を覗けば
見知った顔に従えられた、服装以外は本当に海軍かと疑わしい面々が揃ってこっちを凝視していた。
「俺の別荘に何の用だ。白猟屋…」
「「「「「「ぎゃああああ!!!!」」」」」」
化け物でも見ちまったかのようなツラ。
本当に喧しい。
ただ…そうか。
こいつか…。
海軍中将、スモーカー。