16-18
「太刀筋に入るなおまえら!!!」
この状況で部下の心配とはたまげた親心だ。
怒声のように鼓膜をビリビリと震わせる低い声、間近でこれは遠慮して貰いてぇ。
ヒュッと空気を斬る鬼哭の立てる音。
元よりこれに手応えはねぇが、俺は太刀筋の先にあるモンよりも
鬼哭でこの煙を斬った筈だった。
「「「「ぎゃぁあああ〜!!!」」」」
「斬られたァ〜〜!!!……!!アレ!!?生きてる!!」
ついでにバラした方の雑魚が叫びを上げる。
本元のコイツは、煙になって刀を避けたか…。
これだからロギアは面倒だ。
「おまえら邪魔だ!!“サークル”から出てろ!!!ローの作った円内にいる間は手術台にのせられた患者だと思え!!」
即座に体勢を整え隙のねぇ構えを取る白猟屋は、随分と俺の能力に詳しいらしい。
「ここは“手術室”、奴はこの空間を完全に支配執刀する…!!“死の外科医”だ!!!」
…わかっててどうにか出来るもんでもねぇけどな。
ルームなんて広げりゃ良いだけのこと。
鍛練は着実に身になって返って来る。
この程度の大きさと維持時間、何の問題にもなりはしねぇ。
それにこの雑魚共、太刀筋の先でしか斬れねぇ程の強さじゃねぇ。
やろうと思えば生身の刀で余裕で沈められる。
「トラファルガー!あなたがその気なら!!」
「やめろたしぎ!!おまえの覇気じゃ受けきれねェ!!!」
刀片手に飛びかかって来た女。
さっきから見てる分には、少しはまともかと思ったんだが…所詮この程度か。
さっき
この女の“自分が正しい”と言いたげな物言いに腹が立った。
正義感の塊。
海軍は、自分の言う事は、
間違っていないとでも言いたげなツラ。
大佐っつったか?
ある程度地位もあってこんなとこにのこのこ出てくる位だ。
自分の腕に見当違いな自信でも持ってんだろうな。
悪くはねぇが、俺の敵じゃねぇ。
「「「「大佐ちゃーん!!!!」」」」
その自信をへし折ってやりたいが為に、敢えて鬼哭本体でその体を真っ二つに叩き斬った。
…人望は、あるらしい。
自分達も同じく刻まれた癖に、連中がその光景に悲痛の叫びを上げた。
「大佐ちゃんが真っ二つにィ〜〜!!!」
「この野郎テメェ!!俺らのたしぎちゃんに何て事しやがる!!!」
どよめく外野からの、無惨に散ったこの女への心配の声。
雪に突っ込んだ上半身はあれしきの運動量で息を切らしながら、怒気の含んだ声を上げた。
「なんて屈辱!!斬られて息をしているなんて…!!斬るならば殺せ!!!トラファルガー!!!」
腕でその半分になった体を起こし、睨み付けてくるこの女が
俺はやはり好かない。
「心ばかりはいっぱしの剣豪か?──よく覚えとけ女海兵…」
何が屈辱だ。
何が殺せだ。
その屈辱に至ったのはてめぇの力の無さ。
それを計れない愚かさ。
自業自得じゃねぇか。
当たり前の事が当たり前のように起きて
それを受け入れられねぇと。
そんな身の程知らずが、俺に命令なんてしてンじゃねぇ。
「弱ぇ奴は死に方も選べねぇ」
虫けらでも見下ろしてる気分だった。
何も出来ねぇ死に損ないが、偉そうに吠えやがって。
ギリギリと奥歯を噛み締めるその表情は、現実を受け入れられないガキのそれ。
…惨めなもんだな。
「おのれ!!!」
片腕を軸に、体と一緒にぶった斬ってやった折れた刀で斬りかかってくる上半身のみの女。
「そんな刀じゃ届かねぇ。……気に入ったんならもっと刻んでやるよ」
相手にもならねぇが目障りだ。
右腕と左腕、それと首でもバラしてやろうか…
「「「「テメェ俺達の大佐ちゃんを侮辱してんじゃねェよ!!!」」」」
…どいつもこいつも本当に学ばねぇな。
直情型の馬鹿共が握る銃からは、けたたましい銃声と共に無数の弾丸が放たれた。
「“シャンブルズ”」
相手になんねぇ雑魚にこれ以上足止めされんのは御免だ。
「わっ」
「なんだ!!?銃弾!?」
テメェで撃った弾にヤラれるというこの無様な光景。
何度見ても滑稽だ。
「なんで銃弾がこっちへ!!?撃った弾はどこいった!?」
「撃った弾はそれだ。そっちの雪と“入れ替えた”からな」
そろそろ茶番は終わりだ。
カタを付けよう。
俺はこの馬鹿共といつまでも遊んでやる程暇じゃねぇ。
ひと月待ってやっと訪れた好機。
まさかそれが麦わら屋とは…思ってもみなかったがな。
「無敵かよあんにゃろォ〜〜!!」
「伏せろ!!また全部ブッた斬る気だァ!!!」
「あいつの斬撃は受け止めようがねェ!!大佐ちゃん逃げろォ──!!」
雑魚共を一掃する為に、鬼哭を構えた。
一番近くでそれを受けるだろう女海兵。
逃げろと言われてもこいつに逃げる足はねぇ。
顔を背けるか、目を瞑るか。
死にはしねぇとわかってはいても怖ぇだろうな。
斬られンのをただ動けもせずに待つしかねぇ。
…それが“弱者”だ。
自分の望む物を手に入れる為には強さが要る。
手に入れる資格のねぇもんに手を伸ばす身の程知らずが…俺は嫌いだ。
情けなく折れた刀。
顔も背けず目も瞑らずにそれを俺が構えた軌道に突き立てたのは
いっちょ前に背後に控える部下共でも守ろうとしてんだろうか。
無駄。
その一言に尽きる。
部下を守りてぇなら、テメェはその為に最善を尽くしたか?
人の上に立つってのは、一時の己の感情で形振り構わず動いて良いもんと違ぇだろうが。
俺は違う。
どんなに欲しかろうが、自分にその資格がない今のこの状況の中
ずっと堪えて来た。
手に入れる為に、守り抜く為に
手を伸ばす資格を得る為に常に考えて来た。
その為の努力も惜しまなかった。
欲しいと手を伸ばせばそれだけで手に入る程
世の中甘くねぇんだよ。
当たり前だろうが。
もうガキじゃねぇだろ。
戦場に出てきたんだろ。
弁えろ、自分の身の程を。
望み通り潔く散ることも
部下を守ることも
おまえには出来ねぇ…!!
“アンピュテート”
無性に腹が立った。
この女の全てが気にくわねぇ。
負けが確実なこの状況で、未だにギラついた目で睨み付けてくるのも。
何もかも。
ギィィィンッ!!
「「「「「「うおォ───!!!スモやァ───ん!!!!」」」」」」
怒りで気が散漫にでもなっていただろうか。
鬼哭を受け止めたのは、十手。
斬れねぇってことは、この十手に込められた覇気に
俺の覇気が及ばなかったということ。
「…そこまでだ」
「邪魔すんじゃねぇよ…白猟屋」
ギシギシと音を立てる刃と鋼鉄。
そこには押し合う力に負けぬ程の、視線のぶつかり合いがあった。
背後に感じた気配。
…押し合う力に気を取られたか。
身を翻そうにもそれより早く
喉元に感じる強烈な圧迫感。
呼吸のままならねぇ状況に眉根が寄る。
白煙の中から現れた腕は、そのまま俺を雪原に抑えつけた。
間髪入れずに迫ってくる十手に感じる、あの嫌な気配。
“シャンブルズ”
ボキィッ!!!
…危ねぇ。
白猟屋に組み敷かれたその先で、粉々に砕け散った自身と入れ替えた軍艦の木材。
…食らってたらあばら数本じゃ済まねぇな、ありゃ。
いやそれよりも…
「いやなエネルギーを感じる…海籠石だな。──その十手の先…!!」
あれに触れたら終わりだ。
力の入らねぇ体と能力なしじゃ、この男は倒せねぇ。
ギィィィンッ!!
この体格差じゃ、力勝負も分が悪ぃ。
「「「「「おわァ〜〜!!」」」」」
弾き飛ばそうと凪ぎ払った十手は、金属音を響かせただけで白猟屋の手元から離れる事はなかった。
「危ねェ〜〜!!払った剣で“オブジェ”が斬れたァ!!!」
「軍艦が落ちて来るぞォ!!!」
何かの陽動に使えればと、半分残しておいたそれ。
氷河の上に乗せておいた軍艦だった塊の片割れを、ついでに切り刻んだ。
使い所なら、ここだろう。
切り込みが入った事で、重力の影響を受け出した木片が崩れだす。
「遠慮なく逃げよう!!!」
「俺達は邪魔だァ!!!」
「レベル違いだ!!円の外へ!!!」
ルームの中から出ようと逃げて行く連中を尻目に
倒すべきこの相手を見据えた。
無数の拳を煙に乗せて繰り出してくるこの相手。
想像以上にやりにくい。
だが数で仕掛けて来るのなら、こっちは物で防ぐまでだ。
“タクト”
さっきまで軍艦だった破片、それは船の主の拳で更に細かく粉砕されていく。
…人の事言えた義理じゃねぇが、これは反則だ。
人なら手は二本までだろう。
10、いや20…
煙に突き動かされる拳は、1つ1つが的確にこっちを目掛け飛んでくる。
ただ拳を相殺するだけじゃラチがあかねぇ。
だが船の破片を本体目掛けて飛ばしても、煙と化す面倒なこの相手には無意味。
…その肩書きは伊達じゃねぇと、そういうことか。
「俺は元々おまえら“七武海”を信用しちゃいねェ!!」
「正論かもな」
舞い踊る瓦礫の中
その実体を伴わねぇ体にでけぇ氷柱をお見舞いしてやった。
効きはしねぇものの、煙と化し新たな実体が現れるまでのほんの数秒
攻撃の手は止む。
…なるほどな。
「ここがおまえに必要か?裏に誰かいるな…!?」
ほぉ。
勘づいたのか元から訳知りかは知らねぇが
やはりコイツはただの筋肉馬鹿ではねぇようだ。
「この島で何を企んでる!!!」
飛んできた煙の先には靴の底。
そこに込められたさっきまでの拳の乱打とは比べ物にならねぇ程の力に、本能が何かを報せた。
背後に感じた気配を察知したのは、“さっき”よりも大分早い。
そう何度も…同じ手は食うかっ!!
真後ろの気配から繰り出された鋭い十手の突き。
それの軌道を読み切って受け流す。
ギィンッ!ガガン!!!
「──じゃあおまえから答えろ!!!“おまえら”は何を企んでる……!!!」
速い、そして鋭い。
ガギギギ!!!
鬼哭に伝わってくる力が重い。
受ければキツいが
…それがおまえの弱点だ。
渾身の一撃を突き出そうとしているその空間に、さっきは煙化されて不発に終わった氷柱を持ってきた。
ボコォン!!
直径1メートルは下らない巨大な氷柱は、そのひと突きで見事に真っ二つに折れる。
これで防げるとは思ってねぇよ。
少しの隙、そして目眩ましになればそれで十分。
しゃがみこんだ俺と白猟屋の間には、巨大な氷塊。
重量ある獲物に込めた一突き。
それを放った後の懐はがら空きだ。
「場所を変えなきゃ…見えねぇ景色もあるんだスモーカー…──“メス”」
氷を貫き伸ばした腕は目当ての臓器
血液を行き渡らせる命の要でもあるそれを
体から抜き取った。
キューブに収まった心臓を手中に納めれば、それはドクドクと強い生命力を主張してくる。
「何一つ…おまえに教える義理はねぇ…」
倒れこんだ巨体を尻目に、その場を後にした。
中々手こずったものの
俺はこの程度のヤツに負けてやる訳にはいかねぇんだ。
目指す先はもっと上。
…あの男はこの数倍手強い。