16-25
「そのストレスから今日解放されると思うと、嬉しいね。知られちゃマズい俺の正体を明かしたという事は、どういう事かわかるな?」
知られてはマズい話。
それを伝えて尚、事実は変らない。
ならば
「スモーカー中将、たしぎ大佐。キミらはここで死に…その口は封じられるという事だ…表に居る部下達もシーザーにくれてやる」
結論は一つ。
死人に口無し。
どんな秘密を知っていようと、死んでしまえばそれは知られていないのと同義。
「なぁに…“いつものように”ちゃんと“事故”と処理しておくさ」
己の信念に基づくものならせめて、多少納得が行かなくとも受け入れただろう。
だがしかしこれはイレギュラー中のイレギュラー。
野犬と称されようと、そんな野犬を慕っていようと
正義を志す気持ちありきの身上。
海軍は正義を背負う組織。
体裁上目を瞑らなければならぬこともあるだろう。
公の組織上、大を守る為に小を犠牲にすることもあるだろう。
だがしかし、目の前の上司がしようとしていること。
自分たちに下された処遇。
それは誰かを幸せにするだろうか。
誰かを救うだろうか。
答えは、否。
なぜなら彼はそもそも、上司どころか海兵ですらなかった。
自分たちが忌み嫌う討伐すべき“海賊”。
もう従う所以すらないこの男ではあるものの
立ち向かいたくとも彼らは今、囚われの身。
スモーカーもたしぎも、ただその反抗の意をヴェルゴを睨み付ける事でしか発散する術を持たない。
「おいトラ男!さっき言ってた“ジョーカー”って誰だ?」
「──俺も昔…そいつの部下だった。だからヴェルゴを知ってる。“ジョーカー”とは闇のブローカーとしての通り名だ」
同じ檻の中、片や衝撃的事実を突き付けられ絶望に沈む者が居る中で
麦わら帽子がトレードマークの男は能天気。
現状を打破する事よりも、会話の中の聞き慣れぬ言葉がただ気になった。
「だがその正体は世界に名の通った海賊“王下七武海”の一人…“ドンキホーテ・ドフラミンゴ”だ!!!」
ローの言葉に、世の中の動きに聡い者たちが息を飲む。
まさか偶然出会したトラブルの大元がこの男とは。
出来る事なら関わりたくない、出来なくても関わりあいたくはない男。
それが
“ドンキホーテ・ドフラミンゴ”。
「シュロロロロ…待たせたなヴェルゴ」
「問題ない。実験はいつ始まるんだ?シーザー」
この事件の黒幕の正体を知り、ルフィ以外は言葉を発することも出来ずにこの深刻な状況を思案していた。
そんな中、研究室に戻ってきたシーザー。
事は動く。
例えどんなに受け入れがたき者がいようと、それは冷酷な程に。
「直だ…モネ!映像を出せ──しかしてめェんとこの部下くらいしっかり止めといて欲しいもんだ、ヴェルゴ。スモーカーがここへ来た時ゃ冷や汗をかいた」
檻に収容された面々を目に止め、シーザーは事の成り行きを悟る。
この相手に遠慮は無用。
どうせ死に行く者達。
気を遣い隠しだてする必要はないだろう、と。
「ああ…“野犬”なんだ…手に負えない。──だがそれも今日までの話…!!」
「おまえもいいザマだ…ロー!!シュロロロロ…!!ヴェルゴには手も足も出なかったんじゃねェかァ!?おまえとの“契約”が役に立った様だ…」
秘書であるモネの心臓と引き換えに、シーザーが手に入れたローのそれ。
滞在と島内を自由に動く事と文献閲覧の権利。
それと引き換えに得た部下達の機動力。
交換条件では安心せぬのがこの男。
しかしその読みは今回は的中したようだ。
「やはり人は信用するものじゃない。自業自得というやつだ。身をもってわかったハズだが、おまえの心臓はヴェルゴが持ってる」
「うわァっ!!!」
突如叫び声を上げ苦しみ出すローに檻の中の面々は驚きに目を見開いた。
淡々と物を話す印象の男。
険しい顔か、不敵に笑う以外のローを、彼らは見たことがない。
「さすがのおまえでも気付き様がなかったろうが、モネが気を利かし“姿を変えて”おまえを尾行していた…話は筒抜けだ…!!!」
痛みと息苦しさにぜぇぜぇと荒い息を吐き
己の命の要を内心見下してしかいない人間に好きにされている事を憤る。
身動きの取れぬ身の上でいる自分の怒りを抑える事にローは全神経を集中させた。
話が筒抜け。
それは絶望的な状況の筈。
シーザーにも、ドンキホーテファミリーにも
謀反の意が伝わってしまっている事。
それは作戦の失敗を示す事象であるはずなのに…
絶望的状況下で、医者の七武海の目には臆した様子は微塵もない。
苛立ちにつり上がる目尻は、どこか獲物を狙う肉食獣のそれを思わせた。
「俺は残念だぞロー…せっかくいい友人になれたと思っていたのに…!!」
どの口がそれを言うとは正にこの事。
命に刃を突き立てることを友情と呼べるだろうか。
しかし言葉の綾をスルー出来ぬのもこの男。
「優秀な秘書に救われたな…もっとモネを警戒しておくべきだった。“マスター”があんまりマヌケなんでナメきってたよ」
あからさまな挑発。
がしかし、それをありのまま受けとるのがシーザー。
煽り耐性は強くはない。寧ろ劇的な弱さ。
“マヌケ”と称されたこの島のボスは感情の赴くままに手の中の心臓に握力を込めた。
「ふんァ!!!口を慎め小僧がァ!!!」
「うァアっ!!!……く………!!」
シーザーもシーザーだが
ローもロー
なぜこうなる事をわかってそう出るのか…
それも、的確に相手の逆鱗に触れる物言いで。
自業自得の成れの果て。
キューブの中の脈打つ臓器を金網に打ち付けるシーザーの激昂で受けたダメージは計り知れない。
呻き声と共に衝撃に身を捩るローを他所に
ルフィ程ではないにせよ、たしぎの体に収まっているスモーカーも常人とは少しばかり感覚がズレている。
「てめェの能力を利用されてちゃ世話ねェな──じゃあ“俺の”はどこにある」
ピクピクと痙攣しながら口から血を流すローに
憐れみや同情よりも自分の都合を優先するスモーカー。
そんなことよりまず取り敢えずは、大丈夫かの一言は出て来ないものか。
例え敵対勢力同士であろうとも、同じ身の上の謂わば同士を気遣う一言くらいあっても悪くないだろう。
返答も出来ず、受けたダメージで飛びそうな意識を必死で繋ぎ止めるローを見下ろしながら
代わりにその返事をしたのは
ローから受け取った土産の“スモーカーの心臓”を手に
次はお前だと愉悦に顔を歪ませたシーザー。
「シュロロロロ…こ〜こ〜だ〜よォ〜!!」
「“マスター”、映像の準備ができました」
モネは優秀だ。
先刻の指示を忠実かつ迅速にこなし、それの完了をただ告げる。
「そうか…よし!!映せ!!」
放し飼いならば、シーザーにとっては脅威でしかないスモーカー。
しかし今やその存在も籠の中の鳥。
シーザーの関心はいつでもなぶり殺せるそれよりも
己の知恵と技術力、それを誇示できるイベントへ容易に移った。
映像でんでん虫が映し出す光景は、新世界各地、闇のブローカー達、殺戮を求める者達の元へ配信されていた。
4年前、シーザーが大罪人となった事件。
それは彼のペット“スマイリー”が引き起こした大量虐殺。
それを改良したもので彼は再び、島内にいる生物を皆殺しにしようとしている。
目的は己の力の誇示。
自らが生み出す科学兵器の恐ろしさを、世界に知らしめること。
ペットと称されるものだ。
スマイリーは生命体。
4年前の悲劇以上の威力を得る為、シーザーはスマイリーに“餌”を用意した。
スマイリーがそれを体内に入れることで、新しい兵器は完成する。
改良前ですら、その身が発する毒ガスは大層なもの。
その体に触れでもしたらひとたまりもない。
餌を求めパンクハザードを蠢くスマイリーと、そこから逃げ惑う人々。
そんな悪趣味な実験映像が、シーザーの研究室にも映し出されていた。
それを固唾を飲み見つめるしかない檻の中の者達。
所属は違えど、新兵器の脅威から逃げ惑う者の中には彼らの仲間もいる。
だが彼らは囚われの身。
どうすることも出来ない。
雪原に不自然に置かれたキャンディ、その大きさもこんな場所にそれがあることも
ただ、異様だ。
そしてやがて
そこに向かって蠢くスマイリーが、遂には“餌”を口にした。
呻き声とも思わしき鳴き声をあげながら、スマイリーの巨大な体は崩れ出す。
苦しんでいるようにすら見えるその光景を、飼い主であるシーザーは悪趣味な笑みを浮かべただ見ていた。
ゴポゴポ、と
スマイリーの体内では、化学反応が進行する音。
それが止んだ時
スマイリーの体を何かが突き破るように暴れ蠢いた。
視認出来たのはそこまで。
なぜなら…
ボワン!と鈍い爆発音とともに
スマイリーの居た場所を中心に紫色の濃い煙が辺りを包み込んだから。
状況の変化に恐れおののき逃げ惑う人々。
人の足より早い煙はやがてそれを捉え、触れる者を一瞬で蝋人形の如く変えていく。
それはまるで地獄絵図。
なにびとも逃れられず生きられない。
スマイリーの改良後の名前
それは“シノクニ”。
なるほど。
どんな原理か知らねぇがこれはヤバい。
あれに触れたら固められて終了。
オペオペの実の能力も覇気も敵わねぇだろう。
触れたら、の話だが。
「何やってんだあいつらあんな所で…!!なんちゅう走り方してんだ!」
「あら、お侍さん完成してるわね」
映像でんでん虫が映しているのは、麦わらのとこのクルーが毒ガス煙から必死で逃げている場面。
ロボ屋もニコ屋も着眼点が相変わらずおかしい。
死にたくねぇから必死で逃げてんだよ。
侍が元の体に戻ってようと戻ってまいと、まず第一声は仲間の身を按じる言葉だろ、普通。
「おいロビンそれどころじゃねェだろ!!」
珍しくまともな事を言う麦わらに少し感心した。
アレだな。
出来ねぇヤツは当たり前の事をしても褒められる。
「おーい!!!おまえらその煙危ねェぞ!!!逃げホ……ハァ…ダメら大声出そうとすると…くっそー海籠石ィ〜…!!!」
前言撤回。
やっぱアホだコイツ。
仲間の心配するとこまでは合っていた。
だがここで叫んで届く訳もなけりゃ、既にあの煙の危険性を認識しているからこそ必死でそれから逃げてる。
…惜しかったな。
いい線いってたんだが。
それはさておき。さて、どうする。
この檻は確か可動式。
生かしておくつもりはねぇ口振りから察するに、恐らくシーザーは俺らを檻ごと外に放り出すつもりだ。
ならば早い方がそれは良い。
研究所から離れた位置で煙を上げたアレがこっちへ届く前、既に充満してる煙の中に放りこまれれば抜け出るまでの時間があまりにも短い。
シーザーの趣味は劣悪。
きっと恐らく、迫り来る紫煙に怯える俺らのツラを拝みてぇ筈。
となれば問題なのは…
さっきからアレで隠れてるつもりなのかを本気で問いたいトニー屋。
研究機材の影に身を隠し…
いや、それが隠れられていない。
逆だ。
体の向きが逆なんだおまえは。
顔の半分を隠し、他の部分がこっちから丸見えだ。
アホなのか。
突っ込み待ちなのか。
この状況でボケに行く程肝が据わってんなら心配ねぇが、どう考えてもトニー屋は前者。
コートのポケットからペンと紙切れを取り出し、後ろ手でトニー屋への指示を書き殴った。
あの暴走をもう一度やらかされるより、こっちの方が動きやすい。