16-27
単独で突っ込むのなら、シャンブルズで移動する先はSADの製造所。
目的地以外の場所に潜入したところで、時間の無駄だ。
だが…
毒ガスから逃げ惑う同志の仲間を救うことは
士気の向上にも、戦力の増強にも与えるメリットはデカい。
そして各々の行動を統制し把握しておいた方が今後の策を練りやすい。
正面玄関開閉用のレバー付近に移動してすぐに、それを降ろし扉を開いた。
スズゥ…ン!!
「うおー!!シャッターが開いたぞー」
「何でか知らねェがやったー!!」
「ありがてェ!!ガスで死なずに済む!!!」
「中へ突入だー!!!」
研究所内に雪崩れ込んで来る外の味方と
「緊急事態だ!!シャッターが上がったぞ!G-5が入ってくる!!!」
「誰がレバーを触った!!?」
「侵入者だ!!あそこ!!!」
敵と毒ガスの侵入、安全と思っていた中に異端の者を見たシーザーの部下達のどよめき。
「え〜〜〜!!?」
「ロー!!麦わら!!スモーカー!!あいつら“マスター”に捕まった筈じゃ…!!!?」
俺らを見るなり目玉が飛び出る程驚き叫び声をあげた“安全圏”に居たはずの三下。
いやもうこれは…三下どころか底辺の底辺だ。
施設入口前にたむろしていた連中が全員入りきるギリギリのタイミングを見計らい、レバーを押し上げシャッターを降ろした。
中の雑魚は雪崩れ込んで来たG-5の連中が仕留めるだろう。
問題なのは入口付近に居なかった麦わら屋の仲間達。
これまでの行動パターンから察するに
麦わら屋は仲間の無事が確認できねぇ状況で次の工程に移らねぇ。
かといってシャッターを開け放しておけば毒ガスが研究所の中にも充満する。
取り敢えずは毒ガスを遮断、後は個別に予備の小石と麦わら屋んとこのクルーをシャンブルズで入れ替え──
「うりゃああああ〜〜〜!!!!」
ズバン!!!!!
「「「「えええ〜〜!!?」」」」
「し、シャッターぶった斬りやがった〜〜!!」
「ガスが入って来るじゃねェかァーーーっ!!!」
「お!下が騒がしい!!ゾロ達だ!皆来たな!!」
麦わら屋んとこのクルー達は想像以上に頼もしいらしい。
救ってやらなくとも
自ら道を切り開ける力と破天荒さを、改めて見せ付けられた。
…おい、どうすんだ毒ガス。
「揃ったか!おーし!!暴れるぞォ!!!」
混沌とする研究所内。
侵入を許した相手方と
一命を取り止めた侵入者
この事態を引き起こした“裏側”への闘志を燻らせる者。
「観念しろ!!“麦わらの一味”!!!」
「え〜〜!!何この助かったと思ったら逆に追い詰められた感じ!!」
シャッター付近では
事情を知らねぇやつらの小競り合いが始まろうとしていた。
この毒ガスによる虐殺未遂が己の上司の仕業と知らないG-5の面々は、当然と言や当然なんだが
己の信ずる“正義”の元に“悪”である海賊、麦わら屋のクルー達に銃口を向ける。
…猪突猛進の猪をいなすには
頭を手懐けるのが効果的。
「いいな?おまえら二人はコイツの一味と俺の邪魔はするな」
「ああ…」
白猟屋と女海兵に、つまりはこの場を上手く収めろと指示を飛ばした。
海賊の指示に従うのはこいつらも望む所ではねぇだろう。
だが叶えるべき目的の為、それが有益であることは認めざるを得ない事実。
「あ!!ちょっとあんた〜〜〜!!!」
…時間がねぇってのになんだ。
こちらへ投げ掛けられた声に振り向けば、そこにはナミ屋と黒足屋。
まだ中身を入れ替えられたままの二人が鬼気迫る表情で何かを訴えかけてきた。
気のせいか?
理由は知らねぇが
黒足屋は戻せと主張するナミ屋のそれを、拒絶するかの如く訴えてるように見えるんだが…
黒足屋が元の体に戻らずして得られるメリット…
なんだ?
…分かンねぇし考えるだけ時間の無駄か。
戻した方が戦力としてプラスだ。
ナミ屋も煩せぇし。
“シャンブルズ”
3本指を翻し宿主に精神を戻した。
戻った体であれこれ騒ぎ立ててる麦わら屋んとこのクルー達は無視だ無視。
「ここにいる全員に話しておくが──!!!」
声を張り上げ注意を引く。
どよめく連中がこちらに顔を向ける中、続きを告げる為に大きく息を吸い込んだ。
どいつもこいつも好き勝手動きやがって、まるでラチがあかねぇ。
黙ってすべき事をしろ…!!
「八方を毒ガスに囲まれたこの研究所から、外気に触れず直接海へ脱出できる通路が一本だけある!!!“R棟66”と書かれた巨大な扉がそうだ!!」
混乱の最中、敵と認識している相手の話に耳を傾けさせる方法。
聞くことが得である事を悟らせる。
案の定どよめいていたG-5の連中が騒ぐのをやめて情報を得ようと耳を傾け出した。
「俺は殺戮の趣味はねぇが猶予は2時間!!それ以上この研究所内にいる奴に命の保障はできねェ!!!」
「ええ!!?」
そして思考を誘導させるには危険の迫ったタイムリミット付きの二択が効果的。
死にたくなきゃさっさと動け。
「研究所どうにかなんのか?」
「どうなるかわからねぇ事をするだけだ」
実際…
今は安全な研究所内も、今後どうなるかは不確定。
SADの製造装置をぶっ壊す。
在庫は残さねぇ。
それが人体に与える影響も不明なら、そうなった時のあっちの出方も不明だ。
あの男なら、この研究所ごと俺らを始末しようと考えても何らおかしくねぇ。
「ふーん。そうか!!じゃあまー……」
細かい事を気にする男じゃなくて良かった。
こんな詳細を明かさぬ説明で納得してくれたらしい麦わらが、先陣を切り駆け出した。
「とにかく行くぞ!シーザー!!!今度こそブッ飛ばして誘拐してやる!!!」
助かる為の糸口とこれからどうすべきか、足りねぇ頭でそれを必死で組み合わせる荒くれ者の海兵達に
今度は白猟屋が声を張り上げる。
「“G-5”!!!おまえらは誘拐されたガキ共を回収しつつ“R-66”の扉を目指せ!!!港のタンカーを奪いパンクハザードから脱出する!!!」
「「「「「ウオォ〜〜!!!」」」」」
最も有効そうだと頭で思い描いていた案を言葉という形で信頼できる上司の指示として聞く。
最も有効な方法だ。
数が多すぎて厄介な烏合の衆が、上の指示の元目的に向かって動き出した。
「待っていろモモの助!!!必ず助け出す!!!」
「手分けして子供達を見つけて片っ端からその通路へ誘導しましょう!!」
侍はどうやら、“モモの助”とやらを助けにこの島へやってきたらしい。
麦わら屋のクルー達と一緒に動いてる状況から察するに、“モモの助”はガキか。
なぜ鎖国している筈のワノ国のガキがシーザーに拐われた…?
毒ガスから逃れながらも、各々の目的を遂行する為
人の群れは動き出す。
戦力の分布は大まかに分けて3つ。
1つはシーザー誘拐へと向かう麦わら屋。
2つ目はガキ共の回収と逃げ口確保に動く麦わら屋のクルー達とG-5。
そしてその間にSADの製造ラインを破壊する、俺だ。
俺以外は対象にぶち当たるまでは同じく奥を目指し進む。
統制が取れず麦わら屋達にかかっていくG-5の面々の攻撃の手も、あのくらいなら許容の範囲だ。
あっちには白猟屋がいる。
いざとなりゃ止めンだろうし、ずっと餌だと思っていたモンを今は食うなと動物に言って聞かせたとしても全部が全部従えねぇことは始めからわかっていた。
作戦が滞る程の邪魔にならなきゃそれで良い。
海賊と海軍はそう簡単に協同できるもんじゃねぇ。
喧騒犇めく研究所入口付近。
奥を目指しシーザーの部下を薙ぎ払い進む連中の背中を見送りながら、そっちとは違う通路に足を向けた。
すべきことはSADの抹消。
そして俺の心臓の奪取。
アイツらが目を引き付けている間にさっさと製造ラインをぶち壊して、恐らく今もヴェルゴが持っているだろうそれを取り返す。
薄暗い通路が続く先はSAD製造室。
正面入口から離れるにつれ静けさが満ちる通路には、コツコツと自分の靴の音だけが響いていた。
麦わら屋との同盟で打てる手が増えた。
SADの破壊とシーザー誘拐の成功が前提ではあるものの
早く落ち着いた場所で次の手を熟考したい。
早くあの凶悪で残虐非道の狂った男を撃ち落としたい。
仕方ねぇと押さえ付けて来た、許せずにいるブッ飛ばしてぇ存在への憎悪。
怒り、憎しみ。
それが果たされる。
ずっと成し遂げたかったことはもう、夢物語でも妄想でもねぇ。
コラさんの想いを背負い
そこに、俺の意志を乗せて進む。
これはその第一歩。
先が描ける状況になったとはいえ成功の確率は五分を割る。
一つずつ着実に
可能性を押し上げる。
到着した目的地の扉の奥、そこはただっ広い空間。
機械の動作音に、そびえ立つタンクには“SAD”の文字。
手の中の鬼哭がカチャリと音を立てた。
気が昂ってるこんな状況だというのに
ふと頭に
預けそびれた母親の形見を必ず返しに来いと懇願した
女の顔が浮かんだ。
研究所の至るところで衝突する互いの戦力。
普段は閑静なこの施設は今や戦場。
捕らえた筈の公開実験宣伝要素の脱走と、研究所内へのG-5侵入を察知したシーザーは
部下達を犠牲にしてでも虐殺実験成功による名誉を得ようと躍起になっていた。
先陣を突き進むルフィはシーザー捕獲を試みるも、モネに阻まれ機を逃し
施設内に注入された毒ガスから逃げつつ先を目指す後方部隊にはヴェルゴの魔の手が迫っていた。
モネもヴェルゴも、大事な局面を任される程の腕利き。
しかし、麦わら海賊団ものこのこ新世界に足を踏み入れただけの輩ではない。
両者の戦力は拮抗しているかのように見えた。
『──こちらD棟より、研究所全棟へ緊急連絡!!只今トラファルガー・ローが…!!“SAD”製造室へ侵入しました!!』
喧騒犇めく戦場に響き渡るエマージエンシーコール。
迎え撃つ側の顔色がさっと変わる。
『繰り返します…──』
シノクニの公開実験中。
それに加えて現在研究所は外部からの侵略を受け混乱状態。
只でさえ緊急事態。
それでもこれは伝えねばならぬ事柄。
侵略よりも公開実験よりも、その優先順位は遥かに上回る。
しんがりを蹴散らし次々と“部下”達を沈めていくヴェルゴは深くため息をついた。
「“麦わら”と手を組んだのも“王下七武海”に入ったのも、“その部屋”に辿り着く為か…!!ロー!!」
ローがただの滞在者ではないことを、ヴェルゴは把握していた。
何かしらの企みがあってシーザーを誘拐しようとしていることも。
ただ、真の目的までもはこの瞬間まで
ヴェルゴですら想定出来てはいなかった。
多くを語らぬローと
それでも納得するルフィ
沢山の僅かな要素の蓄積は、ドンキホーテファミリーの対応の一手を遅らせる。
「あのガキ…頭の中に最悪のシナリオを描いてやがる!!!“新世界”を滅茶苦茶にする気か!!!!」
ヴェルゴが全てを悟った時
ローは微力でしかない製造室の守りの兵を斬り捨て、鬼哭を片手に不敵に笑っていた。
仕掛けた方が有利。
例えどんなに力の差があろうと、必ず勝つとは限らぬのが世の理。
力以外の局面を左右する要素を己に有利に運ぶ術。
“SAD”と印字されたタンクを前に口角をつり上げるこの男は、力量もさる事ながら
それを駆使する能力に秀でていた。
1726