16-30
製造機器を壊したせいか、ラボの中は無音。
時折配管から漏れる液体や気体がゴポリと泡立つ音が響くだけ。
奥で暴れてンだろう麦わら屋達の喧騒もここへは届かなければ
通話を切ったのか黙りこくってんのか知らねェでんでん虫の先の男も、あれ以降言葉を発することはなかった。
「…畜生。明日の朝食をどうやって食えばいい…とんだ復讐にあった…!!」
2番目に怨みを抱く相手。
あの日、コラさんを助けてくれる筈の海兵がこいつだった。
こいつをコラさんの元へ連れていったせいで
海軍にこいつが紛れ込んでいたせいで、コラさんは死んだ。
ヤツに言われて思い出したが
昔の件もあったな、そういや。
滞在中、念のためにと仕込んでおいたものの一つ
俺がここを直接破壊出来なかった時の為にと準備していた爆薬を、効率よく跡形もなく製造機器を破壊できるよう設置した。
「随分じゃないか…ロー。こりゃあ番狂わせだ…──だが必ず後悔する。よくおぼえておけ…」
人の形をしていれば厄介な相手
そして、まぁ色んな怨みへの腹いせだ。
ヴェルゴの体を切り刻み、ラボの手摺に愉快に貼り付けてやった。
絵面としても中々愉快だが、された方も結構な屈辱だろう。
「おまえはジョーカーの“過去”を知らない。それが必ず命取りになる!!!」
「……!!」
ドフラミンゴの、過去。
考えた事もなかった。
あの極悪非道な狂った男の幼き頃を。
それが命取りだと言うくらい。
事実だかハッタリだか知らねぇが、何かしらがあったんだろう。
「少し名を上げたくらいの新世代に取って代われる程、世界は浅くない。教えてやれよスモーカー、威勢だけの小僧共にこの根深い世──
スパン!!
よく喋る男だ。
こんな玩具のような身の上になってまで、命乞いもしなけりゃ平静を装っているヴェルゴは
目障りで耳障り。
辛うじて原形を残しておいてやった頭を、縦真っ二つにブッた斬った。
「俺の心配はいい。てめェの身を案じてろ…この部屋はやがて吹き飛ぶ」
一つ目の関門を突破し、昇華した復讐心の一部。
だがまだこれはほんの序章。
「じゃあな……“海賊”ヴェルゴ」
大分復活したらしい白猟屋とともに、奥で待つ同志の元へ足を進めた。
目的の実現が一歩、近付いた。
ロー、スモーカーVSヴェルゴ
決着の着いたSAD製造室。
他の局面でも戦況は目まぐるしく動いていた。
モネとの戦闘中、うっかり地中深くに存在する“ゴミ箱”に落ちたルフィは
侍、キンエモンが探していた“モモの助”と遭遇する。
モモの助は廃棄物が遺棄されるガラクタの中
SMILEによってその身をドラゴンへと変えられていた。
この“モモの助”、ただの通りすがりの脇役と思わせて
この世界としても
どこかの誰かの過去への決別にしても、実は重要な人物。
彼が繋ぐ世界に明かされる真実は、まだ深い霧の中。
元は幼き侍の成りをしたモモの助はルフィと出会い、廃棄物にまみれたそこを脱出した。
手の空いたモネは他の戦局へ出向き、子供達を救いだそうとする彼らの行く手を阻むが、ゾロとたしぎの協闘により敗北する。
モネを討った一行は、薬物に犯され平常心を失った巨大な子供達を先導しつつ先へと進んだ。
最終局面。
研究所へと帰還したルフィと、この島のボス、シーザーの戦い。
例え一度は囚われようと
その悪手を二度も踏む程ルフィも愚かではない。
ルフィとシーザー、その戦力差は明らか。
そしてルフィは怒っていた。
ルフィは人を利用し純粋な心を弄び一方的に益を貪る人種を、何よりも嫌悪する。
ずっと慕い従って来た部下達を出任せな口上で騙し、操り
己の利の為なら殺すことすら厭わない。
そんな彼がどうなったのかは、火を見るより明らか。
ルフィの怒りの鉄拳がシーザーに下った。
合流したルフィとそのクルー達、子供達とG-5、そしてロー。
パンクハザードの守人達を撃沈し、毒ガスから逃れた彼らに
待ち受ける未来は如何なるものか。
「麦わら屋!!!シーザーはどこだ!!」
「ああ…あの扉ごとあっちにぶっ飛ばした!!どこまで飛んだかな」
合流地点、スモーカーと共に脱出用のトロッコを引いて現れたローは最重要人物であるシーザーの姿が見当たらない事に気付き声を張り上げた。
「…おい!!おまえ…!!約束は誘拐だろう!!」
「でもあんなやつもう捕まえんのもイヤだ俺!!」
例え敵を撃ち破ろうと、目的はそうではない。
その身の確保こそが重要で鍵。
ローは声を荒立てルフィを責め立てた。
「イヤでもそういう計画だ!!──もし逃げられたらどうしてくれる!!!」
「いーじゃん別に。あんなの」
ルフィの頭の中では、“誘拐”という文字が綺麗さっぱり消え失せていた。
ルフィにとってシーザーはいけ好かない男。
誘拐というからには共に行動せざるを得ない。
利用価値があるからこそ、倒すのではなく誘拐。
そこまで詳細に考え誘拐放棄という結論に至った訳ではないだろうが
嫌悪する対象に価値があるというその事実を、無意識に否定したかったのかもしれない。
「気分で作戦変えてんじゃねェよ!!おまえを信用するんじゃなかった!!さっさと追うぞ!!!」
不貞腐れるルフィを余所に、ローはさっさとトロッコに乗るよう周りを促した。
ここでシーザーに逃げられては、戦いに勝ち勝負に負けるというもの。
シーザーが扉ごと吹き飛ばされた先、トロッコ用の滑車の伸びた先には
何の偶然か自由奔放な麦わら海賊団の船大工の姿。
誘拐作戦に加わらず己のしたいように自由気ままに動くこのフランキーの行動が、ローにとって吉と出る。
なぜなら、“迎え”と称して遣わされたドンキホーテファミリーの幹部が二人
丁度その地点に降り立とうとしていたから。
瀕死のダメージを負ったシーザーは、投げ出されたその場所で天を仰いでいた。
己の野望もここまでかと無念に打ちひしがれながらも、邪魔をした連中への怒りが満身創痍の体に燻る。
辛うじて動く腕で懐からキューブ入りの心臓を取り出した。
スモーカー…
せめておまえ一人でも道連れにしてやる…!!
ローからいつか受け取った“気の効いた手土産”。
手の届く位置にあった氷柱を、シーザーは握り締めた。
「ジョーカー──聞こえますか?こちら…モネ…!!」
研究所内のとある一角。
こちらも瀕死の重症を負った大きな翼を持つ女性が、能面ヅラの虫を相手に一人語りかけていた。
「それ以上言わないで、ジョーカー」
でんでん虫が繋ぐ先には、彼女の上司“ジョーカー”。
彼がモネに伝えようとした指令。
それは──
このパンクハザードに眠る兵器を起動させること。
それは大爆発と共に毒ガスを島全体に撒き散らす。
兵器が使われた暁には、この島で生き延びれるのはガスガスの実の能力者、シーザーただ一人。
敵も味方も例外はない。
モネも、SAD製造室で爆発の時を待つヴェルゴも
同じく死ぬ。
この指令はそう、シーザー確保の為に死ねと
そういうもの。
「はじめからそのつもりよ。今──その起爆スイッチの前にいる。爆発はタンカーにまで及ぶわ」
ドンキホーテファミリーは悪か。
己の目的の為、部下に死ねと言うドフラミンゴは悪か。
それは見る者の立場によって変わるもの。
非道だと思う者がいる一方で、言われなくとも彼の意図を汲み取り起爆スイッチの前までやってきたモネがいる。
淡々と話してはいても、その指令を伝える事はジョーカーにとってもツライ筈。
己に死ねと命ずる相手を気遣い、相手の心の負担を軽くする為に全てを言わせなかったモネがここにいる。
「一隻無駄になるけどいい?」
己より、爆発に巻き込まれるタンカーが気掛かり。
ドフラミンゴはモネの死を決めたとしても、タンカーが爆発に巻き込まれ使用不可となることまでは口にしていなかったから。
G-5だけではない。
世間からよく思われぬ者達にも、彼らなりの絆が存在する。
例えそれがどんなに非道で
どんなに理解されぬ形だとしても、彼らを繋ぐのは“信頼”で“信念”で、“愛”。
一人の女性が命を懸けて成し遂げたかったこと。
彼女にとって、己の命よりもそれは大切なこと。
『さよなら若様…』
モネは傷だらけの羽を伸ばし、起動スイッチのカバーをあける。
腕としても使ってきたその羽は
受けたダメージのせいか、伸ばそうとする先にやはり躊躇いがある為か
とても重く感じられた。
捨てると決めた命。
惜しくはないと心に誓いこそしても、命の終わりにはそれ特有の感傷が付きまとう。
モネは目を閉じ深く息を吐き出した。
吐息に混ざって漏れでて行くのは、生への執着。
『あなたこそが、海賊王になる男…!!』
彼女は満ち足りた笑みを浮かべていた。
自分の命が彼の野望に役立つのなら、そんな幸せはない。
モネの命を懸けたその行動、起爆スイッチへと伸ばした羽は
それに届く事なく崩れ落ちる。
一人の青年の気紛れが
モネの心意気を打ち砕き彼女の敵に味方した。
「くたばれ!スモーカー!!!シュロロロロ…!!」
──パンクハザードのどこかで、せめてもの仕返しにと“憎き敵の心臓”を氷柱で貫く者が居た──
「ところでロー、シーザーはなぜ俺の心臓を持っているつもりでいたんだ」
「今ここで聞くことか?……奴の勝手な勘違いさ。俺はモネの心臓を、親切に返してやっただけだ」
──研究所からの脱出用トロッコの上。
葉巻を咥える海軍中将はふと気になっていた事を問うた──
──いつぞや“土産”とシーザーに渡した心臓。
確かにローはそれが“スモーカーのモノ”とも“モネのモノ”とも言ってはいない──
「人に親切にしときゃあ……てめェにいいことがあるって言うだろ」
──果たして青年がそうしたのは、
真に気紛れや、親切心故のことか──
あと僅か、数秒それが遅ければ
パンクハザードは大爆発を起こし死を誘う毒ガスに包まれていたことだろう。
モネの体は突如息が吸えなくなり、全身の力が吸いとられるように抜けていく。
その口からは大量の血が溢れた。
彼女の左胸にポッカリとあいた立方体の空洞。
そこに本来在るべき臓器は今、シーザーの手元で血を流し転がっている。
ドクリ、ドクリと鮮血を流し脈打つ鼓動はやがて弱まり
キューブの中の心臓はその動きを止めた。