16-33



キンエモンとモモの助を乗せたサニー号はローの指示で、迂回しつつドレスローザを目指していた。


丁度その頃
ドレスローザとパンクハザードを結ぶ直線上を孟スピードで掛ける桃色の影。


桃色の鳥…、それにしては大きい。
そして鳥の羽ばたきにしては動きも些か不自然。


それでもその影はその身一つで空を移動していた。
それも鬼のような形相で。



「ハァ…悪運は持ち合わせている様だな、小僧共…!!ハァ…まさか…“空の道”が途切れるとは…!!フッフッ!!」


身体機能も心肺機能も化け物並。
そんな彼が息も絶え絶えなのは
それほどまでに急ぎ、長い距離を移動して来たから。


ローは彼の、ドフラミンゴのこの移動手段を知っていた。
誰が出てくるのか、それは頭の回る医者の七武海にも予想の付かぬこと。


しかし、“彼”が出てくる可能性も勿論、示唆していた。
誰よりも早く、そして手を下すならその実行性はピカイチ。
だからこそ万が一に備え、最悪の相手と出会さぬ為の“迂回”。


そんなドンキホーテファミリーのトップが全速力で海上を駆ける中、一つの狼煙を発見する。








海上にただ一つ昇る白煙は、不自然そのもの。
ドフラミンゴは目標をそれに変え、先を急いだ。













狼煙の元が近づくにつれ、見えてきたそれは無人のヨット。


「…!!?」


いや、それは無人ではなかった。
人の形をした生き物の乗船こそないにせよ、生命体が2つ。
それも、彼にとっては見知った顔。


「若!!!すまぬだすやん!!死んで詫びたい…!!」
「ちくしょう!!ローの奴本当に裏切りやがった!!」


ヨットのマスト、そこに並べられた生首。
がしかし…この生首は表情を苦悶に歪め、言葉も話す。


それはどこかの改造自在人間の仕業。


首から上だけになって尚、海楼石の鎖に縛られている2つの顔。
その前には誰かのトレードマーク、白地に黒斑のキャスケットを被った能面面のでんでんむしが通話状態となって置かれていた。

そして見るからに時限爆弾、狼煙を上げていたそれはあと数刻もすればこのヨット上のもの全てを爆破していた事だろう。




「うちのタンカーの救命ヨットじゃねェか…」
「面目ねェだすやん…!!結局あの後…!!」


ドフラミンゴは今も尚爆発に向けてその炎を燻し続ける時限爆弾を踏み散らかしその火を消す。

彼は怒っている。
苛立っている。


それは面目ないと詫びる部下達への怒りではなく、この諸行を働いた“元家族”へのもの。


「いいさ何も言うな…おまえらは俺に従っただけだ」
『──こりゃ驚いた…ボスが直々にお出ましとは…』


三人以外の人影等ない。
新たに加わった声の発信元はそう、でんでん虫の繋ぐ先。


「ローか…久しぶりだってのに…中々会えねェもんだな…」
『お探しのシーザーなら…俺と一緒にいる。』
『…ジョ…ジョーカ〜〜助けてぐれェ!!!』


以前もすぐ近くにお互いの存在を感じた。
つい先刻、言葉も交わした。

しかし二人は顔を付き合わせ合間見えることはない。

もしそうなればどうなるか──
それを理解している片側が、それを避け優位に事を運ぼうとしているからこそ、二人が遭遇することはない。


「ベビー5とバッファローの体はどこにある?」
『さァな…余計な質問はするな。──取引をしよう…』


ローは畳み掛ける。

敵が対応に回るタイミング、それを彼は逃さない。


「フッ……フッフッフッフッフッ!!おいロー、頭を冷やせ。ガキが大人の真似事をするんじゃない!!今どこにいる…!?俺を怒らせるな…!!」
『怒らせる?おまえにとって今一番大切な取引相手は“四皇”の一人…カイドウ。おまえの方こそこの男だけは怒らせる訳にはいかねェ筈だ…!!』


平静を装いつつも腸を煮えくりかえらせていたドフラミンゴの額に伝う、一筋の汗。

ガキと称したその男が発する言葉は、胸糞の悪いものだったとしても、事実。


『おまえが“SMILE”をもう作れないと奴に知れたらどうなる。話し合いの通じる男じゃない…!!!激しい戦いになるだろう。──おまえは消される』
「オイ冗談がすぎるぞロー…!!どうすりゃシーザーを返す…!?さっさと条件を言え!!」


冷や汗どころか、顔色すら青ざめ出すのは
ローの言う言葉が例え実現したとすれば…ジョーカーにとってそれは本当に身を脅かすモノになるから。







『“王下七武海”を辞めろ!!!10年で築き上げた地位を凡て捨て…一海賊に戻るだけだ』
「何ちゅう小僧だすやんっ!!」
「そんなことしたらもう!ドレスローザに居られなくなるわ!!」


ローが新たに思い立った策。


もしドフラミンゴが取引に応じて来なければ
ロー等相手にもせず、泳がせて様子を見るとしたら。


そんなリスクをカバー出来る新しい手立て。


泳がせるという選択肢を相手に与えない。
自分との取引を受けざるを得ない状況に持ち込める状況。

移動手段と新たな戦力。
それが麦わら一味との同盟で、叶おうとしていた。


『──もしそうなれば、今度は海軍本部の大将達がおまえを逃がさない…!!リミットは明日の朝刊──おまえの“七武海脱退”が新聞に報じられていれば…こっちからまた連絡する』
「おい待てロー!!!何もあの男が俺からしか仕入れられねェモンはSMILEだけじゃねェ…!!そっちを確実に確保すりゃァあの男も…!!」


ドフラミンゴが敢えて名称を出さずにした話。
しかし双方の“SMILE以外の取引”、その認識は同じであった。
その取引に関わる女にローが関与している事を知っているからこそ、揺さぶりをかける為に出した話題。


実際には、如何に旨い酒であろうと所詮嗜好品。
直接的に武力増強を図れるSMILEに匹敵する力など、それにはない。


しかし思い止まらせる為、脅しを目的に出したその話題は
案の定ローの頭に血を昇らせた。


『……何もなければ交渉は…決裂だ!!……じゃあな』


そんな脅しには屈しない。

ローの、表面上ギリギリ冷静に聞こえるその返答は
ドフラミンゴが出してきた材料を重要視していないようにも
その為の対策は既に打っているようにも
如何様にも取れた。


内心どうであったかまでは、退路を絶たれ選択を迫られるドフラミンゴに推測出来る余裕等あるわけもない。


常に余裕十分に備え、高見の見物とも言える交渉を進めて来た彼にとって
このイレギュラーは不愉快そのもの。


桃色のファーを纏う男の額に浮き出た血管。
それが全てを物語っていた。







麦わら一味、そして子供達を乗せたタンカー組と別れた後
スモーカーと残りのG-5はシノクニの犠牲者救済に勤しんでいた。


蝋人形の如く固められた毒ガスに暴露した者達。
即死したかに見えた彼らであったが
実は蝋人形の中で全身麻痺の仮死状態のまま生きていた。
彼らは動けぬまま浸透してくる僅かな毒を吸い込み続け
死に至るのは半日後。


楽しき宴の傍らで、無抵抗のシーザーへ行われた腹いせリンチ。
そこで得られた情報はそんな貴重なものだった。


「ガスが全く利かなかった!?」
「この防護服はベガパンクが開発したモンで実はシーザーの思考の上を行くものなのさ!」


この防護服が毒ガスを完璧に遮断することも、吐かせた情報の一つ。
G-5の荒くれ者達はそれを身に纏い、仲間達の救出に向かう。





「しかしどうすんだ…“これ”だけ捕まえて…こいつら海賊なのか?」
「さぁ…気味悪ィな…」


部下達に指示を出し一段落したスモーカーは
防護服の数上救出に迎えなかった部下達とそれを眺めていた。


“これ”と称されたのは
海楼石の鎖で縛り上げられた、頭のない巨大な男と若い女の体。


首から上がないという状況で、その体はもぞもぞくねくねと蠢いている。


そう。それはまるでホラー。






「ん?あ!!──あれ!?首が飛んで来る!!」
「あァ!?んなバカな───!?ほ…本当だ首が!!!」


体目掛けて一直線に飛んで来る2つの生首。
それはあれよあれよという間に持ち主の元に収まった。


スモーカー含めG-5が急展開を見せる状況に警戒の色を強くしたと同時に
雪のパラつくパンクハザードの岬に一筋の桃色の風が駆け抜ける。


どよめくG-5。
“それ”を目で捉えられた者達は一瞬で顔を強張らせた。


「あいつは…!!」
「ド…」

「「「「「ドフラミンゴォ〜!??」」」」」


突然の王下七武海、ローとも違った悪名高さを誇る彼の登場に
海軍きっての荒くれ者達は謂わばパニック状態。


「な…なぜここに!?」


ギャーギャー
わーわー

騒がしい声の犇めく中
騒ぎの大元、七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴは両の腕を広げ天を仰いだ。










───────刹那



喧騒は止み、次々と気を失い地に伏す屈強な男達。


恐れられるだけの実力が
この男にはある。







「…!!!」
「覇王色の覇気!!!」


そう。
周囲の海兵達を地に沈めたのは覇王色の覇気。
ドフラミンゴはその覚醒者。


「──ってめェ何すんだァ!!?」
「誰もいねェな…」


覇気に耐性のある者達は一瞬面食らった後
敵意をぶつけて来た相手を捉え吠えた。


辺りには泡を吹いて地に伏す仲間の姿。

死んではいない。
だがしかし、“これ”は敵意のない相手にする筈のない威嚇。
そして…“これ”が出来るという事はそれだけで脅威。


銃や剣を構えるG-5に対して、ドフラミンゴはそんな彼らが視界に入っているかすら疑わしい。
キョロキョロと辺りを見渡し不服そうに眉を寄せている。


「“七武海”がなぜ海軍に手を出した!?」
「船もねェ…」


ピンク色の来訪者は臨戦体勢こそとっていないものの、隙というものが見当たらない。
正義を背負う者の背に、冷や汗が伝った。


「ついさっきまで…海賊達がいた筈だが…どこへ行った…?」








ドフラミンゴにとって
海軍の問いかけに答える事は意味も必要性も見出だせぬただの無駄。
そして彼の頭には今、血が昇っている。


他意等ない。
必要がないから答えぬだけのこと。
探し物が見つからぬから、それを問うただけのこと。








例え強者、そして曲者。
だとしても敵意を顕にする目の前の不遜な男を見過ごせる程、海軍側も寛容ではない。


「よくも同志達を!!!」
「よせおまえら!!!」
「スモーカー…!!!」


駆け出すG-5。
止めるスモーカー。

この部隊の責任者の声に、ドフラミンゴは初めて意識を傾けた。

桃色の七武海にとって、スモーカーはこの場で唯一会話をする価値のある相手。
しかしそれも、──返答次第。


「ローはともかく、“麦わら”はただの海賊!!──どこへ逃がしたんだてめェらァ!!!」
「「「「ぎゃああァああ!!!」」」」

ドヒュン!!!


辺り一帯を何かの残像が掠めたのも束の間──

制止の声等聞く筈のないG-5の面々が目的の場所に届くことなく雪原に伏す。




彼らの周りには白に映える鮮やかな紅い花が咲き誇っていた。





destruct at reality.