16-34


何が起きているのだろうか。
青筋を浮かべながら歩みを進めるドフラミンゴの爪先の延長線上にはスモーカーの姿。
その周りで野太い悲鳴を上げながらバタバタと倒れ行くG-5。


聞こえるのは宙をナニカが舞う音と、それが銃や剣、肉を引き裂く音のみ。


一瞬、姿勢の一つも崩さずにいたドフラミンゴが重心を傾けた。
その頭が元あった場所を遠慮のない速さで通過していく白煙を上げる拳。


「!──クソガキ共はどの方角へ消えたァ!!!」
「…さァ、知らねェなァ“ジョーカー”」


スモーカーが七武海の来訪者を“ジョーカー”と呼んだこと。
拳を向けたこと。
それは即ち、彼はドフラミンゴの求める返答をする気がないことを示す。

サングラスの合間に覗く浮き出た血管は
更に際立って膨張した。


「みすみす取り逃がしちまって…ヴェルゴ基地長に申し訳ねェよ…」
「…もういねェだろ!!?おまえ…少し知りすぎたよなァ……!!!」


ドシュッ!!!


「「「「スモやん!!!!」」」」





七武海は政府公認の海賊。
政府の命があれはそれに従わなければならぬ制約と引き換えに、本人及び傘下の者達の海賊行為は概ね許容される。


ギブアンドテイク。
政府公認という名目と、他の海賊達への威嚇。
それを利用しあい成り立っているだけの関係性。


信頼や主従関係はない。
公に、上にバレさえしなければ
何をしたとて問題等皆無。


ローとスモーカー。
スモーカーとドフラミンゴ。
海軍と七武海の関係はこのどちらにも当てはまる。


鋭い“ナニカ”に切り裂かれ、トレードマークの咥え煙草が持ち主の血に染まる中
彼の抱く信念傍らに佇むのは、虎と鳥の──どちらだったのだろうか。







「やめてくれェ!!!スモやんが死んじまう!!!」
「その人が居なくなったら…!!」


スモーカーに馬乗りになり、その体に赤い線を増やして行くドフラミンゴ。

心から慕う上司の一大事だ。
G-5の面々も出来ることなら上司に跨がり痛め付けているこの男をブッ飛ばしたい。


しかし、スモーカーはG-5の中で最も腕が立つ。
その男が手も足も出ずに一方的にやられているこの状況…


「「「「俺たちみたいなゴロつき、一体誰が纏めてくれるンだよォ!!」」」」


駆け出して行っても事態が好転しないのは火を見るより明らか。
かと言って黙って見ていることも出来ない。

大の大人、それもガタイの良い屈強な男達が揃いも揃って人目も気にせずやめてくれと制止を乞う。


「安心しろ皆殺しだ!!!誰が何を知っちまったか、頭の中は分からねェ!!!」


どちらに重点を置きこの成り行きを見守れば良いのだろう。
求めるところが真逆過ぎるだけにお互いが歩み寄る未来が微塵も見えない。


「そしてローも麦わらも……!!必ず今日中に見つけ出してやる!!!!」


こうなると、より力の強い方の主張が通ることとなる。
何事も起こらなければ──
このまま事が進むのならば───





「取り込み中すまないが…そこ、どいて貰えないか?」
「──誰だ?てめェ…」







スモーカーに跨がるドフラミンゴ。
その背後に、いつの間にか一人の青年が立っていた。

顔は逆光でよく見えないが、その立ち振舞いに隙はない。


「あなたが組み敷いているその人の──知人、だな」


突如現れたこの男、声からするにまだ年若い。
ピリリと緊張感のある声色は、彼が怒りを抱いていることを容易に周囲へと伝えた。


チャキリッ








男がコートの内側にさしていた剣。
それはあっという間に鞘から抜かれ、ドフラミンゴの首筋に突き付けられる。


「もう一度言おう。そこを退いて貰えないか?」


ドフラミンゴも
スモーカーも
G-5の面々も
この突然の出来事に声すら発せずに居た。


彼はいつからここに居たのか。
この辺境の地をどんな目的で訪れたというのか。

そして一体──何者なのか。






首の皮膚に触れるか触れないかの距離。
ドフラミンゴの首筋に、研ぎ澄まされた鋼の冷たさは伝わっていただろう。


その冷気がこの男の頭に昇った血を冷ますかと聞かれれば、答えは否。
組み敷いた男への攻撃を緩めるかと聞かれても、それも否。
激昂していようが冷静だろうが、ドフラミンゴはいつ何時であろうと邪魔者は全て切り捨てる。


「誰に楯突いてンのか自覚はあンだろうなァッ!!?」




ガキィィインッ!!!




得体の知れぬナニカ。
それがドフラミンゴの喉元に突き付けられた剣を弾き飛ばした。


そのナニカの残像はしなりながら、今度は剣の持ち主目掛けて襲い掛かる。
剣を構え直す青年にそれが迫る最中、対局する二人の傍にはいつの間にか、人影がもう1つ増えていた。


「──あらら…ごめんな兄ちゃん、こいつ俺のツレなのよ。…ちなみにそっちの重傷者は友達」












「「「…あ、ぁ、あ…!!……青キジ…!!!?」」」


G-5の面々が、後から登場した方の来訪者の名を呼ぶより前に
ドフラミンゴは気配と声色だけでそれが誰かを察していた。

感じ取った新たな登場人物の気配に反応するように、振り下ろされかけた手は宙に留まり
ナニカの残像もどこかへ消える。


「クザンさん…敵いはしませんけどかわすくらいなら!僕にも出来ます!!」
「……」
「……」


不満を訴える青年をよそに、青キジこと、クザンとドフラミンゴはピクリとも動かない。
言葉も発しない。

ただ互いの気配が互いを押さえつけ合っているかのような、静かで凶悪な空気の争い。




こんな辺境の地に居る筈もない大物の突然の登場、そして大物同士が放つ何とも言えない重圧のぶつかり合い。
G-5は状況を読み込めず、揃いも揃ってポカンと口を開き事の成り行きを見守るだけで精一杯。










煮えきらぬ状況に痺れを切らし冷戦を打ち破ったのは振り上げられたドフラミンゴの腕だった。












しかし
何かを操るような指先の動きと、振りかぶった腕は本人の意志とは別の何かに制される。








パキリ、パキッパキパキパキ──








元、海軍大将クザン。
ヒエヒエの実の能力者。

ありとあらゆる物を自在に凍らせる、それが彼の能力。







「若ァーーーーッ!!」
「若様!!!」


悲痛の叫びを上げたバッファローとベビー5の視線の先には、氷漬けにされたドフラミンゴ。

さっきまでそこにいた筈。
怒りを隠しもせずに周囲に撒き散らしていた筈。
しかし今そこにあるのはまるでその人物を模した氷像。


まさかドフィが殺られる筈がない。
…しかし相手は青キジ。





二人は固唾を飲んで青キジと青年の向かいにそびえ立つ氷の人形を見守るしかなかった。












冷たい色をしたピクリとも動かぬドフラミンゴ。
勝負は決したように見えた。









──しかし





バリィン!!!








絶望的な状況を前に部下達が死を簡単に受け入れぬのは、慕情のみがもたらすものではない。







「ハァ…ハァ…ハァ……」
「どういう仕組みでしょう…?体の表面を何かで覆い凍結を防いだ…とか…?…凄いな」


これで終わりではない事を理解していたかの如くその場を動かなかった青キジ。
その横で、為す術のない筈であった男の生還にただ感嘆の声をもらすロイ。


「良かっただすやん!体の芯まで凍っちゃいなかった…!!」
「──おまえと戦う気はない…フッフッフ!!」


ピクリとも動かぬスモーカーの傍ら
そこで二人の来訪者と対当していたドフラミンゴは息を整えながらもその脇をすり抜ける。


「しかしその男の口を塞げねェんなら、俺も取るべき行動を変えよう!!」
「「「「スモやん!!!」」」」


G-5の面々は未だこの状況を飲み込めていない。
だがしかし、絶望的だった上司救出の可能性が生まれた事は理解したようで身を乗り出し声を上げた。


「──一つ教えてくれるか?おまえ今…!!何者なんだ!!!クザン!!!」


十分な間合いを取った後、ドフラミンゴが発した言葉。
それはこのパンクハザードを壊滅状態へ陥れた後、海軍から消えたこの男の立ち位置を問うもの。


クザンは何と答えるのか。

ドフラミンゴだけではなく、G-5の面々すらも
その答えには耳をそばたてていた。







「いい評判は聞かねェぞ」


挑発的な笑みを浮かべそう問うドフラミンゴに、クザンは何も答えない。


「ちょっとちょっと。手当て急ぎなさいよォ!」
「へ!!へいっ!!!」


冷えきった空気は、スモーカーの吐く弱々しい呼吸を白く曇らせた。

まだ息がある証。
しかしそれは図体の割にあまりにも弱々しい。


クザンが軽く叩いた頬に、ピクリとだけ反応したスモーカー。
その様子に目を細めたロイは、無視され面白くなさそうに突っ立っている桃色のファーを纏った男に向き直った。


「──国民からの自分の評判を考えれば、その“評判”とやらがどれだけアテになるかなんて誰よりも一番知っているだろうに」
「なんだ?訳知りか?どこに着いてンのかは知らねェが“評判”とやらもたまにはアテに……テメェは…!!あン時の…」


胡散臭いものでも眺めるように目を細めるロイに対して、再び挑発的な笑みを浮かべたドフラミンゴはハッと息を飲む。


そう。
二人はこれが初対面ではない。

なんならこの組み合わせで
クザンとロイが共に任務についている時に
顔を合わせている。



「偶然か?それともこれは仕組まれた事か!?」
「急になんの話だ」


再び怒気を放出し出すドフラミンゴに、ロイは眉を寄せた。
ロイは“あの時”という過去の対面に覚えはある。
だがしかし、

その時に共に居たもう一人の存在。
その彼女に縁深い医者の七武海が目の前の男に今日何をしでかしたのか。
そこまでは知る由がなかった。


「見込みがあるとは思っていたが…この全ての黒幕がそうだとすれば話は違ェなァ!!?」
「だから何の話だと聞いている。…全く要領を得ないんだが…」


ドフラミンゴは勘違いをしている。
彼は頭が回る。
それは即ち、様々な可能性に気が付くということ。

その読みの正確さは中々のもの。
しかし今回それを誤ったのは、この出来事が彼にとって大き過ぎるせい。
慣れない苛立ちで冷静な判断が下せない事に、悪戯に偶然が重なったせい。


「ロレイシル・ウイ。…どこからどこまでがあの女の差し金だ!!?」


ドフラミンゴの額には、怒りを象徴する太く膨れ上がった血管がいくつも浮き出ていた。



destruct at reality.