16-35
「……?ウイがどうかしたのか?」
「とぼけんじゃねェ!!この新世界で!!しかもここは立ち入りが禁止されてる島!!!──ンな場所で!!一度ならずも二度までも同じ人間に関わるヤツに邪魔される!!?」
確かに新世界は広い。
そしてパンクハザードは立ち入りを禁じられた島。
七武海であり、闇の密売組織のトップであるジョーカーこと、ドフラミンゴの行く手を阻む。
そんな厄介者を敵に回そう等という変わり者、そうそう現れることもないだろう。
「“偶然”だァッ!!?ンなもんハイそうですかと納得出来る訳ねェだろうがッ!!!」
「──話が見えないにも程があるんだが。…分かります?クザンさん」
「どうだろうねぇ。──つまりは…納得出来ないから喧嘩でもおっ始めようかって、そういう腹か?」
のらりくらりと掴み所のない男の眼孔がギラリと光る。
好んで挑みはしないものの必要ならば受けてたつと
クザンからはそんな気配が漂っていた。
「──フッフッフッフッフッ!!!まァ良い。生憎、俺は今忙しいんだ。誰が裏で糸を引いていようと…すべき事は“変わらない”!!」
未だ疑問符を浮かべるロイと、面倒事を回避出来たことを悟ったクザン。
そんな二人を背後に残し、ドフラミンゴは空中移動を得意とするバッファローの背に乗り込みパンクハザードを後にした。
ドフラミンゴには、明日の朝刊への報道に間に合う時刻
それまでにやらねばならぬ事がある。
他の面々にとっても、心理的安全の確保出来る環境で早くスモーカーの治療を行いたい。
ここは停戦で。
両者の利害は一致していた。
悪戯に絡み合うそれぞれを繋ぐ糸。
恐らく…この不運な“勘違い”に気が付いているのは今のところ
クザンただ一人。
「…おれァ…今死んでた。何しにここへ…?」
「フフフ…んん…ここへ来たのは縁ってやつだな。後は──おまえの顔見によ」
応急措置を終え、意識を取り戻した煙の海軍中将。
安堵の息を吐くG-5の面々をよそに、さっきまで死にかけていたこの男は恩人である筈のクザンの真意に迫った。
「…なぜここがわかった。──まさか“闇”に通じてる訳じゃねェだろうなアンタ今…」
「「「「「「!!?」」」」」」
「も…元大将が…や…」
ぎょっと目玉を飛び立たせ慌てふためくG-5。
先刻、去っていったドフラミンゴもそれを臭わすような言葉を吐いていた。
大将を退き、海軍を辞めたとて一度誓った正義の文字に変わりはない筈。
先程もこの男は自分たちの見方をしてくれていた。
有り得ないと思いつつも、完全にその言葉を冗談と思えぬのは
クザンの身の引き方があまりにも潔すぎた事に起因する。
元帥の座をかけて戦い、破れようと
クザンは海軍大将という立場を捨て、海軍からも去ったのだ。
殉職でもなく、退役。
それも平の兵ではなく本部の大将。
それは異例中の異例であった。
「手当てが済んだらあっち行ってろ!!」
「「「「だァッ!!!」」」」
クザンは全てを話す気があるのか、ないのか。
周りにロイと身動き出来ぬスモーカーを残し人払いを済ませた元氷の大将が
遠巻きに未だザワつく荒くれ者達を遠目にゆっくりと口を開く。
「俺は俺よ…スモーカー」
「………ならいい」
旧知の仲に言葉はいらない、とでも言えば良いだろうか。
スモーカーからの問の返答にしては的のズレたクザンの発言。
それでも二人にはそれで十分。
「──とにかくおまえら…ドフラミンゴから目を離すな。ヤツは『七武海』にしてドレスローザの現“国王”…」
己の身の振り方よりも重要だとクザンが警告したのはドフラミンゴの話。
「九蛇の蛇姫とはまた違った極めて異例づくしの海賊だ。サカズキに伝えて『大将』達を動かせ」
もう『海軍』ではないクザンには、それはもう自分一人では出来ぬこと。
「最悪の場合歯車はみるみるくい違い…サカズキの新『海軍本部』始まって以来のドテケェ山になる。──俺は忠告したぞ」
「クザンさん、ドフラミンゴの話に戻りますけど…なぜあのタイミングでウイの名前が?」
「──あちらさんは気を回しすぎで、こっちは鈍すぎか…丁度良く、は難しいらしいな」
G-5と別れたクザンとロイは、ローがSAD製造室に仕掛けた爆弾で無惨にも廃墟と化した研究所跡地を探索していた。
「見当が付いてるなら教えて下さいよ!意地悪だなー、もう…」
「…このシーザーの研究所。ぶっ壊したのがトラファルガー・ローだって言ってもまだ分かんない?」
クザンが見て回っているのは、丁度先刻までSAD製造室があったであろう場所。
彼らがこの島を訪れた本来の目的も、実はここ。
「ローが!?なぜこんな所に!?え…っていうか研究所破壊されてるなら僕らがここに来た意味は?」
「理由は知らないけど邪魔だったんだろうね。目的が果たされてるならここに長居は無用。次の島に向かうよ」
くるりと踵を返すクザンの後を数歩遅れて着いていくロイ。
SMILEの原料が製造元から壊されているのであれば、こんな毒ガス漂う怪しげな島に滞在する意味など二人にはない。
「クザンさん、ローがSAD製造機を破壊したのが事実だとして。なぜ僕らがここに居るのがウイの差し金になるんです?」
「…トラファルガー・ローはあの姉ちゃんのコレなんじゃないの?俺らも前取引の警護に就いたことあったでしょ」
まだ分からないのかと、ため息交じりにクザンが突き立てたのは親指。
この連れの男は純粋で真っ直ぐな好青年だ。
しかし真っ直ぐ過ぎるが故に、事の裏を読む能力は途方もなく乏しい。
「それが何か?」
「──今まで長らく何の邪魔も入んなかった事が、同じ日に別々の相手から邪魔された。その相手に接点があったら何を疑う?」
もうほぼ答えな気もするが
それでも結論に到達出来ないのだから仕方がない。
盛大なため息を1つ吐いて、クザンはドフラミンゴの“勘違い”の真相を話した。
「ドフラミンゴの兄ちゃんはローの件も、俺らがスモーカーを助けてその追跡を邪魔した件も。──あの姉ちゃんが裏で糸引いてるって思ってたみたいよ?」
「…って、ぇええええええ!!?」
静かな雪原に
一人の青年の驚愕の声が響き渡った。
「なんで!!なんで否定しなかったんですか!!?あっちは知らないけど僕らはウイと何の関係もないでしょう!!!」
ガクガクとクザンの襟元を掴み揺さぶるロイは
一応数年前までこの男の部下だった。
今の二人の関係はどうなっているのだろう。
ロイほクザンに従い言葉遣いも敬っているようには見受けられるが、やり取りを見る限り気兼ねのない印象を受ける。
「落ち着きなさいって。あそこで否定したところで逆に庇ってるように取られて終わってたでしょ。どうせ関係ないんだから、あっちもいずれ気付…
「何かあったら!!それまでにウイの身に何かあったらどうするんですか!?相手はあのドフラミンゴですよ!!?」
相変わらずグワングワンと揺さぶり続けるロイの態度を、クザンが咎める様子はない。
頭の中がそれ一色に染まった青年を恨みがましそうにジト目で見上げるだけであった。
“連れ”と称するぐらい。
二人はこれまでのような上司部下の関係というだけではないのだろう。
ブツブツと文句を垂れつつ、到着した小舟に乗り込んだロイはそのオールをクザンに押し付ける。
「一刻も早くウイに伝えなければならないので。船まではクザンさんが漕いで下さい」
「…言ってどうにかなるの?それ。どうせ勘違いなんだし、知ったところでアレ相手に一般人が出来る事なんて──
「早くかけたいのでさっさと受け取って下さい!」
ずい、と半ば強制的に押し付けられたオールでしぶしぶ海水を掻くクザン。
小舟がパンクハザードの陸地を離れると同時にロイが背負っていた荷物袋から取り出したのはでんでん虫。
それを今から繋ごうとしている相手の顔が、彼の脳内に浮かび上がる。
元から頻繁に会う仲ではない。
彼女を思い浮かべるとその顔はいつでも眩しいくらい笑っているというのに、実際に彼が共にいる時その顔は泣いたり雲っている事が多いのはなぜだろうか。
彼は彼女に恩があった。
進む先を、道標として照らしてくれた女性。
濃い霧に覆われた視界を晴らして貰った。
よく見えずに進んでいた道は、本当に進みたい道ではないことを気付かせてくれた。
そんな人の身が危険かもしれない。
ロイはいても立ってもいられなかった。
「あら?ウイ一人?」
「ソニア…おかえりなさい。皆まだみたいだね」
ブラーヴェの本部。
大体一、二ヶ月ってアバウトに決めた休暇。
一番乗りで戻ってきたのは私だった。
暫く本部の掃除や直営店の売上チェック、休んでた間の状況を整理して。
それからは式場の限定ショップで売る商品の中身をブラッシュアップしてた。
「あなたももっとゆっくりして来て良かったのに。…どうしたの?浮かない顔」
「そんなこと…ないけど…」
品揃えも中身も、もう十分過ぎるくらい詰めに詰めたラインナップだから
今更少し考えてなにかが良くなるとかはない。
ただ特にすることもなくて、何もしないで居るのが嫌で
企画書とリストを眺めてただけだ。
「そんなことないかどうか、そこを決めるのはウイじゃない気もするけど。騒がしいのも不在だし。吐き出したいなら聞くけど?」
コートを掛けてお湯を沸かし始めるソニアは、何でもないって誤魔化したって
私の中でぐるぐる渦巻いてる気持ちの存在に気付いてるみたいだった。
あの時も、ソニアにだけは話した。
誰にも何も言わないでくれて、未だに私にだって触れてこない。
相手は違うけど、これはあの時の気持ちと似てる。
「…じゃあちょっとだけ、聞いてくれる?」
「──自分で振っておいて驚いたわ。まさか乗ってくると思わなかったから。飲み物は何にする?」
どういう意味よ。
驚いた顔で人の顔を凝視してるソニアを睨んでみた。
私ってそんなに相談とかしなそうなのかな。
「紅茶が良いな。アールグレイ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
カフェの店員さんみたいな話し方をするソニアはなんだか余裕が滲み出てて。
寧ろ余裕のないソニアなんて見たことないんだけど、自分が今いっぱいいっぱいだからなのかな。
その余裕は少し面白くない。
吐き出したら、この心配も少しは軽くなる?
考えたって仕方のないことなのに、気付けばそればっかり考えてるの。
もうあれからひと月以上経ってる。
どう転んだにせよ、何かは動いてる筈なのに。
紅茶の香りが鼻先を擽って、胸一杯にその空気を吸い込んだ。
無意識にため息として吐き出したそれは、吸い込んだ時よりなん十倍も重たくなってたと思う。
本当、ダメだな。
こんなんじゃ。