16-36
「我ながら美味しいわ。──それで?休暇中に何があったっていうのかしら」
「凄く直球で的確だね、ソニア…」
当たり障りのない世間話してたって、話すって決めたんだからそんなの無駄な前置きでしかない。
でもこっちだって、簡単に話せるようなことならあんなに呼吸がため息とかになったりしないんだけどな。
「ローと何かあったの?」
「ゴホォッ!!…けほっ!けほけほっ!!なん…でっ…!」
ムセる私を尻目にウフフフフ、って笑ってるソニアは
それが図星である事を理解したんだろう。
「あら、だって休暇に入ってすぐこっちへ来てたみたいだし。そうじゃなくてもウイが悩む事なんてどうせその辺りでしょう?」
「ローのこと、だけど!…ソニアは知ってるでしょ?私が好きな人はエースだよ。ローのことは、その…友達として!今ちょっと、心配で…」
合ってるけど合ってない。
そういう“特別な人”として心配な訳じゃなくて、ローが心配なのは大切な友達だからだ。
ずっとこの為に頑張って来たのを知ってるから
相手が相手なのも知ってるから
どうしても気が気じゃないだけ。
「…それの件もだけど。別にウイのエースへの気持ちが嘘だなんて言わないわ。でももう2年経って、気持ちも落ち着いたでしょう?」
「──どういう、意味?」
ティーカップに口を付けるソニアの顔はどこか憂い気で。
伏せた目を縁取る睫毛が長いな、なんて
そんな関係のないことを考えてたりしてた。
まさかその話を今持ち出されるなんて、思ってもみなかったから。
「一度誰かを愛したら、他の人を愛してはいけない決まりなんてどこにもないのよ?」
ローの話をして、海賊なんだから仕方ないとか言われて
この話は終わるものだとばかり思ってたの。
「今のウイを見てると、意地になってるように見えるわ。あの時エースを助けに行ったからには、ローを好きになってはいけないって」
2年。
2年だ。
エースを好きになって、エースと恋人同士になって、エースが死んでしまって。
あれから2年間。
星空の中で過ごした時間は長かったなって思い返せるのに
気持ちの整理をするには短すぎる時間だったなって
誰かに触れられて初めて気付く。
私はまだこの話に、触れられたくない。
「や、だなぁ…そんなことないよ?私はただ、今もエースのこと好き、だし。だからといってローだって友達だから心配なだけで」
「あらそう。あの時は心配するなら“恋愛の好き”じゃないといけなくて、今は“友達でも”心配するのは有りなのね」
びくりと、体の芯が震えた。
瞬きするのを忘れてて、自然と背筋がピンと伸びたんだ。
これは心の臨戦態勢。
ソニアは今、簡単に誤魔化されてくれるつもりも
そんなフリしてくれる気もないんだなって
ふと悟ったんだと思う。
「なんか、突っ掛かられてる気になるなー…。ソニアは…私がエースのこと好きなの反対?」
「私がそうさせた、みたいなところあるから…正直これで良かったのかしらって何度も思ったわ」
最初は責められてるような、そんな気がしたんだけど
真っ直ぐにこっちを見てるソニアの目には、寧ろ申し訳なさみたいな色が見てとれた。
「あなたに、ウイに私と同じやらない後悔はして欲しくなかった。──でもきっと、それは私の傲りだったわ」
「…傲、り?」
ソニアに傲りなんて言葉は似合わなすぎる。
いつでも客観的で、大人で、冷静。
私の心情が明け透け過ぎたのか、ソニアの顔が苦笑いで歪んだ。
「ウイが私に似てたら、あの時エースを助けに行くことの背中を押して何の後悔もなかったと思うの。でも、実際私とウイは全然似てなかった」
「似れるもんなら似たかったよ!…けど似てる要素が全くないじゃん元から。胸とか!色気とか!」
どうしたソニア。
私とソニアが似てるなんて、100人に聞いて1人だって答えないぞ…
ちょっと予想外な話の進行方向に、驚愕過ぎて顔が引きつった。
「ウイは思った以上に潔癖で、融通も利かなきゃ頑固で面倒臭い」
「やっぱソニア、喧嘩売ってたの…?」
さっきまでの申し訳なさそうな顔とか、ツラそうな苦笑いとか
嘘だったんじゃないかと思える程のてのひら返し。
「純粋で、自分に厳しくて。自分の弱さや甘えを認めてあげられない子だった。私はもっとズルいもの」
「なんか、色んなこと言われ過ぎてアレだけど…そんなこと、ないよ?」
ディスってる部分もあるんだろうけど…それだけじゃない気がしたの。
違うよソニア。
私は潔癖なんかじゃなければ自分にも甘い。
凄くズルい、女だよ。
「エースへの気持ちが本物だとしても、いつまでもそこに縛られて“今”から目を背けるのは違うと思うのよ?」
あぁ、そういうことか。
つまりソニアは私とローをくっつけたいんだ。
どこか冷めた自分が今の状況を冷静に把握した。
ソニアの言葉が心に刺さったり
かためた決心を揺らがせたりして来ることもあるけど
その手に乗っちゃダメだ。
「今心配だと思う気持ちとか、それ以外でもあるでしょう?思うところが」
「ないよ、…そんなの。──私後悔なんてしてない。今もエースに支えて貰ってる。私が好きでエースを好きで居る」
確かにローと一緒に居ると、気持ちが乱される。
でもあれは“癖”だ。
初恋で、長い間ずっと好きだった人だから
まだちゃんと、ケジメを付けれていないから
だから心が引っ張られそうになる。
それだけだ。
「そういう所が、頑固。まぁ良いわ。誰かの前じゃ、あなたは素直な気持ちと向き合えない」
「私、結構頑固って言われるけどさ…そんなに?」
何を今更、と言わんばかりにソニアが呆れ顔で首を縦に振った。
頑固かぁ。
なんか、聞く耳持たないとか偏屈者とか…
あんまり良いイメージないよね。
「──でもあなたは頭の良い子だから。どうせ後で1人になった時、嫌ってほど考えるわ」
目を細めて口角をつり上げて笑うその顔は、なんだか意地悪そう。
美人がこれをやるととんでもなく絵になる。
ソニアにはお見通しか。
私、今は取り敢えず違うって分かって欲しくて否定した。
でもきっと後でまた考える。
なんであの時は好きじゃなきゃ心配しちゃいけなくて、今は良いのか、とか。
ローと居る時、私が何を感じて、考えてるか、とか。
でも、ダメなんだ。
例え今私がどう思おうと、ダメなの。
「…私が誰よりも覚えててあげないと。忘れられちゃうのも、霞んじゃうのも、それって寂しいじゃない…」
「──あの人。……エースはきっとそんなこと思わないと思うわよ?」
ソニアの言葉にハッと我に返った。
返事があって、初めて自分がそれを口にしてた事に気付く。
なんだかバツが悪くて、伺うようにソニアの顔を覗きこんだ。
「エースはきっと、ウイがいつまでも自分を忘れずに居てくれるよりも。──幸せになって欲しいって思うんじゃないかしら」
違うよ。
私とエースは似てるから。
周りにそうだと悟られたくないだけで、誰かに必要とされる事をずっと求めて来たから。
「納得してない顔」
「だって、してないもん」
エースも忘れて欲しくない筈。
ずっと私に好きで居て欲しい筈。
あんなに、愛してくれた人だから。
死ぬまでずっと好きで居てくれるって約束してくれて
あんなやり方全然嬉しくなかったけど、約束守ってくれて。
エースがあの時あの約束をしてくれたのは
エースがそう言って欲しかったからだよ。
私も嬉しかったけど、あの言葉を本当に欲しがってたのはエースの筈なの。
「私だったら、ずっと好きで居てくれたら嬉しいなって。そう思うからかな」
「…ハイハイ、ご馳走さま。それで?話は逸れちゃったけど浮かない顔してた原因のお医者様はもう良いの?」
引き下がってくれたけど、これは納得したからじゃない。
何を言っても無駄だって呆れられたから。
良いの。
私とエースのことは私達にしか分からない。
誰にも理解されなくたって、それでも良い。
誰にも理解して貰えなかったから、解ってくれるエースに出会えて救われたんだ。
私とエースがわかってたら、それで良いよね。
「それがね、ドフラミン──
プルプルプルプル
プルプルプルプル
「…誰だろ?」
「…あんまり特徴のない相手ね…どうぞ?出て良いわよ」
見覚えのないでんでん虫の変装。
それをお互いに訝しげな顔で見合わせた私達。
折角だからローの事も話しておこうって思ったの。
だってブラーヴェはドフラミンゴとの取引もある。
そして今ブラーヴェの拠点になっているのはこの新世界。
ただ吐き出したいって事よりも、知っててくれた方がソニアは色々上手くやってくれると思った、のに…
本当誰だろう。
「はい、もしもし?」
『ウイか?久しぶりだな。僕だ、ロイだよ』
「ロイ!!?」
それは予想だにしなかった
久しい友からの連絡だった。
「久しぶりだね!元気だっ……って、今までなんで連絡の一つも寄越さなかったのよ!!?」
『ごめん、色々立て込んでて…』
受話器を通して聞こえて来たのは、優しい人柄が声にまで滲み出ちゃうような
2年前から音信不通だった友達の声。
「私もだけど!ベガス聖だって!!すんごく心配してたんだから!!!今どこに居るの?海軍辞めて今何やってるのよ!」
『あー…えーっと…心配かけたのは謝るよ。でも僕は元気だ。クザンさんも。そこは安心して』
声が聞けて、連絡が取れて嬉しいのに。
口から飛び出てくるのは文句ばっかり。
声を聞いて、“無事で良かった”って一番に思ったのに。
なんで素直に言えないかな。
私の物凄い剣幕と、受話器の向こうの相手がロイだってわかったらしいソニアは
ちっちゃい声で「また後で、ごゆっくり」ってだけ言って荷物を片付けに事務所の奥へ入って行ってしまった。
『それよりウイ、大事な話があるんだ。キミこそ今どこに居るんだい?』
「私はブラーヴェの本部に居るけど…まだ話は終わってないでしょ!?」
事務所に一人きりになって、長くなりそうな気もしたし
椅子を引いてドカッとそこに腰かけた。
『その話はまた後で、だ。良いかい?今僕らはパンクハザードって島に居る。そこで起きた事をウイに連携しておきたい』
“パンクハザード”
その島の名前と、何時にもなく真剣なロイの声色にゴクリと喉が鳴った。
ロイの話よりもまずはこっちの質問だっていきり立ってたのに
そんなことどこかに消えてなくなってしまった。
『僕らがここに到着したのは今日のことだ。でもこの島ではその前から色々起こっていたみたいで───
一言も言葉を挟まずにロイの話を聞いてた。
それは私が知りたくて、気になって仕方のない話だったから。
何の偶然でロイもパンクハザードを訪れたのかは分からない。
でもそんなことより、もっと早口で話して!って思うほどに
ローが今何をしてるのか
無事でいるのか
それが気になった。