16-39




「あらあら。──良かったの?」
「…くねぇよ!!っとに!!!」


全然良くない。
良い訳がない。

元から許されていないこと。
例え禁忌を侵したとしても…それで得られるのは増幅した過去への呪縛といっ時の慰めだけ。


「エー…ス…?」


ボロボロと涙を溢す愛しい存在にすがるように名を呼ばれる事の戻かしさ。
目の前に、同じ世界に存在出来ていられたのであれば
どれだけ嬉しかったことか。

悪態をつく青年の胸中では
求められる事に満たされる気持ち等霞んでしまう程に、何も出来ない無力感と締め付けるような想いが充満していた。


「もう聞こえちゃってるみたいじゃない。手遅れで──「煩ぇ!!良いわけねぇだろ!!」


何かに囚われたようにピクリとも動かず海を見つめる彼女とよく似た声で紡がれるただの事実。
嫌味でも誇張した言葉でもなく、それは現実。

それすらも腹立たしく思うのは、やらかした自覚があるから。


悪いのは堪えきれず想いを溢れさせた浅はかな自分だ。


「っとに…何やってんだルフィのヤツは!!」







折角外から射し込みかけた光。
呪縛から逃れる機会を、ウイは拒絶した。


そんな気はしていた。
そんなヤツだ。


閉ざされた空間で、何にも誰にも触れさせずに匿ってきた核心。
ウイの中で凝り固まった誤った概念。

それを正せるのはルフィしかいない。
いねぇってのにっ──!!!


「結構惚けた子なんでしょう?…ちゃんと覚えてるのかしら」
「忘れる訳ねぇだろ!他の誰でもねぇ俺の頼みだ…。にしても!!遅ぇ!!遅すぎんだろ!もう2年だぞ!?探せよルフィも!!」


ウイを縛っている鎖は一本だけじゃねぇ。

もう1つの俺に固執する理由。
それはきっと、あのくそ医者が何とかする。

でもそれだけじゃダメなんだ。







両方がほどけなければ、
───ウイは前に進めない。






自分だけしか解ってやれなかった優越感が、住む世界を隔てただけでこうも形を変える。
これが心残りで、後悔。


「愛とか恋とか、ンな綺麗なモンじゃなくエゴだったのかもな…」
「ふふ…。そうね──きっと、境界線なんてないんじゃないかしら」
「境界線…?」


声だけじゃねぇ。
顔に仕草に、笑い方までどことなく似てる。

ウイより少し落ち着いてて、それでいて憂いの帯びている気がする横顔が夜空を見上げた。


「本当に隣…ううん、もう混ざってるくらい。好きとか、エゴとか、愛とか我儘?──好きが大きければ、お隣のエゴや我儘だってその分濃いのよ」
「?…よく分かんねぇけど」


この人にも
愛だったのかエゴだったのか、そんな経験があるんだろうか。
既に悟りを開いてるかのようなその瞳は、どこかの記憶に想いを馳せているようにも見える。


「ね…ぇ!!!そこにいる、んでしょ…っ!?…返事、して、よ…!!!エースぅ…っ!!!」


自分の生前の気持ちの善し悪しを考えてる場合なんかじゃなかった。
俺の存在を感じたらしいウイがもう号泣状態。








泣くな。
俺が悪かった。







「ごめん。──今のウイにはまだ、会えねぇ」


それは決して届く事のない恋人への言葉。








反省してる。
届いて欲しくて、前に進んで欲しくて、つい干渉してしまった。


でも結果がコレだ。
かえってつらい想いを増幅させただけ。


触れることの叶わない掌で涙でぐしゃぐしゃの顔を覆えば
くたりと力の抜けた体が看板に倒れ込む。

受け止めようと伸ばした腕をすり抜けて。







「必ず、会いに行く。俺だってウイに伝えたいことがいっぱいだ。──でも今はダメだ」


触れる事の叶わないこの役立たずな手を
何度後悔の念で握りしめただろう。

しゃがみこんで感覚のねぇ指で頬をなぞれば、気のせいかもしれねぇけど微かに目元の力が弛んだような気がした。



こんな場所で気を失わせて風邪でも引きやしねぇだろうか。
明日目が覚めたら、目は腫れちまわねぇだろうか。


「ウイはいつも、心配ばっかかけんのな」


心残りで気掛かりで、自責の念が止むことはない。


それでも、だからこそ。
俺はウイを放っておけねぇ。







「ん…、あたた……え!!?外!?」


体のあちこちが痛い。
固い床板の感触で、やっと甲板で転がっていた自分の状況を理解した。


「うーわ…、そんなに飲んでなかったと思うんだけど…」


陽が登り始める水平線。
白み出す空と海面に放たれる放射状の朝日。
清々しい空気の中、それを眺めてる私は酔っ払って外でゴロ寝っていう
さわやかさもぶち壊しの一日の始まり。


でもどんなに飲んでたってそのまま外で寝ちゃうなんて事なかったのに。
疲れてたのかな。





まぁ時が戻る訳でもあるまいし、過ぎたことは仕方ない。


ため息を一つ吐いて立ち上がった。


丁度上空を舞っていたカモメを捕まえて新聞を買ったものの…まずはそれよりお風呂だよね。
昨日入ってないし、外で寝たせいで潮風でベタベタする。


「なんたる女子力の低さよ」


元からその手のスキルが高くないことは承知の上。
この際ガサツ具合でも極めてやるかって、新聞を勢いよくソファーに放り投げた。






くるくる回転してぽすりと着地した新聞。
この時はね、その一面を飾っているのがどんな記事かなんて深く考えなかったの。

昨日あんなにあれこれ考えてた事なんて綺麗に頭から抜け落ちていたから。


ぬるめのシャワーを浴びながら、物もらいでも出来たかなって思わなくもない目の違和感に眉をしかめて
サッパリついでにお風呂上がりに牛乳なんてイッキ飲みして
プハー!とか叫んでみたり。


そんなふざけたことしてたから余計驚いた。
新聞を開いて、何でこんな大事なこと頭から抜けてたんだろうって
衝撃が走るってこういうことを言うのかって、身をもって体験した。










【ドンキホーテ・ドフラミンゴ七武海を脱退、ドレスローザの王位を放棄】
【七武海トラファルガーロー、麦わらの一味と異例の同盟。ローに対する政府の審判は不明】









昨日起こった出来事を、忘れてしまってた訳じゃないと思うの。
でもなんだか靄がかかったみたいって言うか
なんだかぼんやりしてて、それすらもなぜか気にならなくて。






そんなことはどうでもいい。
これは一大事。

かかってくるかもわからないローからの連絡を待ってなんていられない。

私が何もしなくても勝手に世界は動き出す。
誰も私なんかの準備が整うのを、待っててなんてくれないんだ。





ぷるぷるぷる
ぷるぷるぷる





『──俺だ。どうした』
「ロー?!私!ウイだけど!!今でんでん虫してても大丈夫?」


割とすぐ、目的の人物の声は聞こえてきた。

ロイが言っていた事も新聞も本当っぽい。
なんだか周りが賑やかだし、ローの声がよそ行き仕様っていうか普段より堅い気がする。


『長くならねぇなら問題ない』
「新聞見たけどあれ本当!!?」


ならばご要望通りにと言わんばかりに簡潔な直球を投げた。


ローがパンクハザードのSAD製造施設を破壊してシーザー・クラウンを誘拐した。
そしてルフィくんの船で島を出た。

そこまでは知ってる。


新聞に書いてあった同盟って本当?
前も、頂上決戦の時もローはルフィくんを助けたんだよね?










なんで?










ローはよっぽどの事がない限り、他人と“同盟”なんて面倒な関わり持とうとしないじゃない。

何か理由があるの?
そんなにルフィくんと仲良かった?








それにドフラミンゴの記事は?

ドフラミンゴ凄く怒ってるって、パンクハザードまでわざわざ出向いて来るくらいだって聞いたけど
七武海の脱退も王位の放棄も、ローが何か関わってるの?


偶然?
それともあっちの思惑?










『──さぁな。そこに書いてある以上の情報は俺にもねぇ』











なんか
なーんかなー…









腹立つー。









いや、解ってる。
解ってるよ?

私は今何か出来ることがあるならしたいから
現状を把握出来る情報が少しでも、そして早く欲しい。


それが思い通りにいかないからムカッとしてる。
解ってるんだけど…








「──なんっでそんな回りくどい返事の仕方するのよ!!つまりルフィくんと同盟!!組んだのね!!?」
『どうした。なに怒ってんだ』


ほら、やっぱり。
急いでたり本当に理解させよう、伝えようってしてる時のローはこんな言い方も返事もしない。


「それで?!ドフラミンゴの方は?!ローが何かしてこうなったの!!?偶然!?」
『同盟は組んだ。…アレと引き換えにシーザーを返す取引をした。今麦わら屋達とドレスローザに向かってる』


は?

返す?
シーザーを??





訳が分からなすぎて
この時私、我ながら凄い顔してたと思う。






「これでもうドフラミンゴはSMILE作れないんじゃないの?!それに腹立てたカイドウとドフラミンゴが潰し合うように仕向けるって言ってたじゃん!!」
『最初はな。そのつもりだった──が、状況が変わった』


だからさっさとその変わった状況を話せ。
こちとらなんで当然のようにルフィくんと一緒に居るのかすらも謎のままだ。


『不確かな火種より確実な敵。これでジョーカーは例えSMILEをまた作り出したとしても海軍と対立せざるを得ない』
「……不確定なカイドウとの潰し合いより、確実に追ってくる海軍ってこと?…あぁ、なるほど」


SADの製造ラインは壊しちゃったみたいだし、政府公認じゃなくて一国の王でもないドフラミンゴが新たにSMILEを製造しようとしたところで
追われながらじゃ場所も労力も確保が難しいか…。


それに、確かにドフラミンゴはカイドウの機嫌を気にしてたの。
SMILEが手に入らなくなればカイドウも困るんだろうけど
だからと言って必ずドフラミンゴとドンパチ始めるかって聞かれたら、返事は“ノー”だ。


あの時はそれが一番リスクと対価を考えれば良策だっただけ。
他に出来得る事がなかっただけ。


例え七武海を辞めたところで、すぐに捕まる訳じゃないと思う。
寧ろ捕まらない可能性だって十分ある。

でも、もう無敵ではない。
それは大きな変化で前進だ。




アテにもしてないし期待だってない。
私は寧ろ、海賊よりも政府や海軍の方が腐ってると思うし嫌いだ。


でも…手強いのは知ってる。







とても強い人達が、海軍相手に散って行ったから。













とにかく状況は大体把握した。
ロー達はドレスローザの王じゃなくなったドフラミンゴのところへ、シーザーを引き渡しに行く、と。















ん?











…引き渡した後ヤバくないか?
シーザーさえ奪還出来ればドフラミンゴがローに手を出せない理由はないんでしょ?

っていうかそもそも
バカ正直にこっちが条件飲んでシーザーを返すメリットってある?








このまま逃げちゃえば良いんじゃなかろうか。





destruct at reality.