16-41
もう嫌になる程こういうヤツだと知ってる。
知ってるが…何度目だ、本当に。
なぜ伝わらない
なぜ学ばない
「自分の命何だと思ってンだ…」
誰も居ない麦わら屋の船の船尾で
胸中を表した言葉は朝の潮風がどこかへ拐って行った。
腹は立つ。
今は出来れば、取引とSMILE工場の破壊以外に思考を割かれたくはない。
だが
この件が上手く片付いた時
アイツがそこに居なければ、それは何の意味もなさねぇ。
一生かかってでも、成し遂げられれば良いと思っていたコラさんに立てた誓い。
敵は強大。どれだけ力を付けようとも、生半可な相手じゃねぇ。
それを早々にやり遂げようと思ったのは何故だ…?
危険に晒したくねぇ女が居る。
それでも手にいれたいと、傍に居て欲しいと思う女が居る。
生かされた自分が初めて望んだ、コラさんの念願を果たす以外の願い。
誓いを果たすまでは、今の自分にはそれを望む資格はないと思った。
そして焦らずともずっとそこに在ると思っていたそれは今、離れて行こうとしている。
本来であれば自分の手で蹴りを着けたい事。
だが他力に頼ってでも早く、成し遂げたいと思った。
そうさせたのは紛れもなく、今俺を腹立たせて止まない
あの──バカ女だ。
ぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
『あら、なんの苦情かしら』
「なんの話だ。──いや、ンな事今はどうでも良い。ウイがドンキホーテ・ドフラミンゴに狙われてる。そこに居たら危険だ、暇を出せ」
受話器から聞こえてくるウイの上司の声はいつも通り
喜怒哀楽の読めねぇ、早過ぎも遅過ぎもしないビジネスライクな声色。
『なに?急に。…今朝の朝刊のアレと何か関係でもあるのかしら。そういえばあなたも随分目立っ──「悪ぃが時間が惜しい。説明なら後でする、とにかくウイをそこから出航させる許可をくれ」
全く悪いと思ってない訳じゃねぇ。
俺が自己都合で動いた結果、ウイに在らぬ疑いの目が向いた。
ブラーヴェが今、重要な時期なのもわかっている。
でもコイツなら、ソニアなら
上司として、ウイの友人として
今必要な決断を下してくれるという根拠のない自信があった。
『ハイハイ、わかったわ。──あなたのこと、ウイがとっても心配してたってだけ伝えておくわね。それじゃあまた』
「…恩に着る」
受話器を置いて、ホッと肺に溜まった空気を吐き出したのは
いくらソニアだろうと返事が“ノー”である可能性がゼロではなかったから。
いつか何かで礼でもしねぇとな…
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
『あ、もしもし!?ちょっともしかして今本当にソニアに掛けてた?どっちも通話中だっ「話はつけた。今すぐ出航しろ、さっきも言ったがブラーヴェには行き先を伝えるな。それが一番おまえもアイツらも安全だ」
本人はと言えば相変わらずの調子で、まさか本当に今出航するとは思いもしていない口振り。
ブラーヴェに迷惑をかける事への遠慮も多少はあるんだろうが
コイツをこうさせる根本的な原因は、自分の命の優先順位が極端かつ圧倒的に低い事にある。
『…!!そうだよ皆!私が居なくてもドフラミンゴがその気なら!私のせいで皆が危ない目に合うなら私、絶っ対行かないから!!』
「そうしねェ為に行き先を言うなっつってんだろうが!!」
ウイに手を差し向けるか否か。
それは確実ではねぇものの…あっちがヤるつもりなら時間がねぇ。
ねぇってのに!!
『知らないで通用する相手!?とんでもなく非道な人なんでしょ!?自分の思い通りにいかないなら!!それだけで何するかわからないような人なんでしょ!?』
「ンな事俺が一番解ってる!!──ブラーヴェには絶対に手出しはさせねぇ!その為にも、おまえが出航したらすぐソニアには対策を伝える!」
思い通りに動かねぇ事に、確かに腹が立った。
だがしかし
声を荒げて反論するウイは、深く考えずに反発してる訳じゃねぇことくらい解ってる。
直して欲しい。
自分をもっと大事にして欲しい。
いい加減学んで欲しい。
そうは思えど
説教される度に、毎度こいつなりに反省して成長して
それでも絶対に譲れねぇとこだからこそこうして何度も繰り返す。
周りが傷付く事に、ウイは異様に敏感だ。
そして怒鳴られようと何が起ころうと、自分が決めた事は簡単には譲らねぇ。
面倒だろうが腹立たしかろうが
それが俺が惚れた“ウイ”って女だ。
「こうなったのは俺の責任だ。大変な時期に悪ぃと本気で思ってる。だが今は冗談抜きに危険だ。頼むウイ──今回は譲れ」
『……いつも自分が譲ってるみたいに言わないで。一回だって…譲ってくれた事なんてない癖に』
…そうだったか?
結構色々聞いてやってた覚えしかねぇんだが。
あれやりてぇこれやりてぇって
好き勝手言うのを、いつも聞いてやってただろうが。
急がねばならない中で、このとんでもねぇ頑固者を説得しなければならない。
そんな状況でふと思考が他に飛んだのは、口振りはさておき
受話器の向こうにいる頑固者の気持ちが動き出した気配をなんとなく察したから。
ウイは恐らく、出航してくれる。
「こうするのが、おまえもブラーヴェも一番安全だと思ってるだけだ」
『本当に、ソニアもアオイも、カレンもディゼルもシュウも危なくない?他の従業員の皆も?』
今にも、泣き出しそうな声だった。
本当に、ブラーヴェの連中が心配で仕方ねぇのが手に取るように伝わって来る。
場違いで種類が違ぇのは重々承知してはいるものの、…少し妬けた。
「あぁ、約束する。──俺を信じろ」
『……わかった』
良し。
すぐに出航出来るらしいウイに1時間以内に折り返すとだけ伝えて一旦通話を切る。
すかさずダイヤルを回しでんでん虫を繋ぐ先は、先程話したブラーヴェの女社長の元。
ウイの意向がなかったとしても
自分の身勝手でブラーヴェの連中が虐殺ってのは、流石に目覚めが悪ぃ。
コールが途切れるのを待ちながら
意図せず増えていたウイとクルー達以外の失いたくねぇ部類の存在を思った。
大事とか守りてぇとか、そこまでじゃねぇ。
だが世界なんて全て破壊してやりてぇと思ってた俺が、随分と変わったもんだ。
ソニアはウイとはまた違った種類の頭の回転の早い女だ。
十を聞く前に既に俺の意図を汲み取り概要を把握したソニアとの打ち合わせは、15分とかからなかった。
ウイは幹部休暇の際、ハートの海賊団の元へ向かうとだけ伝えその後音信不通。
もし、ドンキホーテファミリーの誰かが本当にウイを訪ねるような事があれば
勘違いの逆恨みの件は知らないものとし、“顧客”として扱う。
安全な状態でかけるでんでん虫は3コールで切り、それを繰り返す。
それ以上鳴り続けるブラーヴェからのコールにウイは応答しない。
決まった対応はざっとこんなところ。
戦闘力で言えばブラーヴェは下の下。
虫けらのように踏み散らかせる程ひ弱な存在だ。
だが世界政府だけでも厄介な上にカイドウまでを敵に回すリスクを背負いこんでやがる今のドフラミンゴにとって
世界中の貴族や富豪、天竜人までを顧客に持つブラーヴェと対立する事によるデメリットは小さくない。
尚且つ敵対せずに“顧客”という存在でい続ける限り、ブラーヴェを通してウイの情報が回ってくる可能性が残る。
ドフラミンゴはトチ狂ってやがるが頭はキレる男だ。
手段は選ばねぇが、選びとるその道の先には目的の達成が必ずある。
つまり
ボロさえ出さずに上手く設定を演じきる事が可能であれば、そこに正解ルートを用意するだけで敵は自ずと飛び込んでくる。
ブラーヴェでの対応は名演技を存分にかましてくれそうなソニアに一任し、再びウイの元にでんでん虫を繋いだ。
『…もしもし?』
「俺だ。ブラーヴェの方は問題ねぇ、安心しろ。たださっきも言ったがアイツらに行き先は告げるな」
ソニアとディゼルと…シュウに関して言えば、まぁ心配ないだろう。
たがアオイとカレンの嘘のつけなさ具合は下手くそで済ませられるレベルじゃねぇ。
恐らくソニアは、ファミリーだけではなくバカ正直組も一緒に欺くつもりだ。
『それは分かったけども…ねぇどういう設定にしたの?本当に大丈夫なの?』
信用してない訳じゃねぇんだろうが
懸かってるもんがデカ過ぎるせいなのか、ウイはドフラミンゴがブラーヴェに自分を探しに来た時の対応を知りたくて仕方ねぇようだった。
『なるほど。あったま良いー。……うん、それなら大丈夫かも。ソニアそういうの得意そう』
経緯を聞いたウイは心底安心したようだった。
見返りのねぇ相手に喧嘩売って回れる程、あっちも今は余裕がねぇ。
相手が天下のブラーヴェなら尚更だ。
『ありがとね。勘違いのこと、黙ってたら本当に大変な事になるとこだったかも。それは考えつかなかった』
「懲りたなら今度こそ改めるんだな。学習しねぇにも程がある」
あはは、と乾いた笑いが返ってくるこの感じは怪しい。
願わくは、これが最後なら良い。
この件が上手く片付いた後は、目の届く所にいつもウイがいるような日々が待っていれば良いと切に願った。
『そいえば聞きたかったんだけど。ローってルフィくんとそんなに仲良かった?頂上決戦、の時も助けたって聞いたけど』
「おまえこそ麦わら屋と面識でもあんのか」
“ルフィくん”その呼び方が鼻についた。
…前からだったか?
ウイが麦わら屋の名前を呼ぶ場面を思い出そうにも、それは中々出て来ねぇ。
『面識は、ないかな。ただ…エースがよくルフィくんの話、してたから』
だろうと思った。
だからこそ鼻についた。
その可能性を打ち消したいがあまり、2年より前にウイが他人行儀に麦わら屋を呼ぶ記憶を探した。
避けるかと思ったその話題を出して来たウイの胸中を思えば
隠されるのも微妙だがこれもこれで複雑だ。
十中八九、前々から話してぇらしい内容ってのは火拳屋の話に違いねぇんだろうから。
『珍しい、よね。ロー同盟とかそういうの嫌いそうなのに』
「利害の一致と、背を預けられるだけの実力が麦わら屋にあった。──それだけだ」
“それだけ”と口にして
果たして本当にそうだろうかと疑念が沸く。
いつかシャボンディで共闘したのは紛れもねぇ偶然。
だがしかし頂上決戦と今回に関しては…
「後は気紛れ、かもな」
『一番そういうのしない人がよく言うよ』
そうだな。
気紛れなんて不確かなもので事を判断しねぇ主義だ。
ただ、本当にあの時は思った。
雪の降りしきる中、麦わら屋を見つけた時
何かがいい方向に動き出した、と。