16-42
「それはそうと、おまえほとぼり覚めるまでどこに居るつもりだ。アイツらと合流すんのか」
『え…、行き先は言うなって言ったのローじゃん!』
なんでそうなる。
俺にまで行き先を隠そうとするウイに思わず眉間に皺が寄った。
「それはブラーヴェに、だ。俺が聞いて困る事も特にねぇ。寧ろ知っておかねぇと万一の時逆に困る」
『え…だって知ってると危ない度上がるんでしょ?リスクは減らしといた方良いじゃん!だから教えない!』
なんでコイツは毎度毎度、反抗的と言うか
言われた事に素直にハイと言えないんだろうか。
何かを実行する際、それを共に担う事が最も多いクルー達はこういう時はすこぶる従順だ。
多少引っ掛かる事があろうが指示は迅速かつ忠実に実行する。
「…おまえはバカか」
『んだと!?今どこにもバカ要素なかったでしょうが!!』
もし目の前にウイが居れば噛みつかれてそうだ。
不満げに睨みつけながらきゃんきゃん喚くツラが目に浮かぶ。
これも俺の身を按じての事ってのは重々理解した。
理解したが
ウイの頭からは重要な前提が綺麗に抜けてやがる。
「俺は七武海を辞めさせた実行犯だ。おまえの行き先を知ろうが知るまいがもう既にドフラミンゴがぶっ殺したくて仕方ねぇ相手だろうが」
『あはは、ほんとだーって、……本当にちゃんと気を付けてよ?全然褒められた事じゃないからね?』
褒められた事じゃない。
実際そうなんだろうが、誰のせいとも知れぬ内に降りかかる災難よりも
例え恨まれようが危険が増えようがこうなって胸がすっとしているのも事実。
秘密裏に表社会から抹殺出来れば、それは一番リスクも少ねぇんだろう。
力のある組織、しかもヤベェヤツに恨まれて得する事なんて何もねぇ。
ただ
“俺のせい”で七武海を辞めざるを得なかった。
“俺のせい”でドレスローザの国王をも退かざるを得ない。
コラさんに生かされた俺が引き起こす事はコラさんがした事と同義。
こうなったのは全て
“おまえがコラさんを殺したせい”だ。
手にした地位が崩れていく絶望
強大な敵に追われる事の恐怖
それを感じながら俺を恨めば良い。
あの時コラさんを殺さなければ良かったと、後悔に苛まれれば良い。
『──ベガス聖のとこにお邪魔させて貰おうかなってと思って。最近顔出せてないし、万が一見つかっても他のとこより安心そうでしょ?』
「あぁ…良い選択だ。シーザーの引き渡しの後、恐らくまた状況は変わる。連絡するまで世話になっとけ」
積もり積もった怨念に囚われ過ぎて、危うく避難先を聞き逃すところだった。
ベガス聖。
マリージョアなら安心か。
『ダメとか言わなそうだし寧ろ歓迎してくれそうだけど…もしバレたりとか状況変わればこっちもこっちで動くからね?』
「今日中に引き渡し場所には着く。2〜3日以内には必ず連絡を入れるからそれまではマリージョアを動くな」
無事に引き渡し、SMILE製造工場の破壊まで完遂してドレスローザを出られるか。
どちらか一方のみとなるか。
──それ以外の不測の事態が待っているか。
果たして3日後の自分を取り巻く環境はどう変わっているんだろうか。
どう転ぶにせよ、敵が海賊であればマリージョア以上に安全な場所なんてねぇ。
それにベガス聖なら、寧ろやり過ぎなレベルでウイの警護に当たってくれそうだ。
『そんなすぐ着くんだ…マリージョア近くだけどさ、フリーウィングで海の上いても他よりは全然安全だろうし。どうしよこのま──「行け。直ちに向かえ。連絡入れられたところでその先どうなるかなんて不確定要素が過ぎるだろうが。今すぐ──『分ーかった!分かったよもう!!行く!行くから!!そんな捲し立てないで!!』
人の事言えねぇが
人の話は最後まで聞けとガキの頃に教わらなかったんだろうか。
「──とに大した女だ、全く」
『何か言った!?』
なにも、と答えた口の端は無意識に上を向いていた。
本当に面倒な女だと思う。
癖も強ければ我も強い。
特段顔が整っている訳でもなければ、女性らしいとはお世辞にも言えない体型。
淑やかさや慎ましさ、可愛らしさなんてものはほぼほぼ皆無。
それでも俺は
ウイと居るときの自分は、結構嫌いじゃねぇと思ってる。
「なに〜?こそこそでんでん虫かけてると思ったら!ウイってトラ男くんの彼女?」
「ナミ、隠れてかけてるくらいよ。構うなって事でしょう?」
でんでん虫の受話器を置いた途端、待ち構えていたかのように後方から降ってきた2つの声。
気配は感じていた。
それがニヤついた雰囲気なのも気付いていた。
「子供達にも見せないようなあーんな顔で話してる相手よ?気になるじゃない!トラ男くんも好きな子の前では一人の男なのね〜」
「フフッ。確かに見たことない顔してたわね。無口な方なのかと思ったらそうでもないみたい」
「──覗き見に盗み聞きとは…麦わら屋ンとこのクルーは随分と躾が行き届いてるみてぇだな」
鬱陶しい、本音を言ってしまえばその一言に尽きる。
嫌味なんぞ通用しねぇのか、“彼女”との馴れ初めについてあれこれ聞きたがるナミ屋とニコ屋は終始楽しそうだ。
良いンだ別に。
特にナミ屋はドフラミンゴとの取引に乗り気ではなかったようだから。
これしきの事で気が晴れて存分に働いてくれるなら安い用というもの。
「それで??そのウイちゃんって子はどんな感じの子なのよ?可愛い系?綺麗系?」
「さっきの感じだと結構賑やかな感じの子じゃないかしら。なぜルフィと同盟なんてと思ったけど、意外と騒がしいのが好きみたいね」
……。
「ねぇ二人きりの時はトラ男くんも甘えたりするの?語尾にニャーとか赤ちゃん言葉になったりとか」
「フフッ、それは少し見てみたいわね。でも既に尻に敷かれているのは感じたわ」
…。
「告白はどっちから?なーんか意外と拘りそうよね、そういうの。ロマンチストっていうか何て言うか」
「そうね、無頓着そうに見えてその辺は用意周到そう。彼女さんも幸せね。羨ましいわ」
…。
盛り上がりたきゃ勝手に騒いでいれば良い。
一々リアクションを返してやるのも面倒だ。
そう思い無視を決め込んだ。
決め込んだものの…心から何も感じねぇ訳じゃねぇ。
意図してそうしてる訳じゃねぇが、普段は無愛想だのポーカーフェイスだの言われる部類。
それなのに俺は
ウイと話している時、そんなに締まりのない顔をしているんだろうか。
「ちょっとトラ男くん!聞いてるの!?」
「──あぁ、聞いてる」
サニー号の二階デッキから頬杖を付きながら見下ろしてくるこの二人。
…さてどう撒くか。
「絶っ対聞いてなかったわね!アンタそのマイペースって言うか人を軽んじてるようなとこ!!どうにかした方が良いわよ!私たちは同盟組んだんだから!」
「そうだったわね。そういえばドフラミンゴの話もしてたみたいだけど…彼女はトラ男くんのところのクルー?」
俺はやる時はやる。
オンとオフのけじめくらい付ける。
寧ろやるべき時に限って好き勝手暴走するのはコイツらの十八番な気がしてならない。
ナミ屋の航海士としての腕は認めるが、なんでコイツは自分のところのクルーを棚に上げてこんなに偉そうなんだ。
「ウイは商人兼職人だ。いずれはポーラータングに乗せるつもりだが今は海賊の括りではねぇ」
ナミ屋の態度は不満ではあるが気を損ねる訳にもいかない。
仕方なく当たり障りのねぇ範囲でこの質問攻めに答えるかとため息をついたその時、
「え?…ウイ?ちょっと待って!!それってブラーヴェの?あの有名なシードル作ってるロレイシル・ウイ?」
「知ってンのか…まぁ、可笑しな話ではねぇか」
「あら、ナミ知り合い?」
ナミ屋が驚愕の顔を浮かべ俺の顔を凝視してきた。
海賊ではねぇがウイの知名度は結構高い。
なんで陸に上げられた魚よろしく
口をパクパクさせながら信じられねぇモンでも見るような目でこっち見てンのか知らねぇが、だから何だと言うのか。
「ロビンはあの時まだ居なかったか──エースよエース!!エースもブラーヴェのウイの事“大事な女”だって!紹介したいって!ルフィに言ってたのよ!!」
──ほぉ
「あら、三角関係?でもルフィの兄弟なら、仲が良ければそれだけで“大事な女”になっちゃいそうだけど」
「違うわよ!“兄貴が惚れた女”って!!エースそう言ってたんだから!トラ男くんエースとも知り合いなの?!」
「──詳しく話せ、それはいつでどんな状況だ」
ナミ屋は俺の方が略奪でもしたかのような目で見てやがる。
言っとくが後から割り込んで来て状況を引っ掻き回しやがったのは、寧ろ火拳屋だ。
「詳しくって言われても…少し話してすぐ行っちゃったもの。ただエースが紹介したいって言ってた大事な女がブラーヴェのウイなことは間違いないわよ!」
「トラ男くんの彼女の、元恋人がエースって事なのかしら。世の中狭いわね」
「…それはいつだ」
別にもう、それがいつだろうと
コイツらに何を話していようと何かが変わる訳じゃねぇ。
ただそれでも気になった。
自分でも女々しいとは思う。
「えーっと…アラバスタに着いてすぐだったから、エースが捕まる少し前かしら」
会わせたいと言うことは一緒に居なかったと言うこと。
あの時期手前の海で、ウイと火拳屋が別行動。
間違いねぇ、ウイがこっちに来ていた時
水鉄砲戦争の時か。
「それが何?いつとかって何か関係あるの?」
「別に何でもねぇよ」
あの時ウイは、俺に告白しようと意気込んでいた。
ウイの気持ちがこっちを向いていたのは紛れもない事実。
問題はその後、離れてから頂上決戦終了後の火拳屋が死ぬまでの間。
俺が知らねぇ見落としでも見つかるかと思ったんだが、そう上手くは運ばねぇか。
やはりウイに纏わりついてンのは火拳屋の死。
それだけでも十分手強すぎる
もう固定された、揺るぎ様のない過去の生き物。
「なに〜?もしかして付き合ってる時期が重なってたとかそういう事?やるわね、ブラーヴェのウイ!トラ男くんにエースまで手玉に取るなんて!」
随分責任を感じていた。
自分のせいだと責めていた。
その気持ちは解らないでもないが、かと言ってしたいようにさせてやる程俺は物分かりが良くない。
ただあの時
自分の拘りを捨ててでもウイを受け入れていれば
コラさんの敵討ちを放ってでも欲のままに動いていれば
こんなことにはならなかったんだろうか。
「まさか今回の同盟もそれと何か関係あったりするの?彼女の元カレの弟と同盟って、あんまり組んで楽しいものじゃないんじゃない?」
「ナミ、その辺にしておいた方がいいんじゃないかしら」
正に因果応報。
進む先を譲れねぇ拘りの強さ。
自分の行いが、そっくりそのまま返ってきた。