16-45
急遽伝えられた衝撃的な情報。
俄には信じがたいそれも、サンジの口振り、このタイミング、どれを取っても冗談を抜かす状況ではない事は明白。
「理屈がわからねェ…一体…」
『説明は後だ!!!その島から早く逃げろ!!!急げ!!!』
基本的に目で見た事しか信じぬタチ。
人伝の情報は信ずるに値するか納得行くまで吟味して考える。
しかし今は、ローにもサンジにもそれをするだけの時間等無さそうだ。
まだローの視界には入っていないものの、取引時刻までは2分を切ったところ。
グリーンビット南東のビーチに向けて腹にイチモツもフタモツも抱えた猛者達が集結しようとしていた。
「バカ…手遅れだよ…」
信じがたい情報。
しかしローの第六感は告げていた。
普通はあり得ない事が
“あの男ならば有り得る”と。
とは言ったところで
「……!!!どうしろってんだ!!!」
その悪態は受話器の向こうに向けてか、それとも矛先は別の場所へか…
通話終了を伝えるでんでん虫の機械的な音は無情にも鳴り響く。
頭の回転の早いこの男も、予想だにせぬ展開に状況を打開する策を弾き出せずにいた。
「今の連絡聞いたわ!サンジからね!?」
「ニコ屋!!おい!お前の本体と鼻屋はどこにいる!?今のが事実なら交渉は不成立だ」
突如ビーチの砂浜から上半身を現したのはロビン。
彼女のハナハナの実の能力は腕だけにとどまらず好きな体の部位を本体とは別の場所に咲かせる事が出来る。
初見殺しとも言える程奇抜なこの能力、腕が咲き誇る場面を散々見た筈のシーザーはその光景に度肝を抜かれ後ずさるが
どうやら話の流れがそれ所ではない。
「不成立とはどういう事だ!じゃあ俺の引き渡しはどうなる!!?」
「ニコ屋!鼻屋を呼べ!!この島からすぐに脱出するぞ!!」
「それが……私達今地下にいるの!!」
シーザーの話が無視されるのはいつもの事。
しかし彼は何度その仕打ちを受けようとへこたれない。
今回も例の如くシーザー抜きで進む会話の中で、ローはウソップとロビンがトラブルに巻き込まれ地下に居る事を知る。
援助は望めないが二人は安全圏、後から港で合流する事を確認しロビンの上半身は砂浜から姿を消した。
丁度そのタイミングで、時刻は午後3時を迎える。
約束の時間、約束の場所に“ヤツら”は現れた。
空を舞いビーチに現れたジョーカーこと、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
何年ぶりであろうか、この二人の対面は。
態度にこそ出さぬものの
ローは煩い程に鼓動がドクドクと駆け巡る音と、相反するように手先が冷えて震え出そうとするのを必死で堪えていた。
積年の怨み、恩人の仇。
ローはこの男を忘れた事等、この十数年の中で只の1秒ですらない。
「フッフッフッフッフッ…!!!」
「ジョ〜〜カ〜〜〜!!!!って!…ゲェー!!か…海軍!!いや…いいのか!?」
そして同時刻、狙い澄ましたかのように森を抜けぞろぞろと砂浜に足跡を刻むのはその背に正義を背負う一行。
「流石だなァ!!?上出来じゃねェか!!まさか海軍大将がお出ましとはァ…おいロー!!七武海をやめた俺は恐くて仕方ねぇよ!!」
「ウソをつけェ!!!っテメェ…僅か10人余りの俺達を騙す為だけに世界中を欺いたってのか!!?」
取引の時刻と定められた午後3時。
ドフラミンゴはこの時刻にもうひとつ、事を動かしていた。
世界中に配られる号外。
それはドフラミンゴが七武海を抜け、ドレスローザの王位を降りるという今朝のニュースが誤報であったことを報せるもの。
世界中は混乱の渦に飲み込まれる。
しかし、この取引現場ではそれを知る術はない。
ローの中ではこの時点で、サンジが伝えた情報は未だ半信半疑。
しかし堂々とらしくもなく「恐い」と発言をする目の前の仇に、情報の信憑性は増していく。
この男はそんな不本意な本音を言わない。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
丁度その時、コートのポケットに入れているでんでん虫が着信を知らせた。
しかし今のローに着信に応じられる余裕はない。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
粗方サンジか工場破壊チームの誰かからの連絡であろうと予測し、今は目の前の敵に意識を集中する。
でんでん虫を鳴らしているのが、マリージョアに居る想い人であるとも知らずに。
「そんなバカな事する筈がないと思う固定観念が、人間の“盲点”を生む…!!それはお互い様だなァ!?」
「……?おまえは海賊だ!!!例え七武海であろうと!こんな権限ある筈ねェ!!!」
その着信が、例えこの“バカな事”を起こせる権限に関する報せであったとしても
それを知るには少し遅すぎた。
コートのポケットで鳴り続けていたでんでん虫は暫く着信を知らせ続けた後、諦めたのか鳴くのをやめた。
グリーンビット南東ビーチでは三者の睨み合う膠着状態が未だ続く。
三竦みの一角を担う医者の海賊は永年怨み続けて来た恩人の仇を見た。
銀に見える色素の薄いブロンドの髪。
大柄な体格。
この特徴は彼の弟であるコラさんにも当てはまる。
つまりドンキホーテの一族はその特徴が現れる遺伝の持ち主。
ローはこの外見上の特徴を、一般の人間よりは見知っていた。
普通有り得ない事を現実にしてしまう程の権力を彼らが有する事も。
そして何より
パンクハザードでSADの製造ラインと共に吹っ飛ばしたヴェルゴが死に際に遺した言葉。
その全てが今、一本の線で繋がった。
「こんなバカなマネをもしできる奴がいるとするなら、この世じゃ天竜人くら……おまえまさか!!!」
『お前はジョーカーの“過去”を知らない。それが必ず命取りになる!!!』
「フッフッフッ!!!…もっと根深い話さ。ロー…!!!とにかくおまえらを殺したかった!!!」
ドフラミンゴはローが弾き出した答えに、イエスもノーも言わなかった。
ただ不敵な笑みを浮かべ物騒な欲求を口走る。
「とにかく!!何も約束は守られてねェんだ!!この取引は白紙に戻させて貰う!!コイツを返す訳にはいかねェ!!!」
「ギャー!!何言ってんだてめェ!!ここまで来て!!」
なぜドフラミンゴが世界政府を動かせるのか、それは時間さえあればローにとって気になる事。
しかし起きた非現実的な出来事が事実であるのなら
立てた仮説の答え合わせ等今はどうでも良い。
今すべきは、少しでもこの最悪の境地から状況を盛り返す為の行動。
ローはシーザーの首根っこをガシリと掴み、臨戦態勢を取った。
「フッフッフッ!!それが10年以上も無沙汰をしたボスに言う言葉か!?──置いてけロー!!シーザーは俺のかわいい部下だ!!」
「ジョ……ジョーカ〜〜!!!♥️♥️」
なぜドフラミンゴがここまで手の込んだマジックショーを行ったのか。
それは、そこまでしてでもシーザー・クラウンを自分の手元に置いておきたいから。
そして七武海の権利も手放したくはないから。
無論この男、取引に正当性を欠こうが
シーザー奪還を諦めるつもり等更々ない。
「おいお前…“藤虎”だよなァ?世界徴兵で海軍大将に特任された化け物、だったか?海軍は今回のローの処分をどう決めた」
「こらどうも恐れ入りやす…報じられた麦わら一味の件、記事通り“同盟”なら黒。彼らが…ローさん、あんたの“部下”になったのなら…白だ」
沈黙を貫いていた海軍の一派。
彼らを率いているのは藤虎という名の海軍大将。
パンクハザードでの赤犬と青雉の対決。
軍の要とも言える三大将の席は、その後元帥へと昇った赤犬と軍を去った青雉の二席が空席となっていた。
今その席に着く者の内、黄猿以外は外から徴収された新参者。
この藤虎もその一人。
「オイ何だその判定は!!そんなもん…ウソつきゃ終いじゃねェか!!」
「無論、返答によっちゃ…あっしらの仕事はローさんと麦わら一味の逮捕って事になりやす」
形勢が自分に傾いたと踏んだシーザーは途端に態度に横柄さが滲み出る。
ローへの処分の下し方にギャンギャンと不服を申し立てるが、藤虎はそれには応えず愛刀の柄を握り締め臨戦態勢に入った。
この新参者の海軍大将、実は目が見えていない。
生活する上でも、命のやり取りをする戦の場でも、視力は大きなウェイトを占める感覚。
しかし藤虎が視力を失ったのは大将の地位へ就くより前の話。
つまり、それだけの力が視力のないこの男にはあるという事だ。
ローは今ある情報を全てかき集め、今自分が取るべき行動を模索していた。
どちらとも返答出来る状態ではあるが、選ぶ先の未来は両極端。
海軍とカイドウを敵に回したドフラミンゴを叩く予定が、標的はすっかりロー達へと傾きかけている。
しかしここで麦わらの一味が“部下”と答え海軍の方を処理したとしても
ドフラミンゴはシーザーを諦めるつもりもローを許すつもりもないだろう。
そうなれば起こる事はドレスローザを舞台にした七武海同士のシーザー争奪戦。
となれば…
「麦わらと俺に上下関係はないっ!!!記事通り“同盟”だ!!!」
ローの取った行動は時間稼ぎ。
ドフラミンゴと海軍をこの場に引き付けている間に、ルフィ達がSMILE製造工場を破壊してくれる事に賭けた。
最低でもこの争奪戦の開始を可能な限り延長させる。
あわよくば、シーザーを国外に出せれば…
切れるカードは更に増える。
「フッフッフ!!不器用な男だおめェは!!」
「では称号剥奪で。ニュースはそれで済めばいいが…」
どちらに転ぼうと自身の優位が変わらぬドフラミンゴは、敵を減らすチャンスを棒に振り真実であろう不利な答えを告げたローを笑う。
己のすべき事が明確となった藤虎は、事務的にその返答を受理し上体を倒し構えた。
ヴォンッ!!
──刹那。
聞き覚えのない音が辺り一面に響く。
いや、これは“音”だろうか。
その場にいる全員が
鼓膜が膨張し、何かにひきつけられるような感覚を覚えた。
ゴゴゴゴゴゴボボボボボボボ!!!!!!!!!!
「!!?…ウソだろ…」
いち早く“それ”を視界に捉えたローは、珍しく唖然とした顔で空を見上げていた。
そう。
この音の正体、“何か”をしたのは明白な藤虎が引き起こした──いや、呼び寄せたものは…
「隕石!!?──冗談じゃねェぞオイ」
「「「「「走れ〜〜!!」」」」」
「隕石が落ちて来たァ!!!!!」
ビーチを目掛け落ちてくる有り得ない物体に、シーザーと一人を除く海兵は一目散にその場を離れる。
落下地点に残ったのは───
ブゥ────ン!!
ビーチの上空を、球体の薄い膜のようなものが包む。
隕石がそこに侵入した瞬間
ズバン!!!!
ローの振り下ろした刀の軌道で、隕石は真っ二つに割れた。
“これ”が藤虎が呼び寄せたもので、尚且つこうなる前のあの会話の運びでは
この隕石はローを狙って落とされた物と見て間違いないだろう。
攻撃手段が隕石。
型破り。
想定を越えてくる。
しかし、ローも“元”七武海。
その首に懸けられていた凡そ5億の懸賞金も伊達ではない。
割れた隕石はこれまでの勢いこそ無くしたものの
自然の重力に従い三竦みの他の角を司る者目掛け落下を続ける。
もう何が起こっているかが分からない。
辛うじて見えたのは四角柱に分割された隕石や、砕かれた岩石。
ドッ…ゴゴゴォン!!!!!
けたたましい轟音と粉塵が消えた後、何とか落下地点から逃げ延びた者達が振り返った先にあったのは
三人分の足場を残し底がみえぬ程に抉られた、ビーチであった筈の場所であった。