16-46



「元帥の教育はどうなってんだ!!野良犬がァ!!!」


この隕石男こと、藤虎のすべき事はローの捕獲ではなかったか。
危うく自分まで命の危機に晒されたドフラミンゴは吠えた。






「……目が見えるかどうかの次元じゃねェな…」


時間を稼ぐ為に取った策。
しかしその代償に相手をせざるをえなくなった相手は、中々に厳しそうだと
ローは爆風でズレた愛用の帽子を整える。






「へえ。どうもほんの…腕試しで。では参りやすか…」


随分派手な試し打ちである。
しかしその言葉は狂言ではないようで。

居合抜刀術を基本とする戦闘スタイルらしい藤虎は、いつの間にか鞘に収まっていた刀の柄に手を添えると
再び構えを取った。



この3名。
突然の隕石襲撃にも怯まぬ、三者三様の能力を内に秘めた猛者である。
















ドゴゴォ…ン!!!!
ズズヴゥンッ!!!!!!





普段は穏やかな島グリーンビット。
そこに今日はよく、轟音が鳴り響く。

仕掛ける海軍大将の能力は
隕石に岩石、それを標的目掛け飛ばすものなのだろうか。

人知を超えたその力が悪魔の実の能力である事までは理解出来ても、その全貌までは攻撃を受け続ける元七武海の男にも見えてこない。

しかし分かったことが一つ。








“このままこの相手に防戦一方の時間稼ぎを続ければ、いずれ死ぬ”










優勢と見てか、ドフラミンゴは猫に弄ばれるネズミよろしく逃げ回るローをニヤニヤ眺めるだけで加勢はしてこない。
しかしいつ参戦してきてもおかしくはない戦力がそこに在ることは変わらぬ事実。


ローは舌を打つと、作戦変更とばがりにポケットの中に収まるでんでん虫をサニー号へと繋いだ。


ズズゥンっ!!!
ドゴゴゴゴゴゴ…!!!!!!


命中こそ避けてはいるものの、この岩の塊をオペオペの実を使わずにかわし続けるのは至難の技。
ぎりぎりまで引き付け寸での所で素早くその軌道から体を抜く。

早すぎればそれは軌道を変え、人の移動速度を遥かに越える速さでどこまででも追ってくる。
オペオペの実を使わずとも、別口で疲弊したローは息も切れ切れに悪態を着いた。


「ハァ…ハァ…!!なぜ出ない!!ナミ屋!!!」


鳴り続ける呼び出し音。
それが繋ぐ先では──また別の刺客がサニー号を襲っていた。






岩の塊をかわしながらも、随分鳴らして尚応答しないでんでん虫をローは諦める訳にもいかない。
繋がらないのであれば、延々とこれを避け続けるしか残された道はないのだから。


『──もしもし俺だぞ!!誰だ!?俺達今大ピンチなんだ助けてくれ〜〜!!!』


突如途切れた呼び出し音。
代わりに聞こえてきたのは船番チームに所属する、切迫詰まったチョッパーの救援要請だった。


「トニー屋か。そっちの話はいい!よく聞け!!!──くっ!!!」


ドガァァァァアンッ!!!!


救援要請を無視して指示を飛ばそうとするこの男も中々に鬼畜。
しかしいくらローが腕利きの手練れであろうと
彼にも今、余裕というものは1ミリすらも存在しない。

丁度このタイミングで藤虎が放った隕石に可燃物質でも含まれていたのか
標的を外し地面で砕けたそれは火花に引火し、大爆発を巻き起こした。


「──いいか今すぐグリーンビットに船をまわせ!!!お前らにシーザーを預ける!!!」
『!!?』


息を飲む様子はでんでん虫越しにも伝わって来たが
ローは有無を言わさず通話を切った。

これでサニー号がグリーンビットに到着し、シーザーを預け出航させる事が出来たの“ならば”
例え別動部隊が工場を破壊し損ねてもロー達に切り札は残る。


ローは粉塵が目眩ましを務める爆心地で、息を整え見えぬ敵の気配を伺った。
限りなくゼロに近かろうが、まだ勝機は消えていない。


ローにとってこれは、決して譲れぬ戦い。


「ムダだぞロー!!!今誰を呼んだ!?早くシーザーの心臓を返せ!!お前がここでふんばる事も無意味…!!!」


風に浚われた砂煙の先に現れたドフラミンゴ。
彼はローが本気で戦いに挑んではいない事に気付いていた。
その先の狙いまでは定かではないものの、恐らく同盟相手のルフィ達に何かをさせようとしているのだろうと。







ドフラミンゴは知っていてローの思う通りにさせた。
時間を稼がせてやった。

なぜなら──


「お前の相棒、麦わらはもう!俺の仕掛けたエサに食らいついている!!」


必死で工夫し、もがき、抗う元弟分を嘲笑う事は、すぐに止めを刺すよりも興のある事だから。


ただ仕留めてもつまらない。
夢尽きたその瞬間
頑張って頑張って頑張った先で敵わなかった相手に、実は掌で踊らされていただけと知ればどうだろう。

ただ敵わぬよりも受ける心のダメージは莫大。


「兄の形見!火拳のエースのメラメラの実欲しさに今!!麦わらはコロシアムの“剣闘会”に出場中だ!!」


でんでん虫越しの、どこに居るかも分からぬ大切な人質を連れたローは確かに手強かった。

ローは、ドフラミンゴも認める程頭のキレる男。
どちらが真の参謀かははかりかねるが
そこにもう1つ、頭の回る地頭の良い女が知恵を貸しているのであれば尚更だ。

どこへ進んでも嫌な手を打ってくる用意周到なこの知能犯達と、空中戦を続けるのは巧くない。
だからあのような大茶番劇を催してでも、ローの言い分に従った。
どんな手を使ってでも、直接手を下せる距離に呼び寄せる必要があった。

そしてその暁には──楯突いた事を死んでも死にきれぬ程に悔やませてやりたい、それがドフラミンゴの胸の内だ。

目の前に現れたローならば、それは“いつでも消せる相手”。
踊らせてやる余裕ですら有り余る、格下の雑魚なのだから。


「各地から強豪達が集まる殺し合い。負ければ即地獄行きだ!!あのコロシアムから奴はもう出て来れやしねェよ!!!」


ドフラミンゴの内に灯った誤解は、解ける事なく更に怒りに火をくべさせていた。
そんな胸中など知らぬローは、肩で息をしそれを聞きつつも眉間に皺を寄せる。


同盟相手が作戦通りに動いていなかった事に対する苛立ち、それも存分にある。
しかし突如飛び出たその名前。


ここに来て火拳のエース。
己の恋路だけに留まらず、敵討ちまでをも邪魔するその人物。
ローはギリリと奥歯を噛み締めた。


「同盟は終わりだ!!ロー!!!観念しろ!!!」


勝ちを確信し高らかに嗤うドフラミンゴと、サニー号が訪れるのを待つ以外に打つ手の絶たれたロー。

この戦いの行く末はいかに──。








「ごめんねベガス聖。いつもいつも急で」
「急に帰るのはダメだえ!逆ならいつでも大歓迎だえ!!」


時を遡る事数刻前。
ウイは目的地であるマリージョアベガス聖邸宅に到着していた。







「これが今イチ推しだえ!シュトーレン!!クリスマスに食べる菓子らしいが去年食べて気に入ってから毎週取り寄せてるえ!!」
「いつも気に入るとそればっか食べるからすぐ飽きるんだよ…ベガス聖は」


クリスマスからって…どんだけ食べ続けてるのよ…


玄関までわざわざ迎えに来てくれた屋敷の主に、あれよあれよという間に連行されてきたのは午後の日差しがよく入る広間。
その応接テーブルには所狭しと最近のベガス聖お気に入りと思われるお茶菓子が並んでいた。


「ウイはいつもそんな可愛くない返事ばっかりだえ!良いから食べてみるえ!!」
「私好きだよ?シュトーレン。ドライフルーツにナッツに洋酒、全部私の好きなものじゃん。いただきます」


ぱくり、と切り分けられたそれを口に運ぶ。
それを見てニコニコ嬉しそうなベガス聖は今日も通常運転。

一口噛み締めた途端にふわりと鼻に抜ける柑橘の香りと重厚感、これは…


「コアントロー?いや違うな…グランマルニエ?すんごいお酒感…!!美味し!!」
「流石ウイだえ!!当たりだえ!ちなみにこれを酒の弱いメイドにひと切れあげたらものの数分で真っ赤になって卒倒したえ!!」


だろうな。
もうこの生地のしっとり具合は焼く前に混ぜただけとか言うレベルじゃない。
焼き上がりに染み込ませたレベル。

地方によっては薄くカットしたこれをひと切れずつ食べながら、クリスマスを楽しみに待つ。
子供も食べる事があるのに、大分攻めたなこの職人さん。


「ダメでしょ、お酒弱い人騙しちゃ。…これクリームチーズとか乗せたら更に美味しそうじゃない?」
「…!!!クリームチーズ!!確かあった筈だえ!!持ってくるえ!!」
「かしこまりました」


美味しそうな組み合わせは試さずにはいられない。

目をキラキラ輝かせてメイドさんにチーズを取りに行かせるベガス聖は本当に食べ物が大好きだ。







「それで?今回はどうしたえ?また何かやらかしたえ?」
「人をトラブルメーカーみたいに…」


お供の紅茶は王道のダージリン。
芳醇な香りと程よい苦味、流石良い茶葉使ってるなーと思いながら
じろりとベガス聖をひと睨みした。


「でもやらかしたのかな…実はね──


クリームチーズを待つ間、他のお茶菓子も頂きながらお邪魔するに至った経緯を話した。


濃いピンクはラズベリー?グリーンは淡い方はピスタチオで、濃いのは抹茶かな。
生菓子はミルフィーユか…パイ生地とかバターの香りムンムンで美味しいんだろうな。


いろとりどりのマカロンの味を想像しながら、ベガス聖が気に入りそうな味の特徴を思い描きながら
ドフラミンゴから誤解を受けてしまって、落ち着くまで匿って貰えないかって話をざっとした。

ざっと。
大雑把に纏めた感じで。










──ん?








「ベガス聖?聞いてる??…やっぱ流石に迷惑だよね。ごめん今回は帰──「ダメだえ!!帰す訳には行かないえ!!!」


珍しくずっと黙りこくっていたベガス聖が急に声を荒げてびっくりした。
丁度クリームチーズを持ってきてくれたメイドさんも目を見開き口をポカンと開けて驚いてる。

それだけこれは珍しいこと。

ベガス聖は天竜人にしては、いや普通の人と比べても穏やかだ。
滅多に声なんて荒立てない。


「…ど、どしたの」
「クリームチーズは貰うえ。おまえは少し席を外すえ」
「かしこ、まりました」


何やら神妙な面持ちで人払いを済ませたベガス聖は、紅茶で喉を潤し一呼吸置くと重い口を開いた。


「ウイが前にヤツ…ドフラミンゴと取引をすると言った時。…私がなぜクザンを、顔見知りで信用のおける大将を、護衛に付けたか解るかえ?」
「いや全然。全くわからない」


ただの仲良しだと思ってた。
あの人選には何か理由があったらしい。

そしてこのベガス聖の様子はきっと、ただ事ではない気がする。


「ドフラミンゴが天竜人、特に私に抱く感情は異質だえ。それはあの男の過去、正確にはその父親の起こした1つの事件が背景にあるえ」


こんな神妙な顔したベガス聖初めて見た。


なんだか聞いてるこっちの方が緊張して来ちゃって、気付けば紅茶のカップはソーサーに置いてて
肩はあがってるし背筋なんかはびしっと伸びてたんだ。




destruct at reality.